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Vanishing Point Re: Birth 第1章

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 日翔あきとが倒れ、呼ばれて来た武陽都ぶようと暗殺連盟アライアンス所属の医者は渚だった。
 辰弥たつやには余命のことなどはどうしても語りたくないという日翔に、渚はGNSを入れろとしか言えなかった。

 

 
 

 

  第1章 「Re: Verse -反転-」

 

「辰弥、暗殺連盟アライアンスから連絡があった」
 辰弥が食事の準備をしていると、鏡介がキッチンに乗り込んできてそう口にする。
「アライアンスが?」
「ああ、『グリム・リーパー』に補充要員を入れる、とのことだ」
 そう言った鏡介が苦々しそうな顔をする。
「……正直、俺だって戦える。だから俺とお前の二人で充分だ、とは断ったんだが、アライアンス側としては『天辻あまつじの借金はこちらが引き継いだ。この指示が呑めないようならその借金を一括で支払ってもらう』と言い出してな」
「……なんという無茶振り」
 上町府うえまちふのアライアンスは結構ゆるくやってくれていたんだな、と思いつつこれが本来のアライアンスの在り方か、と考える。
「まぁ、そう言われたら受け入れざるを得ないよね。で、誰が来るの」
 このマンションに住んでる人だったらある程度は挨拶済みだから分かるけどとぼやきつつ辰弥が言葉の続きを促す。
 実際、上町府もアライアンス所属の暗殺者の多くがまとめ役の山崎やまざき たけるが管理していたマンションをセーフハウスとして利用していた。
 それは武陽都ぶようとのアライアンスも同じだったようで、越してきた早いタイミングで三人は顔合わせを済ませている。
 中には単身ソロで活動しているメンバーもいたため、その中の誰かが補充されるというのだろうか。
「……プロフィールは送ってもらった」
 そう言いながら鏡介が辰弥にデータを転送する。
 転送されたデータを開き、辰弥はプロフィールを見た。
「……秋葉原あきはばら 千歳ちとせ……聞かない名前だね」
 視界に映し出されたプロフィールに目を通し、辰弥が呟く。
 それから写真を見て、彼はふーん、と呟く。
 そこに写っていたのは一人の女性。
 肩までかかる程度の黒髪の、まだあどけなさの残る少女と言ってもいい雰囲気の彼女。
「どうだ?」
「え? どうって」
 鏡介の言葉の意図が分からず、辰弥が首をかしげる。
「今ので何となく思ったんだが、お前、興味なければ初手で『別に』とか言うだろう。そう言わないというのがほんの少しだけ気になってな。まさか――」
 そこで一度言葉を切る鏡介。
 辰弥が言葉の続きを促す。
「一目惚れしたんじゃないか、とか」
「……は?」
 思いもよらなかった鏡介の言葉に辰弥が思わず声を上げる。
「まさか」
「俺が考えすぎだというなら悪かった。少しだけ、な……」
 一目惚れをしたわけではないが、この女性に何かしらの興味を持っているのは確かだろう。そう思いつつも鏡介はまぁ、と呟いた。
「今まで三人でやってきたのに一人追加されるから不安になっているのか? まあ、それは俺も同じだ。だが……慣れるしかないな」
 辰弥のその感覚を不安ととらえた鏡介がそう言って辰弥の頭にポンと手を置く。
「だから子供扱い――」
「七歳児が偉そうに言ってるんじゃない」
 そう言ってから、鏡介はさらに言葉を続ける。
「顔合わせは三日一巡後、その後手始めに一つ依頼を受けて欲しいとのことだ」
 全く、どうして俺がリーダーにならなきゃいけないんだと鏡介がぼやく。
 上町府にいた頃、「グリム・リーパー」は辰弥をリーダーとして活動していた。
 しかしあの「ノイン」との戦いで死んだとされる辰弥は上町府を出るまでその生存を秘匿することとなった。上町府のアライアンスに辰弥の生存を秘匿したほうがいいと判断した理由。それは、辰弥がカグラ・コントラクターに捕らえられた際の救出作戦でアライアンスのまとめ役、猛が裏社会の一大組織「カタストロフ」の協力を仰いだことにある。
