縦書き
行開け
マーカー

Vanishing Point Re: Birth 第4章

分冊版インデックス

4-1 4-2 4-3 4-4 4-5 4-6 4-7 4-8 4-9 4-10

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
しかし、辰弥に謎の不調の兆しが見え始めていた。

 

ここ暫く不調の日翔を慮る辰弥と鏡介。
日翔のためにと危険な依頼を受けているが、それでも彼を助けられない可能性について考えてしまう。

 

まだ戦えるという日翔に「もうやめて」という辰弥。
そんな折、アライアンスのまとめ役から「グリム・リーパー」に依頼が持ち掛けられる。

 

千歳を呼んでの食事会をしながら打ち合わせをする「グリム・リーパー」
相手の情報収集能力を危惧し、今から仕事を始める、ということで話はまとまる。

 

侵入した「フィッシュボーン」の拠点で戦闘する辰弥BB千歳Snow
ターゲットが一人足りないという状況で、拘束した一人のGNSに鏡介Rainが侵入する。

 

「フィッシュボーン」は「カタストロフ」とつながっていた。
しかも、「カタストロフ」はLEBを追っているという。
それを突き止めた時、相手が意識を取り戻し、鏡介はとっさに相手の脳を焼く。

 

リーダーが潜んでいると思しきビルの解体現場に向かった辰弥と千歳。
待ち伏せに遭い、辰弥が左腕を切断されるが千歳の前で再生し、リーダーを殺害する。

 

 
 

 

