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Vanishing Point 第1章

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 ある夜、とある研究所が襲撃される。
 襲撃の報せを受けた当直の研究員は迎撃に当たろうとするが撃たれてしまう。
 研究所で実験していた被検体を迎撃に当たらせようとする研究員。
 だが、安全装置を作動させる前に侵入者の銃撃で致命傷を負い、侵入者を攻撃した被検体は一度はがれきに埋もれるものの脱出、そのままどこかへと消えていく。

 場所は変わってとある街。
 ある家に侵入したGeneとBloody Blue、そして遠隔で援護しているRainの三人は警備を排除しつつターゲットの部屋に到達、依頼を遂行する。

 女子高校生向けファンシーショップ「白雪姫スノウホワイト」で働いている辰弥たつや日翔あきと鏡介きょうすけの三人。
 この三人は表向きはこの店で働く店員だったが、その実は暗殺連盟アライアンスの暗殺チーム「グリム・リーパー」でチームを組むBloody Blue、Gene、Rainであった。
 通常業務をこなす三人の元に、アライアンスからのメッセンジャー、あかねが依頼をもってやって来る。

 

《準備はいいか?》
 辰弥は視界に映り込む、日翔はCCTのホログラムティスプレイに映し出された鏡介に大丈夫だと頷く。
《今回の依頼は指定暴力団マルボウ山手組やまのてぐみ』からかよ。なんで反社の手伝いしなきゃいけないんだ》
 そんなことをぼやきつつ鏡介が茜から受け取ったチップのデータをロード、資料を展開する。
 数枚の写真と通信記録が二人にも共有される。
《ああ、『山手組』のシマを荒らした麻薬密売グループバイニンがいるのか。で、今回はこいつらを消せ、と》
《んなもん『山手組』にも専属の暗殺者キラーいるだろー、なんで俺たちが》
 今回、辰弥と日翔はそれぞれの自室にいる。
 そのため辰弥の聴覚には日翔の声が重複して届くことはない。
《ぶっちゃけ断ろうぜー、テメェのケツはテメェで拭けって》
(この街から出ていきたいならそうすれば?)
 彼らの住む上町府うえまちふにおいてアライアンスが大きく表沙汰になることなく裏社会で活動できているのはこの『山手組』の影響であるところも大きい。『山手組』幹部が表社会と癒着して圧力をかけたりもみ消したりしてくれるからこそ、上町府のアライアンス所属フリーランスは何かあっても守られている。
 つまり、『山手組』を怒らせればアライアンスの上町府での活動を危険にさらしかねないためアライアンス自体が怒らせた張本人を消すことも十分考えられる。
 それが分かっているから、日翔の無責任な発言に辰弥は苦言を呈さざるを得なかった。
(俺たちがアライアンスで守られているのは『山手組』のおかげだ。二人とも、嫌なのは分かるけど受けざるを得ない)
《わーってますよー……でもなんで今回はアライアンスに依頼投げたんだ?》
《……『山手組』の中に裏切り者がいるかもしれないな。それなら下手をすれば情報が洩れる》
 GNSの演算に頼らず自前のハイスペックPCで情報をまとめているのだろう、鏡介の視線がせわしなく動いている。
《麻薬の取引現場はアライアンスの情報班が既に特定、取引日時も割り出せているが組が下手に動けないからアライアンスに投げた感じだな》
 そう言いつつ鏡介が地図と該当地点の建物及び見取り図を共有する。
《廃棄された工場だが取引の現場として取り壊さず利用されている。今、ネットワークを確認したが監視カメラと赤外線センサーの反応がある》
《相変わらず仕事が早いな》
 打ち合わせをしつつ現場を下見ハッキングしてセキュリティ周りを特定する鏡介に日翔が舌を巻く。
(でも、当日に監視が増える可能性と見張りの人間を置く可能性はあるよね?)
 見取り図に光点で追加される各種セキュリティの位置を見ながら辰弥が確認する。
《そうだな。セキュリティ周りはスタンドアロンの制御システムがあった場合辰弥の力を借りることになるが全て無効化できる。ただし人間に関しては自力で排除してくれ》
(……で、取引に関わる人間は皆殺しでいいの?)
 辰弥のその発言を聞いた日翔は「物騒な表現するなあ」とふと思った。
《『殲滅しろ』だそうだ。『誰一人生きて帰すな』とのことだ》
 ……まだ「皆殺しにしろ」という表現のほうが可愛かった。
 日翔はそんなことを思いつつ、辰弥はそれなら気が楽だと言わんばかりの表情で「了解」と返答した。
《次の取引日程は三日後の0時、それまでに準備だ》
《あいよ》
