縦書き
行開け
マーカー

Vanishing Point Re: Birth 第7章

分冊版インデックス

7-1 7-2 7-3 7-4 7-5 7-6 7-7 7-8 7-9 7-10

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

筋萎縮性側索硬化症ALSが進行してしまった日翔。
武陽都ぶようとに移籍してきたなぎさにもう辞めるよう言われるがそれを拒む。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
もう戦えないという絶望から自殺を図る日翔に、辰弥は「希望はまだある」と訴える。
そんな中、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
「エルステが食べられてくれるなら主任に話してあきとを助けてもらえるかもしれない」と取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいた。
そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示し、辰弥にその買い出しを依頼する鏡介。
しかし、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査しようとしていた鏡介は「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。

 

 
 

 

  第7章 「Re: Solution -決意-」

 

 血液検査をはじめとして、様々な精密検査を受けた辰弥だったが、「カタストロフ」の医療チームも通常の精密検査では異常を突き止めることができなかった。
 しかし、辰弥が以前、渚から受けた血液検査で「急激に老化しているらしい」と言われたことを説明すると、話は大きく変わった。
 CTやエコーと言った検査では分からないが、「老化している」と言うのであれば遺伝子的に問題が発生しているのではないかと判断した医療チームは検査方法を遺伝子検査にシフトした。
 辰弥が人間ではないというところから検査は若干難航したものの、以前採取した血液等から最速でゲノム解析を行い、LEBに適応させた検査を行う。
 とはいえ、ゲノム解析には世界最高峰のスーパーコンピュータをもってしても相当な時間がかかるだろうと思っていたのに僅か数巡でそれを終わらせ、検査結果を持ってきた医療チームに辰弥は「『カタストロフ』にも通常のスーパーコンピュータをはるかに上回る性能を持った量子コンピュータが設置されているのか」とぼんやりと考えていた。
「遺伝子検査の結果が出ました」
 診察室で、辰弥を前に医師が口を開く。
「とりあえずゲノム解析の結果と照らし合わせて判断した結果、遺伝子的な疾患は恐らくないと推定されます。人間との差異を考慮してもガンなどの発症リスクは無い――いや、人間に比べて遺伝子上の不具合は発生しにくいものと思われます」
 医師のその言葉にほんの少しだけほっとする辰弥。
 隣に座った千歳がよかった、と言わんばかりの顔で辰弥を見る。
「しかし、」
 だが、医師の言葉は終わっていなかった。
 次に発せられた逆説の言葉に辰弥と千歳、二人の表情に緊張が走る。
「急激に老化している、という話からテロメアテストも行いました。テロメアの強度、テロメア年齢を計測した結果なのですが――」
 そこで医師が言葉を濁す。
 それだけで、検査の結果が思わしくないものだ、と二人は悟った。
「……本当に聞きますか?」
 医師が、辰弥に確認する。
 それだけで、ある種の宣告めいたものを感じ取り、辰弥は一瞬躊躇した。
 関係ない、不調もただのストレスによる一過性のものだというのであればこんな言い方はしないだろう。
 聞けば、絶望するかもしれない。
 聞けば、生きる意味を失うかも知れない。
 聞かなければ何も知らずに「その時」を迎えられるかもしれない。
 それでも。
 辰弥は小さく頷いていた。
「教えて。今の俺がどうなっているか」
 分かりました、と医師が頷き、ホログラムスクリーンを呼び出す。
 辰弥の眼前に映し出された検査結果。
「――っ」
 辰弥が息を呑む。
