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Vanishing Point Re: Birth 第3章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
ALS治療薬は近日中に治験を開始するという。
その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。その手始めに受けた仕事はとある研究主任の暗殺。しかし、やはり独占販売権を狙う御神楽による謎のセキュリティによって辰弥たちは「カグラ・コントラクター」の音速輸送機と交戦することになってしまう。

 

依頼終了から暫くが経過したころ、千歳から連絡が入る。
彼女は道案内も兼ねて買い物をしよう、と誘ってくる。

 

待ち合わせ場所で合流した二人。
「仕事」出は見せない様子を見せる千歳に、辰弥は心を乱される。

 

食事をしながら辰弥は千歳と日翔のことについて話す。

 

帰宅した辰弥に、鏡介は「依頼が来ている」と告げる。

 

打ち合わせで、今回の依頼も「サイバボーン・テクノロジー」からのもので、御神楽系列の会社に侵入、サーバへの攻撃を行うということが説明される。

 

侵入を開始した「グリム・リーパー」。
予想通り、御神楽の未知のセキュリティに引っかかり、駆け付けた「カグラ・コントラクター」との戦闘になる。

 

 
 

 

《BB、大丈夫か?》
 一部始終を見ていた日翔が辰弥を気遣う。
(大丈夫、欠損程度はトランスで再生できるし今は先に進むことが重要だ)
 階段を駆け上る。背後から追ってきた「カグラ・コントラクター」の兵士が発砲する。
 しんがりを走っていた辰弥の背に焼けつくような痛みが走る。
 被弾した、と瞬時に判断するが弾は防弾ベストに阻まれ、体内組織を傷つけるには至っていない。恐らくはプレートを貫通するにはしたが皮膚を少し穿った程度で止まったのだろう。
 それなら問題ない、と辰弥は階段を上り続ける。
 LEBの治癒能力は人間の比ではない。この程度の傷、数時間もすれば完治する。
 飛来する銃弾が腕や足を掠める。
 時折振り返り、応射しながら辰弥は先行する千歳と日翔を見た。
 それから眼下の階段をまとめて上ってくる「カグラ・コントラクター」の兵士を見る。
 いける、と辰弥は判断した。
 これくらいならまとめて吹き飛ばせる。しかしグレネード単発では心許ない。
 瞬時に判断して辰弥は指向性対人地雷を生成した。
 同時に腰に付けていたグレネードを一つ取り外し、ピンを抜く。
 二つ数えて三で兵士に向かって投擲、「グレネード!」という叫びの間にピアノ線を生成してワイヤートラップを作成、数段上り、踊り場の端で階下に向けて指向性対人地雷を設置。
 爆発音と爆炎に紛れ、辰弥は二人を追いかけた。
「今の爆発、なんですか!?!?
 追い付いた辰弥に千歳が尋ねる。
「グレネードを投げた。ついでにブービートラップも仕掛けてきた」
 直後響く爆発音と悲鳴。
「今の何ですか!?!?
 再び千歳が声を上げる。
「ブービートラップ、引っかかってくれたんだ」
「グレネードいくつ使ったんですか!?!?
「あ、地雷持ってきてたから使った」
《だから秋葉原Snowの前で力使ってんじゃねえ!!!!
 日翔からも個別通信が入る。
 うるさいなあ、と辰弥は二人を追い抜いて先頭に立った。
「とりあえず後ろは静かになったしこっちも打ち止めだよ、多分」
《その『多分』が信用ならねえ!》
 そんなやり取りをしながら、階段室を出る。
 階段室を出たところで三人は一斉射撃を受け、慌てて階段室に戻り、ドアの周りで遮蔽を取った。
「思ってたより、しつこいですね」
 応戦しながら千歳が唸る。
 千歳のTWE デカデはマガジンも使えるが今回は弾帯ベルトリンクで給弾している。そのため辰弥や日翔より装填間隔は長かったが連続しての発砲は銃身の過熱を引き起こす。彼女もそれは分かっていたからフルオートの弾幕は最低限にしていた。
「援護お願いします!」
 ベルトリンク一本分を撃ち切った千歳が階段室に身を隠す。
 それをフォローするように辰弥が身を乗り出し、フルオートで弾幕を張る。
 いつまでもここで足止めを食っているわけにはいかない。
 なんとかしてサーバルームに到達したい。
 そこで死んでしまえば元も子もないが、時間をかければかけるほど不利になるのが目に見えている状況で、早く前進したいと思うのは当然である。
 どうする、どうすればこの状況を切り抜けられる、と辰弥は自問した。
 手っ取り早いのは自分が盾をトランスして作成、突撃することだろう。
 しかし千歳の前でそれを行うのは彼女に「自分は人間ではない」ということをアピールする行為だしトランス自体かなりの体力を使う。
 実際、先日の「仕事」で戦術高エネルギーレーザー砲MTHELにトランスした時もかなり疲労した。千歳にバレないように気を使った、ということもあるがトランス能力をコピーする以前に武器を生成して貧血になった、というものとはまた違う不調が出る。
《どうするよ!》
 KH M4を連射しながら日翔が辰弥に指示を仰ぐ。
 特殊第四部隊トクヨンではないからHASHハッシュくらい効かないだろうか、と辰弥は一瞬考える。
