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Vanishing Point 第4章

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 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 そんな折、「とある企業の開発サーバを破壊してほしい」という依頼を受けた三人は辰弥の体調とサーバの置かれる環境を考慮し日翔あきと鏡介きょうすけの二人で潜入することを決意する。
 潜入先で、サーバを破壊したものの幾重にも張り巡らされたトラップに引っかかり抗戦する二人。
 敵は強化外骨格パワードスケルトンまで持ち出し二人を追いつめるが日翔の持ち前の怪力と後方支援の辰弥による狙撃、そして前金で調達した「カグラ・コントラクター」の航空支援で脱出することに成功する。
 しかし、脱出した日翔が辰弥の回収ポイントで目にしたのは、意識を失い倒れる彼の姿であった。
 いつもより大量の輸血を受けて回復した辰弥に安堵する一同だったが、その裏では巨大複合企業メガコープの陰謀が渦巻いていることに、まだ誰も気づいていなかった……

 

 依頼が終わり、いつもの生活に戻った辰弥たつやたちだったが、依頼に疑問を持った鏡介が暗殺連盟アライアンスの禁を破り、依頼人の調査を行う。
 その結果、本来ならアライアンスが受けるはずのない巨大複合企業メガコープの依頼だったことが判明、報復の可能性を考えてしまう。

 

