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Vanishing Point 第4章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 そんな折、「とある企業の開発サーバを破壊してほしい」という依頼を受けた三人は辰弥の体調とサーバの置かれる環境を考慮し日翔あきと鏡介きょうすけの二人で潜入することを決意する。
 潜入先で、サーバを破壊したものの幾重にも張り巡らされたトラップに引っかかり抗戦する二人。
 敵は強化外骨格パワードスケルトンまで持ち出し二人を追いつめるが日翔の持ち前の怪力と後方支援の辰弥による狙撃、そして前金で調達した「カグラ・コントラクター」の航空支援で脱出することに成功する。
 しかし、脱出した日翔が辰弥の回収ポイントで目にしたのは、意識を失い倒れる彼の姿であった。
 いつもより大量の輸血を受けて回復した辰弥に安堵する一同だったが、その裏では巨大複合企業メガコープの陰謀が渦巻いていることに、まだ誰も気づいていなかった……

 

第4章 「View Point -視点-」

 

 今日の夕飯はカレーにするか、と辰弥が包丁を握っている。
 雪啼は自室で大人しく遊んでおり、日翔はいつもの如くCompact Communication TerminalCCTのTVアプリでニュースを見ている。
《先日から発生している下条二田市げじょうふったしでの吸血殺人事件は、現在も犯人の行方も分からないまま発生を続けています。近くにお住まいの方は――》
 CCTのスピーカーから聞こえてくるニュースキャスターの声に、辰弥は「ほんと、物騒だな」とぼやいた。
 そのタイミングで、辰弥の電脳GNS)と日翔のCCTにグループ通話の着信が入る。
 辰弥が空中に指を走らせ応答すると、発信者は鏡介だった。
「鏡介、どうしたんだ」
 日翔が真っ先に口を開く。
 鏡介からグループ通話の回線を開いてくるということは「仕事」について何かしらの情報が入ったからだろうが、それでもちょうど今このタイミングは前回の「仕事」も終わったことで特に依頼は来ていない。
 そう考えると過去の依頼についてのことになるが、基本的に「仕事」の後は反省会デブリーフィングは行っているし事件の発覚等を考えてそれ以降話題にすることはない。
 日翔、辰弥以上にコミュ障の鏡介が雑談や遊びの相談で連絡してくるとこも考えられず、どういう用件だよと二人が思っていたら。
《ああ、この間の依頼がどうしても気になってな。少し調べていた》
 鏡介の言葉に、日翔が「はぁ?」と声を上げる。
「おい、クライアントの調査はアライアンス内でも禁忌タブーだったはずだぞ。その禁を破ったのか!?!?
 基本的に暗殺連盟アライアンスは「来るもの拒まず去る者追わず」を徹底しており、ある程度の裏取りは行うものの依頼された「仕事」は受諾する。
 もし、依頼人クライアントがあまりにも虚偽の申告をしていたり、アライアンスのメンバーを意図的に不利な状況に追い込むような依頼を出した場合は拒否することもあり得るが、それでも虚偽の申告を正しく修正された場合やプランが見直された場合は受諾する。
 また、依頼が遂行された後はクライアントを追跡するようなことを一切認めておらず、追跡が発覚した場合はアライアンスより厳罰が下される。
 その禁忌を鏡介は犯したと言う。
 ああ、と鏡介が頷く。
《どうする、今ここで俺の話を聞けばお前らは共犯者だ。どうしても共犯になりたくないなら通話を抜けろ》
(……そう言うってことは、余程の虚偽申告があったとでも?)
 辰弥が口にすることなく鏡介に確認する。
 再び頷く鏡介。
《脅す訳じゃないが、今後の俺たちの活動に関わってくるかもしれない》
 鏡介の言葉には迷いが含まれていた。
 「このままアライアンスで活動していいのか」という。
 そんなこと、決まり切っている、と辰弥は思った。
 辰弥には殺しの技術以外何もない。逆に言えば、暗殺業から足を洗ったとしても表社会で生きていく能力はない。
 たとえどのような理不尽な依頼であったとしても、それを受け入れなければ生きていけない。
 だから、
(別に今更。君一人に背負わせることはないよ。話を聞く)
 そう、辰弥は答えていた。
「そうだぜ? それにお前はそう簡単にバレるようなタマじゃないだろ。聞かせろよ」
 日翔も同じ気持ちだった。
 彼は辰弥ほどの覚悟はなかったがそれでも裏社会に身を置いている以上今更表の世界に戻る気はない。
 それに、鏡介と辰弥にだけ全てを背負わせて逃げる気などさらさらなかった。
 ありがとう、と鏡介が呟く。
