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Vanishing Point Re: Birth 第3章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
ALS治療薬は近日中に治験を開始するという。
その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。その手始めに受けた仕事はとある研究主任の暗殺。しかし、やはり独占販売権を狙う御神楽による謎のセキュリティによって辰弥たちは「カグラ・コントラクター」の音速輸送機と交戦することになってしまう。

 

依頼終了から暫くが経過したころ、千歳から連絡が入る。
彼女は道案内も兼ねて買い物をしよう、と誘ってくる。

 

待ち合わせ場所で合流した二人。
「仕事」出は見せない様子を見せる千歳に、辰弥は心を乱される。

 

食事をしながら辰弥は千歳と日翔のことについて話す。

 

帰宅した辰弥に、鏡介は「依頼が来ている」と告げる。

 

打ち合わせで、今回の依頼も「サイバボーン・テクノロジー」からのもので、御神楽系列の会社に侵入、サーバへの攻撃を行うということが説明される。

 

 
 

 

 一週間後、深夜。
 辰弥、日翔、千歳の三人が「カグラ・メディスン」佐々木野オフィスの傍の路地裏に集まっている。
 今回は戦闘が避けられない、と判断し全員フル装備という出で立ちでいる。
 手にはメインアームのアサルトライフル、もしくはサブマシンガン。太もものホルスターにはサブアームとしてハンドガン、普段の暗殺任務では邪魔になるからと身に着けない防弾ベストも今回は羽織ってきている。そのベストには予備のマガジンと数個のグレネード。
 ふぅ、と息を吐いて辰弥が意識を集中させる。
 オフィスの見取り図はGNSにインプット済み、いつでも呼び出せる。
 突入までまだ時間があるな、と辰弥はゲン担ぎにニュースチャンネルを開いた。
《――先日の『生命遺伝子研究所』の試験課研究主任の青山あおやま 直樹なおきさん殺害事件の続報です。捜査の結果、青山さんは『榎田えのきだ製薬』から贈賄を受けており、先日同社が開発成功したという筋萎縮性側索硬化症ALS治療薬の専売権の融通を行おうとしていたことが分かりました――》
 ――なるほど。
 ニュースキャスターの言葉に、辰弥が納得する。
 「サイバボーン・テクノロジー」はその情報を掴んでいたから研究主任の暗殺を計画した。
 たまたまそのタイミングで「グリム・リーパー」が仕事を回せと要求したのか、と考える。
 ただ、御神楽が謎のセキュリティで固めていたから暗殺依頼としては高難度のものになったしそれを踏まえての今回の襲撃だろう。
 「サイバボーン・テクノロジー」としても今回の破壊工作は極秘裏に行いたいはずだ。だが、御神楽に謎のセキュリティがある以上どうしても明るみに出てしまう。
 結局、鏡介は御神楽のセキュリティを突き止めることはできなかった。彼の持つあらゆる伝手と「カグラ・メディスン」表層サーバに取り付いての事前調査ではセキュリティについては何も分からなかった。
 できたのは監視カメラや赤外線センサーといった既知のセキュリティを全てオフにしたことくらい。これでオフィス内の警備程度は誤魔化せるだろうがどこに仕掛けてあるか分からない謎のセキュリティに反応した瞬間、「カグラ・コントラクター」が飛んでくるだろう。
 できれば戦闘はしたくない。どこで日翔が動けなくなるか分からない。
 ぎゅ、とPDWTWE P87を握る手に力が入る。
辰弥BB、緊張してんのか?》
 日翔がGNS越しに声をかけてくる。
「……多分。やっぱ『仕事』は緊張するから」
 緊張せずに暗殺などできるものか。
 それは日翔も分かっていたが、訊いてくるということはそのレベルを超えて緊張しているように見えたのだろう。
「……大丈夫、へまはしない」
「……時間です」
 千歳が軽機関銃TWE デカデを持ち直し、立ち上がる。
《しっかし、見た目細い女なのにゴツの使うよなあ……》
 千歳のTWE デカデを見た日翔がそうぼやく。
 TWE デカデ、一部では「分隊支援火器」にジャンル分けされることもある銃だが装填次第では総重量が一〇kgは超える。それを軽々と取り回す彼女に日翔はそう言わざるを得なかった。
「鍛えてますから」
 お決まりの台詞で返し、千歳が笑う。
 辰弥と日翔も立ち上がり、互いを見た。
《作戦開始だ。お前ら、無茶はするなよ》
 鏡介の言葉に三人は頷き、走り出した。
 素早く裏口に回り、鏡介のロック解除を待って侵入する。
 鏡介が監視カメラの類はすべて無効化しているため、気を払うのは巡回している警備だけでいい。遅かれ早かれ未知のセキュリティに察知されるだろうが戦闘はなるべく後回しにした方がいい。
 廊下を駆け抜け、鏡介の指示に従って巡回を回避する。
 そうやって進むうちに三人はオフィスの中でも重要区画に相当するだろう、扉で仕切られた廊下の前に到達した。
 この先は恐らく目的のサーバルームの近く。扉を抜けた瞬間に例のセキュリティも発動するだろう。現時点で「カグラ・コントラクター」が来ないことを考えると十中八九そうだろう、と誰もが思う。
