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Vanishing Point 第4章

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 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 そんな折、「とある企業の開発サーバを破壊してほしい」という依頼を受けた三人は辰弥の体調とサーバの置かれる環境を考慮し日翔あきと鏡介きょうすけの二人で潜入することを決意する。
 潜入先で、サーバを破壊したものの幾重にも張り巡らされたトラップに引っかかり抗戦する二人。
 敵は強化外骨格パワードスケルトンまで持ち出し二人を追いつめるが日翔の持ち前の怪力と後方支援の辰弥による狙撃、そして前金で調達した「カグラ・コントラクター」の航空支援で脱出することに成功する。
 しかし、脱出した日翔が辰弥の回収ポイントで目にしたのは、意識を失い倒れる彼の姿であった。
 いつもより大量の輸血を受けて回復した辰弥に安堵する一同だったが、その裏では巨大複合企業メガコープの陰謀が渦巻いていることに、まだ誰も気づいていなかった……

 

 依頼が終わり、いつもの生活に戻った辰弥たつやたちだったが、依頼に疑問を持った鏡介が暗殺連盟アライアンスの禁を破り、依頼人の調査を行う。
 その結果、本来ならアライアンスが受けるはずのない巨大複合企業メガコープの依頼だったことが判明、報復の可能性を考えてしまう。

 ある日、日翔あきとが「福引で当てた」とエターナルスタジオ桜花ESOのチケットを辰弥たつやに持ってくる。
 一緒に行こうと誘う日翔だったが、雪啼せつなが喜ぶかもしれないと知り、辰弥にそのチケットを譲ることにする。

 エターナルスタジオ桜花ESO行き当日。楽しみにしている雪啼せつなと出かける辰弥たつやだったが、それを見送った日翔あきとは何やら不穏なことを呟き、出かけようとする。

 駅に向かう道中、雪啼せつなが近道しようと辰弥たつやを誘い、路地裏に入ってしまう。
 そこで、辰弥は数人のチンピラに絡まれ、交戦することになってしまう。

 チンピラの攻撃を的確にかわし、確実に仕留めていく辰弥たつや
 一度は相手に背後を取られるもののどこからか飛んできた攻撃に助けられ、彼は全てのチンピラを排除することに成功する。

 エターナルスタジオ桜花ESOで遊ぶ辰弥たつや雪啼せつな
 だが、途中で雪啼が辰弥の手を振りほどいて走り出し、追いかけようとした辰弥も貧血を起こし、雪啼を見失ってしまう。

 エターナルスタジオ桜花ESOから戻ってきた辰弥たつやたち。そこで雪啼せつな日翔あきとを見つける。
 日翔はなぎさから薬を受け取っていたようで、辰弥は詳細を問い質そうとするが「守秘義務がある」と回答を拒絶される。

 家に帰った辰弥たつや日翔あきとに隠し事がないか問い詰める。
 その結果、日翔は筋萎縮性側索硬化症ALSを発症していることを告白、さらに規制されている強化内骨格インナースケルトンで動きのサポートをしていることを打ち明ける。

 

 
 

 

