Vanishing Point 第1章
分冊版インデックス
ある夜、とある研究所が襲撃される。
襲撃の報せを受けた当直の研究員は迎撃に当たろうとするが撃たれてしまう。
研究所で実験していた被検体を迎撃に当たらせようとする研究員。
だが、安全装置を作動させる前に侵入者の銃撃で致命傷を負い、侵入者を攻撃した被検体は一度はがれきに埋もれるものの脱出、そのままどこかへと消えていく。
場所は変わってとある街。
ある家に侵入したGeneとBloody Blue、そして遠隔で援護しているRainの三人は警備を排除しつつターゲットの部屋に到達、依頼を遂行する。
女子高校生向けファンシーショップ「
この三人は表向きはこの店で働く店員だったが、その実は
通常業務をこなす三人の元に、アライアンスからのメッセンジャー、
依頼を受け取った三人はデータを確認、依頼の進め方について打ち合わせする。
今回の依頼は「『
依頼当日、三人は取引現場に侵入、密売に関わる人間を皆殺しにしようとする。
しかし、その情報は筒抜けになっており、待ち構えていた密売人に攻撃される。
その攻撃の合間を縫い、Bloody Blue(
帰宅してすぐに二人は交代でシャワーを浴び、全身の血を洗い流す。
シャワーを浴びてからは日翔は僅かに受けた傷の処置を、辰弥は「ちょっと寝る」と自室に戻る。
辰弥の「ちょっと寝る」に関しては「何があっても入ってくるな」という意思表示のため、日翔はリビングのソファの上でゴロゴロしながら片手を振って応答する。
その返事を信用はしていたが万一の乱入のことも考えて念入りに鍵をかけ、辰弥はふぅ、と息を吐いた。
その直後、激しい眩暈に襲われドアにもたれかかる。
「く……」
この症状は自分がよく分かっている。貧血だ。
最初の眩暈をなんとか受け流し、彼はふらつきながらクローゼットに歩み寄った。
あの、鮮血の幻影を使った直後に倒れたのもGNSの負荷だけでなく耐えられないほどの貧血に襲われたからだ。
クローゼットを開け、その奥に隠すように置いてある冷蔵保管庫を開ける。
中から取り出したのは、輸血パック。
「……血を、流しすぎた……」
流石にここまでの貧血はまずい。輸血一本で間に合えばいいがと思いつつ慣れた手つきで腕に針を刺し、ベッド横のカーテンレール――本来この部屋には採光のための窓はないが、スムーズに起床できるよう太陽光を再現した光を出す窓状のディスプレイに取り付けられているものである――にパックをぶら下げ横たわる。
実際のところ、今回の仕事で彼が受けたダメージはGNSの負荷以外ほとんどなかった。受けた傷もほぼかすり傷程度である。
それでも、輸血に頼らなければいけないほどの貧血を彼は自覚していた。
――これを知ったら、あいつらは何と言うか。
そのための、「入ってくるな」という意思表示であり部屋の施錠。
日翔には「邪魔されると眠れなくなるから」と言い訳しているがもし知られてしまえば。
「……俺には、これしかないから」
――
あの二人なら、彼のこの状態を知れば確実に仕事のメンバーから外すだろう。
だが、それだけは嫌だった。
あの二人と共に依頼をこなすから、もう少しこの世界で生きていてもいいかなと思っている。
それに、メンバーから外されることであの二人に何かあれば。
そう思ってから、彼は苦笑した。
「……俺らしくない」
日翔たちと出会う前のことは憶えていない。いや、思い出したくない。
ただ、辛かったという感情だけが残っている。
それが日翔に拾われて、『グリム・リーパー』のメンバーとして迎えられて、彼は初めて世界を知ったと思った。
だから、この毎日を繰り返したい。
だから、輸血のことは絶対に話せない。
そんなことを考えているうちに、辰弥はいつしか深い眠りに落ちていった。
◆◇◆ ◆◇◆
不意に、インターホンが鳴る。
日翔がCCTのインターホン受信モードで応答すると、来訪者は鏡介だった。
「辰弥は?」
日翔がドアを開けるなり、鏡介が開口一番そう言ってくる。
「今日は寝る日だ。言っとくが、寝てる間は面会謝絶だぞ」
人間の体というものは二十四時間サイクルで活動するもので、一日が八時間しかないこの世界では適正な睡眠を取ろうとすると三日に一度は丸一日寝ることになる。
先ほど説明した三日で一巡という単位はこの人間のサイクルを元にして考案されたものである。
夜の仕事で不規則な生活になりやすい彼らだが辰弥は仕事の後は必ず丸一日寝る、と宣言して閉じこもっている。
たとえ来客があったとしても辰弥を起こしてはいけない、日翔はそう理解しているため相手が鏡介であってもそう伝えていた。
それを知っているため鏡介も「起こせ」とは言わず、
「それなら起きるまで待つ」
と勝手にキッチンに乗り込んでちゃっかり自分用のコーヒーを淹れ始める。
「辰弥に用か?」
ハッカー故に
用がなければ来るはずがない、それならその用とは。
ああ、と鏡介がマグカップを手に頷く。
「辰弥のGNS拡張についてちょっと確認しておきたくてな。本当なら仕事中以外は接続していないんだが、あの事があったから今ちょっと接続している」
そう言って、鏡介は空中に指を走らせて何かを操作する。
すると、日翔のCCTからホログラムディスプレイが浮かび上がった。
「なんだこれ」
表示されるパラメータに日翔が首をかしげる。
「辰弥のバイタルだ。現時点では血圧はかなり低めだが他は大丈夫そうだな」
自分はGNSの視界で確認しているのだろう、鏡介がバイタルを確認してそう呟く。
