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Vanishing Point Re: Birth 第7章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

筋萎縮性側索硬化症ALSが進行してしまった日翔。
武陽都ぶようとに移籍してきたなぎさにもう辞めるよう言われるがそれを拒む。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
もう戦えないという絶望から自殺を図る日翔に、辰弥は「希望はまだある」と訴える。
そんな中、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
「エルステが食べられてくれるなら主任に話してあきとを助けてもらえるかもしれない」と取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいた。
そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示し、辰弥にその買い出しを依頼する鏡介。
しかし、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査しようとしていた鏡介は「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。

 

「カタストロフ」で精密な検査を受けた辰弥。
その結果は、「テロメアが人間の寿命の限界まで損傷している」というものだった。

 

残された時間は僅かかもしれない、と千歳との生活を楽しむ辰弥。

 

辰弥に、昴から仕事が提示される。
永江 晃の誘拐、「カタストロフ」内注のその仕事に、辰弥はそれを受諾する。

 

御神楽の研究施設に侵入、晃と再会した辰弥はトランスを利用して彼の興味を引き、連れ出すことに成功する。

 

カグラ・コントラクターからの攻撃もトランスでしのいだ辰弥は不調を見せるものの無事に離脱する。

 

不調の原因はトランスかもしれない、とは思うものの言い出せずにいる辰弥。
そんな彼に、千歳は晃に相談してみたらどうだ、と持ち掛ける。

 

晃との面会の許可を得、会いに行く辰弥。
晃は辰弥の不調の原因に気付いているようだった。

 

トランスの仕組みを説明する晃。
テロメアを削るトランスではあるが、LEBのテロメアの修復は可能だ、と晃は言う。

 

 
 

