Vanishing Point 第8章
分冊版インデックス
惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
依頼を受けては完遂していく三人。しかし
警戒はしつつも、雪啼と
その後に受けた依頼で辰弥が
まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
しかし、その要人とは
私情を混ぜることなく依頼に当たった三人だが、最終日に襲撃に遭い、シェルターにしていたセキュリティホテルを離脱することになる。
武器持ち込み禁止のホテルで武器を取り出し、日翔にも手渡す辰弥。疑問に思う間もなく離脱を図る面々だったが、真奈美を庇い鏡介が撃たれてしまう。
だが、その時に鏡介から流れた血は義体特有の
それでも逃げ切り、闇
同時に明らかになる鏡介の過去。スラムで壮絶な幼少期を送りつつも生き延びた彼は真奈美ではなく、「グリム・リーパー」を自分の居場所として選択する。
帰宅してから今回の依頼についての反省会を行う三人。
辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽
「それは貴方が
「それは貴方が
逃げ出した
自身の能力で作り出した武器を手に、辰弥は迷いつつも久遠に抵抗する。
いかなる攻撃も
刺し違え覚悟の攻撃も届かず、
最悪の事態を考えた
「カグラ・コントラクター」のサーバに侵入してデータ収集を始めた
しかし、違和感について考えるうち、
物音ひとつ響かない独房で、辰弥は一人考える。
あの、飛翔するスタンガンのような電撃弾による麻痺は既に消えているがうなじのGNS制御ボードに差された端末は外されていない。視界は依然【Locked】の文字が表示されたまま、かつ全身の運動野を制限され身動き一つ取ることはできない。
さらに万一ロックが解除されても動けないよう拘束具で全身を拘束され、辰弥はただ一人独房のベッドで思いを巡らせるしかできなかった。
――どうして。
自分が「LEB」だと知られたことに対してではない。
むしろ、ここに連れてこられてからの回りの人間の対応に辰弥は戸惑っていた。
もちろん、LEBであることから何人もの白衣を着た研究員らしき人間に調べられたし注射器何本分もの採血も行われた。
しかし、彼に対して行われた加害行為はその程度で、むしろ打ち込まれた電撃弾や久遠によって受けた傷、果てはふさがっているもののあの護衛依頼で受けた傷まで丁寧に処置され栄養点滴まで投与されている。
その栄養点滴に何かしらの薬物が混入していることも十分考えられるが意識が飛ぶことも傷以外で痛みを感じることもなく、むしろ戦闘で使用した血液分の貧血以外は完全に解消されている。
動きさえできればいくらでも脱走のチャンスは狙えるが、と思いつつも辰弥は回りの自分に対する対応に困惑を隠すことができなかった。
かつて、実験体として研究所にいた時とは真逆の対応。
殺されこそはしなかったもののあらゆる痛みは経験したし「LEBに人権があると思っているのか」と多くの辱めも受けてきた。
実験体だからそうされても当然、と思ってもいたがこの施設の研究員は一切そんなことをしてこない。
採血だけは「色々と確認することがあるから」とただでさえ貧血のところを容赦なく行われたがそれでも謝罪はされたし手荒にもされていない。
――血さえあれば。
いくら拘束されていたとしても武器さえ生成できれば拘束具などいくらでも壊せる。
しかし、それも想定済みなのだろう。輸血されることも、経口摂取で血液を取り込むことも許されていない。
相当な欠乏状態ではあったが、それでも何故か起きない吸血衝動に辰弥は疑問を覚えていた。
視線だけ巡らせて独房内を見る。
薄暗い独房は簡易ベッドと壁に備え付けのテーブルとトイレくらいしかない。
何か使えそうな道具があればよかったのにと思いつつも、そもそもGNSをロックされて身動きできないのにどうすることもできない、と辰弥はため息を吐いた。
そんなタイミングで遠くからコツ、コツ、という足音が響いてくる。
足音は辰弥が収容されている独房の前で止まり、そして扉が開かれた。
「……」
視線だけ動かして辰弥が来訪者を見る。
そこに立っていたのは
久遠は辰弥に一切の警戒を抱くことなくベッドに歩み寄る。
「やっと見つけたわよ、『ノイン』」
ベッドの上の辰弥を見下ろし、久遠が言う。
「……」
辰弥は口を開かない。
