Vanishing Point Re: Birth 第6章
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日翔の
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
もう戦えないという絶望から自殺を図る日翔に、辰弥は「希望はまだある」と訴える。
そんな中、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
「エルステが食べられてくれるなら主任に話してあきとを助けてもらえるかもしれない」と取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいた。
ノインに持ち掛けられた取引のことを鏡介に相談する辰弥。
再び目の前に突き付けられた、「辰弥か日翔か」という選択肢に、鏡介は考えをまとめる。
鏡介が出した結論は「取引に応じるべきではない」というもの。
その結論に、辰弥も応じない、と決断する。
日翔と向き合う辰弥。
辰弥の幸せを望みつつも、千歳に対する疑惑から、日翔は二人の交際を認めることができなかった。
千歳を呼ぶことを楽しみとする辰弥に、鏡介は何が全員の幸せなのかを考える。
打ち合わせを始めようとした瞬間、仕掛けられていたトラップが発動し、毒ガスが噴射される。
同時に踏み込んできた侵入者と、辰弥たち三人は交戦することになる。
「鏡介、何やってんの!」
辰弥が叫ぶ。
直後、鏡介が撃てなかった相手の頭がはじけ飛ぶ。
「現場に立つって言っておいて隙を見せるとかやる気あるんですか!?!?」
銃口から煙を上げるデザートホークを、たった今射殺した相手から外しながら千歳も怒鳴る。
「撃てないなら日翔を守って! ここは俺たちで何とかするから!」
辰弥の怒声に鏡介は慌てて銃を握り直した。
今度は躊躇わない、と引鉄を引くがFCSの補正が終わる前に動いてしまい、止めを刺すには至らない。
「下手くそ!」
辰弥が再び怒鳴る。
「仕方ないだろ! 撃ち合いには慣れてないんだ!」
実際、鏡介が銃弾飛び交う前線に立ったことがあるとすれば、あの、IoLにあった第三研究所脱出の時だけではないだろうか。あの時は辰弥を逃がすことで精いっぱいだったが、あの時と状況が違う。
「口を動かしてる暇があったら手を動かしてください!」
千歳がデザートホークを連射、マガジン一本撃ち切ったところで辰弥が次のマガジンを生成して彼女に投げる。
「すまん!」
鏡介が謝罪しながら引鉄を引く。今度はFCSの認識通りに敵を撃ち抜く。
目の前で頽れる侵入者に対し、鏡介は一瞬「どうして」という思いが胸を過ったがすぐに感情に蓋をして次の侵入者を狙う。
綺麗事を言っていては日翔を助けられない。辰弥を助けるために手を汚した自分が日翔の時にそれができないとは言えない。
鏡介の目の前で一人、二人と侵入者が倒れていく。
何人けしかけたんだ、と思いつつも鏡介はa.n.g.e.l.に指示を出した。
「a.n.g.e.l.、周辺の味方以外のGNS反応はいくつある!」
『「グリム・リーパー」メンバー及び近隣住人を除いて、生体反応のある所属不明のGNS反応は四つあります』
a.n.g.e.l.が即座に返答する。
よし、と鏡介が呟く。
「やれ!」
『了解しました、広域HASH展開します』
たった一言の指示だが、単体で超高性能の演算能力を持つa.n.g.e.l.は的確にその指示を把握し、実行する。
まずは辰弥と千歳、そして近隣住人のGNSに防御プログラムが展開される。
辰弥は慣れたものだったが、千歳はプロテクトを簡単に破っての
次の瞬間、この家を中心として無差別にHASHが展開された。
辰弥や千歳、日翔、それから彼らが知る近隣住人は防御プログラムで無効化されるが彼らの家があるフロアと上下一階分にいる全ての人間にHASHが送り込まれる。
リビングから玄関までの廊下と、共用スペースの通路から叫び声が聞こえる。
それを合図に辰弥が床を蹴り、倒れた侵入者たちを容赦なく射殺する。
「……ふぅ……」
沈黙が訪れ、辰弥が息を吐き、何事かと顔を出した隣の住人に「ただの強盗です」と説明した。
幸いなことに、上町府のアライアンスと同じくこのマンションは武陽都のアライアンスのメンバーが管理しており、住人もメンバーがそれなりにいる。
特にこのフロアはトラブルが発生しても通報されにくいように、アライアンスのメンバーや所属はしていないものの裏社会に関わる人間が密集している。多少の銃撃戦程度では通報すらされない。
