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Vanishing Point Re: Birth 第12

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

筋萎縮性側索硬化症ALSが進行してしまった日翔。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
そんなある日、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいたが、そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示した鏡介だが、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査していると「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。
「カタストロフ」に加入し、検査を受ける辰弥。
その結果、テロメアが異常消耗していることが判明、寿命の限界に来ていると言われる。
自分に残された時間は僅か、せめて日翔が快復した姿は見たいと辰弥は願う。
そのタイミングで、「カタストロフ」は第二世代LEBを開発した永江ながえ あきらの拉致を計画、辰弥がそれを実行するが、その後のノイン捕獲作戦を実行した結果、ノインに晃が拉致されてしまう。
失意の中、「カタストロフ」は「榎田製薬」の防衛任務を受ける。
「サイバボーン・テクノロジー」の攻撃から守るため現地に赴く辰弥だったが、そこで「サイバボーン・テクノロジー」から依頼を受けた鏡介と遭遇する。
鏡介とぶつかり合う辰弥。だが、互いに互いを殺せなかった二人はそれぞれの思いをぶつけ、最終的に和解する。
「グリム・リーパー」に戻る辰弥、しかし千歳はそこについてこなかった。
帰宅後、鏡介と情報共有を行う辰弥。
現在の日翔の容態や辰弥の不調の原因などを話し合った二人は、
・「サイバボーン・テクノロジー」が治療薬の専売権を得たことで日翔は治験を受けられる
・晃は失踪しているが、辰弥もフリーになった今、見つけられれば治療が可能である
という点に気付き、「カタストロフ」よりも前に晃を確保することを決意する。
晃の隠れ家を見つけた辰弥たちだったが、仲間を引き連れた昴とも鉢合わせ、交戦する。
しかし昴が「プレアデス」と呼ぶ何かの攻撃を受け、辰弥が重傷を負ってしまう。
それでもチャンスを見つけて昴を攻撃した辰弥だったが、千歳が昴を庇って刺され、命を落としてしまう。
呆然自失となる辰弥。それを鏡介が叱咤し、戦意を取り戻させる。
「カタストロフ」を蹴散らした辰弥に鏡介が「サイバボーン・テクノロジー」から治験の手続きについて連絡を受けたと告げる。
「サイバボーン・テクノロジー」に連れられ、治験の説明を受ける二人。
しかし、治験薬はあくまでも「初期状態にしか効かない」と告げられる。
薬が効かない、という事実に失意のまま帰宅しようとする辰弥と鏡介。
しかし、そこへノインが「カタストロフ」の面々を引き連れて現れる。
再度、昴及びプレアデスと戦うことになる辰弥たち。しかし、プレアデスの攻撃に辰弥もノインも追い込まれていく。
そんな辰弥たちのピンチを救ったのは如月 アンジェと名乗る少女。
それでも自分の手で昴を殺すことを願った辰弥はノインの「一つになろ」という言葉に身を委ねる。

 

何もない空間。
ここはエルステの心の中だと言うノインと、辰弥は対話する。

 

 
 

 

