Vanishing Point Re: Birth 第3章
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日翔の
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
ALS治療薬は近日中に治験を開始するという。
その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。その手始めに受けた仕事はとある研究主任の暗殺。しかし、やはり独占販売権を狙う御神楽による謎のセキュリティによって辰弥たちは「カグラ・コントラクター」の音速輸送機と交戦することになってしまう。
第3章 「Re: Flect -反射-」
「サイバボーン・テクノロジー」からの依頼で「生命遺伝子研究所」のとある部門の研究主任を暗殺してから数巡が経過する。
繁忙期でもない限り
そんな食いっぱぐれがないように
ましてや
そんな状況での待機時間。
まだか、こうやって待っている間にも日翔の時間は刻一刻と減っていく。
そんな焦りが辰弥に浮かび始めたころ。
不意に、彼に着信が入った。
一体誰が連絡を寄こしてきたのか。
武陽都でGNSアドレスを交換するほどの関係になった人間はほとんどいない。上町府の同業者が何かあって連絡してきたのか。あるいは
そんなことを考えながら発信者の名前を見る。
えっ、と辰弥は思わず声を上げた。
リビングのソファから日翔がこちらを見た気がするがそれを気に掛ける余裕すらない。
千歳から連絡を入れてくるとは一体どういう風の吹き回しだ。彼女は確かに「グリム・リーパー」の一員である。仲間といえば仲間だが――共に依頼をこなしたのはたった二回。信頼を築いたと言うにはまだ浅いだろう。
それなのに一体どうして。
いや、何か重要な要件があるのかもしれない。普通、重要な案件であればリーダーである鏡介に連絡すべきなのだが鏡介は極度の女嫌い、もしかすると通話拒否された可能性もある。
それなら俺が出ないと用件は何も分からない、と辰弥は通話ボタンをタップした。
視界に千歳の顔が映し出される。GNSがユーザーの顔の筋肉の動きなどを把握して疑似的に顔を表示しているのだ。
《ああ、
辰弥が応答したことで千歳が笑う。
(ああ、うん。どうしたの?)
何か用があるなら鏡介に連絡すると思ってたんだけど、と辰弥が尋ねると千歳は「違いますよ」とさらに笑った。
《まぁ、『グリム・リーパー』案件ではあるのでしょうが……鎖神さん、お買い物行きません?》
(へ? 買い物!?!?)
全く想定していなかった用件。「グリム・リーパー」案件とは言っていたが買い物のどこがそれだというのだろうか。
《鎖神さん、武陽都の地理にはまだ慣れてないでしょう? 都心部とかは庭みたいなものですし、案内できますよ。お買い物ついでに案内しようかと。あと、お得にお買い物できる店も色々知ってますから生活の質も上がりますよ?》
なるほど、と辰弥は呟いた。確かにこれは鏡介より自分に声を掛けた方がいい案件である。鏡介は衛星写真や交通網のハッキングで道を拓けるがそれに頼れなくなった時は自分の地理感がものを言う。しかし、ただやみくもに歩き回っているだけでは面白くないだろうから買い物を口実に誘っている、ということか。
辰弥がちら、と日翔を見る。
日翔はソファの上で丸まっていた。依頼に向けて体力は温存しておきたい、といったところだろうか。
最近、日翔は本当に寝ることが多くなった。調子がいいときはGNSによる
時間はあまりない。早く、次の依頼を受け取らなければ。
そのためにもここは千歳の誘いを受け、地理を把握しておいた方がいい。
(ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうよ)
辰弥がそう答えると千歳の顔が明るくなる。
眩しいな、と辰弥がふと思う。
どうして千歳は俺にこんな
――俺に、そんな価値は――。
そこまで考えてから首を振る。
そんなことを考えてはいけない。日翔も鏡介も、ただ「暗殺者」としての価値ではなく「
その好意を無碍にしてはいけない。それに地理の把握は暗殺者として最低限のスキルである。
辰弥がそんなことを色々考えている、ということに気が付いたのだろう。千歳が笑い、口を開く。
《鎖神さん、考えすぎていませんか? 鎖神さんの悪いところですよ?》
そうだ、考えすぎるのは自分の悪い癖だ。千歳はただ純粋に今後仕事をする上で地理を把握していた方がいいという親切心で買い物に誘ってくれただけだ。
それなのに自分には誘ってもらう価値も笑いかけてもらう価値もないと考えていてはいけない。
ごめん、と呟き、辰弥は時計を見た。
(待ち合わせはいつ、どこにするの?)