「誰か、生体義体にしたい人間が――。そういえば日翔君だったか。彼、先が長くない、とか言われていたっけ」
 辰弥たちが晃と顔を合わせたのは日翔がノインに拉致された直後のほんのわずかな時間だったが、晃はその時の辰弥たちの会話を覚えていたらしい。
「なんだよ、日翔君、ALSな上に生身至上主義だったのかい? だったら生体義体も拒否しそうなものだが」
「いや、日翔は単純に反ホワイトブラッドなだけ。義体自体に抵抗はないはず」
 生身至上主義と反ホワイトブラッドは違う。生身至上主義は生身に何かしらの器具を入れることを極端に嫌う。過激派はGNSですら拒否する。
 大して反ホワイトブラッドは単純に人工循環液ホワイトブラッドが気持ち悪いと忌避するだけだ。義体はものによってはバッテリー駆動式のものもあり、それはホワイトブラッドを使わずとも肉体を置換できるので義体に置換せざるを得なくなった場合、それを利用することもある。
 そして日翔は反ホワイトブラッド派だった。「ホワイトブラッドさえ使わなければ義体にして生きられたのかな」という呟きを辰弥は知っている。
 だからこそ、ホワイトブラッドを使わないらしい生体義体は日翔を救う可能性の一つだった。
 開発は完了しているのか、上手くいけば日翔に使うことができるのか、それが知りたくて辰弥は晃に回答を促す。
「なるほどね、確かに生体義体はホワイトブラッドを使わない、自前の血液で稼働するから日翔君にはぴったりだね」
「で、どうなの。開発は」
 はやる気持ちを抑え、辰弥が続きを促す。
「ああ、開発自体は終わってるよ。香久山かぐやま君……あぁ、とにかく被検体になってる人物だっていたんだ。彼女は今、生体義体を使ってカグコンで活躍している。十分実用レベルだよ」
「ちょっと待って、あんたが生体義体に関わったのってほんの半年ほど前だよね? 御神楽の研究施設に入るってニュースからそんなに経ってないじゃない」
「そう言われても、実際私がしたことなんて、既存の生体義体の問題点を片っ端から潰したくらいだからなぁ。一環もあれば出来るレベルの話だよ」
「んな……」
 辰弥も日翔の生存のためにわずかな可能性に賭けて調べたから知っている。
 晃が関わる前の生体義体はそもそもニーズが少ないのもあり、全く研究が進んでおらず問題点だらけで、実用には数十年の時間を要するとさえ言われていたはずだ。それをたったの一環で成し遂げたと言うのか。
「まぁそんなわけで、日翔君も多分問題ないと思うなあ」
「つまり――」
「ああ、日翔君さえ望めば日翔君用の生体義体、造れるよ?」
 そう、あっさりと晃は返答した。
 ――日翔が望みさえすれば。
 もし、治験の席が確保できなかったり、薬が効かなかったとしても第二案が提示できる。
 いや、そもそも治験すら必要ないのかもしれない。
 日翔がたった一言、うんとさえ言えば、助けられる。
 自分が生き延びられる可能性と、日翔が快復する可能性を同時に示唆され、辰弥の心臓が踊る。
 自分は「カタストロフ」に来てしまったから日翔とは同じ道を歩けないかもしれない。それでも、日翔がいない世界を生き続けるという苦しみは味わわなくて済むかもしれない。
 寿命だ、限界だと言われた自分も千歳と生き続けることができるかもしれない。
 それは、辰弥にとって考えられる最高のハッピーエンドだった。
 誰も死ななくて済む、誰もが未来を見ることができる、幸せな結末。
 日翔に伝えたい、と辰弥は思った。
 君は助かるんだ、もう病気に怯えなくて済むんだ、と。
 しかし、「カタストロフ」にいる以上、それは叶わない。
 それだけが唯一の心残りではあるが、全員が生きられるならそれでも構わない。
「日翔の生体義体、用意できる?」
「あー、拒絶反応とか考えたら日翔君の遺伝子情報は欲しいなあ……当てはあるのかい?」
 そう言われて、はっとする。
 今、辰弥の手元に日翔の遺伝子情報が刻まれたものは何一つない。
 髪の毛の一本でもあればよかっただろうが、そんな物を残すほど辰弥も物持ちがいい存在ではなかった。
 ゆっくりと首を横に振る。
 晃が「ううむ」と腕を組む。
「生体義体はそれぞれがその人に合わせたワンオフものにするのがベストなんだ。汎用品も研究を進めているが、被検体の都合でまだ実証はできてなくてね。流石にまだ使うのは危険だ」
 君はそれでもいいのか、と問われ辰弥は即座に首を振った。
 だろう、と晃が確認する。
「とにかく、日翔君の生体義体に関しては遺伝子情報を入手してからだな――。しかし、あれからまだ再会できていないとなると大丈夫か? 生きてるのか?」
 そう言われて、どきりとする。
 日翔と鏡介のもとを離れてもうそれなりの時間が経過している。
 日翔はまだ生きているのか、鏡介と二人だけで大丈夫なのか。
「日翔……」
 辰弥がぽつりと呟く。
「まあ、死んでさえいなければ多分間に合うよ。早く会えるといいな」
 晃が屈託のない笑顔で言う。
 それにほんの少し希望を見出し、そうだね、と頷く。
 同時に思う。
 これは、ノインの取引に応じなくても晃は日翔の生体義体を作ってくれるのではないか、と。
