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Vanishing Point Re: Birth 第4章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
しかし、辰弥に謎の不調の兆しが見え始めていた。

 

ここ暫く不調の日翔を慮る辰弥と鏡介。
日翔のためにと危険な依頼を受けているが、それでも彼を助けられない可能性について考えてしまう。

 

まだ戦えるという日翔に「もうやめて」という辰弥。
そんな折、アライアンスのまとめ役から「グリム・リーパー」に依頼が持ち掛けられる。

 

 
 

 

「……で、どうして秋葉原あきはばらがここにいるんだ?」
 三日目夜日、鏡介が眉間に皺を寄せてそう口を開く。
「どうしてって、鎖神さんにご飯に誘われたからなんですけど」
 もぐもぐと焼き魚を口に運びながら答えるのは千歳ちとせ
 そう言われてから鏡介がそうだった、と内心頭を抱える。
 「やっぱりチームメンバーだから親睦は深めた方がいいと思って」と辰弥が自分の手料理を振舞う食事会を企画を失念していたのは鏡介である。二日目昼日に鏡介が辰弥と日翔に「依頼が来た」と話した際に辰弥が「ちょうどいいや」と呟いていた理由はそれなのか、などと考えながら鏡介も焼き魚を口に運んだ。
 この時期が旬だからと鯖の塩焼きが食卓に並んでいるが、「秋葉原を招いて食事会にするならこんな地味な家庭料理ではなく洋食にすればよかったんじゃないのか?」という考えも鏡介の脳裏を過る。しかし旬だからこそ辰弥もこのチョイスにしたのだろう。
「鎖神さん、このおひたし美味しいです」
 美味しそうに料理を口に運び、千歳が辰弥を褒める。
「ありがとう。腕を振るった甲斐があるよ」
《割りにありがちな家庭料理だと思うんですけどー》
 ちまちまと鯖の小骨を取り除きながら日翔がぼやく。
「秋葉原、一人暮らしで外食とか合成食が多いって言うからさ。それなら家庭料理の方がいいかと思ったんだよ」
 なるほど、と鏡介が頷く。そこまでの配慮ができるようになったのだから辰弥も「人間として」かなり成長したものだ、と思う。
 いやいや、そんなことを考えている場合ではない。これから依頼の打ち合わせがある。
 まとめ役からもかなり秘匿性の高い依頼と言われていたので対面で打ち合わせをした方がいいかと考えていた鏡介だが、このタイミングで千歳が家にいるのならさっさと済ませてしまった方がいいだろう。
「とにかく、飯を食いながら打ち合わせを済ませてしまおう。今回はアライアンスからのホットラインだ」
《マジかあ……ってか、飯食ってからにしようぜ。飯がまずくなる》
 お、この鯖うめえなあ、などと会話に混ぜながら日翔が提案し、鏡介も小さくため息を吐く。
「……そうだな。折角辰弥が作った料理だ、食べてからにするか」
 辰弥が食材を丁寧に扱っているということはよく知っている。勿論、食材に対する感謝、敬意といったものがあるのも分かっている。
 それを無視して食事中に打ち合わせをするのは確かによくないかもしれない。
 鏡介も頷き、暫くは静かに、それでも時折料理に対する賛辞が上がりながら食事が進んでいく。
 その食事が終了し、デザートに出されたガトーショコラも全員の胃袋に入ったところで鏡介が改めて口を開いた。
「秋葉原も来ているからちょうどいい。いくら秘匿回線でも相手にウィザード級がいれば盗聴くらいは不可能ではないからな」
《ウィザード級がそんなごろごろいてたまるかよ。まぁ、でも用心するに越したことはないからな》
 日翔の言葉に辰弥も頷く。
 鏡介の腕は認めている。しかし、ネットワークほど誰がどこでどう干渉してくるか分からないものを信じるわけにはいかない。
 鏡介の用心も納得できる。元々オフラインで打ち合わせをするつもりだったのならわざわざ呼び出すよりも偶然一同が揃うことになった今回の食事会を利用するのは賢明な判断だろう。
「……で、依頼の内容は?」
 辰弥の言葉に鏡介がああ、と頷く。
「『フィッシュボーン』の粛清だ。どうやらどこかに情報を流しているらしく、既に被害に遭ったチームもいくつかあるらしい」
《なるほど》
 日翔が頷く。
《ってことは、今回は『サイバボーン』絡みじゃないんだ。ゆるくやれるな》
 いくら相手がアライアンスのメンバーであったとしても顔馴染みではないし鏡介のサポートとLEBである辰弥の戦闘能力、日翔の怪力、千歳の体術の敵ではない。それに寝込みを襲えば楽な仕事である。
