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Vanishing Point Re: Birth 第3章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
ALS治療薬は近日中に治験を開始するという。
その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。その手始めに受けた仕事はとある研究主任の暗殺。しかし、やはり独占販売権を狙う御神楽による謎のセキュリティによって辰弥たちは「カグラ・コントラクター」の音速輸送機と交戦することになってしまう。

 

依頼終了から暫くが経過したころ、千歳から連絡が入る。
彼女は道案内も兼ねて買い物をしよう、と誘ってくる。

 

待ち合わせ場所で合流した二人。
「仕事」出は見せない様子を見せる千歳に、辰弥は心を乱される。

 

食事をしながら辰弥は千歳と日翔のことについて話す。

 

 
 

 

「ああ、辰弥、帰ったか。日翔はちゃんと飯食ってたぞ。今は『イヴ』の所に診察に行っている」
 食事のあと、たっぷりと佐々木野市の市街地周辺を案内してもらい、「仕事」の際の移動に使えそうな裏道なども頭に叩き込んだ辰弥が帰宅すると、リビングでコーヒーを飲んでいた鏡介が声をかけてきた。
「うん、ただいま。日翔がちゃんとご飯食べてたならよかった」
「秋葉原と出かけていたのか」
 日翔から聞いた、と鏡介が眉間に皺を寄せたまま訊いてくる。
「うん、お昼ごはん奢ってもらった」
 ジャケットをハンガーに掛け、部屋用の上着を羽織った辰弥が鏡介を見て苦笑する。
「眉間に皺寄せてると老けるよ」
「気にするな」
 おや、鏡介、機嫌が悪い、と辰弥はふと思った。
 彼の機嫌を損ねることをしたのだろうか、と考え、辰弥はふむ、と小さく頷く。
 恐らくは気に食わないのだ。辰弥が千歳と出かけたことに。
 そんなに秋葉原の事が気に食わない? 今日色々と案内してもらったけど結局おかしいところなんて何一つなかった、と思う辰弥に気づいたのだろう。鏡介がはぁ、とため息を一つ吐く。
「お前は秋葉原のことを信用しているのかもしれないが、俺はまだ信用してないからな」
「警戒しすぎだって。敵だったら道案内とかしてくれないって」
 実際、密かに殺すにはうってつけの路地裏や人通りが全くない横道なども案内された。もし千歳が辰弥を殺す気なら、そうでなくとも敵だと認識しているのなら既に殺しているかこういった場所は敢えて秘匿しておくはずだ。
 だから辰弥は「秋葉原は敵ではない」と認識したわけだが、鏡介はそれが面白くないらしい。
 あのな、とため息交じりに続ける。
「俺たちと出会った頃の自分を忘れたか? あの頃のお前は誰一人信用しようとせず、二人きりで行動しようともしなかっただろう。それがなんだ。出会ってまだ何週間も経っていない、どこの誰ともはっきりしてない奴と出かけて、飯を奢られて、人通りのない道を二人で歩いた、だと? 飯に毒が入っていたらどうするつもりだったんだ」
「あ、俺毒効かないから」
 入ってたら分かるけど第一世代LEBって対毒性能高いんだよね、などと嘯く辰弥に鏡介がもう一度ため息を吐く。
「効かなかったら効かなかったでお前が……いやなんでもない」
 売り言葉に買い言葉ではあったが、鏡介が何かを言いかけて口を閉ざす。
 辰弥の黄金きんの瞳が、す、と鏡介を捉える。
「言いたければはっきり言っていいよ? 『人間じゃないとバレる』って」
「それは……」
 今の辰弥が気にしている内容ではないということくらいは分かっている。だが、「その言葉」を口にしてしまうことでこの関係が崩れてしまう気がする。
 鏡介は言えなかった。「お前は人間ではない」と。
 辰弥は確かに遺伝子構造上は人間ではないだろう。だが、鏡介から見れば感情を持ち理性を持ち生きたいという意思を持っている辰弥は「人間」だった。
 むしろ、「師匠が拾ってくれなければ死んでいた身」だと自分に対する愛着が希薄な鏡介の方が「人間らしくない」だろう。辰弥がカグラ・コントラクターの特殊第四部隊トクヨンに拘束された際、救出劇の果てに右腕と左脚を失っても何の感傷も湧かなかったのだ、どれだけ自分のことを軽視しているかは自分も辰弥も、日翔も理解している。
「……鏡介、」
 表情を和らげ、辰弥が鏡介の名を呼ぶ。
「俺が人間じゃないのは事実だし今更『人間じゃない』と言われても気にしないよ。君が俺のことを心配してくれるのは分かる。だけどだからといって味方を疑ってばかりじゃ自分をすり減らすだけだよ」
「……辰弥……」
 近寄ってきた辰弥にそっと左手を伸ばす。
 ふに、と触れた辰弥の頬は少々体温が低いが温かく、やはり血の通った「人間」じゃないかと思わせる。
「……すまない」
「謝らないで。鏡介が謝ることじゃない」
 辰弥が薄く微笑む。
