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Vanishing Point Re: Birth 第6章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
もう戦えないという絶望から自殺を図る日翔に、辰弥は「希望はまだある」と訴える。
そんな中、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
「エルステが食べられてくれるなら主任に話してあきとを助けてもらえるかもしれない」と取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいた。

 

 
 

 

  第6章 「Re: Ject -拒絶-」

 

 帰宅し、日翔の部屋の前に立つ。
「日……」
 ドアに、その奥にいる日翔に声をかけようとするが言葉にならず、ノックのために上げた手もすぐに下ろされる。
 駄目だ、合わせる顔がない、と辰弥は呟いた。
 あの日、鏡介の提案に乗り日翔のインナースケルトンの出力を落としたあの日、日翔は自ら命を絶とうとした。
 それを直前で止めることはできたが、あの後気まずくて声をかけづらい。
 確かにあの時、マンションの屋上で辰弥は日翔に「生きて」と懇願した。日翔も「父さんと呼んでくれよ」と言ってくれたりもしたが、あれは日翔の自殺未遂という異常事態に互いの気持ちが揺れ動いただけで、結局のところ「インナースケルトンの出力を落とした」という事実に、落ち着いてからの二人は気まずくなっている。
 渚の診断で、日翔は食事やトイレ、入浴といった必要最低限の行動以外は全て制限されている。
 インナースケルトンの出力を落としたことで、日翔の現状ははっきりと浮き上がった。
 インナースケルトンなしではほとんど動くことはできない。そこまでALSが進行しているという事実に、辰弥と鏡介は絶句した。
 本来なら依頼どころの話ではない。ここまで進行していて、それなのに「あと少しで完済できるから」と日翔はずっと無理をおして依頼に赴いていた。
 もしかすると呼吸筋の低下による呼吸困難が出て良かったのかもしれない。あのまま依頼を受け続けていれば取り返しのつかないことになっていただろう。
 日翔には生きてほしい、治験を受けて快復してほしい。そのためにはまず日翔が無理をしないことが前提条件となってくる。下手に依頼に赴いて、インナースケルトンにトラブルが発生した場合、誰が彼を完璧にフォローするというのだ。
 だから、日翔が呼吸困難に陥ったことは不幸中の幸いだった、と辰弥は思っていた。
 無理に動くより安静にしていてくれた方が今の日翔は生存できる可能性が高まる。
 ――絶対に、助けるから。
 ドアの向こうの日翔に、祈るようにそう呟き、辰弥は鏡介の部屋に移動し、ドアをノックした。
「どうした?」
 ドアを開け、鏡介が辰弥を見る。
「相談したいことがある」
 伏し目がちにそう言う辰弥に、鏡介が「分かった」と部屋に招き入れる。
 鏡介の部屋に踏み込み、辰弥はベッドに腰を下ろした。
 鏡介はその向かいに椅子を動かし、座る。
「何かあったのか?」
 鏡介の問いかけに、辰弥は小さく頷いた。
「……ノインに会った」
 「ノイン」という言葉を聞いた瞬間、鏡介の眉が寄る。
「……生きていたのか」
 うん、と再び頷く辰弥。
「もしかして、とは思ってたよ。いや――生きているはずはない、って思いたかった」
 辰弥としてもノインの生死は確定していなかったがゆえに「できればあのまま灼かれてほしかった」と思っていた。
 同族の死を望むのは生物としてあってはいけないことだろう。しかし、ノインはあまりにも人間を殺しすぎた。それだけではない、「原初」のLEBである辰弥エルステを執拗に狙い続けていた。
 だから、あの廃工場で日翔に両断され、ナノテルミット弾を撃ち込まれて、逃げ切れずに灼かれてくれれば、と願ってしまった。
 それでも「もしかして」という可能性は辰弥の中に残っていた。死亡を確認したわけではないから生き残った可能性もある。もし生きていれば、いつか必ず自分を殺しに来るだろう、と。
 その懸念が現実のものとなってしまった。ノインは生き延びており、武陽都にまで来ていた。
 ノインが武陽都にまで来たのは恐らく自分が目的だろう、と辰弥は考えていた。
 辰弥は感じることができないが、ノインは辰弥の気配を感知している。どのような超感覚か、それとも第六感的なものなのかは分からないがノインは的確に辰弥の所在地を突き止め、接触した。
 日翔のALSが末期であることも認識しており、それを利用して取引を持ち掛けてきた。
「ノインに、取引を持ち掛けられた」
 あまりぐだぐだノインの生存のことを話しても仕方ない、と辰弥が本題に入る。
 取引? と繰り返す鏡介に、辰弥がうん、と頷く。
「俺の命を差し出せば、主任に言って日翔を助けるって」
 辰弥の言葉に再び鏡介の眉が寄る。
 ノインが辰弥を殺そうと、いや、捕食して辰弥第一世代が持ちえる造血能力をコピーしようとしていたということは分かっていた。だから、取引の内容も理解できる。