 それは辰弥も思ったようで、「そうだね」と頷きつつ日翔を見ていた。
《なんだよ辰弥》
「それさ……思ったんだけど、今回、日翔を後方支援に回せない?」
「はぁ!?!?
 辰弥の提案に日翔が思わず声を上げる。
 GNSでの会話に慣れてきたとはいえこの程度の声は出せるということか。
《ちょっと待てよどういうことだよ》
 憤慨した日翔が抗議する。
「別に君の分け前なしって話じゃないよ。今回は寝込みを襲うだけだから俺たちがドジらない限り俺と秋葉原だけで回した方が効率いいって話。君は後方で待機して何かあったら駆けつけてくれればいい」
 うむぅ、と唸る日翔。
 いくら報酬を分けてもらえると言っても何もなければ何もせずという状態でいるのはもどかしい。それに、鏡介の見立てでは日翔が現場に立てるのはあと三回。その一回をこんなことで消費していいのか。
 それに――。
(最後まで辰弥の隣に立ちたいじゃん……)
 GNSの通話に乗せず、日翔は思っていた。
 日翔にとって辰弥はかけがえのない仲間であり親友だ。「自称」保護者も辰弥の実年齢が七歳という時点で自称ではなくなってしまった。
 だから、日翔としては自分が現場に立てなくなるその時まで辰弥と共に、辰弥の隣に立って戦いたかった。
 そんなわがままが通せる状況でないことは理解している。今はまだ依頼に大きな影響は与えていないが作戦中によろめくこともある。それを考慮すれば日翔が現場に立たなくても回るような依頼に彼を無理に現場に立たせる必要はないのである。
「日翔、辰弥の言う通りだ。お前に予測不可能なインシデントが考えられる以上、お前抜きで回せる依頼には立たせたくない」
《だが――》
 相手はアライアンスの一員だぞ? 一般人じゃないぞと反論する日翔に、千歳が笑いかけた。
「天辻さん、大丈夫ですよ。私が鎖神さんを守りますから」
 日翔にとっては屈辱的な言葉。
 今までの自分の立場を奪うという宣言にも聞こえる。
 きり、と日翔の奥歯が鳴る。
 どうして俺はALSになってしまったんだという怒り。どうして思うように動けないんだという焦り。
 日翔自身も分かっている。自分がALSを発症しなければ暗殺者になることもなかったということくらいは。ALSを発症しなければ、自分は今も両親と共に表社会で生きていたはずだ。もしかすると、大学に通っていたかもしれない。とはいえ、反御神楽思想に染まっていた両親が一番学費が安くつく御神楽系列の大学に通わせてくれたとは思えないが。
 とにかく、ALSが発症しなければ日翔は暗殺者になることはなかったし、そうなると鏡介や辰弥と出会うこともなかった。そう考えると辰弥や鏡介というかけがえのない親友仲間を得られたのはALSのおかげだとも言えるが、その結果が仲間の足を引っ張るということでは本末転倒である。
 悔しいが、辰弥の言う通りであるし千歳の言葉に頼るしかない。
 ここで無理に連れて行けと言ったところでウィザード級ハッカーの鏡介のことだ、当日、日翔にHASHハッシュくらい送り込みかねない。
 そう考えると鏡介にGNSを握られるのは怖い話だよなと思いつつ日翔はため息を吐いた。
《……わーったよ……現場は辰弥と秋葉原に任せる。だが何かあった時は俺を呼べよ、すぐ駆けつけるから》
「そんなヘマするほどへぼい暗殺者じゃないよ、俺は」
 分かっている。辰弥がそんなに弱い暗殺者でないということくらいは。腕力の瞬間出力で言えば日翔の方が上かもしれないが辰弥にはまだ隠されたポテンシャルがある。あの、ノインとの戦いの際に「本当に辰弥か?」と思いたくなるような力を発揮していたところもある。持久力こそ低いがそれも武器生成で血液を消費したが故の貧血が原因だと考えればトランス能力をコピーした今それもかなり改善されているだろう。
 そう考えると辰弥は現在進行形で成長している。それも、完成された兵器として。
 そんな辰弥をどこかの組織が認知してしまえば確実に狙われる。御神楽辺りは危険因子として排除しようとするかもしれないが、それ以外の組織なら確実に自分の勢力として支配下に置こうとするはず。
 それだけは避けたい。折角御神楽の監視から逃れ、自由となった辰弥に首輪を付けるわけにはいかない。辰弥が望むがままに、生きていける道を用意したい。
 それが暗殺の道かと思うと複雑な気持ちはあるが辰弥本人はそれでいい、と言う。
 日翔と鏡介が暗殺の道から外れない限り、共に歩く、と。