 ノインには申し訳ないが、辰弥もここで彼女に義理立てするような義理堅さは持ち合わせていない。
 そのノインの話をしようとして、辰弥はすぐに考え直した。
 晃が「じゃあノインの要求には応えないとね」と言うような人間ではないと思うが、そんな条件などなくても叶いそうな話にわざわざ自分が不利になるようなことを言う必要はない。
 もし、何かしらのきっかけでその話が出たらその時はその時だろう。
 そのような話が出て、「じゃあノインを完全にするために喰われてくれ」と言われたらそれに従えばいい――尤も、「カタストロフ」がそれを許せば、の話ではあるが。
 ただ、それでも懸念点は一つある。
 日翔は反ホワイトブラッドなだけであって生身至上主義者ではない。
 それでもGNSですら「怖いから」でなかなか導入しなかったことを考えると、生体義体も「怖いから」で置換することを拒否するかもしれない。
 辰弥としてもできれば元の肉体で快復してほしいという気持ちもあったため、生体義体の導入は「最後の手段」かもしれない。
 いずれにせよ、希望は見えた。
 今まで、「本当に治験の席を得られるのか」、「いつまで鉄砲玉として利用されなければいけないのか」と言った、先の見えない道を手探りで進むことしかできなかった。だが、晃と話をして、生体義体が日翔を助ける最後の砦となる道が見えて、心にのしかかっていた重荷が確かに軽くなったような気がした。
 ふと、「帰りたい」と思う。
 日翔に会いたい。会って、「助かる方法が見つかった」と伝えたい。
 それができる状況ではないことは分かっている。「カタストロフ」で千歳と生きると決めた以上、日翔との再会は望めないかもしれない。
 それでも、何かしらの手を使って日翔に伝えたかった。
 生体義体の話はあくまでも「できる」というだけである。「カタストロフ」に何のメリットもなく日翔に生体義体を提供するということはできないことは理解している。
 どうすればいい、「カタストロフ」内で実績を積めば宇都宮は要望を聞いてくれるだろうか。
 そんなことを考えていると外で待っていた「カタストロフ」のメンバーが中に入ってきて「時間です」と辰弥に告げる。
 分かった、と辰弥は頷いた。
 聞きたいことはほぼ聞いた。自分が助かる可能性も、日翔が助かる可能性も示唆してもらった。
 それならその二つが叶うように動けばいい。特に辰弥のテロメアの件に関しては「カタストロフ」としても最優先事項だろう。
「ありがとう。それじゃあ、先に調整槽の件は頼んでもいい?」
「ああ、宇都宮君……だったかな、彼に資材の準備を頼んでおこう」
 晃が頷き、辰弥にひらひらと手を振る。
 辰弥も頷き返し、迎えに誘導され、外に出た。
 自宅に戻るまでの足取りが軽い。
 日翔は助かる、助かる可能性が複数出てきた。
 治験がだめでも生体義体がある。ホワイトブラッドを使用しない、生身同然の義体なら、日翔は必ず元に戻る。
 昴がそれを許可しないとは思えない。いくら「カタストロフ」とフリーランスという差があったとしても日翔は昴の仲間だった。それを昴が見捨てるようなことをするとは思えない。もしかすると、日翔の「カタストロフ」入りも提案してくれるかもしれない。
 そこまで考えて、鏡介は、という思いが過る。
 鏡介は日翔を守ってくれているだろうか。
 あれから、また襲撃を受けたりしていないだろうか。
 鏡介なんて嫌いだと言って家を飛び出したが、こうやって考えると心配ばかりが心を過る。
 いや、鏡介が下手を打つことはあり得ない。人を殺すことに躊躇いはあるかもしれないが、常に冷静で、的確に指示を出して、どんなピンチであってもそれを切り抜ける作戦を立ててくれた。
 だから鏡介の身に何かあるとは思えない。放っておいても何も問題はないはずだ。
 それが癪に障るが鏡介とはそういう人間だ。それに、千歳のことを「女狐」呼ばわりしたことはまだ許していない。彼女を疑い続けたことは絶対に許さない、とも思う。
 同時に、自分がいなかったとしても何事もなく生きているだろう鏡介に寂しさに似た苛立ちを覚える。
 ――日翔みたいに俺がいなければ何もできない、みたいになっていればいいのに。
 俺のありがたさを思い知ればよかったのに、と思い、辰弥は苦笑した。
 結局、俺の方こそ日翔や鏡介がいないと何もできないんだな、と。
 そんなことを考えながら玄関を開け、家に入る。
「ただいま」
 そう、声を掛けたものの室内には誰もいなかった。
 千歳は用事があって出かけているのだろうか。
 しんと静まり返った室内に不安を覚える。
「千歳……」
 そんなことはあり得ないのに、千歳が帰ってこないのでは、という不安に胸が締め付けられる。
 ジャケットを脱ぎ、辰弥は身を投げ出すようにソファに腰を下ろした。
 一人きりになって、自分がいつも誰かと一緒にいたことを思い知らされる。
 千歳はどこに行ったのだろうか。訓練でもしているのだろうか。
 早く戻ってきて、と辰弥は呟いた。
 君がいないと、俺は何もできない、と。

 

第7章-10

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