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Vanishing Point Re: Birth 第4章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
しかし、辰弥に謎の不調の兆しが見え始めていた。

 

ここ暫く不調の日翔を慮る辰弥と鏡介。
日翔のためにと危険な依頼を受けているが、それでも彼を助けられない可能性について考えてしまう。

 

まだ戦えるという日翔に「もうやめて」という辰弥。
そんな折、アライアンスのまとめ役から「グリム・リーパー」に依頼が持ち掛けられる。

 

千歳を呼んでの食事会をしながら打ち合わせをする「グリム・リーパー」
相手の情報収集能力を危惧し、今から仕事を始める、ということで話はまとまる。

 

侵入した「フィッシュボーン」の拠点で戦闘する辰弥BB千歳Snow
ターゲットが一人足りないという状況で、拘束した一人のGNSに鏡介Rainが侵入する。

 

「フィッシュボーン」は「カタストロフ」とつながっていた。
しかも、「カタストロフ」はLEBを追っているという。
それを突き止めた時、相手が意識を取り戻し、鏡介はとっさに相手の脳を焼く。

 

 
 

 

 空が少しずつ白み始めている。
 三日目夜日が終わり、新たな一日目朝日が始まって間もないころ。
 鏡介に指定された解体中のビルに向かって辰弥と千歳は歩いていた。
「……BBさん?」
 不意に、千歳が辰弥に声をかける。
「どうしたの」
「いえ……Geneさん置いてきちゃって、よかったんですか?」
 千歳の言葉に辰弥が少し考える。
 日翔は「後はリーダー一人だし二人でなんとかなる」と説得して帰らせた。本人は「待ち伏せとかされてたらどうすんだよ」とついてくる気満々であったが、彼の体力的にこれ以上待機させるのも、ましてや戦闘に参加させるわけにはいかないと判断した。
 渋々帰った日翔だったが辰弥も千歳もこれでいい、と思っていた。
 辰弥は日翔に無理をさせる必要はない、と。千歳は何かあっても足手まといにならない、と。
「Geneに無理はさせたくない。できるならギリギリまでは温存しておきたいから」
「……そうですか」
 辰弥の言葉に千歳が頷く。
「心配ですか?」
「Geneのことが? もう帰らせたんだから心配はないよ」
 「フィッシュボーン」のリーダー以外はもう殺している。リーダーの座標もこの近くと考えると、リーダーが報復のために仲間を手配していない限り襲われることもないだろうし、それくらいの戦闘は日翔一人でもできるだろう。できなければ辰弥は自分自身を恨むことになるだろうがそれが運命である。
「いえ……今から『フィッシュボーン』のリーダーとやり合うんですよ? こちらの情報が筒抜けになっていたことを考えると仲間くらい呼んでいるのでは」
 千歳としては単独行動をとっている日翔が襲われる可能性は低いと考えていた。むしろリーダーが自分の居場所はバレている、と仲間を呼んで待ち伏せしている可能性の方が高い。
 リーダーがいると言われたビルの解体現場に足を踏み入れる。
 その少し前から電波干渉が強くなり、ノイズ交じりとなっていたGNSのUIがふっと掻き消える。
「……Rain?」
 辰弥が鏡介に連絡を入れる。だが、電波干渉で回線が途絶したのか鏡介からの応答はない。
 ここからは自分の判断で動けということか、と辰弥が全身の感覚を研ぎ澄ませる。
「Snow、気を付けて。トラップもあるみたい」
 辰弥が囁く。千歳が頷き、デザートホークを握りしめる。
 トラップに警戒しながら歩みを進める。
 ワイヤートラップの類はすぐに気づく。見つけては千歳に指示、回避が難しそうなものは離れたところから撃って起動させておく。
 ビルの解体はかなり進んでおり、人が歩けそうなのは一階、二階部分だけである。
 探すのにそう時間はかからないだろうと思っていたが解体現場には資材も多く置かれており、身を隠すのにぴったりな遮蔽となっている。
 これは探すのに骨が折れそうだ、と辰弥が思った時、視界にちらりと何かが入った。
 巧妙に隠された機械。測量で使うようなレーザー距離計にも見えるが違う、と本能が叫ぶ。
 レーザー距離計ではない。どちらかというとパッシブの赤外線センサーのような――。
 そう思った瞬間、辰弥は千歳を突き飛ばしていた。
 センサーから放たれた赤外線が千歳に接触し、反対側の受光機を遮っていたことになぜか気づいた。
 確かにヘビの種類によっては赤外線を受診するピット器官が存在するものもいる。辰弥がそのヘビの血を飲まされていたかどうかは分からないが、ただなんとなく千歳が赤外線センサーに引っかかった、ということだけは理解した。
