Vanishing Point 第1章
分冊版インデックス
ある夜、とある研究所が襲撃される。
襲撃の報せを受けた当直の研究員は迎撃に当たろうとするが撃たれてしまう。
研究所で実験していた被検体を迎撃に当たらせようとする研究員。
だが、安全装置を作動させる前に侵入者の銃撃で致命傷を負い、侵入者を攻撃した被検体は一度はがれきに埋もれるものの脱出、そのままどこかへと消えていく。
場所は変わってとある街。
ある家に侵入したGeneとBloody Blue、そして遠隔で援護しているRainの三人は警備を排除しつつターゲットの部屋に到達、依頼を遂行する。
《――続いてのニュースです。天空樹建設の会長、
CCTでニュースを眺めていた茶髪の青年の頭を
「ってぇ!」
CCTのホログラムスクリーンから視線を外し、頭を上げるとそこには発注カタログを手にした黒髪の青年が仁王立ちしている。
「
それだけ言い、黒髪の青年が発注カタログを押し付けてくる。
日翔、と呼ばれた茶髪の青年がなんだよー、と文句を言いながらそれを受け取った。
「ほら、昨日の仕事のニュース確認しとかないと」
「足がつくことやってないだろ。それとも君は現場に痕跡残すという凡ミスが自覚あると?」
だとしたら生かしておけないんだけど、と物騒なことを言う黒髪の青年の深紅の瞳が笑っていないことに日翔は「あ、こいつ本気だ」と認識した。
「俺がそんな凡ミスやるかー?」
「やる」
――こいつ、即答しやがった。
いや確かに以前うっかりマガジン一本現場に落としましたけどー、その後始末で色んな人に迷惑かけましたけどー、と思いつつ
「あれからもうやってないだろ。それとも
「掘り返す気はないけど過去にやらかした人間が二度とやらかさないという証明は誰にもできない」
それは悪魔の証明になる、という黒髪の青年――
そして、この会話から分かる通りこの二人は昨夜の大空 隆殺害の張本人、黒髪の青年がBloody Blueで茶髪の青年がGeneである。
夜は依頼があれば裏の社会の仕事をこなし、昼間は店員目当てに女子高生が足しげく立ち寄るファンシー雑貨取り扱い店『
「遅くなったな」
バックヤードからぬっと姿を現した長い銀髪を後ろで無造作に束ねた長身の青年――Rainこと
「遅かったな、鏡介」
「ちょっと気になることがあったからな」
少し確認していた、と鏡介。
それから、彼は辰弥を見た。
「あの時、違和感は?」
「どの時」
辰弥が詳細を問いただすと鏡介はあの時だ、と繰り返した。
「日翔がピッキングをしているとき、足音をとらえただろう。だが少し違和感を覚えてな」
「ああ、あの時」
記憶のページをめくり、辰弥がなるほどと頷く。
確かに、あの時微かに聞こえた足音は警備のものではなかった。
まるで小さい子供が裸足でペタペタ歩いていたかのような軽い音。
深夜に子供が歩き回るはずがないと思っていたが。
ああ、と鏡介が頷く。
「もしかすると家人だったかもしれないな。巡回の割には結局ターゲットの部屋の方には来なかった雰囲気がある、俺の気にしすぎか」
「見られてないならそれでいいよ。少なくとも、俺は危険性は低いと判断したんだろうし」
そう言いながら、辰弥はハンディターミナルを鏡介に手渡した。
「在庫チェックよろしく。俺はこれから販売傾向とかの集計あるから」
「はいよ、店長」
素直にハンディターミナルを受け取った鏡介がそう応えてカウンターを出る。
その様子を眺めていた日翔が少々不満そうに口を開いた。
「なんで俺たちの中で最後に入ってきた辰弥さんが店長なんっすかねえ……納得いかねえ」
その瞬間、じろりと辰弥が日翔を見た。
その視線が明らかに冷たく、
咄嗟に、日翔がカウンターの下に伏せる。
その頭上を何かが掠めて飛んでいく。
避けきれず、切断された髪が数本、日翔の目の前に落ちる。
「や、やべえ……」
こいつマジで殺る気でやりやがった、と息を吐いてから日翔が頭を上げる。
「危ないだろ! 殺る気か!」
「……ちっ、避けたか」
日翔に向けて放った「何か」を回収し、心底悔しそうに辰弥が呟く。
「そこ、殺しあうなら外で殺れ」
在庫チェックを始めていた鏡介が二人を振り返ることなく注意する。
鏡介としては日常茶飯事の痴話喧嘩に慣れ切っているところである。
だってよー、と日翔が文句たらたらに口を開く。
「いや鏡介お前もおかしいと思わないか? 普通ここは在籍期間の長い俺かお前が店長になるべきだろ? なんで辰弥が」
「少なくとも金銭関係は俺とお前に任せられないと
「……む」
