Vanishing Point Re: Birth 第6章
分冊版インデックス
6-1 6-2 -3 6-4 6-5 6-6 6-7 6-8 6-9 6-10 6-11 6-12
日翔の
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
もう戦えないという絶望から自殺を図る日翔に、辰弥は「希望はまだある」と訴える。
そんな中、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
「エルステが食べられてくれるなら主任に話してあきとを助けてもらえるかもしれない」と取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいた。
ノインに持ち掛けられた取引のことを鏡介に相談する辰弥。
再び目の前に突き付けられた、「辰弥か日翔か」という選択肢に、鏡介は考えをまとめる。
鏡介が出した結論は「取引に応じるべきではない」というもの。
その結論に、辰弥も応じない、と決断する。
再び日翔の部屋の前に立ち、辰弥が大きく息を吐く。
気まずいのは確かだ。それでも、何も言わずに冷戦状態のままでは取り返しのつかないことになった時後悔する。
正直なところ、日翔と顔を合わせるのは怖かったが、同時に、日翔の傍にいたいという気持ちも強かった。
ドアをノックし、中に入る。
返事は聞かない。どうせ「入って来るな」と言ってくるだろうし今は放っておくよりも声をかけた方がいい気がする。
欝々とした状態で一人でいると思考は負のスパイラルに入り込んでしまう。
それこそ、再度自殺未遂を図ることもあり得るだろう。
監視するため、というわけではないが目は光らせておいた方がいいだろう。
辰弥が部屋に入ると、部屋の中は静かだった。
ベッドを見るとちゃんと人の形に盛り上がっており、僅かに上下している。
よかった、脱走してない、と安堵の息を吐き、辰弥はベッドに歩み寄った。
「……日翔、」
日翔は辰弥に背を向けるような形で横になっていた。
《……なんだよ》
辰弥の聴覚に声が届く。
「色々と、心配だから」
辰弥がそう言うと、日翔は「そうか」と返してきた。
《トイレも風呂も付き添いありなのに脱走なんてできねーだろ。それに、今の俺じゃ自分で死ぬこともできねえよ》
ほんの少し許された時間であったとしても武器を握れるほどの出力にしてもらえるわけでなく、自殺なんてとてもできるような状況ではなかった。
ただただ「その時」が来るのを待つだけの時間。
いくら辰弥が「希望がある」と言っても、その希望に縋ることもできない。
ALSの治療薬が開発されたというニュースは日翔も早い段階で目にしていた。
しかし、これから治験というのであれば一般流通するのに数年単位の時間はかかるし流通したとしても高額なものになるだろう。
正規の
だから治療薬開発のニュースを聞いても日翔は「そうか」以上の感想を持てなかった。
強いて言うなら「俺みたいに苦しむ人間が減るのかな」程度の感情だった。
それなのに、辰弥は「治験の席を確保するために戦っている」と言っていた。
最近、「サイバボーン・テクノロジー」からの名指しの依頼が多いのは金回りがいいから借金の完済が早まるように調整したと思っていた。しかし、それほど金に困っていない辰弥と鏡介が依頼を受けるのはその治験の権利を買うためなんだろうか、とふと考える。
辰弥の発言からその可能性に思い至って、真っ先に思ったのが「無茶しやがって」だった。
自分のALSはもう末期だ。現状を考えると近々人工呼吸器の世話になるだろう。普段の生活でも、もう息苦しいときがあるのだ。鏡介の「インナースケルトンの出力を落とす」という判断は間違っていない。
そう、日翔も理解していた。鏡介がああでもしない限り自分は動き続ける、と。
辰弥が少しでも自分が長く生きてくれることを願っている、ということも理解している。そのためにはこうするのが最適解だということも分かっている。
それでも、日翔は立ち止まりたくなかった。どうせ死ぬのなら自分で借金を完済してしまいたかった。それが原因で早死にしても文句はない。
だから、鏡介の判断は正しいと分かりつつも受け入れられなかった。それに同意した辰弥にも不満を覚えた。
自分のわがままだとは分かっている。分かっているからこそ、感情の整理が追い付かない。
自分の背後で辰弥が椅子に腰かけたのが気配で分かった。
「……日翔、」
辰弥が日翔を呼ぶ。
「ごめん。だけど、インナースケルトンの出力は必要以上に上げない」
《だったら話すことは何もないだろ》
不貞腐れたように日翔が答える。
「そんなことない。俺は、日翔が助かると信じてる」
ゆっくりと、言葉を選ぶように辰弥が続ける。
「話したよね? 治験の席を確保するために戦ってるって。薬さえ手に入れば、日翔は助かると俺は……俺も、鏡介も信じてる」
