Vanishing Point 第9章
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惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
依頼を受けては完遂していく三人。しかし
警戒はしつつも、雪啼と
その後に受けた依頼で辰弥が
まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
しかし、その要人とは
最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽
「それは貴方が
確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
しかし、逃げ切れないと知り彼は抵抗することを選択する。
それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
第9章 「Ignition Point -引火点-」
静けさの中に響く苦しげな息遣いが辺りを支配している。
独房のベッドに横たわったまま、辰弥はじっと目をつぶってひたすら耐えていた。
ざわざわと這い上がってくるかつての記憶。
研究所での虐待同然の仕打ちや実験。
そう設計されたゆえに身に付いている治癒能力の高さで傷痕自体は残っていなかったがそれでも全身に刻み付けられた痛みは忘れることができない。
独房の硬く冷たいベッドの感触がかつての記憶を呼び起し、辰弥を苛ませる。
久遠の計らいで拘束具は外されたもののGNSロックは解除されておらず、時間の経過すら分からない。
食事と用を足すときだけ制限は緩和されたが、それでも独房の扉を破るといったことはできず、また、施設の人間も警戒しているため独房に誰かが入ってくることはない。
せめて、のたうち回ることができればこの苦しみも多少は和らぐだろうに、と思いつつも身動きできない辰弥は押し寄せる自身の記憶に耐え続けていた。
四年前の、あの研究所の襲撃で逃げ延びてからの毎日を思い出そうとする。
血にまみれた日々ではあったが、それでも研究所での生活に比べたらずっと楽しかった。
「化け物」と言われていた自分でも、こんな生活を送っていいのだと、そう感じた。
それと同時にずっと考えていたのは研究所に残された他のメンバーのこと。
あの襲撃で全員殺されたと思っていたが。
久遠の話を聞く限り、他のメンバーは「保護」されたらしい。
それはほっとすると同時に、「結局
「望むなら『一般人』として生きる選択肢も用意することができる」とは言われたが、そんなうまい話がそうそうあるはずがない。
なんだかんだと理由を付けて、結局はカグラ・コントラクターの一員として使い潰されるだけなのだ――。
そう、思っていた辰弥の傍に不意に人の気配が現れる。
人の気配に、思わず目を開ける。
そこに、ビール瓶を手にした一人の男が立っていた。
「な――」
辰弥の目が見開かれる。
深紅の瞳の奥、爬虫類のような瞳孔が広がり、警戒を露わにする。
「おいおい、そう警戒すんなよ」
そう言い、ビール瓶を手にした男は辰弥に顔を近づけた。
顔を近づけられたことで、辰弥は相手も自分と同じ瞳をしていることに気が付いた。
血のように紅い瞳、爬虫類のような瞳孔。
同じだ、と辰弥は思った。
目の前の人物は人間ではない。自分と同じ
しかし、こんな姿をした同類は知らない。自分が知っているのは――。
「ゼクス、だから言ったでしょ。『いきなり入ったらびっくりする』って」
不意に、独房の外から聞き覚えのある声が侵入者に投げかけられる。
えー、とゼクスと呼ばれた
「だって独房の解除キーなんて知らないんだぜ? だったら」
「無駄にトランスしてんじゃないの。それにびっくりしてるじゃない」
そう言いながら、独房の外にいる女は覗き窓から辰弥を見た。
「ノインが保護されたってみんな騒いでるところゼクスに引きずられてきてみれば、これはとんだ収穫ね」
皮肉気にそう言う女に、辰弥は確かに見覚えがあった。
「……」
それでも口を開こうとしなかったのは「どこで何を聞かれているか分からない」という警戒が残っていたからだろう。
「久しぶり。なんか名乗るの嫌そうだし『
「っていうかさ、ツヴァイテ、こいつノインじゃないじゃん。主任、他に作ってたのか?」
「話聞いてた? だからあんたはバカって言われるのよ」
手痛いツヴァイテの言葉にゼクスは「なにをう」と反論した。
「俺、賢者ぞ?」
「『森の』でしょ? ゴリラじゃない」
第二世代のLEBってなんなのと呆れ果てたように言うツヴァイテにゼクスが「ゴリラ言うなし!」と返している。
「……」
呆気に取られて二人のやり取りを見る辰弥。
――何、このフリーダム。
想像していた扱いと全く違った。
ツヴァイテもゼクスもLEBであるのは事実である。
人間ではない、化け物と呼ばれる存在、自分が研究所にいた頃はこんな自由に歩き回ることなど許されていなかった。
それなのにこの二人は。
検査でも食事でもない時間に勝手にここまで来て声をかけるとは、余程の自由行動が許されていない限り不可能である。
それとも、トクヨンに回収されたLEBは、本当に。
辰弥が呆気に取られていることに気づいた二人が口論をやめて彼を見る。