「GNSに負荷をかけて倒れたんだ、もっとヤバい状態かと思っていたがあいつ、案外回復が早いな」
「それなんだが、大丈夫なのか? 俺はGNS導入してないから分からんがそんなに負荷をかけて……」
それならGNS導入ってやっぱり危険だよななどと呟く日翔に鏡介はそんなことない、と否定した。
「俺の想定では二、三人程度ならそこまで負荷がかかるわけがないはずなんだ。確かに負荷がないわけではないから頭痛とかはするだろうがそこまでのはず、だった」
「それなのに、倒れた、と」
二人は辰弥が倒れた原因を完全にGNSの負荷が原因だと思っていた。
その実際は貧血だったが、二人は辰弥の貧血のことは知らない。
「俺の計算が間違っていたのだろうか」
深刻な面持ちで鏡介が呟く。
自分の計算ミスで辰弥を、いや、二人を危険にさらした。
その責任は重大である。
考え込んだ鏡介に、日翔が深く考えるなと声をかけた。
「まぁ、GNSはよくてもあいつの体力の問題とかもあったかもしれないし」
あいつ、攻撃力は高いが体力は全然ないしと続ける。
「体力の問題だったならいいがな」
腑に落ちないのだろう、マグカップを抱えたまま鏡介が呟く。
「……だが、もう辞めとけよ」
今回は全てが終わった後だったからよかったもののまだ生き残りがいた場合の危険性が高すぎる。
次も大丈夫という保証はどこにもない。
そうだな、と鏡介も同意した。
少なくとも、辰弥の安全が確保できるまではガイストハックは行わない方がいい。
「しかし、どうしてあんなことに」
鏡介が呟く。
辰弥の打たれ弱さは彼も気づいている。
鮮血の幻影をはじめとする攻撃力の高さには目を見張るものがあるが、その足を引っ張るかのような体力の低さ。
倒れていた
それに対してどうだろう、と日翔は考える。
四年前のボロボロの状態だった辰弥を思い出す。
あれだけの攻撃力を持ちながら、ボロボロになって倒れていた辰弥。
余程のことがあったのだろうと、今なら思う。
「……気になるな、あいつの過去」
それは鏡介も同じだった。
そのため、ダークウェブをはじめとしてあらゆる方向から辰弥の過去を探った。
だが、辰弥に該当する人物のデータはいくら探しても見つからなかった。
――
「……一体何者なんだ……」
四年間、ずっと追い求めているものの見つからない答え。
いつか、分かるときが来るのだろうか。
それとも、知らないままの方がいいのだろうか。
「……辰弥……」
ふと、どちらかが呟く。
同時に、辰弥の部屋の鍵が開けられる音が響く。
「……呼んだ?」
ドアが開き、帰ってきた時よりは幾分顔色が良くなった辰弥が、顔を出した。
◆◇◆ ◆◇◆
買い物袋を手に、辰弥が上機嫌で帰路に着く。
(卵と牛乳が安かった。消費量半端ないから助かる)
今日は最寄りのスーパーの特売日、それに合わせてシフトも休みにしていたのでタイムセールにも余裕で間に合い、目当ての食材は全て安く購入できた。
今日の夕飯は何にしよう、などと足取りも軽く歩く。
四年前の自分には想像もできなかった生活。
ナイフは扱えたのに包丁は握れず、黒焦げの目玉焼きを出しては日翔と鏡介に呆れられていたのも今は懐かしい。
(よし、今夜はハンバーグで)
今日買った食材以外の材料は冷蔵庫にある。
《おい、回線開いたまま夕飯の献立を考えるな》
腹が減る、と鏡介から苦情が入る。
(ごめんごめん。別に食べにきてもいいのに)
《俺は基本的にエナジーバーとゼリー派なんで》
鏡介は別に辰弥の料理に不信感を抱いているわけではない。
同居しているわけでもないのに食事だけ食べに行くのは面倒だし申し訳ない、というだけだ。
そっか、と辰弥が残念そうに答える。
(ま、こっちはちゃんと作ってるから大丈夫だ)
《お前のおかげで日翔の
それはどうも、などと答えながら辰弥が角を曲がる。
この角を曲がれば、もう自宅のあるマンションは目の前である。
エントランスに入り、オートロックを解除しようと一旦荷物を床に置き、ポケットに手を突っ込む。
その時、彼の視界に人影が入った。
オートロックの入り口の前に、小柄な人影が倒れている。
「え、ちょっ……」
荷物をその場に置いたまま、人影に駆け寄る。
《おい、どうした?》
鏡介から視界共有の申請が届くがそれどころではない。
抱き起こすと、その人影は推定五~七歳くらいの、透けるような白い髪の少女だった。
病院で着る検査着のような布を纏っている。
まさか、と思い首筋に指を当て、脈を確認する。
少し弱いが拍動を感じて安堵の息を吐く。
「……おい、大丈夫か?」
そっと揺さぶり、反応を窺う。
少女が薄く目を開ける。
その紅い瞳が白い髪と相まってより強い印象を植え付けてくる。
少女が焦点の定まらない視線で辰弥を視認し、口を開く。
「……パパ……」
僅かに聞き取れるボリュームで、少女がそう呟く。
その言葉に一瞬、硬直する辰弥。
何を、と言おうとするも言葉が出ない。
少女はもう一度、辰弥を「パパ」と呼び、
「やっと、逢えた……」
それだけ呟き、再び目を閉じた。
to be continued……
おまけ
ばにしんぐ☆ぽいんと 第1章 「ずぼら☆ぽいんと」
「Vanishing Point 第1章」のあとがきを
以下で楽しむ(有料)ことができます。
FANBOX
OFUSE
クロスフォリオ
「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。