Vanishing Point Re: Birth 第1章
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序 Re: Start Point -再出発点-
――
その事実が
日翔が
今回、引っ越しの疲れで症状が一時的に悪化したのだろうとは思う。実際、全身の力が入らず急激に倒れたがすぐに身体を起こし何事もなかったかのように振舞おうとしているが指先の細かい動きは難しく、さらに構音障害も出始めたのか発音が不明瞭となっている。
そこで、
インターホンが鳴り、
その声に驚きの色が含まれていることに辰弥が疑問符を浮かべる。
「喜べ辰弥、日翔。心強い味方だ」
そんなことを言いながら鏡介が玄関に出て医者を迎え入れる。
入ってきたのは白衣を着た女性。
「はーい、何日ぶりかしらー?」
テンション高く入ってきた彼女に、辰弥が
「……
「うげ、『イヴ』……?」
入ってきた女性――「イヴ」こと
「そうそう、今日からわたしも武陽都所属になったからー! まさか配属初日に日翔くんに呼ばれるとは思ってなかったわよー」
そんなことを言いながらてきぱきと鞄から聴診器を取り出す渚。
辰弥がどうして、と訊ねる。
「えー、やっぱり日翔くんと鎖神くんのことが心配でね。流石に武陽都所属の医者もALSの治療ノウハウなんてないだろうし、LEBの秘密を知ってる人は少ないほうがいいだろうし、日翔くんの方で
てへぺろ、と舌を出しかねない雰囲気の渚に辰弥は心強さを覚えた。
とても軽いノリで診察する渚だがその腕は確かで辰弥も何度助けられたことか。
武陽都という慣れない地で慣れない医者にかかるよりは渚に診てもらったほうが心強い。まして、辰弥の輸血パックの確保は課題の一つだったところだ。
それは日翔も同じだったようで、彼もなんだかんだ言いながらほっとしたような面持ちで渚を見ている。
「日翔くん、無茶しちゃって……」
そう言いながら日翔の手を握って動きを確認した渚が辰弥と鏡介を見る。
「……席、外してくれない?」
「え――」
渚の言葉に辰弥がたじろぐ。
「なんで、日翔の病気のことは俺だってもう――」
俺に隠す必要なんて、と言う辰弥の肩に鏡介が手を置く。
「鏡介まで――」
「『イヴ』が席を外せと言う時は他には絶対聞かれたくない話をするときだ。恐らくは――」
そこまで言って鏡介が目を伏せる。
「……分かった」
鏡介の行動に辰弥も何かを察したか、渋々ではあるが立ち上がり、鏡介と共に一旦家を出る。
二人が家を出たのを確認し、渚は改めて日翔を見た。
「あとどれくらいって言われたの」
日翔が一度目を伏せ、それから唇を振るわせる。
「……あと、半年保てばいい方だって」
その日翔の言葉は不明瞭だったが、渚は確かに聞き取った。
「……
「ちょっと、まだ色々検査するから大人しくしてて」
「どうせ検査したところで良くなるわけでもねえだろ」
そう毒づき、日翔がふう、と息を吐く。
「ちょっと待って――息、ちゃんとできてないんじゃないの!?!?