ずばり、言い切られて日翔は口を閉じた。
ここでまさかかつてのリーダーの名前を聞くとは思わなかった。
かつては日翔と鏡介の二人を取りまとめていた
だが、彼は三年前に三人の目の前で狙撃され、海に落ちた。
その後遺体は上がらなかったものの生存は絶望的だと、三年経った今でも誰もが思っている。
その昴が狙撃される直前、言ったのだ。
「自分に何かあった時は鎖神の指示に従え」、と。
今思えばまるで狙撃されることを察知していたかのような発言、だがその発言は忠実に守られることになった。
現在は辰弥がチームリーダーとして、そして「白雪姫」の店長として二人をまとめている。
鏡介の言う通りではある。日翔はレジの違算を繰り返すし鏡介に至ってはハッキングして売り上げをごまかす。それを知っているから昴は比較的真面目に見える辰弥をリーダーとして指名したのだが日翔としては少々不満もあるらしい。
書類を小脇に抱えてバックヤードに移動した辰弥の背を見送り、日翔が盛大にため息を吐く。
「……先輩の立場がないですねえ、鏡介さん?」
「先輩とか後輩とか関係なく俺たちの中ではあいつが最年長だろう」
見た目最年少だが、と余計なことを付けたしつつ鏡介が淡々と在庫チェックを行う。
「それも分からないじゃないかー。あいつ、記憶飛び飛びなんだぜ? 年齢だって記憶違いの可能性も」
発注用のタブレットを操作しながら未だに文句が出てくる日翔である。
それに対して、今度は鏡介が溜息を吐いた。
「なんだお前はあいつより上でいたいのか?」
「そりゃあまぁ」
一応保護者だし、と続けつつ日翔はそうだな、と頷いた。
「あの時身分証明書も身元が分かるものも何も持たずボロボロの状態で路地裏に倒れてたら保護したくなるだろー」
辰弥は四年前に路地裏でボロボロの状態で倒れていたところを日翔が保護した。
辰弥は四年経った今も相変わらず自分が何者なのか、どこから来たのか、どういう生まれなのかは全く憶えていないということで日翔の家に居候している。鎖神 辰弥という名前も本人が名前すら分からないということで日翔が便宜上付けたものである。
ただ、日翔も鏡介も辰弥が真っ当な人間でないことだけは理解していた。
そのことに気が付いたのは日翔が辰弥を拾って暫くしてからの事だった。
とある依頼に日翔がミスをしてピンチに陥ったところを救ったのがいつの間にか後をつけてきていた辰弥だった。
日翔も鏡介も自分たちは裏社会の人間で殺しを生業としていることは伝えていなかった。
それなのに、辰弥はそれを察して尾行し、日翔がミスをして取り囲まれたところを、
「……たった一人であの包囲を殲滅とかなんなんあいつ」
今でも思い出すとぞっとする。
少なくとも十人はいただろうか。その、日翔に対する包囲を辰弥はたった一人で殲滅した。不意打ちであったとしてもその手際は鮮やかで明らかに手慣れたものだった。
それで二人は悟ったのだ。
「
それなら、と二人は街の裏社会の住人が集まる
ナイフによる近接戦闘もハンドガンやアサルトライフルによる中距離戦闘も、果ては
そして辰弥にはもう一つ得意とする得物があった。
それが、
「あのピアノ線マジでヤバいわ……」
先ほど床に落とされた自分の髪を拾い、日翔は呟いた。
辰弥が最も得意とする得物。
それが太さ0・1ミリの
半径数メートル以内なら確実に射程に入る。投擲するときの力加減で捕縛から切断まで正確にこなす。ピアノ線を利用したブービートラップも即座に用意する。
そんな人間がどうしてボロボロの状態で倒れていたのか、また、ここまでのスキルを持ち合わせていながら
それでも、辰弥の加入によって日翔と鏡介のチームはアライアンスの中でのランクを大幅に上げることとなり依頼の難易度も上がっていった。
二人にとって、辰弥の加入はそれぞれの立場を上げることにもなった、のだが。
「……おかんなんだよなあ……」
「いや俺はそんな風に育てた覚えはないぞ」
日翔のぼやきに鏡介が即座に反論する。
確かに「居候させてやるんだからせめて家事くらい手伝ってくれてもいいだろう」と家事の基礎を鏡介が教えたのは事実である。
日翔は圧倒的に生活能力に欠けている。彼が辰弥を保護してくるまでは鏡介がある程度の面倒を見ていたが、先の通り居候に家事を任せれば、と辰弥に家事を教えれば二年も経つ頃には日翔の家はチリ一つ落ちていない綺麗な状態になってしまった、というわけだ。
だがまさかここまでのおかんキャラになるとは誰が思ったのか。
