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Vanishing Point Epilogue

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 警戒はしつつも、雪啼とエターナルスタジオ桜花ESO遊びに出かけたりはしていたが、日翔あきと筋萎縮性側索硬化症ALSだということを知ってしまい、辰弥は彼の今後の対応を考えることになる。
 その後に受けた依頼で辰弥が電脳狂人フェアリュクター後れを取り、直前に潜入先の企業を買収したカグラ・コントラクター特殊第四部隊の介入を利用して離脱するものの、御神楽みかぐら財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人。
 まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
 しかし、その要人とは鏡介きょうすけが幼いころに姿を消した彼の母親、真奈美まなみ
 最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
 帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽 久遠くおんが部屋に踏み込んでくる。
 「それは貴方がLEBレブだからでしょう――『ノイン』」、その言葉に反論できない辰弥。
生物兵器LEBだった。
 確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
 それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
 拘束された辰弥を「ノイン」として調べる特殊第四部隊トクヨン。しかし、「ノイン」を確保したにもかかわらず発生する吸血殺人事件。
 連絡を受けた久遠は改めて辰弥を調べる。
 その結果、判明したのは辰弥は「ノイン」ではなく、四年前の襲撃で逃げ延びた「第1号エルステ」であるということだった。
 「一般人に戻る道もある」と提示する久遠。しかし、日翔たちの元に戻りたい辰弥にはその選択を選ぶことはできなかった。
 辰弥が造り出された生物兵器と知った日翔と鏡介。しかし二人は辰弥をトクヨンの手から取り戻すことを決意する。
 IoLイオルに密航、辰弥が捕らえられている施設に侵入し、激しい戦闘の末奪還に成功する日翔と鏡介。
 鏡介はトクヨンの兵器「コマンドギア」を強奪し、追撃を迎撃するが久遠の攻撃とリミッター解除の負荷により右腕と左脚を失ったものの、桜花への帰還を果たす。
 しかし帰国早々聞かされたのは失踪していた雪啼が吸血殺人を繰り返していることとそれを「ワタナベ」はじめとする各メガコープが狙っていることだった。
 包囲網を突破し、雪啼を確保することに成功した辰弥と日翔。
 義体に換装した鏡介に窮地を救われたもののトクヨンが到着、四人はなすすべもなく拘束される。
 「ツリガネソウ」に収容された四人。改めて一般人になる道を提示されるもすぐに頷けない辰弥。
 そんな折、雪啼が監禁場所から脱走、「ツリガネソウ」は混乱に陥る。
 その混乱に乗じて監禁場所から逃げ出す辰弥たちだったが、久遠との取引の末一度一般人になってみる条件を飲み、雪啼の追跡に当たる。
 しかし、真っ先に雪啼と遭遇した日翔が一瞬の隙を突かれて攻撃され、人質となってしまう。
 日翔を救出すると言う特殊第四部隊に対し、自分で助けに行くという辰弥。
 議論の末、一時間という制限時間で日翔を救出することという条件で辰弥は単身雪啼の待つ廃工場へと向かう。
 激しい戦闘の末、日翔が辰弥によって生成された単分子ブレードで雪啼を両断することに成功する。
 しかし、とどめを刺す前に工場が崩落、雪啼によって大ダメージを受けた辰弥を救出することができずに日翔は鏡介によって工場から連れ出される。
 ナノテルミット弾によって灼かれる廃工場。戻ってこなかった辰弥のために、鏡介は小さな花束を手向けた。

 

 自宅に戻った日翔と鏡介は様子を見に来たたけるたちに全てが終わったことを告げる。

 

 
 

 