 ノインは辰弥の捕食を諦めていない。それどころか現状を把握して辰弥が取引に応じるよう話を動かしている。日翔の生存をちらつかせれば辰弥が食いつかないはずがないのだ。
 ただ、一つノインに誤算があるとすれば辰弥が即決で取引に応じなかったことだろう。
 ノインも上町府での生活で辰弥と日翔を見ていたのだ、二人の関係を考えれば辰弥は必ず応じる、そう考えていたのに彼は即決しなかった。
 辰弥が即決しなかった理由に、鏡介は心当たりがあった。
 ノインは約束を守らない。いや、前回、辰弥は取引に応じたにもかかわらずノインは日翔を殺そうとした。その事実があるから、辰弥はノインを信用していない。今回も応じたところでノインが主任に口利きするとは思えなかったのだろう。
 即決しなかった、というその判断は正しい。鏡介としても辰弥が一人で勝手に判断して勝手に死なれたりはしたくない。話を持ち帰ったのは褒めてもいいだろう。
 しかし、ノインの取引の内容があまりにも惨すぎる。
 鏡介に相談したところで、鏡介自身もすぐに答えが出せるはずがない。
 辰弥を選ぶか、日翔を選ぶか。もう二度と選びたくない選択肢を目の前に突き付けられるだけなのだ。
 そう思ったところで、鏡介はふと考えた。
 「主任に言って日翔を助ける」とは言ったが、一体どうやって?
 そこで思い出す。ノインが「主任」と呼ぶ男、永江 晃がどのような人物だったのか、を。
「……生体義体か」
 記憶のページをめくり、鏡介が呟く。
 うん、と辰弥が頷き、ノインの説明を伝える。
 なるほど、と鏡介は頷いた。
 日翔が義体化しない理由は単純だ。身体を義体に置き換えることで体内の血液を人工循環液ホワイトブラッドにする必要があるためで、日翔はそのホワイトブラッドを毛嫌いしている。
 だが、毛嫌いしているのはホワイトブラッドだけで、義体そのものを忌避しているわけではない。
 それは身体の一部を義体化している鏡介が一番よく知っている事だった。伊達に五年の付き合いをしていない。
 日翔は義体の人間を差別しない。ただ「ホワイトブラッドさえ使わなければ」とぼやくだけだ。
 それに、鏡介にはぽつりとこぼしていたのだ。「ホワイトブラッドさえなければ義体化して元気になれたのかな」と。
 そういったことを踏まえて、ホワイトブラッドを使用しない生体義体を提供すると言われたら。
 生体義体なら確実に日翔を助けられる。生体義体なら日翔も拒否することなく義体化することができる。
 ノインの取引が嘘でなければ、辰弥一人の命で日翔を救うことができる。
 逆に考えれば、日翔を確実に助けたければ辰弥を死なせなければいけない。
「……どうしよう」
 膝の上で拳を握り締め、辰弥が呟く。
「俺は……別に、構わない……と、思う」
 言葉を選ぶように、辰弥は自分の考えを口にする。
「俺は元々人間じゃない。生きていていい存在でもない。だったら、俺が死ぬことで日翔が助かるなら……。俺は死んでもいい」
 結論は出ているのか、と鏡介は内心毒づいた。
 そこまで考えていて、最終的な判断を俺に下させる気か、と腹立たしく思う。
 同時に思う。これが辰弥なりの結論の出し方なのだと。
 彼としては日翔が助かるなら自分などどうなってもいいと思っているのだろう。だが、取引に応じることで遺された日翔と鏡介のことが心残りとなってしまうのだ。
 だから自分では決められない、鏡介に最終的な判断を委ねて、その判断に従う。
 鏡介が「日翔を助けてやってくれ」と言えば辰弥はさっさとノインに自分を差し出すのだろう。
 ――無理だ。
 日翔を助けるために辰弥を死なせることはできない。辰弥を生かすために日翔を諦めることはできない。
 二人が生きていてこその「グリム・リーパー」であり、鏡介自身なのだ。
 二人が生きているからこそ鏡介も生きたいと思えたし、二人を生かすためなら死んでも惜しくない、と思う。
 だから、辰弥を死なせるという決断は下せなかった。
 だから、日翔を諦めるという決断を下せなかった。
 同時に、「ノインの取引に応じるべきではない」と本能が囁く。
 ノインの言う生体義体なら確実に日翔を助けられるだろう。
 だが、本当にノインは晃に話を付けてくれるのか? 日翔に生体義体を移植してくれと頼んでくれるのか?
 前回、日翔を解放するふりをして殺そうとしたことを考えるとどうしても信用できない。
 それに、まだ懸念点がある。
 仮に、ノインが晃に生体義体の話を持ち掛けたとして、彼がそれに応じるとも限らない。さらに、晃は現在御神楽の監視下にある。どうやって日翔に生体義体を移植するのかも分からない。移植できたとしても、確実に自分たちの居場所は御神楽にバレるだろう。
 辰弥が取引に応じれば御神楽が認識している彼の死は確定する。だからそこは考えなくてもいいかもしれないが、自分たちも危険にさらされる可能性が出てくる。
 駄目だ、取引に応じることはできない、と鏡介は数秒の間に考えをまとめた。
 辰弥には辛い思いをさせるかもしれないが、この取引には応じるべきではない。
「……辰弥」
 そう言って、鏡介は左手を伸ばした。
 辰弥の肩に手を置き、今まとめた自分の考えを告げる。

 

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