「……なんで、自由にしてるの」
思わず辰弥の口をついて出た言葉にゼクスが不思議そうな顔をする。
「え? 別にこれくらい普通だろ?」
「第二研究所はね。
ツヴァイテの言葉に辰弥は少し考えた。
第二研究所の存在、そして久遠が言った「第二世代LEB」の存在。
確か、トクヨンが潰した研究を
永江 晃が研究を再開した結果作られたのが第二研究所で、第二世代ということか。
それなら確かに納得できることはある。
「
ということは、ここは第二研究所で、第一研究所で確保されたLEBもここに収容されているということなのか。
辰弥は第二研究所もトクヨンによって襲撃され、破棄されたことを知らない。
だからここが第二研究所ではないのかと考えた次第である。
考え込んだ辰弥に、ゼクスがビール瓶をずいっと突きつける。
「何考えこんでんだよ、飲むか?」
辰弥が突き付けられたビール瓶をまじまじと眺める。
「……ピルスナー?」
「おう、UJFから取り寄せてもらったんだぜ! 飲めよ」
よく見ると、ゼクスはほろ酔い特有の上機嫌さで
「……いや、いい」
弱々しく首を振り、辰弥は断った。
「えー、なんでだよ。美味いぞ?」
「……そもそも、未成年」
少なくとも、君は俺の後だろうと辰弥が続けると。
「いいじゃねぇか。LEBはみんな未成年。俺が飲めるんだから、お前も飲める! これが帰納法って奴だな!」
そんな滅茶苦茶な持論をゼクスは展開してきた。
「……はぁ、」
いやでも俺飲まないしと辰弥が断る。
「なんだよ、俺の酒が飲めないのかよー!」
断られたゼクスが、どん、とビール瓶を床に置き両手のひらで自分の胸を叩きはじめる。
「はい、そこドラミングしない」
だからゴリラは、とツヴァイテが冷静にツッコミを入れた。
「……ゴリラ、」
ツヴァイテの言葉を辰弥が繰り返す。
そう、ゴリラ、とツヴァイテが頷いた。
「聞いた話だけど、第二世代のLEBはそれぞれ何らかの動物の特性を埋め込まれてるらしいわよ。そこのゴリラは文字通りゴリラの特性を引き継いでるってわけ」
なるほど、とツヴァイテの説明に頷く辰弥。
「ゴリラ言うなし! 森の! 賢者だ!」
不満そうにゼクスのドラミングが激しくなる。
「……ゴリラじゃん」
どう見てもゴリラの動きをするゼクスに、辰弥が呆れたように呟いた。
「それはそうと、どうやって入ってきたの。まずそこからなんだけど」
一頻りゼクスのドラミングを眺めさせられた辰弥だったが、それでようやく緊張が解けたのか最初に思った疑問を投げかける。
ああそれ、とツヴァイテがちら、とゼクスを見る。
「第二世代LEBのもう一つの特徴、『トランス』よ。私たちは血液を変質させて武器にするくらいだけど第二世代は自分の体の構造そのものを自由に変化させられる。ゼクス、見せてあげて」
「お、アレやっていいのか?」
ツヴァイテに指示されたゼクスが嬉しそうに笑い、ドラミングをやめる。
「見て驚くなよ?」
そう言った次の瞬間、ゼクスの身体が割れた水ヨーヨーのように弾けた。
「え!?!?」
驚く辰弥の目の前に血だまりが広がり、そしてぬるりと移動する。
血だまりは独房の扉の隙間をすり抜け、再びゼクスの身体を構築する。
「ってわけだ」
「……」
辰弥が絶句する。
研究が進めばここまでできるのか、という思いやこんなものまで開発されていたのか、という思いが脳裏をよぎる。
「……なんなの、君は」
「何って、六番目に製造されたLEB、ゼクスだが?」
そういうお前は何組み込まれてんだよゼン、とゼクスが辰弥に問う。
「いや、俺は……」
そこまで辰弥が言ったとき、廊下から足音が響いてきた。
「げっ!」
ゼクスが慌てたような声を上げ、ツヴァイテはそんなゼクスとは正反対に足音の方へ向き直り敬礼する。
「ちょっとー! また飲んでるの!?!? 飲むなら休憩室だけにしときなさいって言ってるでしょ!!!!」
飛んできたのはトクヨン隊長の
え、怒るとこそこ? と辰弥は驚いた。
「えー、別に迷惑かけてないからいいだろー?」
近寄ってくる久遠にへらへらと笑うゼクスに何故か辰弥が冷や冷やする。
そんなことをすれば確実に殴られる、と辰弥が身を竦めていると。
「そういう問題じゃないでしょ。一応規則なんだから規則くらい守りなさい。で、部外者はとっとと戻った戻った」
シッシッと追い払う久遠のその様子も犬などの動物を追い払うのではなくあくまでも邪魔な人間を追い払うような態度で、辰弥が呆然とする。
――こいつ、本当に――。
「隊長、失礼しました。ゼクスには後で始末書書かせます」
「あら、ツヴァイテは相変わらずお堅いわね。そこまでかしこまらなくていいわよ」
とりあえず、私はノインに話があるからと久遠が二人に手を振る。
「って言うけどさー、そいつノインじゃな……むぐっ」
「ちょっとゼクス、余計なこと言わない!」
ツヴァイテがそんなことを言いながらゼクスの口を抑えて、背を押していく。
二人の声が遠くなったところで独房の扉が開き、久遠が踏み込んできた。
独房の扉が閉まり、二人が狭い空間に閉じ込められる。
「……」
辰弥がわずかに動かせる首を動かして久遠を見る。
久遠は表情を読ませない顔で辰弥を見下ろし、それから口を開いた。
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