《聞いて後悔するなよ、と言いたいところだがお前らのことだ、それくらい覚悟の上だろう。心して聞いてくれ》
 ああ、と日翔が頷く。
 辰弥も包丁を洗って洗い籠に納め、話を聞く体勢に入る。 
《あの依頼、あの会社の社員が不正を正したくて、とか姉崎は言ってたが真っ赤な嘘だ。巧妙に偽装されていたが、依頼人自体もあの会社の社員じゃなかった》
「……元からちょっと怪しいとは思ったが、やっぱりそうか」
 日翔の言葉にグループ通話内に「またか」という空気が流れる。
巨大複合企業メガコープ企業間紛争コンフリクトに利用されたらしい》
「マジか」
 依頼人が偽物だった時点で薄々感じてはいたが、やはりそうだったのか、と日翔も辰弥も呟く。
 メガコープ間の紛争は珍しくもなんともない。
 ニュースで社長クラスの人間が死んだと報道されれば大抵それはメガコープ間の紛争に敗北して殺されたということになる。
 メガコープはメガコープで独自の武力組織や暗殺者を抱えていることも多いのでアライアンスのようなフリーランスの集まりに依頼が来ることはそうそうなかったが、「どの企業が手を出した」か知られたくない時には利用されることもある。
「どこの企業だよ」
 鏡介のことだからそこも調査済みだろ、と日翔が聞くと鏡介がああ、と頷く。
《あのパワードスケルトンは『サイバボーン・テクノロジー』傘下企業が開発していたやつだ。それを『ワタナベ』が潰そうとした結果だな》
 は? と日翔が声を上げる。
「『サイバボーン・テクノロジー』は軍需産業の上位企業、『ワタナベ』は自動車系の上位企業だろ? 全く噛み合ってないのになんで潰しあってるんだ?」
《疑問に思って軽くワタナベのサーバに潜ってみたが、『ワタナベ』は軍需産業に参入するつもりらしいな。生物兵器バイオウェポンとかいう新兵器を開発して販売するつもりらしい》
「『ワタナベ』、まだ拡大するつもりなのかよ」
 と日翔が呟いてテーブルに突っ伏した。ふと、そのまま横を見ると、辰弥の眉間に皺が寄っていることに気づく。
「……辰弥?」
 日翔がそう声をかけると、辰弥ははっとしたように表情を緩め、首を振る。
「……いや、なんでもない。生物兵器開発とか、穏やかじゃないなって」
 生物兵器とか、人間の業の深さがよく分るよなどと呟く辰弥の表情はあまりいいものではない。
 そうだな、と頷きつつも日翔にとってはメガコープの紛争に巻き込まれたことの方が重要な案件だった。
「マジでやばいことになってんじゃねーか」
(そっちに行ったか……。まぁ、流石にこれはアライアンスに保護を求めたくなるレベルだね)
 アライアンスは反社会勢力と繋がりを持っていることでアライアンス所属メンバーに何かあった際の保護も行ってくれる。例えば上町府うえまちふなら山手組やまのてぐみだ。
 今回のようなメガコープ間の紛争に巻き込まれた場合、当然、被害者側が実行犯を特定して報復することもあり得るのでその対応として保護を求めたい、と辰弥は思ったわけである。
 メガコープはその資本からその気になれば物量で圧倒してくる。
 それにアライアンスが対抗するには、全メンバー招集もあり得る、ということだった。
 実際、他のチームが巻き込まれた際に辰弥たち「グリム・リーパー」が招集されたこともある。
 それ以来、アライアンスはメガコープからの依頼は引き受けないようにしているが、今回のようにアライアンスに気付かれないようメガコープから仕事が来ることもあると言うことだ。これまでも知らずにメガコープに手を貸していたかもしれない。
《とにかく、万一『サイバボーン』側に俺たちの存在が知られれば危険だ。場合によってはアライアンスに保護を求める》
(『ワタナベ』にも注意が必要だね。アライアンスはどのチームを派遣するとは言ってないけど特定されたら口封じで消されるかもしれない)
「めんどくせえ……」
 突っ伏したまま、日翔がぼやく。
「……だから怪しい依頼はちゃんと裏取りしてくれって頼んでるのにー」
(仕方ないよ、来るもの拒まず、だから)
 とはいえ、今回はアライアンスの裏取りの隙を突かれた依頼であり、これ以上「グリム・リーパー」がどうこうできる話ではない。
 とりあえず、暫くは警戒した方がいい、と互いに確認し、グループ通話はそこで終了した。
「……ったく、面倒なことになったな」
 通話が終了したことで食事の支度を再開した辰弥を見ながら日翔がぼやく。
 だりぃ、とテーブルに突っ伏したまま辰弥の様子を眺めていると。
「日翔、暇なら雪啼と遊んであげて」
 調理の手を止めずに辰弥が声をかける。
「えー、あいつ俺の事邪魔邪魔言うしー」
 それに今日の俺はダウナーなのー、と日翔はテーブルから動く気配がない。