「でもさ」
「なに」
「俺と君、融合したのに意識は別なんだ」
「いまさら?」
 さっきから話してたよね? とノインがさらに呆れたような声を上げる。
「なんで別々なんだろう」
「ノインに訊かないで」
 そんな会話を続けるが、辰弥の心は凪いだままだった。
 昴に対する怒りはあるはずなのに、今すぐ戻って殺したい、という思いが湧いてこない。
 ――そっか。
 ノインの顔を見ながら辰弥は納得する。
 ――もう、疲れたんだ、俺。
 日翔のことも、千歳の思いが踏み躙られたことも、まだ何も解決していない。
 だが、解決の糸口が見えた今、そこまで面倒を見なくてもいいか、という思いに辰弥は駆られていた。
 確かに自分の手で昴を殺したいとは願った。その願いをノインは叶えた。それなのに、もういいや、という思いが今の辰弥を支配していた。
 ――もう、休みたい。ノインがいるなら、後は任せてもいい。どうせ俺の肉体なんだから、ノインがやっても同じだ。
 だから後は任せた、君は帰るべき場所に帰ればいい。そんな思いを込めた目で辰弥がノインを見ると、ノインはぷぅ、と頬を膨らませた。
「い や だ」
「まだなにも言ってない」
 ここは辰弥の心象世界で、融合した辰弥とノインだからある程度の意識の共有はあるのだろう。ノインは頬を膨らませたまま言葉を続ける。
「いやだよ、めんどくさい。それに、この体すっごく大きくて重くて扱いづらい。エルステなら使いこなせるでしょ」
「何を根拠に」
 よくよく考えれば融合したのだから二人分合わせた肉体になっている。元が五歳児程度のノインからすれば急にここまで成長すると動きにくいのかもしれない。
「それに、エルステはうつのみやって奴を自分で殺したいんじゃないの? それを押し付けられるの、すっっっごく嫌なんだけど」
「そこまで」
 頑なに意識を肉体に戻すことを拒絶するノインに、辰弥が苦笑する。
 ノインはノインで「完璧になって主任の元に戻りたい」という思いがあるはずである。ここで肉体の主導権を得ればノインの目的は果たされるはずなのに。
「ノインはね、主任の側にいられればそれでいい。ここでエルステが戻ったところでノインは消えないし、どうせ主任もエルステの側にいてくれるだろうし」
「あー……」
 何故か辰弥は気づいてしまった。これも融合したが故の意識の共有だろうか。
「永江 晃にじゃまって言って嫌われたくないのか」
「エルステ!」
 なんでそんなこと言うの、とノインが地団駄を踏む。
「とにかく、エルステはとっとと戻って! ノインは疲れたから寝る!」
「俺だって疲れてるんだよ、寝させてくれても」
「いいから戻れー!」
 げし、とノインが辰弥の頭を蹴る。
 痛いなぁ、と、そこで辰弥は漸く体を起こした。
「今のエルステならぷれあですって奴と戦えると思う。あとはエルステの気持ち次第」
 相変わらず真っ白な風景に視線を巡らせながらノインが言う。
「分かってる」
 ゆっくりと立ち上がった辰弥が小さく頷く。
「あきとを助けるんでしょ?」
「うん」
 ――日翔は死なせない。必ず、生体義体を届ける。
 影すら映らなかった辰弥の足元、いや、地面全体に日翔との記憶が写真の束を落としたかのように広がる。
「きょうすけを心配させたくないでしょ」
「うん」
 ――当たり前の日常を取り戻す。日翔と、鏡介と、三人で生きたあの日々を。
 日翔の映像が広がった地面に鏡介との記憶が混ざる。
「ちとせのかたき、取りたいんでしょ」
「うん」
 ――その願いは、傲慢かもしれないけど。俺は俺のために千歳の仇を取りたい。
 その瞬間、真っ白だった辰弥の周囲にが戻った。
 見慣れた街の雑踏、そこに生きる身近な人々。日翔に保護されてから積み上げられた、思い出の世界。
 それは辰弥が望んだ「当たり前」の幸せ。他の人間から見ればちっぽけなものかもしれないが、辰弥にとってはとてもとても大きくて、何にも変え難いもの。
 そうだ、と辰弥は思い出した。
 俺は、俺が守りたいと思った皆のために戦うと決めたんだった、と。
 それは日翔に保護されて間もなく、日翔たちが暗殺者だと知った時に誓ったこと。
 日翔を助けるために飛び込み、力を使った。
 そんなことをしなければ御神楽 久遠トクヨンの狂気が理想とした「一般人」になれたかもしれないのに、辰弥はその道を捨てた。
 それは一般人として生きるより、日翔の、そして鏡介の側に立ちたいと思ったからだ。
 その誓いを思い出し、辰弥はぐるりと周りを見た。
 自分の記憶が構築した思い出の世界自分の心。空っぽだった世界に、日翔と鏡介は四年という時間をかけて色を与え、思い出を与え、今の世界を作り出すための何もかもを与えてくれた。そんなかけがえのない世界を、昴を殺すためだけに捨てるなんて馬鹿げている。
 もしかしたら、ノインと融合して生まれ変わった自分を日翔も鏡介も受け入れてくれないかもしれないけれど、二人の思いを受けて自分の心が作ったこの世界は本物だ。
 心の中に広がった街で、辰弥は、千歳が立ってこちらを見ていることに気づく。
「千歳――」
 分かっている。これは自分が夢見た幻影なのだと。自分が理想とする、思い出に補正された千歳だと。
 俺が殺した千歳は俺のことなんて本当は好きでなんかなかったけれど。
 でも、それでいい、と辰弥はようやく受け入れることができた。千歳は俺のことを嫌っていたかもしれない。でも、だからと言って千歳のことが好きな自分の気持ちを殺す必要はない。千歳を殺したのは自分だから、その罪を、その気持ちを背負って生きていく。
 千歳の姿が、街の雑踏に消えていく。
 それを見送り、辰弥はうん、と頷いた。
 この世界を守るために、昴を殺す。
 自然と、辰弥の足が一歩を踏み出していた。
「エルステ、」
 辰弥の背にノインが声をかける。
「負けたら、許さないから」
「うん、負けない」
 もう一歩、辰弥が足を踏み出す。
 その辰弥の目の前にひらり、と何か薄紫の何かが降ってくる。
「――、」
 手を伸ばして受け止めると、それは薄紫色の花弁。花の名前は――紫苑シオンと言ったか。
 そういえば、ノインとの戦いが終わり、帰宅した後に日翔が言っていたことを思い出す。
 「こいつ、紫苑と竜胆リンドウの花束手向けてたぞ」という日翔の言葉に、「そこまでしなくてよかったのに」と辰弥は苦笑していた。
 その花が、今頃になってどうして。
 花弁はひらり、ひらりと辰弥の目の前に落ちてくる。
 それはまるで、辰弥に道を指し示すかのように。
 ちら、と辰弥が振り返ってノインを見ると、ノインは小さく頷いて降りしきる花弁と同じ方向を指差す。
「帰り道はそっち。エルステ、早く戻ったほうがいいよ。だって――」
 辰弥はノインの言葉を最後まで聞いていなかった。
 一歩ずつ踏み出す足がどんどん早足となり、最終的には駆け足になる。
 ――待ってる人がいるんだから。
 最後まで聞かずとも分かる。ノインはそう言ったに違いない。
 そうだ、俺を待ってくれる人はいる。今の俺を見て受け入れてくれるかどうかは今は関係ない。今はただ現実に戻って鏡介と晃を守り抜き、日翔を助ける。
「――!」
 辰弥の口が誰かの名を呼ぶ。
 そのまま辰弥は光に包まれ――。

 

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