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Vanishing Point Re: Birth 第3章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
ALS治療薬は近日中に治験を開始するという。
その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。その手始めに受けた仕事はとある研究主任の暗殺。しかし、やはり独占販売権を狙う御神楽による謎のセキュリティによって辰弥たちは「カグラ・コントラクター」の音速輸送機と交戦することになってしまう。

 

依頼終了から暫くが経過したころ、千歳から連絡が入る。
彼女は道案内も兼ねて買い物をしよう、と誘ってくる。

 

待ち合わせ場所で合流した二人。
「仕事」出は見せない様子を見せる千歳に、辰弥は心を乱される。

 

 
 

 

 その言葉を聞いた千歳が嬉しそうに笑う。
「そう言って貰えて嬉しいです。私、歓迎されてないと思ってましたから」
「そんなことないよ。少なくとも、俺は……嬉しい」
「ありがとうございます。本当に、よかった」
 千歳も不安だったのだろう。チームに受け入れられていないのではという。
 辰弥としては初めから受け入れていたつもりだったが、今こうやって言葉にして彼女は安心したらしい。
 嬉しそうに笑い、辰弥を見る。
「私、頑張りますから」
「うん、よろしく」
 辰弥がハンバーグを口に運ぶ。肉汁が口の中に広がり、千歳が選んだ店は流石だな、と思う。同時にこの味付けはどうやっているのだろう、肉も合成肉や大豆ミートじゃないみたいだし、と思考が流れていく。
 辰弥が興味深そうに食べている様子を千歳がニコニコしながら見る。
「鎖神さん、お家では合成食なんですか? 珍しそうに食べてますけど」
「え? いや? 普通に食材買って俺が作ってるけど?」
 辰弥の返答に千歳が驚いたようなリアクションを見せる。
「え、鎖神さん料理できるんですか?」
「むしろ料理が趣味だよ」
 えええ、と反応する千歳のリアクション一つ一つがオーバーに見えて辰弥が苦笑する。
「さっきの天辻さんにご飯を用意する、というのもてっきり出来合いのものを見繕うってことだと思ってました。道理で一時間遅らせたわけですね」
 それなら納得だ、と千歳が頷く。
「でも、じゃあどうして珍しそうに食べてるんですか? 食材使ってるなら別に珍しいなんてことないでしょうに」
 千歳は辰弥の趣味が料理研究であることを知らない。常に安い食材でも最大限のうまみを引き出す方法を彼が研究しているとは思ってもいないだろう。
 それだけ、彼女も辰弥のことを知らないというわけだが、それは辰弥も同じだった。
 千歳のことは気になる。だが、踏み込んではいけない。
 それでも千歳の質問をはぐらかしたくなくて、辰弥は正直に答えた。
「ここのハンバーグ、すごくおいしいから。どういう味付け、どういう調理で作ってるのかなって。今度自分で作るときの参考にしたい」
「参考にしたい、って……もしかして、鎖神さんって本格的に料理されるんですか?」
「本格的かどうかは分からないけど最低限の労力で最大の味を引き出す方法はいつも考えてるよ」
 すごい、と千歳が感嘆の声を上げる。
「私も自分でご飯用意すること多いですけど、基本的にレシピ通りだし食材って結構高いから合成食で済ませることも多いし……鎖神さん、凄いですね」
「……日翔にはおいしいもの、食べてもらいたいから」
 できれば、これからも、ずっと。
 治験を受けさせて、ALSを克服して、それからも、ずっと。
 ちくり、と辰弥の胸が痛む。
 本当に、これでいいのだろうかと。日翔のALSは本当に克服できるのだろうかと。
 今回開発された治療薬が効かなかった場合、自分が絶望するのは目に見えている。それならいっそ今のうちに見捨ててしまった方が傷は浅いのではないだろうか。そんな思いがほんの一瞬胸を過る。
「天辻さんのこと、大切にされてるんですね」
 ぽつり、と千歳が呟く。
 それではっと我に返った辰弥がまぁね、とあいまいに頷く。
「一応は命の恩人だからさ。それなのに病気だなんて、笑っちゃうよ」
 そう言って力なく笑う。
「……だからさ、そう長く生きられないって言うなら、『その時』までは好きにしてもらいたいって思ってる。できれば、『その時』が何十年後にもなればいいなって思ってるけど」
「あと何回か依頼を受ければ完済でしたっけ?」
 どうやら千歳に送られた日翔のデータには借金のことも記載されていたらしい。
 うん、と辰弥が頷く。
「だからごめん、暫くは俺たちのわがままに君を付き合わせることになる」
「いいですよ」
 辰弥の予想に反して、千歳はあっさりと頷いた。
「ソロで受けるには重い依頼が多そうですけど、その分報酬はおいしいですから」
 そう言って最後の一口を口に運ぶ。
 それを飲み込んでから彼女は口を開いた。
「……でも、私、心配なんです」
「何が」
「鎖神さんが、天辻さんを庇って怪我しないかって」
 それは、と辰弥が呟く。
 日翔を庇って自分が傷を負ったところで大したことはない。LEBとして継戦能力を最大限発揮できるように設計されている。どのような傷であっても脳と心臓さえ無事ならやがて痕も残さず治癒してしまう。ノインの血を吸ってトランス能力をコピーした今では四肢の欠損ですらトランスの応用で修復できる。
 だから千歳の心配は心配に含まれるようなものではなかった。ただ、彼女に知られるわけにはいかないだけだ。
「……大丈夫だよ」
 そう、答えた辰弥の声はほんの少しだけ掠れていた。
「そんなヘマはしない」
「でも、」
「俺だって、鍛えてるからね」
 そう言って、笑う。
 千歳は以前自分が口にした言葉を利用して返答されたことで黙ってしまう。
 ほんの少しの沈黙。レストランのBGMが二人の間に流れた空気とは裏腹に明るさを演出している。
「とにかく、俺は大丈夫。日翔も借金が完済したら引退させるし、それもあと数回の話だ」
「……そうですね」
 千歳が頷く。
 それから、苦笑して辰弥を見た。
「ごめんなさい、湿っぽくなっちゃいましたね。話、変えましょうか」
「そうだね」
 こんな明るいレストランで湿っぽい話をしていても仕方がない。
 とはいえ、二人とも食事は終わっており、長居をする必要性もなかった。
「……それじゃ、この辺りを案内してもらおうかな」
「任せてください!」
 張り切った千歳が席を立ち――辰弥が手を伸ばした伝票を素早く奪い取る。
「あっ」
「ここは、奢らせてください」
 悪戯っ子のような笑みで千歳が伝票をひらひらと振る。
「なんだかんだ言ってお世話になってるのは私ですし、今日無理してきてもらってますからね、これくらいはさせてください」
「でも――」
「どうしても何かしたい、って言うなら何かおやつ作ってくださいよ。私、甘いもの大好きですから」
 そう言われてしまえば辰弥も俄然燃えるというものである。
 スイーツ作りは辰弥の料理スキルの中でも特に得意分野である。
 分かった、と辰弥は頷いた。
「リクエストある? 大抵のものなら作れるけど」
「わぁ、頼もしい! それなら、マカロン作ってください! 私、マカロン大好きなので」
 了解、と辰弥は頷いた。
 同時に思う。
 これは、またプライベートで会ってくれるということなのだろうか。
 会計に向かう千歳の背を追いながら、辰弥はほんの少し自分が期待していることに気が付いた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

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