(Rain、HASH送れない?)
《それはもう試行済みだ。やはりカグコンの通信に割り込むのは不可能だ》
 多くの巨大複合企業メガコープの武装勢力がGNSハッキングガイストハック対策としてグローバルネットワークではなく自社サーバを利用したローカルネットワークでの戦術データリンクを展開しているのはもはや常識である。しかし、鏡介はそのサーバに侵入してローカルネットワークを掌握することができる。
 だが、「カグラ・コントラクター」の戦術データリンクはそんな生ぬるいものではなかった。自社サーバを利用しているのは確かに同じだが、その自社サーバは超高性能の量子コンピュータを使用しており、データリンクもそこから各隊員個別に接続、隊員間の通信も量子コンピュータを介して行われる。
 ここでネックになるのが量子コンピュータだ。
 一般的に普及している、通常のノイマン型コンピュータは比較的侵入が容易で、その対策にファイアウォールやIntrusion Countermeasure ElectronicsI.C.E.、通称「アイス」によって守られている。しかし量子コンピュータはその構造の複雑さ、情報密度の高さ、暗号化の難解さによって通常のコンピュータでは侵入できない。そして量子コンピュータは一般には普及しておらず、メガコープクラスの大企業が使用している程度にとどまっている。当然、鏡介がハッキングに使うPCもハイエンドモデルではあるが従来型ノイマン型である。
 相手が「カグラ・コントラクター」とはいえ一般部隊であるならもしかして、と鏡介は最初の接敵でガイストハックを試みていた。その結果は予想通りの「ハッキング不可能」。
 未知のセキュリティに量子コンピュータを使用した戦術データリンク。いくら鏡介がウィザード級ハッカーであっても攻略はできない。
 己の無能さを鏡介は呪った。
 同時に思う。
 「俺も現場に出ていたら」と。
 「グリム・リーパー」を構成する四人のうち、義体化していると判明しているのはよりによって鏡介のみである。千歳は「生身ですよ?」と言っているがデザートホーク二丁拳銃をするほどの剛腕である。もしかすると事情があって義体であることを隠しているか日翔と同じように強化内骨格インナースケルトンを体内に入れているのかもしれない。
 それはさておき、鏡介は右腕を義体化した際、その義体に武装を一つ内蔵させていた。
 それが「カグラ・コントラクター」も主要兵装として使っている、反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリア。コマンドギアとかいう、スーツ状の強化外骨格スケルトンに似た兵器に搭載されていたホログラフィックバリア。辰弥救出作戦の際、右腕を失うきっかけとなったコマンドギア強奪で鏡介はそれを入手していた。
 そんなホログラフィックバリアが内蔵された右腕だが、現場に出なければ宝の持ち腐れである。鏡介本人もそれは理解しているし、現場に立つこともやぶさかではないと考えていたが、千歳の加入により「現場に出る人間が増えすぎるのは望ましくない」と結局後方支援でとどまっている。
 しかし、相手が「カグラ・コントラクター」だと鏡介はあまりにも無力。安全圏で高みの見物を決め込むしかない。
 せめて日翔がALS克服のためにも義体化すると言ってくれていれば、ホログラフィックバリアを譲ることも考えたのに当の日翔は「絶対に人工循環液ホワイトブラッドは身体に入れない」と義体化を拒否している。
 そもそも日翔が義体化してくれればこんな危険な依頼は受けなかったし、治験の席を獲得しようと躍起になることもなかった。その点では、全ての責任は日翔にあると言ってもいいだろう。
 とはいえ、日翔のせいにしたからといって事態が好転するわけではない。何ができる、と鏡介がキーボードに指を走らせる。オフィス内の設備を確認、使えるものがないか目を光らせる。
 ――消火設備はスプリンクラーではなくガス式か。
 サーバルームが近いからだろう、火災が発生してもサーバへの被害が最低限で済むようにガスによる窒息効果で消火を行う設備が設置されている。
 しかし、迂闊にこれを作動させれば辰弥たちまで窒息してしまう。
 だがこれを使わない手はない。うまくいけば「カグラ・コントラクター」の動きを鈍らせることができる。
 そう判断した鏡介の提案は早かった。
《BB、酸素マスク生成できるか?》
 鏡介からの個別回線に、辰弥がえっと声を上げる。
(できるけど、どういうこと)
 鏡介から生成の指示が出るのは珍しい、いや、初めてではないだろうか。
 千歳に知られるのを嫌がって極力生成するな、と言っている鏡介が、なぜ。
《そこの消火設備はガス式だ。うまく使えばカグコンの連中を窒息させることができる》
 すまない、と鏡介が謝罪する。
《お前を危険にさらし、負担をかけることになるが――こうでもしないとここは切り抜けられない》
 お前の聴覚情報で増援らしき足音も確認している、と言う鏡介に辰弥は分かった、と頷きかけ――。
「ちょっと待って、何かおかしい!」
 思わず声を上げた。

 

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