「秋、葉原――」
「どこにもいかなくていいんですよ」
 優しく、あやすように千歳が言う。
「……教えてください。鎖神さんの、全てを」
「それは――」
 答えたい。しかし答えられない。
 答えたところで何になる? 自分が人間でないと伝えてどうなる?
 欠損しても瞬時に再生できる人間が存在するはずがなく、見られた時点で自分が人間でないとは分かったはず。
 それでも、辰弥は自分が「人間ではないLEBだ」と口にできなかった。
 言ってしまったら、自分の想いも、今まで築いた関係も、全て崩れてしまいそうだったから。
「おれ、は……」
 駄目だ、言えない。
 千歳に嫌われたくない。
 後ろから抱き着いたままの千歳が手を放すこともせず言葉を続ける。
「……別に、いいんです。辰弥さんがどんな存在であったしても」
「秋葉原……」
 今、千歳は辰弥のことを初めて名前で呼んだ。
 辰弥がそっと千歳の腕を振りほどき、振り返る。
「今、俺のこと……」
「……もしかして、辰弥さんって、遺伝子操作ジェネティック・マニピュレーション受けてるんですか……?」
 電脳GNS、義体に続いて積極的に研究されている分野の一つ、遺伝子操作。
 一部の陰謀論者の中では「御神楽が遺伝子操作兵を作っている」という噂は絶えないし、「桜花の食糧事情が諸外国に比べて満たされているのは遺伝子操作によって作られた食材が出回っているからだ」と言うのは有名な話だ。
 実際、LEBという存在も遺伝子操作の一環で造られたと言っても過言ではないだろう。
 厳密にはDNA構造を一からマッピングされた人工的な生命体ではあるが、専門家でもない人間からすれば似たようなものである。
 肯定することも否定することもできず辰弥が千歳を見る。
 どう説明すればいいのか。とある実験で、遺伝子操作され再生能力を身に着けた実験体と言えば多少は誤魔化せるだろうか、と考える。
 ほんの少し、沈黙が二人の間を流れる。
「俺は……遺伝子操作なんて生ぬるいもの、受けてない……」
 絞り出すように辰弥は言葉を口にした。
「……本当のことを言うよ。俺は……人間じゃない」
 意を決して、真実を告げる。
 辰弥の言葉に千歳が息を呑む。
「人間じゃない、って……」
「『Local Erasure Biowepon』……通称『LEB』という生命体、それが俺だ」
 そう言って辰弥は左の手の平を上に向けて持ち上げた。
 その手の平に小ぶりのナイフが生成され、彼の手の中に納まる。
「LEBは自分の血肉で自分の知識の範囲にあるものを生成することができる。俺はその第一号個体、『エルステ』。研究所がトクヨンに襲撃されたときに逃げ出し、日翔に拾われて今の名前をもらった」
「……それが、辰弥さんの本当の名前……」
 うん、と辰弥が頷いた。
「ちょっと色々あってエルステは死んだことにされたけど実は生き残ったんだよね……だからバレないように武陽都に来たってのはある」
 黙っててごめん、と辰弥は呟いた。
「でも、日翔も鏡介もこんな俺を受け入れてくれた。だから、二人には報いたい。君はこれ以上深入りしていい人間じゃない、なんだったら今からでも脱退――」
「バカ言わないでください!」
 不意に、千歳が声を荒げた。
 張り上げられた声に辰弥がびくりと身を震わせる。
「何言ってるんですか、私は無関係とでも? ここまで関わっておいて、ここまで教えておいて、今更部外者扱いですか!?!? どうして私を仲間と思ってくれないんですか」
「秋葉原――」
 違う、そのつもりはない、と辰弥が千歳に手を伸ばす。
 その手を取り、千歳はまっすぐ辰弥を見た。
「たとえ人間じゃなかったとしても――辰弥さんは辰弥さんです。他の誰でもない。私を巻き込んでくださいよ。私も、辰弥さんと同じ道を歩かせてくださいよ。どうして……」
 千歳の訴えに、辰弥がはっとする。
 どうして千歳を遠ざけようとしているのだ。
 同じ道を歩きたい、その気持ちはある。同時に千歳がノイズであるという認識もある。
 自分の道を歩く上で、日翔、鏡介の二人と歩く道と千歳と歩く道は決して交わらない。
 少なくとも辰弥はそう思い込んでいた。
 もしかして、四人で歩く道もあるのではないか、とふと考える。
 鏡介は千歳のことを毛嫌いしているところはあるかもしれないが、分かってくれる。
 そんな淡い期待を抱いてしまう。
「秋葉原……」
「千歳、って呼んでください」
 辰弥の手を包み込むように握り、千歳が言う。
「千、歳……」
 躊躇いがちに辰弥が千歳の名を呼ぶ。
 名前を呼ばれて、千歳が嬉しそうに微笑んだ。
 周りには死体が転がる凄惨な現場。
 陽の光が差し込み死体を照らすが二人はそれに構わず、見つめ合う。
「千歳、俺は、君のこと――」
「好きですよ、辰弥さん」
 その言葉を聞いた瞬間、辰弥の心臓が大きく跳ねた。
 こうもはっきりと好意の言葉を聞くのは初めてだった。
 どう反応していいか分からず、硬直する。
「好きと言われたの、初めてですか?」
「――ぅ、ん」
 辰弥が小さく頷く。
 研究所にいた頃は罵声ばかり浴びせられ、日翔に拾われてからはそんなことはなくなったがごく普通の仲間として、いや、大切な仲間として接してはいたがそこに恋愛感情など存在しない。
 明確に好きと言われたのは、ましてや異性にそんなことを言われたのは初めてだった。
 自分に好意を持っている、そんな人間が存在するということが信じられず、呆然とする。
 嘘かもしれない、という考えは思い浮かばなかった。何らかの目的をもって、利用しようとして好きと言ってきたとは考えもつかなかった。
 そういう点では辰弥は子供だったし純粋だった。
 ただ、信じられない中でも漠然と嬉しいと思った。
 こんな自分でも、好きと言ってくれる人間がいるのかと。
「……ありがとう」
 絞り出すように辰弥が呟いた。
「お礼を言われることなんてしてませんよ。それに――私だって隠してることくらいあります」
 そう言って千歳が笑う。
「辰弥さんが隠してたこと打ち明けてくれたのなら、私も白状します。私……こう見えて義体なんですよ」
 えっ、と辰弥が声を上げる。
 今、自分の手を握る千歳の手。ひんやりとしてはいるが柔らかく、以前自分を拘束した全身義体の女、御神楽 久遠くおんのものとは全く違っていた。人工皮膚とシリコンで生身に近い触感にしているのだろうか、とても義体とは思えない。
「辰弥さんは私が元『カタストロフ』所属の人間だとは知ってましたか? 『カタストロフ』時代にドジって両手両足失っちゃいまして……義体にしたんですよ」
「そんな、義体は今どき当たり前――」
 少し恥ずかしそうに告白する千歳に辰弥が答える。
「それはそうなんですけどね。でも、やっぱり生身至上主義の人とかいるわけじゃないですか。天辻さんとか」
 千歳の言葉にそれは違う、と辰弥が思う。
 日翔は生身至上主義ではない。ただ人工循環液ホワイトブラッドを毛嫌いしているだけだ。ホワイトブラッドさえ使用しなければ、義体だって受け入れるはず。
 それでもふと思った。千歳が義体のことを隠していたのはそういう、生身至上主義者によって迫害を受けてきたからなのではないかと。
 そう考えると日翔のことを生身至上主義者と呼んだのも分からないことはない。
 本当はもっと早い段階で打ち明けておきたかったことかもしれないが、日翔に何を言われるか分からない状態で打ち明けることはできなかった、ということだろう。
「私もほら、一応女ですし、できれば生身と見た目を変えたくなかったので比較的生身に近いタイプの義体にしたんですよ。でも出力は高めなのでその辺の男性には負けませんよ」
 そう言い、むきっ、と力こぶを見せるようなポーズをとる千歳。
 なるほど、と辰弥が頷く。
 今まで千歳がデザートホーク二丁拳銃をしたり精密な射撃ができたのは全て義体によるものだったのか、と。
 それを「鍛えてますから」で隠してきた千歳を責めることはできない。それ以上の事を隠してきた辰弥に責める権利は存在しない。
 それでもお互い隠していたことをさらけ出したということで辰弥はほっとしていた。
 千歳には何ら疑うことなど存在しない、鏡介がただ神経質になっているだけだ、と。
 そう、ほっとした瞬間、辰弥は強い目眩に襲われた。
「く――」
 激しい目眩と全身を襲う謎の感覚に膝をつく。
「辰弥さん!?!?
 千歳がかがみ込み、辰弥の肩を掴む。
「大丈夫ですか!?!?
「大、丈夫……」
 大丈夫だ、ここ暫くよく起こっていることだが一過性のものだ。
 すぐによくなる、と立ち上がろうとするも出血が多かったこともあり、貧血も起こっている。
 そういえば関係ないかもしれないがここへ来る前に「フィッシュボーン」メンバーのGNSに有線接続し、その時にセキュリティを起動されていた。なにかGNSに不具合が起きているのかもしれない。
「辰弥さん、だめですよ!」
 立ち上がろうとしてよろめく辰弥を押さえ、千歳がどうしようと周りを見る。
 ここに長居するわけにもいかない。早くここを去らないとどこで誰に見られるか分からない。
 どうする、と考え、千歳は辰弥に手を貸して立ち上がらせた。
「とにかく、ここを離れましょう。安全なところへ――」
「安全な、ところって……」
 朦朧としながら辰弥が尋ねる。
 帰宅するにしてもこの状態で歩いて帰れるほどの距離ではない。日翔も既に帰宅している。
 日翔に迎えに来てもらうの? と辰弥が尋ねると千歳は首を振った。

 

第4章-8へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する