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Vanishing Point 第8章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 警戒はしつつも、雪啼とエターナルスタジオ桜花ESO遊びに出かけたりはしていたが、日翔あきと筋萎縮性側索硬化症ALSだということを知ってしまい、辰弥は彼の今後の対応を考えることになる。
 その後に受けた依頼で辰弥が電脳狂人フェアリュクター後れを取り、直前に潜入先の企業を買収したカグラ・コントラクター特殊第四部隊の介入を利用して離脱するものの、御神楽みかぐら財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人。
 まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
 しかし、その要人とは鏡介きょうすけが幼いころに姿を消した彼の母親、真奈美まなみ
 私情を混ぜることなく依頼に当たった三人だが、最終日に襲撃に遭い、シェルターにしていたセキュリティホテルを離脱することになる。
 武器持ち込み禁止のホテルで武器を取り出し、日翔にも手渡す辰弥。疑問に思う間もなく離脱を図る面々だったが、真奈美を庇い鏡介が撃たれてしまう。
 だが、その時に鏡介から流れた血は義体特有の人工循環液ホワイトブラッドであり、日翔は彼が体の一部を義体化していることを知る。
 それでも逃げ切り、闇義体メカニックサイ・ドックで鏡介の治療を終え、真奈美は自身の過去と狙われた心当たりを語る。
 同時に明らかになる鏡介の過去。スラムで壮絶な幼少期を送りつつも生き延びた彼は真奈美ではなく、「グリム・リーパー」を自分の居場所として選択する。
 帰宅してから今回の依頼についての反省会を行う三人。
 辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽 久遠くおんが部屋に踏み込んでくる。
 「それは貴方がLEBレブだからでしょう――『ノイン』」、その言葉と共に。

 

第8章 「Turning Point -折り返し地点-」

 

