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Vanishing Point Re: Birth 第4章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
しかし、辰弥に謎の不調の兆しが見え始めていた。

 

 
 

 

  第4章 「Re: Action -反応-」

 

 日翔あきとがソファでぐったりとしている。
「……日翔、休むなら自分の部屋で休んだ方がいいよ」
 三人分の紅茶を淹れながら辰弥たつやが日翔に声をかける。
《んー……悪ぃ、おやつ食べたら寝るわ》
 体を起こし、日翔がテーブルに置かれたプリンを見る。
《今日のおやつはプリンか》
「うん、鏡介きょうすけも食べると思って」
「助かる。卵と牛乳は栄養価も高いし吸収もしやすいからな」
 内臓をほぼ全て義体化している鏡介は普段効率重視で義体用のエナジーバーとゼリー飲料で食事を済ませている。だが、日翔以上に舌の肥えている彼なので時には真っ当な食事を摂りたいと思うこともある。
 だから比較的効率よく食べやすいゼリーやプリンといった物はありがたくいただくし最近は日翔の嚥下障害を恐れてか比較的飲み込みや消化にいいメニューが出されているので同じ食事を摂る日が増えた。
 日翔がスプーンを握り、プリンを口に運ぶ。
《うんまー! やっぱ辰弥のプリンは最高だな》
 美味しそうにプリンを頬張る日翔に辰弥が複雑そうな笑みを浮かべる。
 こんな、幸せな時間がずっと続けばいいのに。
 日翔が自分の料理を食べて、三人で依頼をこなして、何も変わらない日常が続けばよかったのに。
 だが、現実はそうではない。
 日翔に残された時間はあまりなく、それ故に千歳というノイズが混ざっている。
 どうあがいても覆すことのできそうにない現実に、心が痛む。
 ――なんとかして、治験の席を確保しないと。
 日翔を助けられるかもしれない唯一の道。筋萎縮性側索硬化症ALSの治療薬を確保することができれば、彼はきっと元気になる。
 そう信じなければ辰弥も足を止めてしまいそうだった。どうあがいても日翔を助けられないと言われてしまったらもう生きている意味すら失ってしまいそうだった。
 本来なら道は治療薬の確保だけではない。全身を義体化すれば日翔はALSを克服することができる。
 しかし、日翔は頑なにその道を拒んだ。「ホワイトブラッド穢れた血を体に入れるくらいなら死んだ方がマシだ」、と。
 義体化するには一部の例外を除き人工循環液ホワイトブラッドに体液を置き換える必要がある。一定期間ごとの透析も必要となる。そして、ホワイトブラッドはその名の通り赤い血液ではなく、白い液体である。
 それを不気味だ、穢れたものだと毛嫌いする人間もいる。義体化した者――ホワイトブラッドを体内に入れた者を化け物だと呼ぶ人間もいる。
 日翔もその一人だった。両親の影響とはいえ、彼はホワイトブラッドを「穢れた血」と呼び、毛嫌いしている。
 それは辰弥も鏡介も理解しているところだった。だからといってその認識を改めろ、とも言わなかったが。
 特に鏡介は自分が肉体の約半分を義体化している都合上どうしてもホワイトブラッドを利用せざるを得ない状態であることを日翔に隠していた負い目はある。
 上町府うえまちふにいたころ、まだ自分の右腕と左脚が生身だったころの鏡介は日翔に自分が身体の一部を義体化していることを打ち明けていなかった。
 はじめは打ち明ける必要性もなかったから何も言っていなかったが、日翔が反ホワイトブラッド思想を持っていることを知ってからは余計に打ち明けることができなくなってしまった。
 出会った頃こそは多少反発しあったものの辰弥が加入し、すばるが狙撃され、生死不明となったころには大切なビジネスパートナーとして背中を預ける関係になっていた日翔と鏡介。その状態で鏡介が義体だと知れば日翔は確実に離れていくだろう。
 そう思った鏡介は自分が義体を導入していること、ホワイトブラッドを身体に入れていることを告げないことにした。元々鏡介はハッカーということで後方からの支援をメインに行っている。怪我をしてホワイトブラッドのことが知られるということもない。
 しかし、いつかはバレてしまう、というものでとある依頼をきっかけに鏡介のホワイトブラッドの件は日翔に知られることとなった。
 木更津きさらづ 真奈美まなみの護衛依頼。鏡介の母親かもしれないという彼女の護衛の依頼で鏡介は彼女を庇い、撃たれてしまった。
 その場には日翔もいて、日翔の手助けを受けて鏡介は一命をとりとめたものの日翔は鏡介がホワイトブラッドを体に入れていることをここで初めて知ることとなった。
 目の前の、親友とも呼べる仲間が自分にそんな重要なことを隠していたという事実。
 その時は日翔も緊急事態で深く考えることはできなかったのだろう。