 暗殺の道から外れる、それは少なくとも日翔には不可能なことだった。鏡介はまだ外れる余地はある。詳しくは知らないが鏡介を保護しハッカーとして鍛え上げた「師匠」とやらは正義のためにその力を振るう正義のハッカーだったらしい。鏡介もそうなるべく鍛えられたが何の因果か正義とは真逆の、悪意あるハッカークラッカーとして日翔の隣にいる。それでも病院やライフラインに関わる場所へのハッキングは基本的に行っていないからそこは多少の正義感があるということなのかもしれない。
 その点、日翔は完全に暗殺の道から外れることができない運命を背負っている。
 強化内骨格インナースケルトンの導入費用の返済が終わっていない。終わったところで残された時間はほとんどない。いや、場合によっては完済できずに力尽きることも考えられる。
 だったら最期まで暗殺者として生きる、そう決めたのは日翔自身だ。だから暗殺者の道からは外れない。
 それが辰弥を別の道に行かせない理由となっていることは分かっていたが、日翔にはもう時間がなかった。仮に借金を誰かが返済してくれて足を洗うことができたとして一般人として生きることができる時間はごくわずかだ。そんな半端な時間を生きたところで何にもならない。
 それに、日翔は自分が死ねば辰弥も鏡介も自分という枷から解放されるからその時に足を洗えるだろうという考えがあった。もう暗殺者としてチームを組む理由がない。辰弥には料理というもう一つの特技があるし鏡介だって本来あるべき道に戻るべきだと思う。
 最後に言葉が遺せるなら、二人に言いたかった。
 「俺のことを引きずらずに一般人に戻れ」と。
 一般人になってしまえば万一御神楽に見つかったとしても敵対せずに済む。辰弥の能力がどこかに知られる前に裏社会から姿を消せばもう誰にも見つけられない。
 だから、いつまでも自分のことを引きずって暗殺の道を歩くな、と日翔は言いたかった。
 ただ、今だけは自分のわがままを聞いてほしい、とだけ思っていた。
 あと少しなのだ。借金の完済まで。それさえ終われば、あとはどうなってもいい。
 そう思っていたから辰弥の「へぼい暗殺者じゃない」という返事は辛かった。
 無理をさせる、という思いともう隣に立てなくなりつつある自分の無力さ。
 今の辰弥には千歳という新しいメンバーがいる。日翔が相棒というポジションを去ればそこに千歳が収まるのだろう。
 悔しい、というのが日翔の正直な気持ちだった。
 ただ、いつまでも考えていたとしても仕方がないし、いじいじ考えるのは自分のキャラではない。
 気を取りなおし、日翔ははいはい、と頷いた。
《ま、無理はすんなよ》
 そう言って、話を再開する。
「今回の依頼としては『フィッシュボーン』の粛清だが、チーム構成員の全員を一人残らず確実に仕留めろ、とのことだ」
「……了解。まぁ、多分、できると思うけど」
「そうですね、よほどのことがなければ大丈夫でしょう」
 千歳も頷く。
 まぁ、むしろ日翔が後方待機でこの二人が現場に出るなら大丈夫だろう、と鏡介が自分に言い聞かせる。
「幸い、『フィッシュボーン』も俺たち同様チームで同居しているらしい。うまく襲えば一網打尽にできる」
「それは楽ですね。確かに天辻さん抜きでもできそうです」
《うわ、痛いこと言ってくれるな》
 千歳の歯に衣着せぬ物言いに日翔が顔をしかめるが事実なのでそれ以上は何も言わない。
 辰弥もそうだね、と頷き、鏡介を見た。
「作戦としてはいつ実行するの?」
「まぁいつ『サイバボーン』から次の依頼が来るかも分からないし時間をかければ相手に察知される可能性もある。とはいえ準備が必要だな……しかし……」
「準備も色々ありますし、次の三日目夜日ということですか?」
 「準備が必要」という言葉に千歳がそう確認するが、鏡介は首を振って否定する。
「いや、向こうの情報入手ルートは確かなものだ。一巡も与えれば自分たちの裏切りがバレていることをどこからか察知して逃げられる可能性がある。折角全員集まってるんだ。今から向かう」
《マジですかい》
 折角辰弥のうまい飯を食ったばかりなのに今から襲撃かよー、と日翔がぼやくがそんな悠長なことを言っている場合ではない、ということは日翔本人も分かっていた。
 今回は離れたところでの後方待機となるがそれでもできることはあるだろう。
 じゃあ、行きますか、と日翔は真っ先に席を立った。

 

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