Vanishing Point Re: Birth 第1章
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「グリム・リーパー」に補充要員が派遣されるという話が
話に加わった日翔の体調を気遣う辰弥。
しかし、GNSに不慣れな日翔は
補充要員こと
千歳の一挙一動に、辰弥は心をかき乱される。
千歳を加えた初めての依頼の打ち合わせをする「グリム・リーパー」。
今回の依頼は、取引現場でのターゲット暗殺と取引物品の強奪だった。
依頼当日、ターゲットの暗殺に挑む
ターゲットを排除し、取引物品を回収した辰弥たち。
逃走の際に一度は追跡されるものの千歳の運転で無事にそれを回避する。
「流石、庭だというだけはあるね」
武陽都の道に慣れていない辰弥や日翔ではこんなすぐに追っ手を撒くことはできなかっただろう。早くこの辺の地理に慣れなきゃ、と辰弥は視界のマップを確認しながら呟いた。
「ここまで来たらもう追跡もないと思いますよ。お二人は休んでてください」
《流石だな。正直なところ、見くびっていた》
鏡介が素直に賞賛を贈る。
そんな、と千歳がはにかんだ。
「私、ソロでやってたんですよ。これくらいできないと生きていけませんでしたから」
そう言ってGNS経由で車のナビに合流地点の座標を登録したのだろう。千歳がハンドルから手を離すと車は自動運転モードになり、ダッシュボードのホロディスプレイにもマップが表示される。
「何かあったらマニュアルに戻しますから。それまでは休憩しましょう」
あ、リラックスできるようにココア持ってきましたけどと千歳はちら、と後部座席の日翔を見た。
「鞄に水筒あるので取ってもらっていいですか?」
《ああ、これか?》
日翔が後部座席に置いてあった鞄からステンレスボトルを取り出し千歳に渡す。
しかし、インナースケルトンの出力調整がうまくいっていないのかほんの少し指の跡を付けてしまう。
《あ、すまん》
「いいですよ」
そんなことを言いながら千歳が紙コップにココアを注ぎ、二人に手渡す。
今度は日翔もGNS経由でインナースケルトンの出力を最低レベルにまで落としたのか紙コップを握り潰すことなく受け取る。
《すまん、一時的に出力落としてるから今襲撃されると俺動けないからな》
「分かってる、Geneは休んでて」
辰弥が受け取った紙コップに口を付ける。
牛乳を注ぐだけで作ることのできるインスタンスのココアだろうが、その甘味と温かさが緊張していた心をほぐしてくる。
まだ完全に緊張を解くわけには行かないが常に緊張している状態ではいざという時に致命的なミスを犯してしまう。
そういった点ではこのタイミングで一息つけさせてくれた千歳の気遣いが心に沁みる。
日翔が一時的に動けなくなるのはマイナスであるが、それは本人も一番よく分かっている。一息でココアを飲み干し、再度出力を上げていた。
「……」
辰弥が窓の外を見る。
流れるように後ろに消えていく明かりやホロサイネージに視線を投げ、特に異常がないことを確認する。
それから運転席でココアを飲む千歳に視線を投げて、辰弥は口を開いた。
「……Snowは、」
辰弥の声に千歳が顔をこちらに向ける。
「なんでこの道に入ったの」
えっ、と後部座席の日翔が声を上げる。
辰弥が自分から他人のプライベートに踏み込むことは珍しい。
いったいどういう風の吹き回しだ、と日翔が前部座席の二人を眺めていると千歳がくすりと笑い、口を開く。
「気になりますか? 聞いても面白い話じゃないし、私もあまり話したい内容ではないので……」
「あ、ごめん」
辰弥も自分が踏み込んだ話をしてしまったことに気づいたのだろう、あっさりと引き下がる。
どうして踏み込んでしまった、と辰弥が自分を叱咤する。
好き好んで暗殺の道に身を投じるなどよほどの殺人鬼でない限りあり得ない。
この裏の社会に生きる誰もが何かしらの闇を、過去を背負っているのは辰弥も分かり切ったこと。
だから日翔や鏡介の過去は聞こうとしなかったし聞かれもしなかった。
それなのにどうして千歳に聞いてしまったのだろう。
それに、仮に千歳から聞き返されて辰弥は自分のことを話したのだろうか。
いや、話すことなどできない。自分が人間ではなく生物兵器だとは千歳には絶対に言えない。どこでその情報が外部に漏れるか分からないし――
――違う。
嫌われたくないのだ。人間ではない、と、気持ち悪い存在だと思われたくない。
千歳の前ではただの人間でありたい。
そんな思いがあるのに自分だけ千歳の過去を聞き出すなどあってはならない。
しかし、それでも。
一見、裏社会で生きなければいけないような人間に見えないのに何故という思いが浮かんでしまう。
――考えちゃいけない。
裏社会で生きているのだ、それだけの理由がある。それだけでいい。
表の社会に戻るべきなんて言葉をかけるべきでもない。
日翔は病気の都合もあり残された人生は好きに生きるべきだ、とは思う。
本人は「これでいい」と暗殺者としての道を選んでいるが千歳はどうなのか。
気にはなるが、ここは深入りするべきではないだろう。
そうは思ったが、辰弥はもう一つだけ気になることがあり口を開いた。
「……秋葉原、って珍しい苗字だね」
聞いたことのない苗字。
桜花の
しかしバラエティ番組で特集される「珍しい苗字」でも聞いたことのない「秋葉原」という苗字。
確かに桜花国内にはほんの数家庭しかないような苗字も存在するが、そういった苗字なら特集される可能性が高い。
そう考えると、単に辰弥が知らないだけで桜花国内にはそれなりの数存在するようなマイナーな苗字なのだろう。
研究所にいたころ、辰弥は一般には使われないような、いや、安全性の問題から使用を禁じられている学習装置で多くの知識を埋め込まれた。アカシアに存在するあらゆる物質や様々な武器、装備を生成できるのも学習装置で埋め込まれた知識があるから。
しかし、様々な知識を埋め込まれたとはいえ桜花の人名データベースを学習したわけではないので秋葉原という苗字を聞いたことがなくても無理はない。
「ふふ、珍しいでしょ」
千歳が得意そうに笑って辰弥を見る。
「でも、私秋葉原って苗字気に入ってるんです」
《……?》
千歳の言葉に鏡介が何か話に割り込みそうなそぶりを見せるが、すぐになんでもなかったかのように自分の作業に戻ってしまう。
それに気付いたものの辰弥も深く追求しようとはせず、小さく頷いた。
「……そう、」
苗字はよく地名や地形を表したものが使われる、と聞く。もちろん例外もあるが辰弥の知る限りそのどらにも当てはまらないような気がして気になってしまう。
知らない地名なのか、それともまた別のものなのか。
千年の反応を見る限りあまり深く踏み込まれたくないのでは、という感じがする。
「グリム・リーパー」に参加してまだ初めての依頼である。連携は必要でもそこに個人の事情は必要ない。聞かれたくないなら聞かない方がいい。
しかし、千歳を見ていたら何故かまた聞いてしまいそうで、辰弥は彼女から目を逸らし、窓の外を見た。
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