 そして、その救出作戦は複数のPMCや反御神楽みかぐらを謳うレジスタンスも巻き込み、単純な費用としては億単位の金額が飛ぶこととなった。
 しかし「カタストロフ」はその費用のほとんどを請求せず、日翔と鏡介がIoLイオルに密航する際の費用と幾ばくかの武装支援の費用のみを請求した。
 そこに鏡介は疑問を覚えたのだ。
 猛は「カタストロフ」に辰弥の、いや、雪啼ノインというLEBの存在を示唆したのではないかと。そして「カタストロフ」はLocal Eraser BioweponLEBという存在に興味を持ったのではないのかと。
 雪啼を引き渡す、という契約は成されていなかったが「カタストロフ」は裏社会で暗躍する巨大な組織。血肉から武器弾薬を生成できる、義体でもないから義体チェックにも引っかからない、そんな存在が組織にいれば暗殺も破壊工作も思いのまま。
 それは辰弥エルステというLEBを有している「グリム・リーパー」だから分かっている。そしてその存在を表に出してはいけない、ということも。
 それがあるから辰弥の生存は上町府には秘匿していたし武陽都に移籍した時も辰弥は「素質のある人間を見つけたから面倒を見ることにした」ということで登録している。
 そういうこともあって現在の「グリム・リーパー」は鏡介をリーダーに据え、活動している。アライアンスにあてがわれたセーフハウスも鏡介の名義となっている。ALSの進行で余命宣告を受けている日翔では先がないからと三人で話し合った結果だ。
 アライアンスの補充要員の話も恐らくは日翔が遠からず戦力外になるから。実戦部隊として辰弥はいるがそれも新人扱い、鏡介は右腕と左脚を義体化したことで戦力として強化はされたがメインはハッキングであることを考えるともう一人くらいは実際に暗殺できる人間を送り込んだ方が確実なのだろう。
 ――いや、監視目的か。
 ふと、鏡介が考える。
 上町府での「グリム・リーパー」の活躍は武陽都のアライアンスにもある程度は伝わっているはず。それでも一人は新人、一人は戦力外寸前という現状も把握しているだろうし第一、アライアンス所属のフリーランスが移籍することは本来ならあり得ない。
 あり得るとしたらトラブルを起こして追放され、流れてきたという状況が大半なのでアライアンスも警戒しているのだろう。
 実際のところ、「グリム・リーパー」も御神楽に喧嘩を売ったという実績があるため警戒くらいはされて当然である。
「……まあ、新しい土地だから信用も実績もゼロだからね。日翔のこともあるしそりゃ不安もあるか」
 千歳のプロフィールを閉じ、辰弥が呟く。
「とりあえず、三日一巡後の顔合わせ次第だね」
「ああ、使える奴だといいが」
 そんなことを二人が話していると、
《お前ら何話してんだよ、『グリム・リーパー』の話だったら俺も混ぜろ》
 二人の電脳GNSに日翔の言葉が届く。
 と、同時に日翔がぬっ、とキッチンに顔を出してきた。
「ああ、日翔」
 辰弥が日翔に視線を投げる。
「調子は大丈夫なの?」
《ああ、今のところは》
 顔は出しているものの日翔は一言も言葉を発していない。
 引越ししてから、日翔が自分の口で音声を発することはなくなった。
 インナースケルトンで手足の筋力は補えても他の部分の筋力の衰えは補うことができない。
 引越し直後に倒れた日翔はその時点でまともに発声することはできなくなっていた。
 診察に来た渚の診断により、日翔は「怖いから」という理由でずっと導入していなかったGNSを漸く導入することとなった。
 それにより、会話は滞りなくできるようになったが日翔の肉声はもう聞くことができない。
 その時点で辰弥も鏡介も日翔には「もうお前は前線に立つな」と何度も説得されたがそれでも日翔は折れなかった。
「まだ大丈夫だ」と。
 しかし、「大丈夫」と言う人間に限って大丈夫ではないのが世の常で。
 日翔がこちらに顔を出したということは、と辰弥は小さくため息を吐いた。
「……こっちに来たってことは……」
 辰弥が調理の手を止めてリビングに移動する。
 テーブルの上には変形したハンドグリップがいくつも置かれていた。
 そのいずれもが日翔が握り潰したものであると分かっているのでため息すら出ない。

 

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