《そうですね、駅前からぐるりと案内したいですし
昼ご飯を一緒に、か、と辰弥が唸る。
鏡介はいつもの通りゼリー飲料とエナジーバーで済ませるだろうが日翔はどうしようか。作り置きは数食分あるが、できればそれは疲れて料理できないときに取っておきたいし日翔にはできるだけ温かい食事を摂らせたい。
日翔のALSの件が発覚し、しばらくしてから聞かされた彼の食事事情。
日翔の母親は所謂「メシマズ嫁」の部類だったらしい。
料理が全くできないわけではない。むしろ日翔の体調を慮って栄養バランスが完璧なものを、と考えたら自然と味気ないものになってしまった、というのが実情ではあったが日翔はその母親の手料理が苦手だったらしい。そのために日翔は比較的若いころからジャンキーな味付けの合成食のファストフードを好んでいた、という。
辰弥が日翔と同居するようになり、料理を覚える前も確かにファストフードが多かった。栄養バランス「だけ」を考えて作られた合成食に慣れていた辰弥からすればファストフードは新鮮な経験で、「こんなおいしいものが世界には存在するんだ」とそこから料理に目覚めたと言ってもいい。
結果、辰弥は料理の腕をめきめきと伸ばし日翔も栄養バランスが偏ったファストフードではなく栄養バランスも味も申し分のない食事を摂ることができるようになった、というわけだが。
そういう経緯と、いつまでちゃんとした食事が摂れるか分からない日翔だったから、辰弥は彼の食事くらいはきちんとしておきたい、と考えていた。
しかし今から出かけるとなると日翔の昼食を作るには間に合わない。
少しだけ考え、辰弥は、
(ごめん、日翔のごはんの準備あるからもうちょっと遅らせられない? 遅れてもいいならお昼は一緒に食べよう)
そう、提案した。
もしかすると反対するかな、秋葉原って日翔のことあんまりよく思ってないもんな、とふと思うが辰弥にとっては日翔はまだ優先度合いが高い。
千歳に対する興味も少しずつ膨らんでいるところではあるがそれでも日翔に対する気遣いよりは小さい。
しかし、辰弥の予想に反して千歳は「ごめんなさい!」と両手を合わせてきた。
《ごめんなさい! 天辻さんのこと、失念してました! もうすぐお昼ご飯の時間ですもんね、合流はお昼ご飯の後でも》
(いや、いいよ。日翔のごはんさえ用意したら俺は別に遅れても構わないから。君だって俺と食事したいから誘ってくれたんでしょ?)
言ってから、少し自意識過剰だったか、と考える。
千歳が食事に誘ってきたのだ、それを断ることは辰弥にはできなかった。ただ、時間的に日翔に料理を用意しておきたかっただけだ。
だが、辰弥の言葉に千歳がぱぁっと顔を輝かせる。
《いいんですか? 急なお誘いで断られても仕方ないと思ってたんです》
(いいよ、どうせ急に依頼が来ることもないだろうし今のうちに慣れておいた方がいい)
《分かりました、じゃあ、目いっぱいおめかししていきますね!》
それじゃ、時間は一時間遅らせますね、と千歳が笑い、辰弥も頷いた。
(それじゃ、昼日の一時に)
了解です、と千歳が頷く。
通話が終了し、辰弥はもう一度ソファで寝ている日翔に視線を投げた。
「ん……寝てたか、俺」
目を覚ました日翔が身体を起こす。
「もう、寝るならベッドで寝なよ」
「悪い悪い」
うーん、と伸びをした日翔が辰弥を見る。
「通話してたのか?」
うん、と辰弥が頷く。
「お昼ごはん作ったらちょっと出かける。秋葉原が道案内も兼ねて買い物しようって」
「ほへー」
あいつが誘ってくることなんてあるんだ、などと感心しながら日翔が少し考え、
「飯作ったら出かけるって? そしたらあいつ昼飯食いっぱぐれないか?」
おいおい、と言いたげな面持ちで辰弥を見る。
「うん、日翔の分だけ作って俺は秋葉原と食べてくるよ」
「お前が外食とは珍しいな」
普段、辰弥はめったなことで外食をしない。いくら合成食より本物の食材が割高であったとしても桜花では外食の方が比較的コストがかかる。自炊した方が楽しいし美味しいもの食べられるし安くつくし、で外食しない辰弥が千歳の誘いに乗って外食とは。
これは
「おいおい、湿気た顔すんなよ。たまには外食した方がいろんな味の研究ができるだろ」
「……それは、そう」
常においしいものを作りたい、という辰弥に鏡介も言っていた。「味の研究は自分で作るだけでなく他の奴の料理を口にして初めて進むものだ」と。
本当は日翔と一緒に食べたい、という気持ちはあったが千歳の誘いを無碍にするわけにもいかない。
手早く食事の準備を整え、辰弥は「行ってくるよ」と声を掛けた。
「おう、楽しんでこい」
日翔がテーブルに置かれた食事を見てから辰弥に手を振る。
辰弥も軽く手を挙げてそれに応え、自室にこもっている鏡介に「ちょっと出かけてくる」と声をかけ、外に出た。
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