Vanishing Point 第6章
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惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
依頼を受けては完遂していく三人。しかし
そんな折、
チケットを譲り受けた辰弥は雪啼を連れて遊びに行くが、それは日翔が自分の
普段の怪力はそのALSの対症療法としてひそかに導入していた
突如乱入してきたカグラ・コントラクター特殊第四部隊隊長の
前回の依頼から数日、いつものように料理をしている
微笑ましく見守っていたりした
その結果、「
その際に
通話が終わり、
しかし雪啼はカッターナイフで遊んでおり、それを止めようとした辰弥は彼女を傷つけてしまう。
その血を舐め、さらに血が欲しいという衝動に駆られる辰弥。それは抑えたものの雪啼を怯えさせてしまう。
騒ぎに
もう一度、と辰弥が空中のウィンドウを操作し、
周囲の風景が光のパーティクルとなって消失し、続いて光のラインが建造物を構築していく。
先日、単独で侵入した「荒巻製作所」の再現ステージ。
「シチュエーションケース13、状況開始」
低く呟き、辰弥は地面を蹴った。
実際は電子空間の床を蹴っただけだが、脚に伝わる感覚は現実のものと変わりない。
構築完了したステージはあの時見た工場となんら変わりがない。
よくあるゲームのようにオブジェクトを破壊したからといってパーティクルとなって消えることもなく、障害物や場合によっては武器として扱うこともできる。
現実とほぼ変わらない環境に、ほんとよくできてるよと辰弥は思った。
ダメージを受けた時の
アブゾーバーに頼り切っていれば本番で命を落としかねない。
それなら、本番さながらの環境でシミュレーションした方が緊張感を維持できる。
廊下を駆け抜け、ランダム配置の巡回botを無力化し、奥へ進む。
研究室に飛び込み、依頼の時とは別のシチュエーションで用意された最終目標を手にかける。
だが、ここからは基本的に同じ展開になる。
研究室を出ようとした瞬間に乱入する
屈強な義体と二丁の銃を持つ、いわばステージボス。
愛用の
左手でそれを抑え、彼は相手を見据えた。
あのフェアリュクターが「実験体」だと気づいた時の、背筋を這い上がるなんとも言えない感覚。
自分は違う、実験体なんかではないと否定しても心の奥底から這い上がり奈落に引き摺り込もうとする無数の手は自分の「罪」を、「現実」を認めろとばかりに辰弥を責め立てる。
「違、う……」
辰弥の反応が遅れる。フェアリュクターの銃口が彼を捉える。
それでも、咄嗟に回避できた辰弥の反射神経は常人のそれとは比べ物にならないくらい高い。
銃弾が上着を掠めるが身体にダメージはない。
床を蹴ってフェアリュクターに向かって突進、肩の辺りから伸びた伸縮式サブアームを左手で抜いたコンバットナイフで切断しつつスライディングで股の下を潜る。
潜り抜けた直後、コンバットナイフを床に刺してブレーキ、進路予測で伸ばされたサブアームの手前で止まり、すぐさま腕の力で伸びかけた体を引き寄せ再度床を蹴る。
横に跳び、さらに壁を蹴って三角跳びの要領で空中に上がり辰弥は銃口をフェアリュクターの延髄に向けた。
一瞬、躊躇いが脳裏を駆け抜けるも「これは現実じゃない」と振り切り、
放たれた弾丸が狙い違わず相手の延髄に突き刺さる。
動きを止め、その場に崩れ落ちるフェアリュクターを見ながら辰弥は床に着地した。
そのまま研究室を抜け、来た道を駆け抜け工場を出たところで視界に【Clear】の文字が表示され、リザルト画面が映し出される。
「……」
こんなものか、と辰弥はリザルトの各項目に目を通す。
判定は悪くないが、一つだけ、
システムが挑戦者の脳内を完全に理解しているわけではなく、単純なバイタルの変動で感情や心理推測を行なって判定する項目であるが、身体は正直だ、ということか。
ふう、と息を一つ吐き、辰弥はもう一度、とウィンドウを操作しようとした。
その指先がスタートボタンを押す前に、着信のアラートが表示される。
(鏡介?)