 辰弥が扉を開ける。瞬間、点灯する回転灯に鳴り響く警報。
 ここから「カグラ・コントラクター」が駆け付けるまで何分かかるだろうか。
 三人は赤い回転灯が回る廊下を駆け抜けた。
 サーバルームまではまだ距離がある。
 幸い、ルートは入り組んでいるため交戦になっても遮蔽は比較的取りやすそうではあるが御神楽の人海戦術に対抗するにはこちらはたった三人。
 そう思っているところで、通路の前後から複数の足音が響いてくる。
 ――挟まれた!?!?
 来るとすれば前方か、と思っていた辰弥は自分の判断の甘さに歯噛みした。
 後方から銃声と共に銃弾が飛来し、辰弥は咄嗟に携行遮蔽物ポータブルカバーを生成した。
 前方の角と後方のポータブルカバーで遮蔽を取り、三人はその陰に潜り込む。
 攻撃の切れ目を突いてポータブルカバーから頭を出し、アサルトライフルKH M4を連射しながら日翔が辰弥に個別回線を開いた。
《お前、血で生成したな!?!?
(こうでもしなきゃ、誰も助からない!)
 日翔に背を付ける形で反対側の兵士に銃を向けながら辰弥が答える。
「ポータブルカバー、持ってきてたんですか!?!?
 角の壁から身を乗り出し、TWEデカデを撃ちながら千歳も声を上げる。
「この可能性は想定してたからね!」
 今、交戦しているのは前後の二分隊といったところか。カグラ・コントラクターが侵入者に対して差し向ける戦力がたった二分隊だけとは思えず、急ぎこの場を離脱しなければ次々と増援が押し寄せてくるだろう。
 こちらも予備のマガジンを複数持っているとはいえ弾数が無限とは言えない。いや、辰弥が自身の血から弾薬を生成すればその分継続して戦闘は行えるが何も知らない千歳がいる手前、そんなことはできない。
 既にポータブルカバーを血で生成してしまっているが、この緊急時に千歳はまさか辰弥が生成したとは微塵も思っていないだろう。
 「カグラ・コントラクター」の兵士が千歳の張る弾幕で動きが鈍っているところを辰弥のP87の単射による精密射撃で確実に減らしているはずだが、次々と増援が来ているのだろう、数が減る気配がない。
 さらに敵のT4にマウントされたグレネードランチャーからグレネードが複数飛来し、ポータブルカバーを吹き飛ばす。
《ヤバいぞこれ!》
 辰弥がもう一つポータブルカバーを生成すればもうしばらくはもつかもしれないがそんなことをすれば千歳に辰弥が人間でないことは確実にバレる。しかしだからといって何もしないわけにはいかない。
 どうする、と考えるものの考えている時間もない。
 この際、後方の分隊は一旦考えるのをやめる。先へ進む必要があるのだからまず前方の分隊を蹴散らす必要性がある。
 ええい、と辰弥は腹をくくった。
 とりあえず見られなければいいのである、千歳の気を別のところに持っていかせて、その隙にトランスなりすれば。
「Snow、君の弾幕なら後の奴らの気を引ける、前後交代!」
「え?」
 辰弥の声を聞き取り切れなかったか、千歳が訊き返す。
「だからSnowは後の奴らを攻撃して! 前は俺とGeneでなんとかする!」
「え――は、はい!」
 即座に千歳が振り返る。後方から押し寄せる分隊をTWE デカデの弾幕が足止めする。
「Gene、フォローお願い!」
 そう言いながらも辰弥は角から身を乗り出し、右腕を防弾盾にトランスして弾丸を防ぎつつ前方の分隊へと突撃していた。
《ちょっ、BB!》
 慌てて日翔が援護する。
 辰弥の指示の意図はすぐに理解した。伊達に五年近く組んでいない、こういう時の辰弥はとんでもない無茶をする。
 日翔の援護とトランスした防弾盾で辰弥はあっという間に前方の分隊の中に飛び込んだ。
 相手も銃では近すぎるし味方への誤射フレンドリーファイアもあるとコンバットナイフを抜くが辰弥の盾がそれを阻む。
 だが、腕を義体にしている兵士が右腕から高周波で振動するブレードを展開し、辰弥の防弾盾に斬りかかると話は変わってくる。
「ぐっ」
 硬質化しているものの実際には腕そのものである防弾盾が切り裂かれ、辰弥は思わず低い呻き声をあげる。
 通常ならこれで腕を失った状態、とはいえ辰弥には血による生成とトランスを応用した再生能力がある、気にする必要はない。痛みは感じるがそれだけだ。
 即座に腕を再生、辰弥がほんの少し身を落とす。
 ――広がれ!
 意識を集中、両腕を無数の高炭素鋼ワイヤーピアノ線へとトランスさせる。
 相手は義体も使っているが生身の部分があるなら殺せない相手ではない。いくら「カグラ・コントラクター」に義体兵が多いと言ってもそれは腕や足を義体化した程度であって全身を義体にするほどの物好きはあの御神楽 久遠トクヨンの狂気をはじめとした一握り程度だろう。
 無数のピアノ線が周囲の兵士たちに襲い掛かる。
 痛みを感じる間などなかった。
 瞬時に生身部分を細切れにされ、兵士だったものは床に落ちる。
 トランスを解除し、辰弥はふぅ、と息を吐くもすぐに振り返り日翔と千歳に声をかける。
「今!」
 辰弥の合図とともに、三人は角の奥へ転がり込み、サーバルームへと向かう。

 

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