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Vanishing Point 第6章

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 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 そんな折、日翔あきとが福引でエターナルスタジオ桜花ESOのペアチケットを当ててくる。
 チケットを譲り受けた辰弥は雪啼を連れて遊びに行くが、それは日翔が自分の筋萎縮性側索硬化症ALSの診察を密かに受けるために仕組んでいたことが発覚してしまう。
 普段の怪力はそのALSの対症療法としてひそかに導入していた強化内骨格インナースケルトンによるもの。今後の日翔の身の振りを考えつつ、次の依頼を彼の後方に据えて辰弥一人で侵入するもののそこに現れた電脳狂人フェアリュクターに襲われ、後れを取ってしまう。
 突如乱入してきたカグラ・コントラクター特殊第四部隊隊長の御神楽みかぐら 久遠くおんを利用して離脱するものの、御神楽財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人であった。

 

 前回の依頼から数日、いつものように料理をしている辰弥たつや雪啼せつながじゃれつく。
 微笑ましく見守っていたりした日翔あきとだったが、鏡介きょうすけからグループ通話の通知が入ってくる。

 鏡介きょうすけはあの以来の途中で「カグラ・コントラクター」が介入したことに疑問を持ち、調査していた。
 その結果、「御神楽みかぐら財閥」が「荒巻あらまき製作所」を直前に買収していたことを突き止める。
 その際に特殊第四部隊トクヨンが「『ノイン』に関する情報を入手したら報告するように」と他の舞台に通達していたことを知り、何かを探しているらしいという情報を得る。

 通話が終わり、雪啼せつなと遊ぼうと部屋に行く辰弥たつや
 しかし雪啼はカッターナイフで遊んでおり、それを止めようとした辰弥は彼女を傷つけてしまう。
 その血を舐め、さらに血が欲しいという衝動に駆られる辰弥。それは抑えたものの雪啼を怯えさせてしまう。

 騒ぎに日翔あきとが部屋に来る。
 辰弥たつや雪啼せつなにどうしてカッターナイフを渡したのかと問い詰めるが、そのカッターナイフは元々家に遭ったものではないかと日翔に指摘される。

 フルダイブVRシミュレーションでトレーニングを行う辰弥たつや
 そこへ鏡介きょうすけから通信が入り、依頼の際に登録した銃弾の数と実際に消費された数の収支が合わないと辰弥に告げる。

 