それは聞いた。聞いた上で、日翔はその言葉を信じていない。
《ここまで進行した病気が治るとかあり得ねえだろ。薬が効いたとしても、元通りに動けるなんてことがあるわけ》
「……そう、だね。昔のように、ということは望めないかもしれない。だけど、生きてさえいれば、リハビリで運動機能の回復は望めるし、そもそも俺は日翔が生きてさえいてくれれば、それでいい」
《こんな半寝たきりの奴の介護なんて一生続けられると思ってんのか?》
日翔は薬の効果を信用していなかった。今まで服用してきた薬ですら進行を少し遅らせるので精いっぱいだったのだ。いくらALSを根治するものと言われても昔のように動き回れる体に戻れるとは思っていない。快復したところで、現状は長く続くだろうしリハビリがどれほど効果を持つかも分からない。
もしかしたら「病状が進行しなくなる」を治癒と定義づけているかもしれないと考えれば、自分はもう動けない。辰弥のことだから治癒すればインナースケルトンの除去手術を受けろと言うかもしれない。
体内に埋め込まれたインナースケルトンによる金属汚染もかなり進行している。除去しなければ治癒したところでやはり長く生きることは難しいだろう。
それも踏まえて、今更治療しても意味がない、と日翔は考えていた。
同時に、辰弥と鏡介に自分の介護を続けさせたくない、と思っていた。
二人には自由に生きてもらいたい。自分という荷物を抱えずに、好きなように生きてもらいたい。
できれば暗殺の道から外れてほしいがそれしかない、ではなくそれがいい、というのであれば構わない、と思う。
だが、自分の介護だけは駄目だ。そんなことに二人の一生を棒に振らせたくない。
「日翔は俺にいろんなものをくれたんだよ? 名前も、居場所も、人間としての生き方も、何もかも日翔が俺にくれたものだ。それを何一つ返せないまま、日翔を喪ったら、俺はきっと一生後悔する」
だから、日翔が生き続けてくれれば俺はそれでいい、と辰弥は続けた。
「俺は一生日翔を支えたい」
《プロポーズ相手間違ってんだろおい》
辰弥に背を向けたまま、日翔が苦笑する。
その言葉を言う相手は他にいるだろう、と思ってしまう。
千歳のことが好きだと言う割に、どうして俺を優先させる、と少しだけ胸が痛くなる。
こんな俺の介護に一生を費やすより、千歳と幸せに生きてもらいたい。
だが、そこにどうしても彼女に対する疑いの念が付いて回る。
その疑いさえなければ、日翔は辰弥を突き放すことができた。
疑いがあるから、行くなと思ってしまう。
難しい話だな、と思いつつ日翔は言葉を続けた。
《間違ってんだろ、とは言ったが、お父さんはあの女との結婚は認めません》
「なんで急に父親面するの」
互いにそう言い合い、ふと笑う。
やっぱり、日翔には元気になってほしい、と辰弥は思った。
動けなくてもいい、それでも、残された時間を気にすることもなく、平和に生き続けてもらいたい、そう思う。
そのためなら自分の命なんて惜しくない。日翔と鏡介が二人で生きてくれるのなら。
そう思ってから、辰弥は「俺はいつまで戦えばいいんだろう」と考えた。
あと何回、「サイバボーン・テクノロジー」の依頼を受ければ治験の席を確保できるのだろうか。
「サイバボーン・テクノロジー」は「新薬の専売権を得られたら治験の席を譲る」と言っている。その約束が反故にされる可能性もなくはないが、今はそんなことはないと信じて戦っている。
治験の日程を考える。多く見積もっても数回程度か。
今、専売権の入札は「サイバボーン・テクノロジー」と「榎田製薬」が拮抗している。双方からの妨害工作を受けた「御神楽財閥」は一歩後退した状態となっているが油断はできない。
早く治験の席を確定させたい。そして、日翔を助けたい。
今、こうやって横たわる日翔を見ると心の底からそう思う。
迷ってはいけない。
大丈夫、もう迷わない。
そう思い、辰弥は手を伸ばして盛り上がった布団をポンポンと叩いた。
「それじゃ、俺、ごはん作ってくるから」
日翔に背を向け、辰弥は部屋を出ようとした。
《……辰弥、》
もぞもぞと、思うように体が動かせないのに日翔が寝返りを打ち、辰弥の背を見る。
《辛かったら、辞めてもいいんだぞ》
辰弥の背に、声をかける。
実際はGNSによる念話ではあるが、その声は辰弥に届く。
「日翔……」
ドアノブに手をかけた状態で辰弥は硬直した。
振り返りたいが、振り返ることができない。
辞めてもいい。
迷わない、と決めたばかりなのにその言葉が心を揺らす。
駄目だ、辞めてしまえば、日翔を助けられない。
後戻りができない、なのではない。後戻りしたくない。
ただ、前にだけ進んで、自分の悔いを残したくない。
先の見えない戦いではあるが、辞めるわけにはいかない。
「……大丈夫だよ、日翔。俺は、必ず日翔を助けるから」
そう言い、辰弥は部屋を出た。
◆◇◆ ◆◇◆
「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。