「それは貴方がLEBレブだからでしょう――『ノイン』」
 そう言いながら入ってきた女は御神楽みかぐら財閥所有するPMC「カグラ・コントラクター」の特殊第四部隊トクヨン隊長、御神楽 久遠くおん
 誰だ、と言いつつも立ち上がり非常事態に備えて常に銃を携帯していた日翔がそれを抜いたのに対し、辰弥は丸腰だった。
 ただ身構えるだけで久遠を睨みつけ、辰弥は、
「……何が、言いたい」
 そう、絞り出すように呟いた。
 どうしてここに来た、いや、何故ここが分かったという響きが含まれているが相手は世界最大手のPMC、情報部の情報収集能力は侮れなかったということだろう。
 久遠が辰弥の質問に答えることなく言葉を続ける。
「そうでしょノイン、探すのに苦労したわよ。何しろ貴方の開発データは全て削除されていて、『ワタナベ』が――いや、永江ながえ博士が探していると知るまでLEBの最終開発ナンバーはアハトだと思っていた。まさかノインが存在して、永江博士が逃がしたとは思っていなかったわよ」
「……どう、いうこと」
 違う、と辰弥は呟いた。
 俺は「ノイン」じゃない、その否定が言葉に含まれているのは明らかである。
 どういうことだ、と辰弥は事態を理解していなかった。
 久遠は自分を「ノイン」と呼ぶ。だが、そんなはずはない。
 「ノイン」という開発コードは知らない。
 あら、と久遠が面白そうに笑う。
「それとも、お仲間の前では『人間だ』と主張するつもり? ノイン?」
「……違う、俺は、『ノイン』じゃ、ない……」
 相変わらずかすれた声で辰弥が否定する。
 だが、辰弥のその言葉に鏡介が鋭い質問を投げかけた。
「『ノイン』じゃない――『LEB』であることは否定しないのか」
「な――」
 鏡介の言葉に日翔が絶句する。
 確かに、辰弥は「ノイン」であることだけを否定した。
 それはつまり、「LEB」であることは否定しない――「LEB」であることを認めるというのか。
「鏡介! お前、辰弥を――」
 鏡介を詰るかのように日翔が声を上げる。
 鏡介自身も「何故」と言わんばかりの顔で辰弥に問いかける。
「ならどうして『LEBではない』と否定しない? 辰弥、お前は……何者なんだ」
 鏡介の疑いの目が辰弥に投げかけられる。
 辰弥は本当に「LEB」と呼ばれるものなのか。
 正直なところ、日翔も鏡介も「LEB」が何であるのかは分からない。
 ただ、久遠の言葉からたった一つだけ推測できることがある。
 それは、ごく普通の人間ではないということ。
 それこそ、「ワタナベ」が開発していたような生物兵器バイオウェポン――。
 いくらなんでも話が飛躍しすぎる、と鏡介は思ったものの、それでも納得できてしまう。
 辰弥の戦闘能力、収支の合わない弾丸管理、そういったことが「人間ではないから」で片づけることができてしまう。
 収支の合わない弾丸管理については説明が難しいが、「人間ではない」なら作り出すことくらいできるのかもしれない。勿論、原理は知る由もない。
 辰弥の唇が震える。
 だが、その口から言葉が紡ぎ出されることはない。
「辰弥……」
 本当なのか、と久遠に向けた銃を下ろして辰弥に視線を投げ、日翔が呟く。
 その言葉は「嘘だと言ってくれ」という響きが含まれている。
 日翔の目は「嘘だよな」と訴えかけている。
 それでも、辰弥は何も言わない。何も言うことができない。
 違う、と否定したかった。しかし、否定することはできない。
 そうだ、と肯定もできなかった。肯定すれば全てが終わる。
 肯定も、否定もできず、辰弥はただ茫然と立ちすくむのみ。
「辰弥!」
 何か言えよと日翔の口調が強くなる。
 それから、日翔は久遠に向き直った。
「根拠はあるのかよ! 辰弥がその、『LEB』とかいう奴って!」
「あるわよ」
 日翔の精いっぱいの抵抗も、久遠はあっさりと打ち砕く。
「あの時保護した『サイバボーン・テクノロジー』の木更津きさらづ 真奈美まなみのGNSログで確認したわよ。何もないところから武器を作り出した瞬間はバッチリ記録されていてね。それに、LEBはね、特徴的な眼をしているの。血のように紅い瞳、爬虫類のような瞳孔。貴方たち、目を見て話したりしないの?」
 久遠の言葉に、日翔と鏡介が思わず辰弥の、彼の眼を見る。
 この時ほど辰弥は「俺を見るな」と思ったことはなかっただろう。
 辰弥が思わず目を伏せ、二人から顔をそむける。
 俺を見るな、この眼を見るなと、二人が「そんなはずはない」という願望で向けた眼差しを拒絶する。
 二人は確かに辰弥の瞳が普通の人間によくある色彩をしていないことは知っていた。
 しかし、瞳孔の形までは意識していなかった。
 そのため、思わず視線を投げてしまったが辰弥は目を伏せ見られないようにしている。
 それが肯定だと誰もが認めてしまう。
「辰弥、お前……」
 本当に、人間じゃないのか、と日翔が呟く。
 だが、それでもすぐに久遠に向けて銃を構え直す。
「だったら何なんだよ! そんなこと言うためにここへ来たのか?」
「そんなくだらないことじゃないわ。私はノインを回収に来ただけ」
 久遠の言葉に鏡介が「回収?」と声を上げる。
 その瞬間、日翔が吠えた。
「んなことさせるか! 御神楽に辰弥を渡してたまるか!」
 同時に、日翔は久遠に向けて発砲。
 確実に眉間を狙ったその一撃は久遠がわずかに首を傾けることで回避されてしまう。
「あら、る気?」
 久遠の口元がわずかに吊り上がる。
「アライアンスの狗程度に私の力見せる必要もないと思うけど――」
 そう言って久遠は床を蹴った。
 日翔もその動きに合わせ数発発砲する。
 しかし久遠はそれを意に介することなく日翔に肉薄し、軽い動きで彼を床に叩き付けた。
「がはっ!」
 床に叩き付けられた日翔がうめき声を上げる。
「反応速度も判断力も大したものじゃない、カグラ・コントラクターうちにスカウトしたいくらいよ」
 でもおあいにく様、私の義体ボディは防弾仕様だからその程度の弾は痛くも痒くもないの、と久遠が不敵に笑う。
「クソッ!」
 その声に久遠が鏡介に視線を投げる。
 鏡介は空中に指を走らせていた。
 相手がGNS制御の義体を使っているのならその制御OS「フェアリィ」を乗っ取ればいい。