 ホワイトブラッドが気持ち悪い、そういう感情はあったようだがそれよりも鏡介を死なせたくない、その気持ちの方が強く、見捨てることはできなかったらしい。
 しかし落ち着いて考えてみるといくら身内であるといっても穢れた血を入れていることは事実である。だからといって距離を置くことはなかったがどうして、という思いは持っているようだ。
 どうして鏡介が、どうしてあんな穢れたものを、という思考が付いて回っている。それに気づかない鏡介ではない。
 それでも日翔が鏡介を見捨てられないのは単純に日翔がお人好しで、そして何年も生死を共にした仲間をいきなり切り捨てることができなかっただけだろう。
 鏡介としても日翔のためを思うなら自分から去るという選択肢を取るべきだ、とも分かっている。
 だが、鏡介もその選択肢を取ることができなかった。
 今、自分が日翔の前から去れば残されるのは辰弥と日翔の二人のみ。確かに二人だけで――いや、千歳を交えた今なら三人だけで依頼をこなすことも可能だろう。
 それでも、鏡介のサポートがあって今までを乗り越えてきた辰弥たちがそのサポートなしで激化していく「サイバボーン・テクノロジー」からの依頼を完遂できるとは思えない。御神楽を相手に、辰弥たちが生き延びられるはずがない。
 それに日翔のALSはもう末期に近い。現場に立てなくなる日もそう遠くない。
 そうなれば辰弥と千歳だけで戦わなければいけない。
 そこに、自分がいなくてどうする、と鏡介は考えていた。
 自分一人がいなくなるだけで「グリム・リーパー」が壊滅するという考えは少々自意識過剰かもしれない。それでも鏡介がいて、三人揃って成り立ってきたのは事実だ。
 だから、日翔を見捨てられない。辰弥を生存させるためにも。
 日翔はもう助けられないと諦めて辰弥と二人で彼を見捨てることもできる。
 しかし、そんなことは鏡介のプライドが許さなかった。
 自分は仲間のために戦っている。そのために自分の命を棄てることは惜しくない。辰弥の時も、辰弥と日翔だけはという思いであのような無茶をした。
 自分の生存よりも、辰弥と日翔の命の方が大切で重いものだという意識が鏡介にはあった。もう既に自分の人生は全うしている。あの、騙されて内臓を抜かれたあの日に。
 それでも生きているのはたまたま師匠が自分を拾い、憐れんで義体にしてくれたからだ。だから自分は自分が大切だと思っている存在のために生きるし、死ぬ。
 そんな思いがあって、日翔を見捨てられるはずがなかった。
 ――日翔は必ず助ける。辰弥と二人で。
 日翔がいくら「もういい」と言ったとしても、希望が残っている限り手は伸ばす。
 その希望が潰える可能性は、今は考えたくない。
 それとも――もし、薬が効かない、日翔は助けられないとなった場合、自分はどうするのだろうか。
 そう考えて、鏡介はちら、と自分の右腕を見た。
 現場でも辰弥と日翔をサポートできるように、と装着した戦闘用の義体。
 この出力なら――日翔を殺せる。
 ALSでの死は基本的に呼吸筋が弱まることによる窒息である。終末期は人工呼吸器も使用するがそれでも暫くの延命にしかならない。
 もし、日翔を助けられないとなったら、自分は日翔を殺すかもしれない。
 これ以上の苦しみを長引かせないために。
 これ以上日翔の苦しむ姿を見ないために。
 そうやって、辰弥に殺されるのも構わない、と思う。
 「グリム・リーパー」らしい終わりじゃないか、とも思う。
 鏡介としてはもし日翔が助からなかった場合、日翔も自分も死んで、辰弥一人が生き残れば大勝利だという意識があった。
 今の辰弥なら一人でもきっと生きていける。そのための生活能力も与えたし彼の料理スキルならどこでも通用する。
 いや、それではいけない、と鏡介は内心首を振った。
 日翔が助からない可能性を考えてはいけない。今は治験の席に割り込ませ、回復することを信じるべきである。そうしなければ最悪の事態ばかり考えてしまう。
 ――そうだろう、辰弥。
 日翔を助けると決めたから、今ここにいる。
 そう決めたなら、それだけを考えるべきだ。
 苦笑して、鏡介はプリンを口に運んだ。
《鏡介、どうした?》
 苦笑した鏡介に日翔が声をかけてくる。
「いいや、なんでも。ここ暫くの依頼のことを考えていただけだ」
《『サイバボーン・テクノロジー』のか? なんか、金回りがいいから受けてるって言ってたが別にそんな無理しなくても》
 日翔はまだ何も気づいていない。その反応にほっとした鏡介がまあな、と小さく頷く。
「だが、お前もなるべく早く完済したいだろう。それに……俺の見立てではお前が現場に立てるのはあと三回くらいだと思っている」
《何を、俺はまだまだいけるぞ》
「そう思っているのはお前だけだ」
 そう言い、鏡介がちら、と辰弥を見る。
 辰弥も小さく頷き、プリンの皿をテーブルに置いた。

 

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