隣の住人が「マジかあ」などと呟きながら室内に戻り、辰弥はとりあえず、と共用スペースに転がった死体を自分の家に引きずり込んだ。
「鏡介、特殊清掃呼んで」
「もう呼んだ」
短い会話で必要なやり取りを済ませる。
室内にガスが残っていないことを確認し、鏡介と千歳がガスマスクを外す。
「……罠……か」
密閉されたアタッシュケースを眺め、鏡介が呟く。
「そうだね。『グリム・リーパー』のことが他のライバル企業に漏れたのかな」
このアタッシュケースの処理、どうしようねなどと呟きながら辰弥はちら、と日翔の部屋に視線を投げた。
《大丈夫か?》
当然、物音は日翔にも聞こえているわけで、辰弥たちを気遣ってくる。
「襲撃された。もう全員排除したから安心していいよ」
ドアを少し開けてそう声をかけ、辰弥は日翔が無事であることを確認した。
そうか、と日翔が寝返りを打ったところで安心してドアを閉じる。
「……どこで俺たちのことがバレたんだろう」
足先で死体を蹴り、辰弥が呟く。
しかし、誰が、何故襲撃したのかよりも先に解決したい疑問が鏡介にはあった。
「おい辰弥」
戦闘後の脱力か、どっかりと血まみれのソファに座りながら鏡介が辰弥を見る。
「何、」
掃除が終わるまでは我慢しなよ、と言いながら辰弥も鏡介を見る。
「お前、マスク使ってなかったが……大丈夫なのか……?」
辰弥がガスマスクを生成してからずっと思っていた疑問。
戦闘中はそれどころではなかったが、こうやって落ち着いてみると何故か真っ先に疑問に思ってしまう。
毒ガスという、人体に多大な影響を与えるものを何の防護もなく凌いだ辰弥に、やはり人間ではないのかという思いが胸を過る。
いや、鏡介としては辰弥は人間だという認識がある。人間と同じ姿で、人間と同じ思考で、人間と同じ言葉を話して、それを化け物だと言いたくない。それでもあまりにも人間離れしたことをされると、どうしてという思いが浮かんでしまう。
そんな鏡介の思いにはお構いなく、辰弥はああそれ、と苦笑した。
「LEBの耐毒性能舐めないでよ。一部の薬も効かないんだから」
「……そういえばそうだったな」
以前、辰弥に同じことを言って同じ答えをもらっていたことを鏡介は思い出す。
あっけらかんとして言う辰弥に、もう前の彼ではない、と思う。
上町府にいた頃は、全てが明らかになる前の辰弥だったらこんなことは言わなかっただろう。
全てが明らかになり、ノインとの戦いを経て帰還した辰弥は変わっていた。
眼の色を変えただけではない。人間でありたいという自分の願望を棄て、LEBとしての在り方を受け入れた。それ以来、鏡介たちの前で普通に物質の生成を行うしトランスも行う。
千歳の前でだけはそれを控えていたが、彼女にも自分が人間でないと知られてからは隠すことなく能力を使っている。
辰弥がそれでいいと思っているならそれを制限する権利はないが、それでも人間としての在り方を棄てた彼に心が痛む。
本当は誰にも何も知られずに、人間でいたかっただろうにという思いが浮かんでしまう。
それが自分のエゴだとは分かっているから、何も言わない。
それでも何が辰弥の幸せだろう、とは考えてしまう。
渚から聞いた。辰弥に子を成す能力はないと。それでも千歳と関係を持ってしまったのはやはり、人間でありたかったからなのではないか、と。
できれば能力など使わなくてもいい生活を送ってもらいたい。千歳に対する疑いが晴れれば笑顔で送り出したい、とも思う。
それが叶わない願いだとは分かっていた。
辰弥が足を洗ったところで千歳もそうできるとは限らない。一般人になったところで真っ当に生きていけるほどこの世界は甘くない。
この世界の残酷さに、鏡介は何も言えなくなった。
ただただ、辰弥が幸せになるにはどうすればいい、と思うだけだった。
そう考えていると辰弥がふらり、とよろめき、「ごめん、貧血」と低く呟く。
「無理して武器を複数生成するからだ」
辰弥に駆け寄り、鏡介が輸血の必要を確認する。
「……輸血は、した方がいいね……」
「とりあえずお前は部屋に戻って輸血してこい」
辰弥を支えて彼の部屋に連れて行き、輸血の準備を手伝う。
「別に俺一人でできる」
少しふらつきながらも準備を終えた辰弥が腕に針を刺すと、鏡介が無言でパックを手に取りカーテンレールにぶら下げる。
「分かっているが、もう少し自分を大切にしろ」
そう言いながら鏡介は辰弥にブランケットを掛け、頭をポンポンと叩いた。
「とりあえず輸血が終わるまで休んでいろ。それまでは俺と秋葉原で警戒する」
「……うん」
辰弥の返事に鏡介がふっと笑い、部屋を出た。
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