 日翔がダウナーなのは珍しいな、と思いつつも辰弥は「仕方ないな」と言わんばかりの面持ちで調理の手を止め、戸棚からマグカップを二つ、手に取った。
 小鍋に牛乳を入れて沸騰しない程度に温め、湿気防止のために冷蔵庫に入れていたミルクココアの粉末をマグカップに入れて牛乳を注ぐ。
 だまができないように少量の牛乳から作ったココアを手に取り、彼は日翔の前にそっと置き、自分も向かいに座った。
「……大丈夫?」
 そう、辰弥が声をかけると日翔は少しだけ頭を上げて辰弥を見、それからマグカップに視線を落とす。
「……ココア?」
 うん、と辰弥が頷く。
「コーヒーはちょっとやめておいた方がいいかなって思って」
「……サンキュ」
 体を起こし、日翔はマグカップを手に取った。
 両手で抱えるように持ち、冷まそうと息を吹きかける。
「ダウナーって言うより、調子悪そうだけど。ご飯、お粥とか胃に優しいものにしたほうがいい?」
 どうせ今作っているのは作り置きがきくからメニュー変更大丈夫だけど、と辰弥が確認する。
「んー、大丈夫だ。胃の調子が悪いとかそんなんじゃない」
「八谷に診てもらう?」
 怪我の治療くらいならできるけど病気だったら専門家に診てもらう方がいいし、と辰弥はそう提案した。
 だが、日翔はそれも「大丈夫だ」と拒絶する。
「そもそもあいつ外科メインだしさ。大丈夫だ、ちょっと休めば治る」
「……そう、」
 心配だなあ、と辰弥はココアを飲みながら呟いた。
「最近、吸血殺人事件は下条二田市げじょうふったしメインで起こってるしね……流石に日翔が襲われることはないだろうし襲われたとしても返り討ちにはできると思うけど調子が悪い時はあまり外出しないほうがいいかも」
 辰弥がそう言うと、日翔もそうだな、と小さく頷いた。
「俺に何かあったらお前も大変だしな」
 日翔の言葉に辰弥がうん、と頷く。
 現在、日翔の保護下にいるという名目で彼の家に居候している辰弥。
 彼に何かあった場合、家を失うのは辰弥の方であるしいくら偽造の国民情報があるとはいえ住まい等を探すのは難しいかもしれない。
 できれば日翔には健康でいてもらいたい、と料理の栄養バランス等を管理している辰弥であったが、それでも体調を崩すことくらいある、ということか。
 マグカップに残ったココアを一息に飲み干し、日翔が席を立つ。
 流し台に空になったマグカップを持っていこうと手に取り、
「げ、」
 そのマグカップが日翔の手からこぼれ落ちた。
 床に落下し、ガシャン、と音を立てて砕ける陶器製のマグカップ。
「大丈夫!?!?
 辰弥も立ち上がって駆け寄り、マグカップの破片を拾おうと屈んだ日翔の前に屈み込む。
「……すまん、落とした」
「それは分かるけど、怪我ない?」
 そう言いながらちょっと手を見せてと差し出されてきた辰弥の手首を、日翔は思わず掴んだ。
「……いっ……」
 自分の手首を掴む日翔の握力が思いの外強く、辰弥が痛みに顔を歪ませる。
 彼のその様子に、日翔は慌てて手を離す。
「す、すまん」
「大丈夫」
 手首をさすりながら、辰弥は日翔の顔を見た。
 やばい、やらかしたと言わんばかりの日翔の顔。
 大丈夫だから、と辰弥は繰り返した。
「君の馬鹿力はよく分かってるよ。咄嗟のことで力加減がきかないのはよくある話だから気にしなくていい」
「……マジで、すまん」
 そこで会話は一旦止まり、二人は黙々とマグカップの破片を集める。
 目につく破片を一通り回収してから、辰弥はペーパータオルを湿らせて床を拭き、目に見えない破片を拭き取っていく。
 それを見ていた日翔はふう、と小さくため息をつき、それから、
「悪ぃ、ちょっと寝るわ」
 そう、辰弥に声をかけた。
 マグカップを取り落としたことで自分が思いの外不調だと思い知ったというところか。
「……やっぱり八谷に診てもらった方が」
 心配そうに辰弥が提案する。
 だが、日翔はそれを首を振って拒絶した。
「まぁ、やばいと思ったら診てもらう。とりあえず飯の時間になったら起こしてくれ」
 片手を上げて辰弥にヒラヒラと振り、日翔が自室に入る。
「……」
 どうしよう、胃の調子が悪いわけじゃないみたいだけど体調悪いならやっぱりお粥にした方がいいかな、でもそこまで悪いんじゃなかったらもう少しガッツリ目のメニューにした方がいいよね、と辰弥は腕を組んだ。
「うーん、病人食でも健常食でもないと考えると肉うどんか、具沢山の雑炊にした方がいいか……」
 とりあえず冷蔵庫見てみるか、と、辰弥は呟きながら冷蔵庫の扉を開けた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

第4章-2へ

 


 

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