あら、黙秘する気? と面白そうに言いつつ久遠は言葉を続けた。
「どうして吸血殺人事件なんて起こしたの」
「……」
違う、俺はやっていないと喉元までこみ上げてきた言葉を飲み込み、辰弥はただ久遠を睨みつける。
「まあ、大体は予想がつくわよ。そもそもLEBは血肉を変質させて弾丸を生成している。第二世代LEBはその対策としてトランス能力を身につけているわけだけど、あなたはどういうわけかそれを使わない。当然、体内の血液には上限があるから血は足りなくなるわよね」
そうだ、その通りだ。
様々な実験の結果、辰弥は自分が知りうる限りあらゆる物質で武器や弾丸を作り出すことができる。あの久遠に斬り捨てられた超硬合金もそうだ。
そして、血液を大量に消費したから現在ひどい貧血状態となっている。
もっとこまめに輸血しておけばよかった、まだいけると無理をしたばかりに何度も倒れてしまった、と今更ながら辰弥は反省した。
あの久遠との戦いも輸血後の万全な状態であればもっとうまく立ち回れたのではないか、と。
辰弥のその沈黙に「やっぱり黙秘する気?」と言いつつも久遠は辰弥が寝かされているベッド、その枕元に何かを置いた。
「……っ……」
辰弥の喉が鳴る。
欲しいという衝動が全身を駆け巡る。
枕元に置かれた「何か」は輸血パックだった。
血を使いすぎた上に採血された辰弥にとっては今一番欲しいもの。
いや、駄目だ。御神楽 久遠はこれをだしに交渉する気だ、と自分に言い聞かせ辰弥は言葉を飲み込もうとし、
「……俺は、やってない……」
思わずそう呟いていた。
久遠の眉間が寄る。
「あくまでもやってないというの? ノイン、貴方しか考えられないのよ? あらゆる状況が、LEBという事実が、貴方を犯人だと証明している」
「……俺は、『ノイン』じゃ、ない」
「あら、他に脱走したLEBがいるというの? 永江博士が興した第二研究所は完全に制圧したし記録にあったLEBは全て回収したわ――貴方以外」
ノイン以外の何物でもないじゃない、と言い、久遠は辰弥に顔を近づけた。
「それとも、永江博士は他にもLEBを隠していたの?」
「それ、は……」
血が欲しい。飲ませてくれ、という衝動に抗いながらも辰弥は久遠の言葉を否定する。
「その様子、相当飢えているんじゃないの? 話してくれれば飲ませてあげてもいい」
白状しなさいよ、そう、久遠が囁く。
「……そこまでして、血は、欲しくない」
精一杯の虚勢で辰弥が首を振ろうとする。
しかしそれすらできず、辰弥は再び久遠を睨みつけた。
「強情ねえ……それとも、本当にノインじゃないって言うのかしら」
そう言いつつも久遠は辰弥から目を逸らさず話を続ける。
「でも、何はともあれやっとノインを保護することができた。心配しないで、貴方が思ってるような非人道的な扱いはしない」
「……『保護』?」
予想だにしなかった単語に、辰弥が思わず尋ねる。
ええ、と久遠が頷いた。
「あら、私たちがただLEBを確保して実験した上に殺すと思ってたの?」
小さく頷こうとする辰弥。
それに気づいたか久遠が「バカね」とその表情を緩めた。
「御神楽のモットーは『世界平和』よ。たとえ人間でなかったとしてもヒトと同じ思考で活動する以上その理念から排除することはない」
だから、非人道的な手段で創られて実験されてたLEBも保護している、と久遠は説明した。
「……偽善だ」
思わず、辰弥が呟く。
そんなことをして、結局は自分たちの駒にしたいのではないのかと。
「口では綺麗事を言って、俺の力が欲しいだけじゃないの」
辰弥のような、「弾薬を無限に作り出せる」能力を持つLEBはカグラ・コントラクターのようなPMCからすれば喉から手が出るほど欲しいだろう。
たとえ手持ちの弾薬が尽きても弾薬が生成できればそれだけ戦い続けることができる。また、LEBは常人に比べて身体能力も高い。傷を負ったとしても人間に比べてはるかに高い治癒能力を持っている。そうだろう、血液の消失はそれだけ継戦能力の低下につながる、だからすぐに傷が塞がるように創られている。
そんな辰弥を「殺さない」のであれば利用したい、というのが「人間」の常だろう。実際、研究所で、出資者に向けてのデモンストレーションで戦場に駆り出された際、そう評価されたのだ。「これなら
そこに人権も何もない。そもそも「人間ではない」からそんなものは存在しない。
それが辰弥の認識だった。
「自惚れないで。LEBなんていなくても、
しかし、久遠の返答は少し想像と違っていた。