「それと……二人とも、上町府を出るのでしょう」
 猛に言おうとしていたことを先に言われ、鏡介が一瞬呆気にとられるがすぐに頷く。
「御神楽に目を付けられたからな……武陽都ぶようとにでも行こうかと」
「それなら武陽都のアライアンスに連絡入れましょうか? それとも……もう、足を洗いますか?」
 今ならまだ抜けることができますよ、と猛が提案してくる。
 鏡介はちら、と日翔を見た。
 日翔の強化内骨格インナースケルトンの支払いは終わっていない。
 依頼の数で換算すればあと数回程度、真っ当に働けば数年程度で完済することができるだろう。
 しかし、日翔に真っ当に働くほどの時間は残されていない。
 それに暗殺稼業に慣れてきた身としては今更真っ当に働くという選択肢はなかった。
「すまない、武陽都のアライアンスに引継ぎしてくれるとありがたい。あとは日翔の方だな」
「え? 俺特別に引き継ぐことあったっけ」
 急に話を振られた日翔が頭にクエスチョンマークを浮かべながら鏡介を見る。
「バカか、お前は病気のことがあるだろ。『イヴ』からカルテを引き継いでもらわなければいけないだろうが」
「あー……」
 思い出したように日翔が頭を掻く。
 自分の病気のことを忘れていたわけではないが、何故か渚も一緒だと思い込んでいた。
 よく考えなくても渚は上町府のアライアンス所属の闇医者である。日翔の主治医とはいえ上町府を去る日翔たちについてくる理由がない。
 そう考えるとどっと寂しさが押し寄せてくる。
「そういえば、『イヴ』ともこれでお別れなのか」
 そう言いつつもつい強がって、いや待て逆に清々するのでは? と日翔が呟くと渚が「んー?」と声を上げた。
「あらぁ、日翔くん、そんなにわたしと別れるの寂しいの?」
「……そうだな」
 少し考えて、日翔がボソリと呟いた。
「なんだかんだ言って『イヴ』には世話になったからな。そりゃ寂しくないと言えば嘘になるぜ」
「……そう、」
 そう言って渚は少しだけ笑んで見せた。
 渚としても治療不可能な病とはいえこれ以上何をすることもできないという事実は悔しいのだろう。
「ごめんね、日翔くん。治してあげられなくて」
 そう、柄にもなく謝ってしまった。
 日翔が一瞬、呆気にとられるがすぐに苦笑する。
「『イヴ』にも無理な話だろ。気にすんな」
 もしかして、「イヴ」は俺を看取りたかったのだろうか、と日翔はふと考えた。
 渚はその特性上多くの患者や怪我人を看取ってきたはずだ。
 日翔もそのうちの不特定多数の一人ではあったはずだが、日翔がアライアンスに加入してからの五年、彼女は何度彼を診て世話をしてきただろうか。
 それを考えると国指定の難病であったとはいえ、治癒させることができなかったことに何らかの感情はあったのではないか、と考えてしまう。
 そんなことを考えながら日翔が渚を見る。
 その様子を鏡介と話し合いながら窺っていた猛が話に日翔を巻き込んでくる。
「では、武陽都のアライアンスに連絡しておきましょう。どうせ引っ越しの手配もアライアンスを使うのでしょう?」
 寂しくなりますね、と猛が二人を見る。
「そうは言っても俺の支払いは山崎さんへの振込だから連絡はするがな」
 日翔がそう言ってマグカップに残ったコーヒーを飲み干し、日翔は立ち上がった。
「山崎さんも、姉崎も、世話になった。元気でいてくれよ」
「それは勿論」
 日翔の言葉に猛が頷き、茜を見る。
「それでは、私たちは行きましょうか。『イヴ』はまだ後始末があるようなのでもうしばらく残るようですが私たちの用件はこれまでですので」
 用は済んだ、と猛が踵を返す。
 それに続いて茜も踵を返す。
 二人が玄関を出る直前、一度振り返る。
「武陽都でも頑張ってくださいね」
「ああ、山崎さんも元気で」
 日翔と鏡介が二人を見送り、それから改めて渚を見た。
「後始末?」
 ええ、と渚が頷く。
「鎖神君に卸していた輸血パックとか回収しなくちゃだし。流石に三週間前のものだから消費期限切れちゃってるのよねえ……」
 今更病院に持っていくわけにもいかないし、回収して医療廃棄物にするしかないかしら、などと呟きながら渚が辰弥の部屋に入り明かりを付ける。
「……前々から思ってたけど、鎖神君の部屋って何もないわね」
 壁にポスターを貼ることもなく、部屋に置いてあるのもベッドと机と椅子だけ。
 机の上には数冊のレシピ本が整頓されて並べられていたが、それだけだ。
 渚がクローゼットを開けるとこれまたわずかな着替えが収納された棚とガンロッカー、そして輸血パックを保管していた保冷保管庫が置かれている程度。
「……ほんと、何も知らなかったのね」
 そう言いながら、渚が机の上に目を留める。
「……あら?」
 机の上にはレシピ本だけかと思ったら、それだけではなかった。
 小さなフォトフレームが一つ、置かれている。
 渚がフォトフレームを手に取り、眺める。
 それは以前、辰弥が雪啼とエターナルスタジオ桜花ESOへ出かけた時の写真だった。
 記念撮影オプション付きのコース料理を注文した時に撮影されたもの、ビーバーのキャラクター、キャスターウッズの着ぐるみと雪啼と並んで撮影した辰弥の顔は緊張しつつも笑顔でいた。
「ふふ、楽しんでたのね」
 渚が思わず笑みをこぼす。
「案外、幸せだったんじゃない?」
「そう……かな」
 日翔が不安げに呟く。
「……だって俺、辰弥に家事も何もかも任せっきりだったんだぞ? もっと好きなことやらせればよかったなって」
「それはそう」
「何も知ろうとしなくて、辛かったこととか全然気づいてなくて、思い出したくないことだっただろうに『思い出せればいいな』って軽く言ってさ」
「そこは気楽に言いすぎ」
「……本当に、辰弥は……幸せだったのかな……」
「幸せだったよ?」
 日翔の言葉の一つ一つに冷静なツッコミが入れられる。
「幸せだった、か……え?」
 ちょっと待て鏡介何勝手に返事するんだよ! と日翔が鏡介を見る。
「いや、俺は何も言っていないが」
「でも、返事、したよな?」
 ここにいるのは日翔と鏡介と渚の三人だけである。
 それなのに、返事が聞こえた。
 いや、この声はどう聞いても鏡介の声ではない。辰弥の声だ。
「……辰弥……?」
「うん?」
 確かに後ろから返事が聞こえる。
 三人が同時に振り返る。
 しかし、視線の先には誰もいな――
「もうちょっと視線下げて」
 いた。
 十歳前後の見覚えのある少年。
 黒髪で、ぶかぶかのジャケットとジーンズを身にまとい、三人を見上げている。
 その眼は見慣れた深紅ではなく――黄金の眼。
 それでも、眼の色が違って少年の姿をしている以外の特徴は辰弥と一致する。
「え……辰……弥……?」
 日翔がかすれた声でそう呼び掛ける。
「うん」
 少年が、小さく頷いた。

 

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