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Vanishing Point 第1章

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 ある夜、とある研究所が襲撃される。
 襲撃の報せを受けた当直の研究員は迎撃に当たろうとするが撃たれてしまう。
 研究所で実験していた被検体を迎撃に当たらせようとする研究員。
 だが、安全装置を作動させる前に侵入者の銃撃で致命傷を負い、侵入者を攻撃した被検体は一度はがれきに埋もれるものの脱出、そのままどこかへと消えていく。

 場所は変わってとある街。
 ある家に侵入したGeneとBloody Blue、そして遠隔で援護しているRainの三人は警備を排除しつつターゲットの部屋に到達、依頼を遂行する。

 女子高校生向けファンシーショップ「白雪姫スノウホワイト」で働いている辰弥たつや日翔あきと鏡介きょうすけの三人。
 この三人は表向きはこの店で働く店員だったが、その実は暗殺連盟アライアンスの暗殺チーム「グリム・リーパー」でチームを組むBloody Blue、Gene、Rainであった。
 通常業務をこなす三人の元に、アライアンスからのメッセンジャー、あかねが依頼をもってやって来る。

 依頼を受け取った三人はデータを確認、依頼の進め方について打ち合わせする。
 今回の依頼は「『山手組やまのてぐみ』のシマを荒らした麻薬売人グループの殲滅」、鏡介きょうすけが施設内部のセキュリティも確認していく。

 

 
 

 