「人間の年齢で言うところのほぼ平均寿命の域に届いています。LEBの寿命がどれほどかはもう少し調べなければ分かりませんが、テロメアの長さ的にほぼ限界です。あと一年――いや、数ヵ月も生きられるかどうか。ここ暫くの不調も、恐らくは急激な老化に身体が付いていけていないのかと」
 医師の言葉に、辰弥が沈黙する。
 それを、彼が想定していなかった結果を聞かされたショックだと考えた千歳がそっと辰弥の手を握る。
「テロメアを修復する方法は……無いのですか?」
 辰弥の代わりに、千歳が口を開いた。
 今の医療技術ならテロメアを修復することくらい、と懇願するように尋ねる千歳を、当事者である辰弥は冷めた目で見る。
 無駄だよ、テロメアを修復することができるなら、今の人類は不老を実現している、そう言いたかったが口にしない。
 医師がゆっくりと首を横に振る。
「確かに、一時期テロメラーゼがテロメアの損傷を抑えたりテロメアそのものを伸ばすとも注目されましたが、それでも人間の寿命が大幅に伸びた、という報告が上がっていません。結局、人間が元から持つ最大限の寿命を全うするまでの話なんですよ」
「つまり――」
 千歳が口を開き、すぐに閉じる。
「損傷したテロメアを修復する方法はない、ってこと」
 千歳の代わりに、辰弥がその言葉を口にした。
 辰弥の淡々とした言葉に千歳が彼の顔を見る。
 「数ヵ月も生きられるかどうか」と言われてショックを受けているはずである。それなのに、辰弥の反応は医師の言葉を聞く前とほとんど変わらず、落ち着いている。
 いくら辰弥が「聞く」と言ったからといってもここまで宣告する必要はないだろう、と千歳はふと思った。もう少し希望を持たせることを言ってもいいはずだ。
 医師の言葉には希望は何一つ残っていない。何が不調の原因なのか、何がテロメアを損傷させているのか、そういったことも全く分かっていない。その上での余命宣告。
 何故辰弥が淡々と聞いていられるのか、それが不思議でじっと彼を見てしまう。
「大丈夫だよ、千歳」
 千歳の手を握り返して薄く笑い、辰弥が医師に返事を促す。
 はい、と医師が頷いた。
「少なくとも、人間のテロメアの修復方法は確立されていません。ましてやLEBとなると『カタストロフ』でも貴方から得たサンプルを元に解析中なんです。テロメアの修復方法が見つかったとしても……」
 それ以上は口にしなかったが、医師は明らかに「それまで貴方が生きているかどうか」と辰弥に告げていた。
 辰弥も「そう、」とだけ頷いて席を立つ。
「もういいんですか?」
 慌てて立ち上がりながら千歳が辰弥に確認する。
「うん、これ以上聞いても結果は変わらないから」
 ありがとう、と辰弥が診察室を出る。千歳もそれに続き、辰弥の隣に立つ。
「辰弥さん……」
 千歳が名前だけ呼び、口を閉じる。
 どう声をかけていいか分からない。不調の原因はテロメアの損傷が原因だろう、それによる老化だろう、とは分かった。しかし、何故テロメアが急激に損傷したのかは分からず、治療ができないという現実を、あと数ヵ月も生きられないかもしれないという事実を告げられただけ。
 辰弥が動揺しないはずがない。
 「グリム・リーパー」に配属されて、辰弥とある程度の期間を過ごして千歳は理解していた。
 辰弥は確かに人間ではないかもしれない。しかし、人並みに、いや、人並み以上に感情が豊かなところがある。周りからは割と静かで、感情の起伏が少ないとは思われているが、打ち解けた相手に対してはころころ表情を変えるし時には年齢相応の幼さを見せる。
 LEBの寿命は本当に短いのだろうか、と千歳は考えた。
 塩基配列を調整して生み出された存在、それも兵器として設計された存在に人並みの寿命が設定されているとも思えない。一定期間が経過すれば自壊するようにも設定できるだろう。
 そう考えると合点がいく。
 設計上、十年程度の寿命しか設定されていなくて、今までの稼働で少し早い限界が来たと説明できる。
 いや、もしかすると短期間で成体へと成長させるために急速成長装置を使用したがゆえにより深くテロメアが損傷していたとも考えられる。
 いずれにせよ、その事実が分かったところで辰弥の遺伝子上のテロメアを修復させる術は現時点存在しないと言われている。LEBの研究チームも「完全な個体としての」辰弥のゲノム情報を入手し、研究に着手したが間に合うことはないだろう。