《それと辰弥、個別で話がある。後で個チャに来てくれ》
 辰弥としては全く想定していなかったことにいささかの驚きを隠しつつも了解、と返答する。
 日翔はというと「密談とかずーるーいー」などと嘯いていたがそれ以上は詮索せず会話から退出する。
 ただ、それだけでは彼がうっかり再入室することもあり得るため辰弥も退出、鏡介の個別チャットに接続する。
(個別で話とは、そんな珍しいわけじゃないけどどうしたの?)
 入室早々、前置きなく単刀直入に辰弥が尋ねると鏡介がああ、と返答する。
《GNSのポートを拡張したい。お前の脳の話だから一応許可は必要だと思ってな》
(別にいいよ?)
 辰弥は即答した。
 GNSは脳に小規模な手術を行って導入されるもの、人類の約九割はGNSを導入するほど普及はしたが、まだまだ導入に抵抗感を持つ人間は少なくない。日翔が未だにCCTを使っているのもそれが理由だ。
 だが、辰弥はその抵抗感が全くないのかメンバーとなって早々、鏡介がハッカーだと知るや否や「俺がGNS導入するからそれ使ってスタンドアロンの端末攻めたりできない?」などと提案してきたのだ。
 ウィザード級ハッカーとアライアンスに認知されているとはいえ、ネットワークに接続されていないスタンドアロンの端末のハッキングは流石の鏡介も現地に赴かないと行うことはできない。しかし、辰弥の提案を受け入れれば彼のGNSポートから端末に接続することで遠隔でのハッキングが可能となる。
 それでも、はじめは鏡介も反対したのだ。「それはお前を危険にさらすことになる」と。
 鏡介はPCをメインで使用しているがGNSは人間の脳をコンピュータとして拡張するもの、そこからネットワークを通じてハッキングを行うことは可能である。
 ただし、セキュリティに引っかかって抵抗された場合、防御プログラムにより脳に注入したナノマシンや制御ボードを暴走させらせ「脳を焼かれる」ことになる。
 実際、鏡介もハッキングに失敗して脳を焼かれ死亡したハッカーを何人も見てきた、いや、自分が「脳を焼いた」人間を見ているため分かっている。
 自分がそんな凡ミスを犯すことはあり得ないとは思っているが、それでも自分のハッキングで仲間を危険にさらすことだけは嫌だった。
 それでも辰弥は鏡介の反対を押し切った。
 何が彼をそこまで追い立てたのかは鏡介には知る由もなかったが少なくとも彼が自分に対して絶大な信頼を寄せている、ということだけは理解した。
 余程の信頼を寄せていない限りこのような行動をとることはあり得ない。
 それならその信頼に応えることが筋だろう、と最終的に鏡介は提案を受け入れた次第だ。
 受け入れてしまえばあとは慣れたもので時折こうやって辰弥の許可を得てはGNSに違法な改造を施すことがある。流石にGNSの改造は拒否されると思っていたがそれすら辰弥は受け入れ、鏡介の端末として行動している。
 そんな、鏡介の考えに気が付いたのか。
(そんなに気に病まなくていい。俺が君に協力したいと思ってるだけだから)
 思わず、辰弥はそうフォローしていた。
 全ては自分の選択だから何かあっても君の責任ではない、と。
《どうしてそこまで》
 俺は日翔ほどお前の面倒を見ていないぞ、という鏡介の言葉に辰弥は苦笑した。
(理由、言わなきゃいけない?)
 辰弥のその発言に、鏡介が一瞬ドキリとする。
 何を考えているんだこいつは、と思うが平静を取り繕いいいや、と断る。
 彼が自分のことを信頼してくれているならそれでいいじゃないか、と鏡介は自分を納得させた。
《そこまで詮索する気はない。だからさっきの発言は取り消しさせてもらう》
 まさかの発言取り消しに辰弥はえぇー、と声を上げた。
(セコい。発言取り消しはセコい)
《なんだよ、お前こそ理由が言いたいのか》
 それが、鏡介の敗因となった。
 辰弥が待ってましたとばかりに空中に指を走らせ、GNSのストレージを操作する。
 鏡介のテキストチャットに一枚の画像が添付される。
(その写真見て)
 辰弥はそう言うと、ニヤニヤして鏡介の反応を窺う態勢に入る。
 そのニヤニヤ顔に若干の不安を覚えつつ、鏡介は画像を拡大した。
《ぶっ!》
 鏡介がエナジードリンクでも飲みかけていたか盛大に噴き出す。
 ウィンドウいっぱいに広がるあられもないポーズをとった全裸の女性の写真が彼の視界に入る。
《……》
(ん? どうかした?)
 相変わらずニヤニヤ顔の辰弥に、鏡介のこめかみに青筋が浮かぶ。
《おい辰弥てめえその脳焼くぶっ殺す!!!!
 鏡介の絶叫が、聴覚フィルタリングされて辰弥に届けられた。

 

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