 三日一巡後、日付が変わった時分。
 アカシアの一日は八時間で、カレンダー上でも三日一単位で「一巡」と呼ばれるため時間にして二十四時間後。
 麻薬密売取引の現場となる廃棄された工場のすぐ近くで辰弥と日翔はスタンバイしていた。
 仕事前のゲン担ぎでいつものようにGNS経由でニュースチャンネルを呼び出す。
《――先日、南区で発生した殺人事件についての続報です。当局の発表によると、遺体は血を全て抜き取られていたとのことで、同日発生した大空 隆氏の殺害との関連性について調査を始めたとのことです。この二件の殺人事件は手口が似ているものの大空氏と違い血液が抜かれているため――》
 ――関連って、近くで殺しがあった……?
 しかも手口が似ているとはどういうことだ。
 最近のニュースは意図的に一番必要な情報が隠されていることがある。
 違和感を覚えるもののその正体に気づくことができず、辰弥は視界の時計を確認した。
 そろそろ開始の時間、いつまでもニュースを見ているわけにもいかない。
 鏡介はいつも通り別の場所でハッキングの態勢に入っている。
 あの打ち合わせの翌日、辰弥は何食わぬ顔をして鏡介の許に赴きGNSのポート拡張を行った。
 その影響を今日の任務で見ることができるかどうかは分からないが、現時点では自身のGNS、それに付随しての気分や体調に変化は見られない。
 いつものようにTWE Two-tWo-threEをチェックしてホルスターに収め、スリングで肩にかけていたPDWTWE P87もチェックする。
 今回は殲滅ということで広範囲にも対応できる装備をしている。
 それは日翔も同じで愛用のハンドガンネリ39RアサルトライフルKH M4を装備している。KH M4はオプションで様々なパーツを取り付けられるが日翔は大雑把な性格のためかそれともそんなものは必要ないと判断したのか銃本体のみで運用している。
「Gene、大丈夫? マップ憶えてる?」
 GNSの通信ではなく肉声で辰弥が確認する。
「大丈夫だ」
 そういうお前はと訊いてくる日翔に俺は問題ない、と返答する辰弥。
「こっちはRainとGNSで繋がってるからね、ナビは問題ない」
 建物近くのコンテナの影から工場を眺め、侵入経路を確認する。
 正面のシャッターは堅く閉ざされており、見張りらしき姿も見える。
 だが、そもそもそんな目立つところから侵入するのは自殺行為なので経路の候補からははじめから外れている。
 予定では工場外側の非常階段から二階に上がり、非常口から侵入、下に降りて現場を押さえる手筈になっている。
 その途中にあるセキュリティは追加されていない限り全てRainが無効化済みのはず。
 気にするのは見張りだけでいい。
《――時間だ》
 鏡介から連絡が入る。
 たった一言のその連絡に、辰弥と日翔は互いに頷きあい、コンテナの影から飛び出した。
 廃棄された工場の周りに夜間照明はない。
 闇にまぎれて非常階段に到達、階段を上り非常口から内部に侵入する。
 いつものように辰弥が先行、キャットウォークの見張りに背後から近寄り頸動脈を掻き切る。
 声一つ上げることできずにこと切れるその見張りをそっとその場に横たえ、さらに進み階下へ。
 工場内部に残されたコンテナの影から影を移動し、途中で見かけた見張りは全て排除、奥へと進む。
 工場奥の制御室が今回の取引現場だと言われた場所だった。
 ドアを開け、それぞれTWE P87とKH M4を構えて突入する。
 しかし。
 中には人の姿はなかった。
 ――いや、
 パイプ椅子に縛り付けられ、ダクトテープを口に貼られた男が一人、呻いているだけだった。
 辰弥の眉が寄る。
「おい、これって……」
 日翔が辰弥に視線を投げたその瞬間。
 頭を掴まれ、床に叩き付けられた。
「――っ!」
 咄嗟に床に手を付き、顔面から倒れ込むのを防ぐ。
 直後、制御室の窓ガラスが砕け散った。
 無数のガラスの破片が降りかかる。
 同時に頭上を通り過ぎる無数の銃弾。
「何するんだ」とはもう言えなかった。
 いち早く察知した辰弥が自分を庇ったのは自明である。
 その辰弥はというと、制御用コンソールから頭が出ない程度の中腰で屈んでおり、銃弾の切れ目のタイミングにTWE P87だけを窓の高さに持ち上げてブラインドファイアで応戦している。
 それを見て日翔も即座に体を起こし、応戦する態勢に入る。
「おいどうすんだよこれ!」
 KH M4を連射しながら日翔が辰弥に声をかける。