「やらなくていいことは無理にする必要はないよ。そんなのにリソース割くくらいならトレーニングしてた方がずっといい」
《……そんなこと言ってるが、VRシミュレーションフルダイブ始めたの最近だろう。一体どういう風の吹き回しで》
 辰弥の言い分に、鏡介が鋭い指摘を入れる。
 実際、辰弥は今まで軽いトレーニングは行っていたもののフルダイブVRシミュレーションを行うことはあまりなかった。
 鏡介に「本番さながらのシミュレーションしたいからシステム触れない?」と辰弥が打診したのも記憶に新しい。
 辰弥に何かしらの心境の変化があったのだろう、とは鏡介も思ってはいたが、肝心の辰弥からは何の理由も言い訳も上がってこない。
 鏡介に指摘され、辰弥が低く唸る。
「……別に、理由なんて」
《……まさかとは思うが、日翔のことか?》
 心当たりがあるとすればこれだけだ、と鏡介が訊ねる。
「……う」
 図星だったのだろう、辰弥が否定も肯定もできずに固まった。
 はぁ、と鏡介がため息を吐く。
《日翔に負担をかけたくない、ってことか。まぁ前回もそれが原因で狂人フェアリュクターに後れを取ったからな》
 大体予想できる、と鏡介は呆れたように言う。
《そんな、今日明日に死ぬってタマじゃないだろあいつ》
「だけど、そう長くは生きられない」
 せめて、「その日」までは自由に生きてほしい、と辰弥は素直に呟いた。
 本来なら知らなくてよかった裏の世界ではなく、真っ当な表の世界の人間として生きてほしい、と。
 その辰弥の言葉に対し、鏡介はもう一度ため息を吐く。
《日翔がそれを望んでいると思ってるのか?》
「望んでる望んでないは関係ない。日翔は表の世界で生きるべきだ」
 どうして、と鏡介は呟いた。
 何故、辰弥はそこまで日翔を表の世界へ戻そうとするのかと。
 確かにALSさえ発症しなければ日翔は裏の社会を知ることなく生きることができたはずだ。
 両親が反ホワイトブラッド派の思想を持っていなければ義体化して生きながらえることもできただろう。
 だが、運命はそれを許さなかった。
 日翔もまた、その運命を受け入れて今を生きている。
 両親から引き継いだ借金を返済する、と報酬の大半を天引きされて。
 それでも、日翔は一切弱音を吐かなかったしもう殺しなんてしたくないと言うこともなかった。
 それはたった四年とは言え寝食を共にした辰弥も理解しているはずである。
 それなのに辰弥は日翔に「表の世界で生きるべきだ」と主張する。
 その言葉が、いかに傲慢なものかを、鏡介は理解していた。
《エゴなんだよ、お前の。何様のつもりだ》
 いつになく強い口調で鏡介が言う。
《望んでいる望んでいないは関係ない? 表の世界で生きるべき? ふざけるな。日翔は自分の運命を受け入れてるし今更表の世界でどうやって生きろって言うんだ》
 それはお前も分かっているんだろう、と鏡介が続ける。
《ずっと自分の手を汚してきた人間がいきなり『普通に生きていい』と言われて生きられると思うのか? お前はそれができるのか?》
「いや、俺は――」
 無理だ、と辰弥が呟く。
 ――俺にはそんな権利など存在しない。この裏社会での生活こそが、普通。
 真っ当に生きていい存在ではないから、そう、自覚していた。
 ほらな、と鏡介が言った。
《今更表に帰ることなんてできないんだよ。いや、帰りたいならアライアンスも何らかの手は打ってくれるだろうが日翔はそんなこと望んでいない》
 あいつにとって、居場所は「グリム・リーパー」だけなんだと鏡介は言い切った。
《そりゃ、あいつだって好き好んで殺しなんてやってない。そうするしかないから手を汚してるってことくらいは本人も分かってるはずだ。だがな辰弥……》
 そう言って鏡介はいったん言葉を区切る。
裏社会この世界での仕事は、あいつにとって『自分』を認識できるたった一つの確認方法なんだ分かってやってくれ》
 鏡介の言い分が分からないわけではない。
 日翔から全て聞いているからこそ分かる鏡介の言葉。
 気が付けばALSを発症し、それが原因で両親が殺され、最終的にはその両親を殺した張本人の尖兵として利用されて。
 流されるように生きてきたが、それでも「殺し」だけは自分の意志で行っていると言いたいのか。
 そんなの、辛すぎる、と辰弥は呟いた。
 本来なら知らなくてよかった世界を、たった一つの病気がきっかけで踏み込むことになって。
 だからこそ、
「……日翔には、真っ当に生きてもらいたい」
 と、辰弥は口にしていた。
《まぁ、お前の気持ちも分からんではないがな》