 謝罪を受け入れない、のではない。鏡介は謝罪しなければいけないようなことは何もしていない。
 むしろ謝るのはこちらだと辰弥は心の中で鏡介に呟く。
 鏡介の心配という好意を無視した。ほんの一瞬だが日翔を見捨てる可能性を考えた。
 何が辰弥の思考を誘導したかは分からない。それでも「三人で生きる」と三人で決めたことを捨てる可能性を一瞬でも考えた。
 裏切ったのはこっちだ、と辰弥は思う。だが、謝罪はしない。
 生きている限り、迷いがある限り、裏切りは誰しもあり得る。その裏切り全てを許さずにいたら神経がいくら太くても足りない。
 だから、もし日翔や鏡介が自分を切り捨てる決断をするならそれを受け入れるつもりだったしその逆もあり得ると思っていた。
 それが、信頼の形の一つだと思ったから。
 それでも。
 今は日翔も鏡介も信じている。それは揺るぎのない真実だった。
 確かに千歳という存在はノイズかもしれない。だがそれも日翔が治験を受け、回復すれば解消する。
 そう思うとほんの少し心が痛んだが、辰弥にはその理由が分からなかった。
「ああそうだ、依頼が来てるぞ」
 お前が出かけている間に連絡が来た、「サイバボーン・テクノロジー」も動きが早いな、と鏡介が続ける。
「もう来たんだ」
 ああ、と鏡介が頷いた。
「前回の仕事でテストは合格だったようだな。本格的に依頼を回したい、と」
 これで日翔の治験に一歩近づいた、と辰弥の心がほんの少し軽くなる。
 この調子で依頼を受け続けて、「サイバボーン・テクノロジー」に治療薬の専売権を獲得させることができれば。
 そう思ったところで、ふと、不安がよぎる。
 本当に、治験は受けられるのか。
 本当に、治療薬は日翔に効くのか。
 本当に――。
「……本当に、日翔は助けられるのかな」
 ぽつりと、辰弥はその不安を口にしてしまっていた。
 鏡介は何も答えない。
 それを、辰弥は回答とした。
「……鏡介も、分かってるんだ」
 治療薬が日翔に効かない可能性を。自分たちの今の行動が全て無駄になる可能性を。
 そうなった時の絶望の大きさを。
「……降りるなら、今の内だ」
 苦しそうに鏡介が言う。
 これ以上進めば、後戻りはできない。諦めるなら、今の内だと。
 だが、辰弥はかぶりを振った。
「……それでも、俺は日翔を助けたい」
 薬が効く効かないは考えたくない。ただ、日翔にはもっと生きてもらいたい。
 あと数回の依頼で日翔は借金を完済できる。そうなれば自由に生きればいい。治験を受けて、治療薬を投与して、回復して、そこからは――。
 暗殺者の道から足を洗ってもらいたい、と思うのは贅沢だろうか、と辰弥は考えた。
 元々はごく普通の一般人だった日翔。ALSさえなければ裏社会に足を踏み込むことはなかった。
 だから。だから日翔には。
「……日翔のためなら、俺は――」
「それ以上言うな」
 鏡介が止める。
「お前のその言葉は……最後まで聞きたくない」
 辰弥が何を言おうとしたのかくらい分かっている。だから、聞きたくない。
 それに、それでは意味がないのだ。
 日翔が助かったとして、それで辰弥がいなくなるのであれば本末転倒だ。
 三人が揃ってこその「グリム・リーパー」なのだ、誰一人欠けてはいけない。
 いや――少なくとも、辰弥と日翔の二人は健在でいてほしい。そのためなら。
 そう考えて、鏡介は苦笑した。
 俺も辰弥と同じことを考えているじゃないか、と。
「辰弥、お互い日翔のために死ねると言うな。三人揃っての『グリム・リーパー』だ」
 鏡介に諭され、辰弥も苦笑する。
「ごめん。考え過ぎた。……依頼の話、聞こうか」
 依頼の話が来るたびに日翔のことを考えていてはいつか破綻する。
 とりあえず今は日翔のことを考えず、依頼に集中したい。
 辰弥が促すと、鏡介もああ、と頷いた。
「詳しくは打ち合わせの時に話すが御神楽に殴り込みをかける」
「……そっか」
 御神楽は現時点でALS治療薬専売権獲得に最も近いところにいる。 今回「サイバボーン・テクノロジー」はその御神楽を突いて少しでも自社を優位に立たせようとしている。
 恐らくは自社勢力を使って全面的な戦争を仕掛ければ不利だから暗殺連盟アライアンスのようなフリーの戦力を使って極秘裏に破壊工作を仕掛ける、ということだろう。
 了解、と辰弥が頷く。
「まずは地道だけど実績を積もう。『サイバボーン』の依頼をこなしていけばきっと信頼も掴める」
「そうだな。今は実績のことだけを考えよう」
 そう言い、鏡介は立ち上がって一つ伸びをした。
「分かった。三日目夜日の打ち合わせ?」
「そうだな。後で全員に連絡する」
 うん、と頷く辰弥の横を通り過ぎ、鏡介が自室のドアに手をかける。
「……辰弥、あまり背負いすぎるな」
「それは鏡介も同じだよ」
 即座に返された辰弥の言葉に鏡介が苦笑する。
「……そうだな」
 それだけを言い残し、鏡介の姿は部屋の中へと消えて行った。

 

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