「罠だった、ってことだね。姉崎が裏切るとは考えられないしアライアンスの情報班がガセネタ掴まされたか、それとも……」
 飛来する銃弾の数と頻度を考えると制御室の周りには少なくとも十人以上。
 今はこちらも応戦しているため向こうも足踏み状態であるが、制御室に乗り込まれれば不利は確実だろう。
《大丈夫か?》
 鏡介から通信が入る。
「大丈夫も何も、こっちは撃ち合ってるとこなんですけど!」
 普段なら発声の必要がないGNSの通信に辰弥が怒鳴る。
「情報どうなってんの? 情報班やらかした?」
《恐らくガセネタを掴まされたんだろう》
「根拠は何なんだよ!」
 鏡介と辰弥のやり取りに日翔も割り込む。
《そこに転がってる死体だ。恐らく、取引自体は事実だったがそいつが情報班に情報を売ったのがバレてこうなったのだろう》
 鏡介に言われて二人は振り返る。
 そういえば、この部屋には縛られた人間が一人いた。
 だが、初弾を被弾していたのだろう、頭部が半分弾けた状態で転がっている。
 死体は見慣れているのでこれといった感情は湧かない。むしろ今何とかしなければ自分たちがこうなる、と二人とも自覚していた。
「こうなると俺たちで殲滅は無理だ、アライアンスに応援要請頼む!」
 普段戦闘になろうものなら突撃して制圧する日翔がじれったそうに怒鳴る。
 銃撃戦はそれなりに場数は踏んでいるがそれでもこちらから思うように攻められない状況はかなり歯がゆい。
 辰弥もそれに同意し、鏡介に依頼するが、当の鏡介は
《……戦況は把握した。三十秒耐えてくれ》
「は!?!?
 落ち着いた鏡介の声に日翔が怒鳴る。
「三十秒耐えられると思ってんのか!?!?
《耐えられるか、じゃない、耐えろ。俺がなんとかする》
 普段ならあまり無理を言わない鏡介が強めの口調で指示を出す。
 同時に、
《BB、特にお前には負荷をかけるだろうから耐えてくれよ》
 辰弥にだけ、妙に気遣う発言が飛んできた。
 それに何かを察したか。
「了解、俺のGNSは君に預けた」
 そう言いながらも辰弥の反撃の手は緩まない。
「キツいぞこれ!」
 出入り口にも注意を払いながら日翔が怒鳴る。
 下手に手榴弾でも投げ込まれれば命がない。
 ――と、思っていたところに二人の間に投げ込まれる何か。
 それが「何か」を把握する前に日翔は手を伸ばして「それ」を掴み、窓の外に投げ返した。
 直後、響く爆発音。
「――っぶねぇ!」
 相手は素人だった。
 手榴弾はピンを抜いてから数秒後に爆発する。
 慣れた人間ならその時差を計算して投げ込み、確実に相手のそばで爆発するようにする。
 それを、投げ込んだ本人は把握していなかったのか。
 ピンを抜いてすぐに投げ込んだため、日翔が投げ返す余裕があった。
 爆発で銃撃に切れ目ができたそのタイミングを逃さず立ち上がり、辰弥がTWE P87を斉射する。
 まだ、三十秒は経過していない。
 だが、相手が手榴弾を使ってきた以上次はない。
「まだか!」
 日翔が叫ぶ。
 その声を引鉄に、辰弥が床を蹴った。
 コンソールに片手をつき、飛び越えヴォルトの要領で窓の向こう側――密売グループの集団に突撃する。
「おい待てBB!」
 鏡介が指示した時間は経過していない。
 いくら相手に一瞬隙ができたとはいえ、今飛び出せば相手の格好の的である。
《何やってんだBB! 下がれ!》
 鏡介も叫ぶがその指示に従う辰弥ではない。
 飛び出した辰弥に向け、数人がその銃口を彼に向ける。
《クソッ、やむを得ん!》
 辰弥の視界から最優先ターゲットを選定、端末を操作する。
《準備完了してないからな! BB、覚悟しろよ!》
 辰弥が独断で動いたというなら同じく独断で動くしかない。
 鏡介が端末を操作し、エンターキーを叩く。
 直後、辰弥の視界の隅にウィンドウが展開、文字列が凄まじい勢いでスクロールする。
 同時に彼を襲う激しい頭痛。
「……く……!」
 左手で頭を押さえるものの、辰弥の右手はTWE P87を手放さない。
 その、彼の視界の先で異変が起きた。
 辰弥に銃を向けた密売グループの数人が頭を押さえ、呻き始める。
 その光景を、辰弥だけでなく日翔も視認していた。
「……まさか……GNSハッキングガイストハック……?」
 目の前の光景に思わず手を止め、日翔が呟く。
 噂には聞いていた。
 ガイストハック、対象のGNSをハッキングして行動不能にしてしまう、最悪の場合自分から攻性プログラムを送り込み脳を焼き切るハッキング。