生鮮食品が貴重で、食事といえばフードプリンタによるプリントフードが主流なこの時代に、暗殺者として得られる高めの給料のほとんどを生鮮食品の購入に充て、わざわざ手料理を作っているほどだ。
根が真面目だからかもしれないが、もう少しはっちゃけてくれてもいいんだよと思う二人であった。
そんなことを話しつつもそれぞれがそれぞれの業務を進めていると、不意に出入り口が開いた。
カラン、とドアベルが鳴り響き中に一人の女性が入ってくる。
「相変わらずこの時間は閑古鳥ねー」
一見、ごく普通の会社員に見える女性が店内を見回し二人を視認する。
「あら、鎖神君は?」
「裏で集計してるぜ」
日翔がこれが客に対してだったら確実にクレームが飛ぶ口調で女性に答える。
だが女性もそれには慣れているようで、嫌な顔一つせず日翔がいるカウンターに近寄る。
「昨日はお疲れ様、と言いたいところだけど新しい仕事よ」
「マジかよ」
女性の言葉に日翔が露骨に嫌そうな顔をする。
「なんでこうも立て続けなんだよ、こちとら睡眠不足なんだよ」
「睡眠不足は美容の敵というだろう、レディ」
鏡介も在庫チェックの手を止めてカウンターに寄ってくる。
「……相変わらず女にはキザなのね、水城君」
「それはどうも。まぁあんたには取り繕っても仕方ないがな、
別の言い方をすれば「お前を女扱いしても誰も得しない」という鏡介の発言に眉を顰めることもなく姉崎と呼ばれた女性――
「まぁ、わたしも分かってるわよ。最近の『グリム・リーパー』の稼働率は他のチームに比べて高いことくらい。でも他のチームも稼働率が上がってて」
「姉崎、そのチーム名で呼んでいるのは日翔だけだ……それはそうと
チップを受け取った鏡介がそう言うと、日翔が「なんだとー!」と反論する。
「いいじゃん『グリム・リーパー』。カッコいいじゃん死神じゃん」
実際、日翔の
響きが好きなのか死神そのものが好きなのかは鏡介は分からなかったが、日翔は頑なにチーム名は『グリム・リーパー』だと主張している。
「俺としては同意しかねる」
「まあまあ、アライアンスにはそう登録されてるんだから」
チーム名で揉め始める二人に割って入り、茜は溜息を吐いた。
このチーム、仲がいいのか悪いのか。
茜に割って入られたことで興が削がれたか鏡介が「知らんがな」という顔をしつつも彼女を見た。
「しかし、他のチームに振り分けられないほどヤバい仕事なのか?」
アライアンスはこの街の裏社会に溶け込む
この街では裏社会に依頼したい案件があればまずアライアンスと接触することになるが、アライアンスが依頼を各チームに振り分けるため基本的には依頼が特定のチームに偏ることは少ない。
依頼人が個別にチームを知っている場合はその限りでもないが、現在は茜が言うように
その理由を、茜は自分なりに理解しているつもりだった。
「あなたたちのバランスが良すぎるのよ。突破力に優れた天辻君、ウィザード級ハッカーで後方支援に特化した
「ただ?」
言い淀む茜に鏡介が先の言葉を促す。
「もうちょっと連携取りなさいよ。今はそれぞれ自分の力に任せて突破してるけど、それじゃ誰かに何かあった場合カバーできない。バランスがいいとは言ったけど、そのバランスは危うい足場の上よ」
「えー、今の状態でうまくいってんだからいいだろ」
カウンターに頬杖をついて日翔が反論する。
そうかしら? と茜はそう言い、
「ま、そのうち痛い目見たら分かるんじゃないかしら」
そう続けてバックヤードの入り口を見た。
「ああ、姉崎来てたんだ」
集計が終わったのか、ちょうど辰弥が出てきたところだった。
「やっほー、相変わらず顔色悪いんじゃない?」
まぁ生きてるのを確認したからいいけどと言いつつ茜は親指で鏡介を差し、「仕事、来てるから」と伝えた。
「君がここに来るのは仕事の連絡の時だけじゃないか」
そう言いつつも辰弥も日翔の隣に立つ。
「とにかく、仕事の件は了解した」
「わたしが言える立場じゃないけど、無理しちゃダメよー」
それじゃ、わたしは帰るわと茜はくるりと踵を返した。
そのまま手を振りながら店を出る。
それを見送り、三人は互いを見て、それから頷きあった。
「とりあえず、今夜は打ち合わせだね」
辰弥の言葉に再び頷く日翔と鏡介。
時計は間もなく最寄りの高校の下校時間を差すところ。
これから「昼の」三人の戦場が始まる。
だからなんで女子高生ご用達のファンシーショップなんかを生活の隠れ蓑にしなきゃいけないんだと思いつつ、三人は押し寄せた
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