」
渚も失念していた。
日翔が現時点で健常者と同じように動けているのはインナースケルトンの補助があるからであって、それが関わって来ない部分は早い段階で症状が進行していることに。
現時点で構音障害が顕在化しただけでなく、呼吸筋もかなり弱まっているのでは、と渚は判断した。
「日翔くん、もう暗殺はやめて延命に専念した方がいい。このままでは日翔くん――半年も保たずに、死ぬわよ」
思わず渚の口から出た言葉。
その言葉に日翔がはっとする。
――半年も、保たない。
御神楽の医療チームに「半年保てばいい方」と言われた時にはまだ実感が湧いていなかった。
半年あれば色々準備をして、「その時」が近づけば何も言わずに辰弥のもとを去って一人で死ねばいいと思っていた。
しかし、その半年ですら、残されていないのか。
そもそも医療チームの話も「無理はせず延命に専念すれば」という条件がついていた。
それを今までと変わらず動いていれば、当然その分余命は短くなる。
それは分かっていたはずなのに、日翔はまだ働こうとしていた。
あと数回「仕事」をこなせば、借金は全て返済できるから。
「辰弥くんには言いなさい。保護者なんでしょ」
渚の言葉が日翔に突き刺さる。
それでも、日翔は首を横に振ってそれを拒絶する。
「……あいつには幸せになってもらいたいのに……俺のことで苦しめたくねーよ……」
その日翔の言葉は弱々しいものだった。
「日翔くん……」
渚も日翔の気持ちが分からないわけではなかった。
辰弥を苦しめたくないから言えない、それは分かる。
しかしその結果がより彼を苦しめることになるとは日翔も分かっているはずだ。
それでも、日翔は打ち明けられない、と言う。
ふぅ、と渚はため息を吐いた。
「……わたしは医者だから日翔くんが開示してと言わない限り二人にこのことは開示しない。だけど、日翔くんの口からちゃんと伝えることはお勧めするわ」
「……そのうち、な……」
日翔が弱々しく呟く。
「……まだ、言えねーよ……あいつらに……辰弥になんて言えばいいか、分からねえ」
震える手で弱々しく拳を握り、日翔が呻く。
「だから、なんとかしてくれよ」
「日翔くん……」
「『イヴ』ならできるだろ、俺がもう少し働けるように調整するくらい」
せめて、ぎりぎりまではなんともないと二人に思わせておきたい。
だが、渚はそれを首を振って否定する。
「医者をなんだと思ってるの。できないことはできないわよ。今のわたしにできることは現状をなるべく引き延ばすこと、そして言われた余命まで生きさせること。前と同じような状態にするなんて、魔法使いでもない限り、できない」
はっきりと、渚は言い切った。
これが他の患者であればもう少しオブラートに包んだ表現をしただろう。
相手が日翔だから、湾曲表現では伝わらないからと渚ははっきり宣言した。
「だから仕事は辞めて延命に専念しなさい。鎖神くんも、きっとそれを望むはず」
「それができねえから頼むって言ってんだよ」
日翔が渚の白衣を掴む。
だがその手に力はなく、渚が腕を掴めばあっさり離れてしまう。
「もうやめて、日翔くん。わたしはいい、だけど二人をこれ以上苦しめないで」
「『イヴ』……」
日翔が渚を呼ぶ。
渚が首を振り、そっと日翔の手を握った。
「頼む、『イヴ』。ギリギリまでは、俺、頑張りたい」
「日翔くん……」
聞き取りづらい日翔の言葉。
そういうレベルで彼のALSは進行しているのに、まだ諦めないというのか。
なるべくなら日翔の希望に沿いたいと考えていた渚だったが、それでも状況はあまりにも悪すぎる。
それでも日翔が諦めないというのなら――。
「どうしても、と言うのならわたしは可能な限りあなたの要望に沿うようにはする。だけど――余命は保証できない。それでもいいの?」
念の為に渚が確認する。
日翔が頷く。
分かった、と渚も頷いた。
「だったら――まず、
渚にできる最大限の譲歩。
一瞬、日翔が渋るような顔を見せたがすぐに思い直し、頷いた。
「……分かった、GNSは入れる」
オーケー、と渚は日翔の手を掴み、立ち上がらせる。
「二人には一過性のもの、とだけ伝えておくわ。ただし構音障害に関しては進行してるからGNS入れさせる、ということで」
「……すまん」
日翔が謝る。
「謝らないで。調子狂うから」
そう言ってから、渚は日翔の目を見る。
「……でも、
「……ああ」
渚の言葉に、日翔は小さく頷いた。
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