 辰弥の言葉を否定することなく、鏡介が彼の思考を否定する。
《どうせ『可哀想だから』とか思ってるんだろう。それがお前のエゴなんだよ。本人が嫌だと言っていなければただの善意の押し付け、小さな親切大きなお世話、だ》
「……」
 そこまで言われて、辰弥は言葉を失ったようだった。
 鏡介の言葉がどこまで辰弥に届いたかは分からない。だが、自分の考えが善意の押し付けであるとはっきり言われて多少は自覚したのか。
「……このままで、いいの?」
 自信なく、辰弥が訊く。
 多分な、と鏡介は頷いた。
《少なくとも本人が『今のままでいい』と思っている間は好きにさせてやれ。その方が本人も気が楽だ》
「……そっか」
 よく分からないけど、と続けつつも辰弥は一応の納得を見せたようだった。
 そんな辰弥に、鏡介は、
《正直なところ、あいつには自分が一番やりたいことをやってもらいたいってのが本音だ。もし、叶えられるなら叶えてやれ》
「そうだね」
《あ、だからといって本人にどストレートな質問するなよ。そこは普段の言動から推測してやれ》
 鏡介の言葉に、辰弥が「無茶言わないで」とむくれる。
「とにかく、日翔が好きにできるようにするよ」
 辰弥の言葉に、鏡介がああ、と頷く。
《そういうお前も無理するなよ。多分あいつからすればお前が倒れるのが一番の不幸だからな》
「それは、どういう――」
《あーあー知りません知りません。俺は落ちるからな》
 めんどくさそうに辰弥の言葉を遮り、鏡介が一方的に通信を切断する。
 何だったの、と呟いて辰弥は首を振った。
 とりあえず、邪魔は入ったがシミュレーションはもう少し続けたい。
 少なくとも、フェアリュクターを前にして動揺しなくなるようにはしておきたい。
 そう思って次のステージを呼び出そうとし――。
「――っ!」
 咄嗟に、通常のログアウトではなく、瞬時に現実へ帰還できる緊急ログアウトボタンをタップした。
 視界が暗転し、次の瞬間、雪啼の顔が視界に入る。
 雪啼の右手が凄い勢いで振り下ろされる。部屋の照明を受けて右手に握られた何かが光を反射する。
 ほぼ無意識で左手を挙げ、彼女の手首を掴む。
 光を反射した何かが喉元で止まる。
「……雪啼、」
 低く呟き、辰弥は自分に馬乗りになっている雪啼に声をかけた。
 掴んだ彼女の手を見ると、その手には一本の包丁が握られている。
 あと一瞬現実への帰還が遅れていれば、緊急ログアウトではなく通常のログアウトを行っていれば、包丁は確実に辰弥の喉を貫いていただろう。
「……どういうこと」
 明らかに殺意があるとしか思えない雪啼の行動。
 彼女を保護した時の日翔の言葉を思い出す。
 ――実はお前や俺たちを狙った暗殺者キラーだったらどうするつもりだったんだ。
 まさか、と辰弥が呟く。
 雪啼は、本当に――。
「あ、パパやっと起きた」
 少し残念そうな顔を見せたような気がしたが、雪啼がそう言って辰弥から、そしてフルダイブするために彼が寝ていたベッドから降りる。
 辰弥も上半身を起こし、横に立った雪啼を見た。
「殺す気?」
「んー? せつな、パパとおままごとしたかったの。起こしても起きないから大丈夫かなって」
 確かにままごとなら包丁くらい使うか、と辰弥は納得した。
 が、包丁くらい使うと言っても本物を使うわけがあるかと自分にツッコミを入れる。
 とはいえ、雪啼は色々と試してみたい年頃らしくつい本物の包丁を持ち出したのだろう。
 これはまずい、キッチン下収納にチャイルドロック掛けるかと考えつつ辰弥はベッドから降りた。
「流石に、本物の包丁でままごとはやめよう。遊んであげるから、向こう行こう」
「うん!」
 辰弥の提案に、雪啼が嬉しそうに右腕を振り、そして包丁がすっぽ抜けたかのように辰弥に迫る。
「っ!」
 持ち前の動体視力でこれを避けると、包丁は深く壁に突き刺さった。
「マジで殺す気!?!?
「ごめん、手が滑った。おままごと行こ」
 包丁のことなど知らぬとばかりに、雪啼が嬉しそうに辰弥の手を握る。
 結局、雪啼はただ遊びたかっただけなのか。
 それとも本当に殺意を持っていたのか。
 真相は闇の中だが、とりあえず構っていれば大丈夫だろう。
 二人が部屋を出て、ドアがパタンと閉まる。
「どうしてそんなに本物の包丁使いたいの」
「カッコいいから!」
 そんな会話が展開されていく。
 はぁ、とため息を吐き、辰弥は「どうすれば包丁が危ないって理解させることができるんだろう」と考え始めた。

 

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