 通常のコンピュータと違い、脳を端末化しているGNSのセキュリティは生半可なものではない。
 GNSからハッキングして脳を焼かれるのは自分からポートを解放してアクセスするため逆に防御プログラムを送り込まれ発生する事象で、自分から相手のポートをこじ開けるのはコンピュータのセキュリティをかいくぐるより遥かに難易度が高い。
 それを、鏡介は指定した三十秒を短縮して行ったというのか。
 そんなことを考えている日翔の視界の先で辰弥が応戦している。
 いくら鏡介が相手のGNSにハッキングを仕掛けたとはいえ、導入者全員が無力化されたわけではない。
 ほとんどのメンバーは未だ健在で、遮蔽物に隠れている日翔ではなく飛び出してきた辰弥に向けて銃を向けつつある。
 咄嗟にそのメンバーに向けて発砲、日翔も辰弥を追おうとした。
「来ないで!」
 密売グループの集団に取り囲まれた状態でターンした辰弥が叫ぶ。
 ターンしつつもいつの間に抜いたかコンバットナイフを一閃、何人かを床に沈めている。
 その声に、日翔の動きが止まった。
 飛び越えようとしたコンソールに蹴りを入れてその反動で制御室に留まる。
 舞うような動きで辰弥が身を沈める。
 次の瞬間。
 血飛沫が舞い上がった。
 辰弥からではない。
 その周りを取り囲む、密売グループがバラバラの肉片となり、床に血の海と肉の山を作る。
 血が滴り、辰弥を中心に廃工場中に張り巡らされたピアノ線が赤く染まり、その存在が顕になる。
 辰弥が「来ないで」と叫んだのはこれが理由だった。
 この静止を聞かずに突撃していたら日翔も挽肉の一部になっていただろう。
「……」
 ごくり、と日翔が息を呑む。
 ――鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュ
 あの、自分がピンチになって辰弥が飛び込んできた時を思い出す。
 あの時も、そう、このように――
「――っ」
 流石の日翔もこの肉塊の山に吐き気を覚え、思わず口元を押さえる。
 全身に返り血を浴びた辰弥がゆらり、と立ち上がる。
 その手に付いた血を舐める。
 その動作の途中で、日翔を見る。
 その目から、光が消えている。
 ――まずい。
 日翔がそう思った時、唐突に辰弥がその場に崩れ落ちた。
「BB!」
 慌てて日翔がコンソールを飛び越え、辰弥に駆け寄る。
 血の海に沈む辰弥を抱き起し、揺さぶるものの反応がない。
 完全に、意識を失っている。
 今、この場で生きているのは自分と辰弥だけ、他に生きているものの気配はない。
 警戒は緩めず、日翔は鏡介を問いただした。
「おいRain、BBのGNSに何やった!?!?
 日翔の問いかけに、ややあって鏡介から返事が届く。
《二、三人なら行けると思ったが予想以上に負荷が高かったか》
「はぁ!?!?
 いくら鏡介がウィザード級ハッカーでもGNSのハッキングはGNSの通信を介さないとセキュリティに辿り着けないはず。
 と、いう知識が日翔にあったが、実際は「グローバルネットワークに接続していない」GNSをハッキングするのにGNS同士の近接通信を利用しているだけである。
 鏡介は日翔に「ガイストハックを警戒する程度の知識があればGNSをグローバルネットワークから切断し、近接通信でやり取りしている、その隙をつく」と説明している。
 その説明通り、鏡介は現場にいる辰弥のGNSをリモート操作してそこから近接通信でGNSにアクセスガイストハックしたわけである。
 日翔が「お前がガイストハックすれば簡単に無力化できるだろう」と発言しての反論であったが、その問題をクリアして実行してしまうとは。
 いや、今はそんなことはどうでもいい。
 鏡介は「予想以上に負荷が高かった」と言った。
 それに、三十秒耐えろと言った時、そしてガイストハックを行う直前、辰弥に対して気遣う発言をしたこと。
 その時点で止めるべきだったかもしれない。
 鏡介が辰弥のGNSを拡張しており、それを利用して密売グループ内のGNS導入メンバーにガイストハックを行うことを。
 その反動が、これか。
 辰弥は意識を失い、戦闘不能である。
 直前に鮮血の幻影で周囲を一掃していたからよかったものの、生存者がいた場合危なかったのはこちらである。
「ヤバい博打打ちやがって」
《すまない、だがBBを狙っていたメンバーがいた以上こうしなければBBが危なかった》
「だろうな……で、状況は?」