 しかし、あまりにも多くのことがありすぎて鏡介はいつもの冷静さを欠いていた。
 久遠のGNSはカグラ・コントラクターの、いや、特殊第四部隊トクヨン有する旗艦「ツリガネソウ」の中央演算システムメインフレームをメインサーバにローカルネットワークで接続されている。つまり、久遠のGNSはグローバルネットワークに接続されていない。
 それは以前鏡介自身がハッキングを試みようとしてできないと理解していたことだった。
 それなのに、鏡介はその事実を忘れてハッキングを行おうとしていた。
 久遠のGNSにハッキングできるわけがない、それでも、今ここで彼女を止めなければ辰弥が危ない。
 鏡介がハッキングを試みていることに気づいた久遠が再び床を蹴り、一瞬で彼も床に沈める。
「正直、貴方の方が脅威度は高いのだけどここまでもやしなら私の敵じゃないわね。戦闘用の出力を出すまでもない」
 鏡介を床に押し付けた久遠が少しだけ安心したように言う。
「もやしと、言うな……!」
 床に押し付けられながらも鏡介が必死に抵抗しながら声を上げる。
 しかし、それよりも久遠の戦闘能力が高すぎる。
 日翔を床に叩きつけたあの攻撃も、鏡介を床に沈めた一撃も、全く本気ではない。いや、彼女からすればただ軽く撫でただけなのかもしれない。
 それでも流石の久遠もハッキングを続けられては不都合だと思ったのか鏡介の両手を拘束用の結束バンドで後ろ手に拘束し、それから改めて辰弥を見る。
「で、どうする? 抵抗しないならこっちも手荒なことはしないけど」
 呆然と立ちすくむ辰弥の前で久遠がそう宣告する。
 だが、辰弥はそれで大人しく投降することはなかった。
 辰弥が久遠に向けて薙ぎ払うように手を振る。
 その手から、何もないところから投擲用ナイフスローイングナイフが現れ、久遠に向けて飛翔する。
 それもあっさりと打ち払い、久遠はちら、と左右に転がる日翔と鏡介を交互に見た。
「な――」
 丸腰のはずの辰弥からスローイングナイフが投擲されたことに驚いた日翔が声を上げる。
 その様子に、久遠がふん、と鼻先で笑った。
「見たでしょう、これが『LEB』の能力よ。自分の血から、武器を生み出す」
 日翔も鏡介も確かに見た。
 あれは服に隠していたものを取り出したとかそういうものではない。
 明らかに手のひらからスローイングナイフが出現していた。
 ――じゃあ、辰弥はこうやって――。
 日翔が低く呻く。
 あの鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュも辰弥が無数のピアノ線を作り出して投擲していたのかと。
 それから、心当たりに気づく。
 鮮血の幻影を使用した直後の辰弥は調子が悪くなる。ひどければ倒れる。
 それ以外にも、何度か貧血に似た症状を起こしていた。
 それは全て自分の血から武器を作り出し、使用していたことによる貧血。
 体内の血液量には上限がある。必要以上に血を使えば当然、貧血くらい起こす。
 ここまで根拠が導き出されてしまえば、認めざるを得ない。
 辰弥は人間ではない。LEBという、自らの血で武器を作り出して戦う生物兵器なのだということを。
「認めなさい、ノイン。貴方は人間じゃない。かつて御神楽うちが開発したLocal Eraser BioweponLEB。研究自体は潰したと思ってたけど永江博士がその研究を復活させた。貴方は再開された研究によって作り出された個体」
「違う、俺は――」
 もう言い逃れはできない。辰弥もそれは理解していた。
 ここまで暴かれて、否定の根拠も出せない以上認めるしかない。
 それでも違う、俺は「ノイン」なんかじゃない、そう言いたくて、それでも「LEBではない」と否定できなくて、辰弥は久遠を見た。
 それから、日翔と鏡介を見る。
 両手を拘束された鏡介は頭を上げて、ただ床に転がされただけの日翔は体を起こして、辰弥を見ている。
 その二人が「逃げろ」と言っているような錯覚を辰弥は覚えた。
 カグラ・コントラクターカグコンの手にだけは落ちるな、というメッセージを受け取ったような気がして、辰弥は身を翻した。
「待ちなさい!」
 辰弥が逃げる気だ、とすぐに気づいた久遠が彼に手を突き出す。
 その手のひらから圧縮空気を超高速で撃ち出した衝撃波が放たれる。
 振り返ることなく辰弥はそれを回避し、そして手を振って鉄球を作り出し窓に叩き付けた。
 鉄球によりサッシが粉砕され、砕けた窓から辰弥が外に躍り出る。
「ちょっと! ここ、五階――!」
 いくら辰弥がLEBであったとしても生身の存在が高所から飛び降りて無傷で済むはずがない。それに地上には特殊第四部隊の構成員が控えている。
 飛び降りたところですぐに捕まるだけ、と思った久遠だが、辰弥は手からさらにピアノ線を伸ばして地面に降りることなく道路向かいのマンションの壁に張り付き、すぐ近くにあった非常階段を使って屋上に上がる。
 それを呆気にとられて見送った久遠だが、すぐに真顔に戻り彼女も窓に突進した。
 窓枠を蹴り、空中に躍り出る。
「だからここ五階だろ!?!?
 立ち上がった日翔が窓に駆け寄る。
 久遠は義体の出力に物を言わせ、さらに脚部に隠されていたブースターも利用して向かいのマンションに飛び移っていた。
 そのまま辰弥とは違い、義体の出力だけで跳躍し、階段を駆け上がることなく屋上に出る。
「……御神楽 久遠トクヨンの狂気って、バケモノかよ……」
 ていうか、ここ賃貸なのに……と呟く日翔の背後から複数の足音が響き、突入してきた特殊第四部隊の戦闘員が日翔と鏡介を取り囲む。
 拘束することもなく、ただ銃を構えて取り囲むだけの彼らに「邪魔するなら容赦しない気だ」と判断、日翔が鏡介に頷いて見せる。
「辰弥……」
 逃げてくれ、日翔も鏡介もそう願った。
 たとえ辰弥がLEBノインであったとしても。
 こんな形で真相は知りたくなかったが、それでも辰弥は仲間だと二人は思った。
 だから逃げてくれ、と。
 逃げ延びさえできれば後は何とかなるだろうと。
「……逃げろよ」
 そう呟き、日翔は拳を固く握りしめた。

 

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