Vanishing Point Re: Birth 第1章
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「グリム・リーパー」に補充要員が派遣されるという話が
話に加わった日翔の体調を気遣う辰弥。
しかし、GNSに不慣れな日翔は
三人が指定された喫茶店に入ると、新しいメンバーは既にまとめ役と共に待っている状態だった。
「遅れてすまない」
鏡介が代表して二人に声をかけると二人が立ち上がり、三人を見る。
「ああ、来ましたか。資料にはもう目を通していますよね?」
まとめ役がちら、と隣に立つ女性に視線を投げると、彼女は三人に向かってぺこりとお辞儀をした。
「秋葉原 千歳です。
そう言って頭を上げ、女性――千歳が三人を順番に見る。
鏡介、日翔、辰弥の順に見て――そして、千歳は辰弥に向かって微笑んで見せる。
「――っ、」
千歳の笑みに辰弥が息を呑む。
妖艶、とかそんなものではない。ただ普通に笑っただけなのに、今まで感じたことのない感覚を覚える。
上町府にいたころも暗殺の隠れ蓑として女子高生が足しげく通うファンシーショップの店員をしていたし、それなりに人気もあったので女性と会話することも、笑いかけられることもよくあった。しかし、彼女たちに対してこんな感覚を覚えたことはない。
どきり、と心臓が跳ね、辰弥はそれを気取られぬよう自分を抑える。
資料を見た時に鏡介が「一目惚れか?」と言っていた。あり得ないとは思っていたが、なぜか彼女を前にしていると、その言葉を思い出し、彼女に対して平常心ではいられなくなってしまう。
「? どうかしましたか?」
千歳が首を傾げる。
「……いや、なんでもない」
千歳から目をそらすように顔を背け、辰弥が呟いた。
「資料でもう見ているだろうが俺が『グリム・リーパー』をまとめている
鏡介がざっくりとメンバーを紹介しつつも辰弥を見て声をかける。
「いや、本当に何でもない」
「なんでもなければ目を逸らしたりしないだろう。まさかお前――」
本当に一目惚れか? と鏡介が一瞬考える。
あり得ない話ではない。いくら生物兵器であったとしても人と同じ思考を持ち感情を持つのであれば好意というものくらい抱いてもおかしくない。
それが一目惚れであっても、おかしくないのだ。
しかし、当の辰弥は「違う」とそれを否定する。
「いや、そんなことは――」
「
辰弥が鏡介の後ろに隠れようとするところを見逃さず、千歳は彼の前に歩み寄り、その手を取った。
「っ――!」
反射的に辰弥が振り払おうとする。
しかし、千歳は流石暗殺者と言うべきかその手を振り払われることもなくしっかりと握り、辰弥に微笑みかける。
「そんな怖がらなくてもいいですよ。私、敵じゃないですよ」
そんな千歳の様子に、鏡介は「あ、これはダメなやつだ」と思った。
辰弥は良くも悪くも純粋である。確かに知識に関しては三人の中でも突出しているし暗殺技能も一番高いかもしれない。
しかし、見た目は成人であったとしても実年齢は一桁だしその分経験というものも少ない。思考に関しては「ただのマセガキ」である。
そんな辰弥が真っ当に成長するには千歳は刺激が強すぎる。
今のところは悪い虫がつかないように牽制しておくか、と考え、鏡介は、
「それくらいにしておいてやれ。こいつは人見知りだ」
そっと二人に割って入り、千歳を止めた。
「……あ、ごめんなさい! 私、つい……」
鏡介に止められ、千歳が手を引っ込める。
その動きが何故か計算されたものに見えて、鏡介はわずかに眉をしかめた。
こいつ、まさか辰弥を狙っているのか? などと思いながら辰弥を見る。
その当事者の辰弥はおどおどしたように自分の手を眺めていた。
《辰弥?》
心配そうに日翔が辰弥を見る。
「大丈夫……。ちょっとびっくりしただけ」
秋葉原の手、柔らかかったな、と辰弥がふと思い、それから首を振る。
こんなことを考えている場合ではない。
これからこの女性と共に依頼を進めていくことになる。
実際、どこまで使えるかどうかは分からない。
しかし、いずれ動けなくなるだろう日翔のことを考えると今のうちに千歳の実力は把握しておいた方がいい。
ちょうどその実力チェックを兼ねた依頼も届いている。
データチップを鏡介が受け取るのを見てから、辰弥はもう一度千歳を盗み見た。
じっと辰弥を見ていた千歳と目が合う。