それでも辰弥としては結局勧誘しているのだから、「結局カグコンも戦力は多い方に越したことはない」を地でいく組織なのだという認識に変わりはない。
ところが。
「そもそも、別に無理やり『戦力になりなさい』とは言わないわよ。貴方だって『戦わなくていい』なら戦いたくないでしょ?」
「……」
思いもよらなかった言葉に、辰弥が言葉に詰まる。
この女は何を言っているのだ? という疑問が脳裏を埋め尽くす。
「戦わなくていい」? そんなことができるのなら、そうしている。
自分が
それとも、
「……貴方が望むなら『一般人』として生きる選択肢も用意することができる。貴方は『やってない』と言い張るけど、吸血殺人の容疑者である以上、絶対は言えない。でも、
「……一般、人……」
嘘だ、と辰弥は呟いた。
そんな選択肢が、易々と提示されるなんてあり得ない。
LEBはLEBらしく手を血に染めて生きていくのが当たり前だと思っていたのに、そんな選択肢を見せつけられたら、迷ってしまう。
「御神楽の影響力なら、一人の新しい
そう言って久遠が辰弥の頬に触れる。
義体特有の、ひんやりとした硬い感触。
それでもなぜか温かい、と辰弥は感じた。
「自分はLEBだから」と諦めていた生活を、手に入れられるのかもしれない。
日翔に過ごしてもらいたかった生活を送れるかもしれない。
たとえ人間ではなかったとしても、人間として生きていいのかもしれないと思った瞬間、不思議な感情が辰弥の胸を締め付けた。
――いいのか?
――本当に、それでいいのか?
日翔も鏡介もずっとアライアンスで生きてきたしこれからも生きていくだろうに、自分はそれから抜け出していいのか?
あの二人なら「俺たちはいいからお前は好きに生きろ」と言うだろう。
辰弥もあの二人が自由に生きられるかもしれないのならそうしろと言う。
しかし、あの二人を置いて自由にはなりたくない。
その迷いに気づいたのか、久遠が苦笑する。
「……その顔、迷ってるわね。完全な自由とは言えないけどそれでも自由に生きられるのよ? 人を殺さなくても済むのよ?」
「……分からない」
辰弥が素直に呟く。
本当にそれでいいのかと。
しかし、一般人としての選択肢を蹴るのであれば残された選択肢は現状特殊第四部隊への編入のみ。それはそれで、選びたくない選択肢だった。
自分にとってのベストな選択肢は、と考え、辰弥は、
――そうか、「グリム・リーパー」の一人として生きたいんだ。
そう、気が付いた。
日翔と鏡介と今までと変わらない生活を送りたい。
しかし、そこにかつてあった「どうせ死ぬならその時はその時」という感情はない。
ただ、二人とともに、自分が生きられるその終着駅まで走り抜けたい、そう思った。
久遠が立ち上がり、辰弥を見下ろす。
「まぁ、いきなり言われても混乱するだけでしょう。じっくり考えなさい。拘束は――色々と決まるまでは外せないけど悪いようにしないから」
そう言い残し、久遠が独房を出ていく。
扉が閉まり、ロックされる音を聞いて、辰弥はため息を吐いた。
「日翔、鏡介……」
低く呟く。
「……君たちを置いていきたくない。トクヨンに入れば場合によっては君たちを殺すことになる」
片やアライアンス、片や世界最大手の
もし、辰弥が特殊第四部隊に加盟する道を選んで、なおかつアライアンスの依頼とカグラ・コントラクターが衝突するような事態に陥った場合、確実に敵対してしまう。
それが嫌だからと一般人として生きる道を選べば二人が危機に陥っても助けることができない。
俺には何もできないのか、と辰弥は自問した。
せめて、この施設から脱出できれば、二人の元に戻ることができれば、あるいは。
だが、それも絶対ではない。
今まで自分が「人間ではない」ということを隠して過ごしてきたのだ。信用はなくなっているだろう。
そんな信用のない状態で今まで通りの依頼がこなせるかどうかなど分からない。
帰ったところで「おかえり」と言ってもらえる保証もない今、辰弥には選択肢などないも同然の状態だった。
カグラ・コントラクターに入るか、一般人に戻るか、それとも、「グリム・リーパー」に戻るか。
辰弥の心は闇の中にあった。
to be continued……
おまけ
ばにしんぐ☆ぽいんと 第8章 「うわき☆ぽいんと」
「Vanishing Point 第8章」のあとがきを
以下で楽しむ(有料)ことができます。
FANBOX
OFUSE
クロスフォリオ
「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。