《一応、アライアンスに応援は要請した。だがもう工場周辺に生体反応はない、と言いたいところだがBBが気絶してるから正確な情報じゃないぞ》
 なんだかんだで依頼は完遂した、という判断でいいのだろうか、と日翔は考えた。
 とりあえず座り込みたくなったが周りは血の海と肉塊の山、流石にここで座りたくなくて日翔は辰弥をファイヤーマンズキャリーの要領で担ぎ上げ、工場の外に移動する。
 血と硝煙の匂いが籠った工場から夜風が吹く外に出て、ふぅ、と息を吐き辰弥を降ろし自分も座り込む。
「……なあRain、お前、こうなるのは想定していたか?」
 思わず、鏡介に尋ねる。
 ガイストハックを行うつもりであったとしても、辰弥をその踏み台にする以上リスクは把握しているはずだ。
 そのリスクが想定通りだったのか、それ以上だったのかふと気になったのだ。
 少しの沈黙。
 重い口調で鏡介が答える。
《同時に二、三人程度なら問題ないと思っていた》
「問題大ありだったな」
 同時に二、三人想定という時点でかなりの驚愕ものである。
 だが、この状況はあまりにもまずすぎる。
「……BBを殺す気か」
《……すまない》
「まあ、済んだことは仕方ないがな」
 それだけ言って、夜空を見上げる。
 なんとかなったとはいえ、とんでもない仕事だった。
 鏡介の援護も辰弥の攻撃もなければ二人とも死んでいた可能性も高い。
 そのため、誰を責めることもできなかったがそれでもこの心のモヤモヤだけは晴らさないと気が済まない。
 空を見上げたまま暫く休憩して、それでも辰弥が起きる気配を見せないため日翔はペタペタと彼の頬を叩き始めた。
「おい、いつまで寝てる」
「……う……」
 小さく声を上げ、辰弥がうっすらと目を開ける。
「やっと起きたか」
 辰弥の顔を覗き込み、その目に光が戻っていることを確認し、ほっとしたように日翔が呟く。
「……ごめん」
「ったく、無茶しやがって」
 なんでRainの指示を待たずに動いたんだよ、ととりあえず確認しておく。
「流石に手榴弾投げ込まれてヤバいと思った」
「まぁ、それは分かる」
 だが独断であの行動はいただけないな、と日翔はやんわりとたしなめた。
「ほんと、ごめん」
 辰弥が再び謝罪したタイミングで工場の前に一台の車が到着し、数名の男女が降りてくる。
「生きてますか? と聞きたいところですがその様子だと終わったようですね」
 先頭に立った中年の男性が日翔に声をかける。
「ああ、山崎やまざきさんか。お陰様で」
 ほっとしたように日翔が応える。
 駆けつけたのはアライアンスのまとめ役、山崎やまざき たけると彼が声をかけて即応できたフリーランスたちだった。
「全く、Rainから連絡があった時は流石の『グリム・リーパー』だけでは荷が重かったかと思いましたが何とかなるものですね」
「いや、それ、ならなかったですから」
 あと少しで二人とも蜂の巣でしたよと抗議する日翔に猛は「それは申し訳ない」と謝罪する。
「一応、後始末はこちらでしておきましょう。二人とも血塗れじゃないですか」
 だから、早く帰って治療を、という猛に日翔はありがとうございます、と頷いた。
「ちょっとこっちも被害でかいんで先に帰ります。おい、BB立てるか?」
 そう言って立ち上がった日翔は漸く上半身を起こした辰弥に手を差し伸べた。
 その手を取り、辰弥も立ち上がる。
 だが、鏡介のアシストによるGNSの負荷の影響が強く残っているのか足許が覚束ないため日翔が肩を貸す。
「ったく、無茶するんだからお前は」
 廃工場から離れながら、日翔がぼやく。
「とはいえ、鮮血の幻影といい、お前のピアノ線攻撃なんなん。どこに隠し持ってんだよ」
 普段の仕事でも何かあればピアノ線を投擲する辰弥だが、それを持ち歩いているところを見たことがない。
 袖の中などに隠しているのだろうが鮮血の幻影を発動するほどのピアノ線となると相当な量になるだろう。それをどうやって持っているのか、どうやって取り出しているのかは全く分からない。
「……んなもん、男には秘密のポケットくらいあるよ」
「それ、女の台詞なんですけどー」
 停めてあった車に戻り、日翔が運転席に収まる。
「帰りは俺に任せろ。お前は後ろで休んでな」
「ごめん、そうさせてもらう」
 余程堪えたのだろうか、辰弥が素直に後部座席に潜り込む。
 きちんとシートベルトを装着し、日翔は車を発進させた。

 

◆◇◆       ◆◇◆

 

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