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Vanishing Point Re: Birth 第6章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
もう戦えないという絶望から自殺を図る日翔に、辰弥は「希望はまだある」と訴える。
そんな中、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
「エルステが食べられてくれるなら主任に話してあきとを助けてもらえるかもしれない」と取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいた。

 

ノインに持ち掛けられた取引のことを鏡介に相談する辰弥。
再び目の前に突き付けられた、「辰弥か日翔か」という選択肢に、鏡介は考えをまとめる。

 

 
 

 

「俺は、取引に応じるべきではない、と思っている」
「……鏡介」
 鏡介を見上げる辰弥の目が揺らいでいる。
「どうして」
 俺が死ねば日翔は確実に助かる、と続ける辰弥に鏡介はゆっくりと首を横に振った。
「お前も感じているはずだ。ノインが必ず約束を守るとは限らない、と」
「それは」
 それは否定できない。ノインが約束を反故にする可能性があるから、辰弥も鏡介に相談した。
 約束を反故にする可能性はあったが、約束が守られた場合、日翔は確実に助かる。だから一人で判断できずに鏡介に相談した。
 それが分かっているから鏡介も考えた。
 その結果が、取引の実現可能性の低さだった。
「仮にノインが約束を守って永江 晃に生体義体の提供を打診したとしても、あいつが応じない可能性もあるし、第一あいつは今御神楽の飼い犬だ。俺たちも補足されてしまう」
「あ――」
 目を見開き、辰弥が声を上げる。
 その可能性を失念していた。
 仮に、日翔が生体義体を移植されたとしても今まで通りの生活はもう送れない。
 「一度は見逃す」と言った御神楽 久遠が、見つけた二人をどう扱うか。
 「次会った時は敵だ」とお互い認めた以上、「一般人になれ」と再び手を差し伸べてくれるとは思えない。暗殺稼業を続けたことで立件されるかもしれないしそうなる前に殺されるかもしれない。
 自分一人の命で日翔が救えるなら安いものだと思っていた辰弥だったが、鏡介の言葉に目が覚めた。
 自分の決断が、逆に二人を危険にさらす。
「……ごめん」
 目を伏せ、辰弥が謝罪する。
「……日翔を助けられるかもしれないということばかり考えて、その先のことを考えてなかった。それに……鏡介の言う通りだよね、ノインが約束を守ってもあいつが応じるとは限らない……」
 一瞬見えた日翔快復の可能性。しかし、それはただのまやかしだった。
 目の前の餌に釣られて、もっと大切なものを失うところだった。
 三人揃ってこその「グリム・リーパー」。三人で共に生きると誓ったのだ、勝手に命を棄てて、誰が喜ぶのか。
 辰弥の本音としては、「ここに千歳も入ることができればいいのに」ではあったが。
 千歳は人間ではない自分を受け入れてくれた、私がいるから、と言ってくれた。
 そこまで受け入れてくれた千歳とも、一緒に歩きたい。
 どうすれば日翔も鏡介も分かってくれるだろう、と考える。
 どうして、二人は千歳を疑うのかが分からない。
 千歳は俺を受け入れてくれたじゃないか。俺が「人間」と同じように扱われることは君たちの願いじゃないの、と思う。
 千歳は辰弥が人間ではないと知ってもなお、「人間」として扱ってくれた。化け物とも気持ち悪いとも一切言葉にしなかった。
 もしかすると気持ち悪いと思っているかもしれない。だが、それならどうして関係を持つ。気持ち悪いなら触れることすら忌避するだろう。
 だから、辰弥は千歳が自分を嫌っていないと断言できた。断言した上で彼女は敵ではない、と言えた。
 それでも、二人の信用に足る根拠とはならなかったが。
 辰弥の肩に置かれた鏡介の左手が頭に移動する。
 わしゃ、と軽く撫で、鏡介は微笑んだ。
「あまり思いつめるな。大変かもしれないが、なんとかして治験の席を確保しよう。大丈夫だ、きっと良くなる」
「……うん」
 辰弥が小さく頷く。
「ありがとう。ノインとの取引には応じない。ノインとしては俺を捕食したいだろうから、いつかはまたぶつかることになるだろうけど、今度は……負けない」
 あの時はトランス能力の有無が勝敗を分けた、と認識していた。それなら、辰弥もトランス能力を身に着けた今、負ける要素はどこにもない。
 単純な性能で言えば互角、しかし辰弥には先発というアドバンテージがある。晃に甘やかされて育ったノインと違い、早い段階で実戦を経験しているし暗殺者としての経験も積んでいる。
 実際、トランス能力を持っていなかったが故の貧血にさえならなければ辰弥は勝てていた。最後の最後に貧血で倒れたから余力があったノインに逆転を許してしまった。
 そう考えると、次は負けるはずがない。
 辰弥のその思いは鏡介も同じだった。
 次戦った時は必ず辰弥が勝つ、そう信じていた。
 ただ、それでもわずかに胸を刺す不安は何だろうか。
 ここ最近の不調か、と鏡介が内心で唸る。
 ノインとの戦いまでは辰弥の不調は専ら貧血であった。
 しかし、武陽都に来てからの彼は貧血の頻度が落ちた代わりのように謎の不調に悩まされている。
 不調自体はほんのわずかな時間動けなくなる程度だが、頻度も継続時間も増えている。
 それがやがては致命的なものになるのではないかという不安は辰弥にも鏡介にもあった。
 原因を突き止めて取り除かなければ、辰弥も日翔同様現場に立てなくなるのではないか、という。
 渚に検査してもらったが、辰弥はその結果を鏡介には伝えていない。
 「大したことなかった」と言っていたが、それが嘘であるということくらい鏡介も分かっている。
 一体辰弥の身体に何が起こっているのか。しかしそれを知るすべはない。
 一過性のものであればいいが、と思いつつ、鏡介はたった一言「無理はするな」とだけ呟いた。
「……うん。聞いてくれて、ありがとう」
 それじゃ、ご飯作るから、と辰弥が立ち上がる。
 部屋を出ようとする辰弥の背に、鏡介が声をかける。
「辰弥、」
「ん?」
 ドアノブに手をかけた辰弥が振り返る。
「日翔とはまだ気まずい状態か?」
 ずばり、言い当てられて辰弥が沈黙する。
「……どんな顔で接していいか、分からないよ」
 辰弥がぽつりと呟く。
 日翔を傷つけて、身動きできないようにして、日翔のためだと言いつつも、今の日翔は幸せだとは到底言えない。
 もっと自由でいてもらいたいのに、自由とは真逆の状態にしてしまって、どんな顔をすればいいのだ。
 それは鏡介も同じことだった。
 日翔がインナースケルトンの出力を自分の意志が及ばないところで落とされて、怒らないわけがない。
 きっと俺のことも恨んでいるんだろうな、と思いつつ鏡介は口を開いた。
「先延ばしにしていても、いいことはないぞ」
 言いたいことがあるならちゃんと言え、と続けて、苦笑する。
 俺は、言いたいことをちゃんと言えているのだろうか、と。
「……そうだね」
 辰弥が頷く。
「分かってもらえるかどうかは分からないけど」
 そう言い、辰弥は鏡介の部屋を出た。

 

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