 人間のテロメアですら修復する術がないのである。いくらLEBが塩基配列を一から構築された生物で、遺伝子的な不具合が起きにくい特徴を持っていたとしても、テロメアを再生することなど。
 諦めるしかないのか、と千歳が隣を歩く辰弥を見る。
 そっと手を伸ばし、辰弥の手を取り、指を絡める。
 そこで、千歳は辰弥の手がわずかに震えていることに気が付いた。
 平静を取り繕ってはいるが、内心では動揺している。
 たったそれだけの事実にほっとして絡めた指に力を込める。
 今、何を言っても辰弥を落ち着かせることはできないだろう。
 できることと言えば彼の手を取り、側にいること。
 そう思い、無言で寄り添う。
 互いに一言も言葉を発さぬまま、二人は二人に割り当てられた居住スペースに帰宅した。
 ドアを開け、中に入り、ドアを閉め、千歳が鍵を掛けたところで彼女は後ろから抱きすくめられた。
「千歳……」
 千歳に腕を回した辰弥が震える声で彼女を呼ぶ。
「辰弥、さ――」
「嫌だよ……」
 そう呟く辰弥の、千歳を抱きしめる腕に力がこもる。
「なんで……俺は、日翔の快復を見届けることすら許されないの……?」
 辰弥の口からこぼれる言葉に千歳がはっとする。
 どうしてここで日翔の名前が出てくる。
 自分のことよりも、日翔のことを気遣う発言。
 捉えようによっては「日翔の快復さえ見届けられればそれでいい」とも聞こえる。
 どうして、と千歳は呟いた。
 どうして、自分のことより先に日翔のことになるのだ、と。
「……俺は人間じゃないから人並みに生きることも人並みに幸せになることも望んでいない。これが寿命だと言うならそれも受け入れる。だけど……日翔がちゃんと快復するのを見届けてからじゃないと、死にたくない」
「辰弥さん……」
 一度辰弥を引きはがし、振り返ってから千歳は改めて彼に腕を回す。
 辰弥が千歳の胸に顔を埋め、肩を震わせる。
「嫌だよ……せめて、日翔が元気になるところは見届けたいよ……」
 「あと数ヵ月も生きられるかどうか」と言われても動揺していないように見えたが、ずっと考え続けていたのだろう、それが二人きりになってようやく表に出てきた。
 人前では――心を許していない人間の前では決して動揺を見せようとしなかった辰弥に、千歳は「自分は認められている」という優越感をふと覚えた。
 昴の前でも恐らくは見せない表情に千歳の口元がわずかに上がる。
 辰弥さんは私を信じてくれている、私に頼ってくれている。
 その思いが嬉しくて、鏡介を裏切ってまで自分を選んでもらえたことに勝利を確信する。
 日翔に対してだけはまだ執着しているようだが、「『カタストロフ』も治験の席を用意できる」という提案に辰弥は乗った。
 辰弥と約束したから日翔には治験の席を用意させる。あとは少しでも長く、辰弥を生きながらえさせればこちらのものだ。
 そう考えると、辰弥が自分のことよりも日翔のことを慮っているのは好都合かもしれない。この時だけは自分に対して無頓着な辰弥を褒めるべきかもしれない。
「辰弥さん、部屋に行きましょう」
 ぽんぽんと辰弥の背を叩き、千歳が促す。
「……うん」
 辰弥が千歳から離れ、奥の部屋に入る。
 リビングのソファに並んで腰掛け、千歳は辰弥の耳に口を寄せた。
「早く『榎田製薬』から治験の席を譲ってもらいましょう。大丈夫、きっと見届けることができますよ」
「千歳……」
 千歳の囁きがあまりにも甘美で、辰弥の心が揺らぐ。
 そうだ、寿命なんてものは当てにならない。
 人間の寿命だって平均年齢を元に算出されているのだからそれより長く生きる人間だって存在する。LEBも同じだ。
 テロメアが寿命限界に近いと言われてもここからどれだけ消耗していくかも分からない。人間にとって、開発者以外にとって、LEBのことは何一つわからないのだから。
 千歳の手が誘うように辰弥の頬に触れる。
「あまり思い詰めないで。私がいるから」
 辰弥の黄金きんの瞳が僅かに揺らぐ。
 千歳の意図に気づき、心臓が高鳴る。
 今は二人きりだ。日翔や鏡介の目を気にする必要もない。
 小さく頷き、辰弥も千歳に手を伸ばした。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

第7-2章へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する