通話ボタンをタップ、応答する。
《また
「……まぁ、ね」
辰弥があいまいに頷くと、鏡介はキーボードに指を走らせ、それからため息を吐く。
《集中に欠けているな。いや、総合結果では問題ないレベルだが特定の箇所で一気に乱れている》
どうやら辰弥のシミュレーション結果にアクセスしたようで、鏡介がそう分析する。
《特定の箇所……。フェアリュクターが出たタイミングだな。いつもそのタイミングで集中を乱してひどいときは被弾している》
「……それ、は」
鏡介の冷静な分析に、辰弥が言葉に詰まる。
それでも鏡介は口調を変えることなく淡々と分析を続けていく。
《おいおい、一度死んでるのかお前。よく平気でいられるな》
普通の人間ならシミュレーション続行するどころかひどいPTSD発症しかねないレベルなんだが、と続ける鏡介に辰弥は「まぁ、」と歯切れ悪く答える。
「……あの程度、大したことないよ」
《いやいや死んでるんだぞ? それともお前、死ぬレベルの痛み味わったことあるのか》
「……いやー、流石に死ぬレベルじゃないけど死ぬかと思ったレベルは何度でも」
辰弥の言葉に鏡介が「マジか」と呟く。
《どんな過去してたんだ、お前》
「……分からない」
日翔に保護される前まで何やってたかなんて、と答える辰弥に鏡介は再びため息を吐いた。
何事もなくてよかった、と思う反面死ぬレベルの痛みを受けてなお平気でいられる辰弥に疑問が浮かぶ。
一体何者なのか、何を経験してきたのか。
辰弥は何一つ語ろうとしない。
何も思い出せないと言っているが時には何かを知っているようなそぶりを見せることもあり、何処までが本当なのかが分からない。
だが、今はそんなことを詮索するために辰弥への通信回線を開いたわけではなかった。
まあいい、と話題をここで打ち切り、鏡介は本題に入る。
《辰弥、お前、武器とか隠し持ってたりしてないか?》
「いきなり何を」
鏡介の言葉に、辰弥が首をかしげる。
その辰弥に、鏡介は「とぼける気か?」と問い質す姿勢を見せる。
《収支が合わないんだが》
「だから何の」
辰弥はとぼけるつもりではない。
鏡介が主語をちゃんと出さないからである。
ああもう、と鏡介が毒づく。
《依頼で持ち込んだ弾と実際に使用した分と持ち帰った分の収支が合わない。日翔はいつもきっちり合うがお前だけは時々収支が合わなくてな、在庫管理がやばい》
「そんなのいちいち数えてなんか」
いちいち消費弾薬を上に報告しなきゃいけない
《きょうび使用実弾の数なんてCCTやGNSで管理しているのに、数が合わないわけないだろう。出発前にマガジン数、装填数は登録してるんだ、合わないわけがない》
「だったらカウントエラーじゃないの」
戦闘中とかエラーくらい出るでしょと辰弥が言うものの鏡介は「んなわけあるか」と吐き捨てた。
《お前、
辰弥のことだからきっとそんなノリでGNSを使っているに違いない、と鏡介がため息交じりに言う。
《GNSは元々は
だから義体を導入していた場合技能インストールで訓練をショートカットすることができる、と念のために説明する。
「まぁ、それくらいは」
《そんなシステムが消費弾丸カウントを間違えるはずがない。そう考えるとお前が登録外の持ち込みをしているとしか説明ができない》
どうしてそんなことをする、と鏡介が訊ねる。
「……まぁ、万が一の、保険?」
《各種状況に応じることができるような弾種を?》
そう言われて、辰弥は言葉に詰まった。
どう答えていいか分からない。
状況に応じて、と言われればその通りだが納得できる説明ができない。
「……何があるかなんて分からないし」
《『サイバボーン』の
先日、日翔と鏡介が潜入した時のこと、日翔さえ違和感を抱いた「炸裂弾の使用」を指摘され辰弥が「まぁ、それは」と呟く。
「一応、色々用意してるつもりだけど」
《だったらそれも持ち込み登録しておけ。一応、
鏡介の言葉にえぇ、と驚きの声を上げる辰弥。
「レポート出してんの? なんで」
別にその必要ないよね? 一応リーダーの俺は山崎さんに何も言われてないけど? と辰弥が反論する。
《強制じゃないし毎回じゃないんだがな、山崎さんが『各チームのバランスを把握しておきたい』って言うから時々提出してる》
まぁ、山崎さんが俺に頼んでるのは俺がハッカーだからとか「グリム・リーパー」最古参だからだろうがと鏡介が言うが、辰弥は不満そうに口をとがらせる。
「なんで俺に言わないの」
《お前の作文、壊滅的なほど破綻してるから》
お前も日翔と一緒に小学校の読書感想文からやり直せと言い放つ鏡介。
えぇー、と辰弥が抗議の声を上げた。
「そんなのアシスタントAIに任せたら一発じゃん。別に自分で書く必要なんて」
《
天を仰ぐような姿勢になり、鏡介がぼやく。
三年前に狙撃され、西京湾に落ちて生存は絶望的だと誰もが思っているかつてのリーダー。
彼が失踪したことによって何故か日翔がチーム名を「グリム・リーパー」と名付けて思うところも色々ある。
自分が今も生きながらえるきっかけともなった人物の一人であるため、宇都宮の生存はどうしても諦めたくない鏡介だった。
そんな宇都宮に対して思わずぼやく鏡介に、辰弥は「悪いね」と大して悪びれた風もなく呟いた。
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