にこり、と千歳が笑う。
「……」
目を逸らし、辰弥はため息を吐いた。
何故だろう、こんなに気になるのは。
「今回の依頼は指定したガレージで行われている取引の妨害。取引相手を殺害し、『商品』を回収、指定の場所に運ぶことです。詳しくはデータチップに登録してありますので四人で確認を」
分かった、と鏡介が頷き千歳を見る。
「秋葉原、とりあえず、打ち合わせ用にGNSのアドレスを教えてくれ。打ち合わせ自体は
鏡介の言葉に千歳が頷き、三人にGNSアドレスを転送する。
通知音と共に辰弥のGNSにも千歳のGNSアドレスが送られてきて、忘れないうちにアドレス帳に登録し、日翔たちと同様に自分のGNSアドレスを転送する。
「打ち合わせの件、分かりました。皆さんのお宅にお伺いすればよろしいのですか?」
千歳の確認に、鏡介が「いや、」と首を振る。
「秘匿回線をつなぐから来る必要はない。それに夜日の深夜だ、出歩くのも危険だろう」
鏡介としては千歳に家バレすることは別に脅威ではない。アライアンスのメンバー同士で家の出入りはよくある話である。
彼が千歳に「来る必要はない」と言ったのは純粋に夜日の深夜帯に女性を一人で出歩かせるのは危険だし下手をすれば職務質問されかねないから。
オンラインで打ち合わせをすることも盗聴の危険性は存在するが、基本的に鏡介が開いた秘匿回線で行うため千歳がスパイでもない限り、いや、スパイであったとしても鏡介が張った網にかからず情報を外部に漏らすことは不可能。
分かりました、と千歳が頷く。
「では、今夜八時にお邪魔します」
千歳がそう返答すると、まとめ役は「それなら」と四人を見る。
「私はここで失礼します。みなさんは親睦でも深めていただければ。ああ、今回の飲食は全て私にツケるよう話を付けているのでお気になさらず」
そう言って、まとめ役がテーブルを離れていった。
「……それなら、お言葉に甘えて」
そう言いながら鏡介が四人掛けのテーブルの席の一つに腰かけ、日翔がその隣に座る。
「え……」
空いているのは千歳の隣だけで、辰弥が困惑する。
「どうしましたか?」
まごついている辰弥に千歳が声をかけると、彼ははっとしたように残りの椅子に腰かける。
「ここのケーキセット、美味しいんですよ。払ってもらえるならお言葉に甘えて頼んじゃいましょう」
千歳が楽しそうにそう言ってメニューを広げる。
「ああ、俺は義体の都合上生身用の食事はあまり摂らないことにしているからコーヒーだけでいい」
真っ先に鏡介が答え、辰弥と日翔を見る。
その彼の言動に辰弥は「警戒してる」と漠然と考えた。
鏡介は内臓をほぼ全て義体化しているとはいえ生身用の食事も吸収できる機能は備えている。実際、少量ではあるが辰弥が作った食事も摂っている。
流石に栄養素の吸収に関しては義体用のエナジーバーとゼリー飲料の方が効率がいいため辰弥の料理は味わう程度にとどめているといっても過言ではないが、出先では基本的に出されたものは口にする。
それを早い段階で拒否しているということは千歳に対して何らかの警戒心を持っている、そう判断できた。
――まあ、鏡介女性苦手だもんな……。
外見は三人の中でも一番女性好みする容姿をしている鏡介だが、幼いころからとんでもない毒婦に手玉に取られた経験でもあるのか極度の女性不信なところがある。恋愛なんてもってのほか、俺は一生独身で通す、と地で行っているような彼が上町府にいたころ隠れ蓑にしていたファンシーショップでどれほど苦い思いをしてきたかは辰弥もよく分かっている。
だから、鏡介が千歳の提案を蹴ったのも無理な話ではない、と納得する。
《よっしゃ、俺はこの金魚鉢パフェとアイスコーヒーで》
「……日翔、よく食べるね……」
うきうきしながらオーダーを決める日翔に辰弥が苦笑いする。
ALSが言葉を発せないレベルまで進行しているとはいえインナースケルトンの補助はあるし嚥下障害はまだはっきりとは出ていない。今は食べたいと思うものを食べさせるのが一番いいだろう。
「……じゃ、俺はこの季節のケーキと紅茶を頼もうかな」
辰弥もオーダーを決め、店員を呼んで注文する。
届いたケーキを口にするが、隣に座った千歳のことが気になり、味は全く分からなかった。
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