 辰弥に強く突き飛ばされ、千歳が数歩よろめき、資財の山に倒れ込む。
 同時、何かが飛来するがそれを回避することはできなかった。
 何かが壁に跳ね返り床に落ちる音。同時に響く別の何かが床に落ちる音。
「ぐ――っ!」
 左腕を押さえ、辰弥が呻く。
 叫び声が喉をついて出そうになるがそれを飲み込み、痛みに耐える。
「BBさん!」
 倒れ込んだ資財の山から体を起こした千歳が叫ぶ。
「腕が――!」
 千歳が辰弥に駆け寄ろうとするも、横から飛び出してきた人影にデザートホークを向け、発砲する。
 辰弥も血塗れになった手でTWE Two-tWo-threEを抜き、別の物陰から飛び出した人影に向けるが激痛に狙いが甘くなる。
 ぼたぼたと床に落ちる血に再生しなければと思うが千歳の目の前でそんなことを行うわけにはいかない。
 とりあえずはここにいる奴らを排除しなければ、と応戦する。しかし激痛と出血、片腕だけという状況に手が回らない。
 一人は排除したものの、物陰から飛び出してきたリーダーに辰弥が組み伏せられる。
「くそ――っ!」
「――お前か」
 低く囁かれる言葉。
「BBさん!」
 千歳がデザートホークを向けるが辰弥に当たるかもしれないという状況に発砲できない。
 辰弥の右手首を掴んで床に押し付けたリーダーが空いている方の手で首を掴む。
「ぐ――」
 気道を圧迫され、辰弥が呻く。
「お前か」
 再度問われる言葉。
 何を、と言い返したいが声を出すどころか呼吸すらできない。
 酸欠で狭まる視界に、まずい、と視線だけ動かして千歳を見る。
(俺に構わず撃って!)
 そう、指示を出すも電波干渉による接続エラーですぐそこにいる彼女に伝えることすらできない。
 自分に当たってもいい、とにかく撃ってくれと思うが千歳は硬直してしまっている。
 「お前か」という問いかけの意図はともかく、このままでは命が危ない。
 まだ死ねない、死ぬわけにはいかない。
 日翔を治験の席に割り込ませるまでは、死ねない。
 相手は辰弥が左手を使えないことを理解して、自由になる右腕のみを封じている。
 左腕は押さえつけられてすらいない。つまり、再生して武器を生成すれば確実に殺すことができる。
 だが、その選択肢を選ぶにはあまりにも状況が悪かった。
 これが千歳加入前の「グリム・リーパー」だったら迷わず再生して事態を切り抜けていただろう。
 千歳というノイズが、辰弥から「切断された腕の再生」という選択肢を除外してしまっている。
 見られたくない。知られたくない。自分が再生できることを。自分が人間ではないことを。
 それを見られてしまえば、知られてしまえば、折角築き上げた関係を壊してしまう。
 ――嫌われたくない。
 その思考で、何故か心臓が一つ大きく鳴る。
 どくん、と高鳴る鼓動に自分の感情に気づく。
 ――俺は、秋葉原のことが――。
「BBさん!」
 千歳の声が遠くに聞こえる。
 まずい、貧血と酸欠で意識が遠のきかけている。
 このままでは殺されてしまう。
 嫌だ、と辰弥が唇を震わせる。
 彼女の目の前で死にたくない。ただ、純粋にそう思う。
 そう思ったら、その後は身体が勝手に動いた。
 虚ろになりかけていた辰弥の黄金きんの瞳に光が戻る。
「こ――のっ!」
 自由に動かせる左腕を持ち上げる。
 切断面から瞬時に左手が再生し、同時、ナイフを生成、リーダーの心臓に突き立てる。
「が――っ!」
 リーダーとしては何が起こったのか理解できなかっただろう。
 心臓を一突きしただけでは終わらず、辰弥は即座にナイフを抜いてリーダーの頸動脈を掻き切った。
 返り血をもろに浴びてしまうが構わず死体を蹴り飛ばし、立ち上がる。
「え――」
 呆然としたように辰弥を見る千歳。
 ああ、バレたな、と辰弥は千歳に背を向ける。
「……ごめん」
「……どこ、行くんですか」
 辰弥がどこかに行くつもりだ、と察した千歳が呼び止める。
「どこだっていいじゃない」
 どこに行くと聞かれて、辰弥はどこに行くつもりだったんだと自問した。
 自分に行くところなど存在しない。あったとしても日翔と鏡介がいる自宅しかない。
 千歳から離れたとしてもチームメイトである以上、顔を合わせるのは必至なのに。
「BB――鎖神さん、」
 不意に、千歳が後ろから辰弥に抱き着いた。
 ふわりとした感触と服越しに感じる体温にどきりとする。
 ずっと求めていたような、そんな錯覚に声が出ない。

 

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