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Vanishing Point Re: Birth 第1章

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 日翔あきとが倒れ、呼ばれて来た武陽都ぶようと暗殺連盟アライアンス所属の医者は渚だった。
 辰弥たつやには余命のことなどはどうしても語りたくないという日翔に、渚はGNSを入れろとしか言えなかった。

 

 「グリム・リーパー」に補充要員が派遣されるという話が鏡介きょうすけよりもたらされる。
 三日一巡後に顔合わせをするということになり、辰弥は補充要員のプロフィールを確認する。

 

 
 

 

「……やっぱり、制御できない?」
《そうだな、強化内骨格インナースケルトンの出力調整がうまくいかねえ》
 日翔が裏社会で生きるきっかけとなったのが体内に埋め込まれたインナースケルトン。
 ALSの根本的治療にはならないが低下する筋力を補い、動くために日翔は裏社会の伝手を使ってインナースケルトンを埋め込まれていた。
 その出力調整が行われることなく日翔の両親は殺され、日翔本人も上町府を牛耳る反社組織の人間を殺害し、その結果アライアンスで暗殺者として生きることになってしまった。
 しかし、インナースケルトンはALSを克服するものではない。
 筋力の低下は遅らせることができたがそれでも症状は進行し、現時点では一見健常者と変わらない動きができているようでも細かい動きはできなくなっている。
 それだけではない。
 GNSの導入で今まで制御できなかった出力は調整できるようになったが、日翔がまだGNS自体に慣れていないためその出力の微調整がうまくできていない。そのため、今までと同じ感覚で手を出しては出された食器を握りつぶすことが日常茶飯事となってしまった。それを少しでも制御できるようにとリハビリとしてハンドグリップを使用していたが本来握力を付けるために使うハンドグリップが簡単に握りつぶされてしまうという状態になっている。
 握りつぶされた数々のハンドグリップに視線を投げてから、辰弥は背後に立つ日翔を見る。
「……やっぱり、もう無理しないほうが」
《何言ってんだ、俺はまだ大丈夫だよ。それに俺がいなかったらお前らまともに働けないだろ》
 やっぱり「グリム・リーパー」の最大戦力は俺だからと笑う日翔に辰弥の胸が潰れそうに痛む。
 そんなことはない、俺だって戦える、そう言いたかったがそれをぐっと飲み込む。
 日翔はもう長く生きられないことは分かっている。言葉が発せなくなった時点でいずれは呼吸もままならなくなり死んでしまうということは理解している。
 それを回避する唯一の方法が義体化。
 全身を義体にしてしまえば日翔のALSは克服できる。
 それは本人も分かっていることなのに、日翔はそれを頑なに拒絶した。
 「ホワイトブラッドを体に入れたくない」、ただそれだけの理由で。
 全身を義体にすれば当然その義体を維持するために体内に人工循環液ホワイトブラッドを入れることになる。
 今はいない日翔の両親がそれを忌避する反ホワイトブラッド派の人間だったことは本人から聞いている。
 両親の影響か、本人の意思なのかは分からないが日翔は誰が説得しても義体化を拒んだ。
 「ホワイトブラッドを入れるくらいなら死んだほうがマシだ」とまで言って。
「……」
 辰弥が苦しそうな視線を日翔に投げる。
 しかし日翔はそれに気づかなかったかのようなそぶりで手にしていたハンドグリップを握りつぶす。
《で、一体何を話してたんだ?》
 日翔の問いに、辰弥がああ、と頷く。
「『グリム・リーパー』に補充が入るって」
《マジか》
 別に俺だってと反論する日翔だが、それは鏡介が制止する。
「お前は戦力外寸前。辰弥は新人扱い。そして『グリム・リーパー』は武陽都では信用も実績もゼロ。補充要員くらい送られてくるだろう」
《そっか……》
 ほんの少し、しゅん、とした日翔の肩を鏡介が叩く。
「喜べ、補充要員は女だ」
《それ、喜ぶ要素ないんですけどー》
 それに鏡介は女が苦手なのに大丈夫なのかよ、と逆に指摘され、鏡介は苦笑した。
「……それな。正直、どうして女なのか俺も疑問に思っている」
「野郎三人の首輪にはちょうどいいと思ったんじゃない?」
 補充要員が女性だったことに特に疑問を抱いていない辰弥がそう言い、それから少しだけ考えるそぶりを見せる。
「……まぁ、依頼によっては女性の方が有利な場合もあるだろうし」
《今までは辰弥が女装して潜入してただろ。辰弥なら小柄だし女装しても違和感なかったから別に……》
 だから別に補充なんてなあとぼやく日翔を辰弥がじろりと見た。
「なんで俺の女装前提なの」
《可愛かったから》
 あっけらかんとした日翔の返答。
 辰弥が一瞬硬直する。
「……はぁ?」
 一瞬の沈黙の後に辰弥の口から洩れた言葉はかなり棘のあるものだった。
 その反応に日翔が慌てて辰弥を止める。
《辰弥! ストップ! ストップ!》
「落ち着けお前ら。それはそうと、三日一巡後に顔合わせだ、身だしなみくらいちゃんとしておけよ」
 鏡介が割り込み、二人を止める。
「……ったく……」
 憮然としている辰弥。女装はそんなにも嫌な思い出だったのか。
 一方で日翔は「まあいいや」などとぼやき、それから先の話はなかったかのように話題を変える。
《ところで今日の夕飯は何なんだ?》
「あ……」
 話題を変えた日翔に辰弥が声を上げる。
「……ドリアにしようと思ってる」
《そっか、今日も楽しみだな》
 日翔は気づいていない。
 辰弥がさりげなく食事のメニューを比較的飲み込みやすいものに切り替えていることに。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

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