 鏡介から「メガコープの紛争に巻き込まれた」と報告されてからしばらくの期間が経過した。
 このところ「仕事」も落ち着いており、普段の「白雪姫スノウホワイト」勤務の日常が過ぎていく。
 懸念されていたメガコープからの刺客もなく、三人、いや、雪啼を含めた四人は珍しく穏やかで平和な日々を過ごしていた。
 体調不良を訴えていた日翔も回復したのか、今日は「ちょっと買い物行ってくる」と出かけているため辰弥はこれ幸いと家の掃除を進めていた。
 雪啼は昼寝をしており、掃除の邪魔をするものは誰もいない。
 ここ汚れてる、ここもとつい夢中になり雑巾片手に部屋を歩き回っていると。
「たーつーやー!」
 突然、後ろから日翔に声をかけられた。
 声の様子から怒っているわけではない、むしろ朗報を持ってきた感じだなと判断し、日翔を見る。
「どうしたの」
 なんか機嫌良さそうだけど、と辰弥が首を傾げると日翔は嬉しそうに手にしていた紙切れを辰弥に見せる。
「福引で当たった!」
「当たった?」
 そう言ってから、辰弥はそう言えば近くのショッピングモールで今福引きやってたな、と思い出す。
 確か特賞は電動自転車だったはずだが1等もかなりいい景品だった。
 辰弥も当てたいなとは思っていたものの対象金額の買い物をあまりしていなかったことやくじ運の悪さも相まってポケットティッシュしかもらっていない。
 その、福引で当てたということは。
「じゃーん! 1等のエターナルスタジオ桜花ESOのペアチケット!」
「おぉー」
 思わず辰弥が声を上げる。
 まさか自分も狙っていた人気アミューズメント施設のチケット1等を日翔が当てるとは。
 いいなー、と呟く辰弥。
 そんな彼に、日翔が、
「せっかく当たったんだしさ、一緒に行かねえか?」
 そう、持ちかけた。
 その瞬間、辰弥の目が輝いた。
「え、ほんと? マジ?」
 犬だったら確実に尻尾を振っているんじゃないかと思わせるようなその反応に日翔が思わず笑う。
「かわいいなあ……」
 日翔が思わずそうこぼすが、辰弥はそんなことを聞いてすらいない。
 だが、ひとしきり喜んだ後、辰弥はふと何かに気づき真顔に戻った。
「……でも、雪啼連れてった方が喜ぶよね」
「……あ」
 少し体が弱いように周りには見えていた雪啼だが、遊びたい盛りの子供である。アミューズメント施設遊園地に連れて行ったほうが喜ぶだろう。
 だが、日翔が当てた1等はペアチケット。
 せっかく誘われたところではあるが、ここは日翔が雪啼を連れて行くべきだろう。
「俺のこと誘ってくれて嬉しいけど、雪啼連れて行ってあげて」
 俺にはお土産買ってきてくれるだけでいいから、と辰弥が言うと日翔は「うーん」と腕組みをして唸った。
 そのまま、ほんの少しの沈黙が生まれ、
「……雪啼はお前に懐いてるんだしさ、チケットやるからお前が連れてけ」
「え」
 突然の日翔の申し出に、辰弥が硬直する。
「……見返りは?」
 何か裏があるんじゃないか、と辰弥の口をついて出た言葉に日翔が「信用ないなー」と言わんばかりの顔をする。
「普段から色々やってもらってるから気にすんな。たまにはゆっくり遊んでこいよ」
「……君がそう言うなら」
 運よく当てたチケット、それなのにあっさりと譲ってきた日翔に辰弥が心底申し訳なさそうな顔をする。
 その肩をポンと叩き、日翔が再び「気にすんな」と言う。
「まあどうせ行ったところで俺あんま金ないから土産とか買えねーし」
「お金ないって、『白雪姫スノウホワイト』の給料と暗殺連盟アライアンスの報酬結構入ってるのに、何使ってんの」
 日翔の言葉に、そういえば普段から「金ない」とか「金貸してくれ」とか言ってくるよなと思い出す辰弥。
 そんなに金使いが荒いようにも見えないが常に金欠な日翔に、常々疑問を持っていた。
「あー……まぁ、ちょっと色々使うことあってな……」
 そう、言葉を濁す日翔をもう少し問い詰めたかったが今チケットを譲ってくれるという話をしているのに下手に機嫌を損ねて「やっぱやめた」と言われるのも嫌で辰弥はそれ以上追及しなかった。
 何か事情があるのだろう、程度で金銭がらみの話を終わらせ、日翔からチケットを受け取る。
「本当にいいの?」
「ああ、雪啼と楽しんでこいよ」
 そう言い、日翔は屈託のない笑顔を辰弥に見せた。
「……パパー、お茶」
 二人の会話に目を覚ましたのか、雪啼が目をこすりながらトコトコと辰弥のもとに来る。
「あ、起きた?」
 辰弥が雪啼の前に屈み込み、目線を合わせる。
「お茶を飲みたいときは? パパはお茶じゃないよね?」
「むぅー」
 辰弥の言葉に、雪啼が人差し指を口元に当てて唸る。
「お茶」
「お茶じゃなくて?」
「お茶」
 ぴくり、と辰弥のこめかみが引き攣るのが見える。
「お茶しか言わない子にはお茶あげません」
「むぅー」
 頑なに「お茶」しか言わない雪啼。
 そんな彼女の様子に、日翔は「雪啼って結構甘やかされてワガママに育ったのかなぁ」とふと思った。
 甘やかされて育ったのなら子供心にも溺愛されていたと認識しているはず。
 それなのに両親の元に帰りたいと言うこともなく、雪啼はただただ辰弥に甘えている。
 親と何かあったのだろうか、そう日翔が考えながら二人を見ていると、雪啼はようやく根負けしたのだろう、
「……んーと、お茶、のみたい」
 かなり不承不承ではあるが、そう言った。
「偉い、よくできました」
 そう言って辰弥が雪啼の頭を撫でて立ち上がり、冷蔵庫に作り置きしていた麦茶を子供用のマグカップに入れて手渡す。
「パパ、ありがと!」
 マグカップを両手で受け取り、雪啼が再びトコトコと歩いてテーブルに座る。
 行儀よく麦茶を飲む雪啼に、日翔は「こいつちゃんと『子育て』してるなあ」とふと思った。
 辰弥のことを「パパ」と呼ぶがどこの誰の子供かすら全く分からない雪啼。
 彼女を保護してしばらく経つが、家族の情報も行方不明の子供の情報も全く手掛かりが見つからない。
(……このまま、引き取る気じゃないだろうな)
 ふと、そんなことを考え日翔は自分が不安に思っていることに気が付いた。
 父親役を務める辰弥もまた身元不詳の存在である。こんなまやかしの「家族ごっこ」がいつかは破綻するものだと、自分は薄々感づいているとでもいうのか。
 雪啼はきちんと家族のもとに戻すべきだし辰弥も自分の出自を取り戻す必要がある。
 いつまでも誰も何も知らない生活など、続けられない。
(……それは、俺も)
 思わず拳を握り、日翔が目を伏せる。
 辰弥は自分を拾った日翔のことを何も知ろうとしていない。
 それに甘えて何も言っていなかったが日翔とて秘密がないわけではない。
 周りに甘いようでいて、辰弥には「暗殺者に向いてない」と言われることもある。しかし、それでいて時には辰弥以上の冷酷さで殺しができる日翔に何もないはずがない。
 それでも辰弥は何も聞こうとしなかった。
 単に興味がないだけなのか、それとも実は話したくない何かがあるから聞こうとしていないのかは分からない。
 それでも、辰弥が「何も聞かない」ことで日翔自身も救われているのは事実だった。
(ああだめだだめだ、こんなこと考えてる場合じゃねえ)
 首を振り、日翔が目を上げてにこやかに話す辰弥と雪啼を見る
 今はこれでいいじゃないか、そう、自分にいい聞かせる。
「……パパ、ほんと?」
 雪啼が目を輝かせて辰弥を見上げている。
「ああ、次の休みに遊びに行こう」
 どうやらもらったESOのチケットのことを話したのだろう、雪啼が嬉しそうにはしゃいでいる。
「日翔にちゃんとお礼言うんだよ」
「うん!」
 雪啼が大きく頷き、椅子からぴょん、と飛び降りる。
 そのままトコトコと日翔の前に駆け寄り、
「あきと、ありがと。あと、じゃま」
 ――え、それ言うの。
 前半はいい。どうして今このタイミングで「邪魔」と言った。
「あ、こら雪啼、邪魔はだめ!」
 辰弥の慌てたような声が聞こえる。
 こんなことでチケット返せとは言わねーよ、と思いつつ、日翔は、
「流石に邪魔は傷つくなあ……」
 そう、呟いた。
 その頃には雪啼はもう日翔の前から去り、自室に向かって歩き出している。
「……五歳児って、ほんと、フリーダムだなあ……」
 親になった経験、年下の兄弟がいた経験がないため、率直に、そう思った。

 

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