「親が借金返せずに西京湾に沈められて、俺も借金のカタとして炭鉱にでも売られるはずだったんだがな。それは嫌だと闇金を仕切っていた山手組の連中をぶち殺して逃げた結果がこれだ」
「山手組って、」
 山手組は上町府のアライアンスと深く結びついている。
 ということは山手組は分かっていて日翔を野放しにしているということなのか。
「ああ、もちろん山手組も身内を殺されたんだ、アライアンスに俺を消すよう依頼してな」
「じゃあどうして生きてんの」
 身内を殺された山手組がアライアンスに日翔の殺害を依頼したのなら、今ここで彼が生きている理由が分からない。
 いや、薄々予想はできるが確証が持てない、と辰弥は思った。
 山手組にもアライアンスにとっても日翔の存在が有用だと証明されたからだろうが、その結論に至った理由を知りたい。
 それな、と日翔が答える。
宇都宮うつのみやに拾われたよ。っていうか、山手組の依頼を振り分けられたのが宇都宮で、俺はあいつに追い詰められた。だが、あいつは俺を殺すより生かした方が山手組にもアライアンスにもメリットがあると言ってな」
「……インナースケルトン」
 そうだ、と日翔が頷く。
「インナースケルトンは義体チェックに引っかからない。それを利用すれば義体では侵入できない施設に入れるしインナースケルトンの出力が義体並みだから素手でも暗殺できる」
「なるほど」
「だから、宇都宮は山手組とアライアンスと交渉した。俺の借金をアライアンスが立て替えて、俺は暗殺の報酬から天引きでアライアンスに立て替えてもらった分を返済する。まぁ宇都宮に追い詰められてた俺に拒否権はなかったがな」
 だから普段から「金がない」とぼやいていたのか、と辰弥はようやく理解した。
 多額の借金を肩代わりしてもらっているのならその返済も毎回かなりの金額になるだろう。それもギリギリ日常生活が送れる程度の報酬だけ受け取っての天引き。
「全然お金使ってるように見えないのにしょっちゅう金貸してくれ、だもんね。納得したよ」
 「グリム・リーパー」の面々が勤める「白雪姫スノウホワイト」もアライアンスが用意した隠れ蓑だからその給料も天引き、もしくはこちらが生活費で報酬は全額返済なのか、と考えつつ、辰弥はふと自分の貯金を考えた。
 辰弥は辰弥で渚から輸血パック等を融通してもらっているものの貯金がないわけではない。かといって大きな買い物をすることもほとんどなく、それなりの金額は口座にあるだろう。
「……日翔、もしよければ……」
「皆まで言うな」
 おずおずと口を開いた辰弥を日翔が制止する。
「お前の貯金なんていらねーよ。お前はお前で必要な時あるだろ、その時まで取っとけ」
 先回りされた。
 日翔としては金銭関係の話が出た時点で想定されたことだったのだろう、何の躊躇いもなく拒否をした。
 いや、日翔としても少しは揺らいだのだ。
 辰弥の性格なら「俺の貯金を返済の足しにして」と言うことくらい想像がつく。
 他人の人生には興味ありません、俺は俺で生きていきますを地で行っているような辰弥だが、それでも困っている人間に手を差し伸べることがある。
 それは気まぐれのようでそうではなく、純粋な相手に対する同情で行動している。
 雪啼を拾った時もそうだ。
 どこかで、同情してしまったのだと日翔は勘づいていた。
 今回も貯金の話を切り出そうとしたのはALS患者という日翔の境遇に同情したからだろう。
 だから、日翔は拒否した。
 同情されたくないからではない。同情したいなら勝手にしろ、が彼の考えである。
 ただ、辰弥の善意に甘えたくなかっただけだ。
 辰弥を居候させていることを理由に受け取ることもできる。だが、それは日翔自身の心が許さない。
 暗殺者という裏社会の人間ではあったが、人間としての誇りは捨てていない。他者を利用するほど狡い人間でもない。
 それにこの借金は自分の病気が招いたこと、自分で終わらせなければいけない。
「……返済できるの?」
 残された時間がどれだけあるかは分からない。
 その時間で返済できるのかと辰弥は尋ねた。
「……返せんじゃね? あと少しだし」
「だったら尚更俺の貯金使って返済終わらせて君は自由になったほうがいい」
 自由だと? と日翔が聞き返す。
 辰弥が小さく頷く。
「君は、裏社会この世界にいていい人間じゃない。表の世界に戻るべきだ」
 その、辰弥の言い分に思わず言葉に詰まる。
 大抵の発言には反論する心算こころづもりはできていたが、まさかそんなことを言われるとは。
「君のことをどれだけ理解したかは分からない。だけど、やっぱり思うんだ。君はこっちにいてはいけないって」
「辰弥……」
 辰弥なりの考え、いや、配慮なのだろう。
 最期くらいは自由に迎えてもらいたいという。
 そう考えてから、日翔はくすり、と笑った。
「バカ言うな、別に嫌々『グリム・リーパー』やってねえよ」
「でも」
「辰弥、」
 真顔に戻り、日翔が辰弥の目を見る。
「これは俺が決めたことだ。誰にも強制されたわけじゃない。拒否権はなかったが、だからといって無理強いされてるわけじゃない」
「それは強制されてるってことじゃない」
 辰弥の言葉に、日翔はいや、と強く否定する。
「嫌だったらとうの昔に死んでるよ。嫌じゃなかったから、今こうやって生きてる」
 インナースケルトンを導入した時に出力調整されてなくて馬鹿力が身に付いてしまった。それが理由で山手組の身内を殺害してしまったが故のアライアンス入りであったが、日翔に後悔はなかった。
 それに、と日翔は屈託のない笑顔を辰弥に向けた。
「俺は、自分の選択が間違ってたとは思ってない。それに、この選択をしたから今お前と話ができている」
「日翔……」
 悲痛な面持ちで、辰弥は日翔を見た。
 どうしてそこで笑える、と尋ねようとして、口を閉ざす。
「ちなみに、薬の内訳はALSの進行を遅らせるやつだけじゃなくて鎮痛剤と抗金属汚染剤だな。成長期の途中にインナースケルトン導入したから今の体格にちょっと合ってなくて痛むのと、インナースケルトンの金属汚染を遅らせるためのやつだ」
 そう言ってから、日翔は立ち上がって空になったマグカップに水を入れて戻ってくる。
「鏡介は、知ってるの?」
 ふと、気になって辰弥が尋ねた。
 ああ、と日翔が頷く。
「だってあいつ、俺より前に宇都宮と組んでるんだぞ? 宇都宮が俺を追い詰められたのも鏡介の援護あってこそだ」
 そう、と辰弥が呟く。
「うーん、これで俺が言えることは全部言ったと思うぜ」
 そう言ってから、日翔はおもむろに上着を脱いだ。
 下にTシャツは着込んでいたものの、今まで決して脱ごうとしなかった長袖を脱いだことによってその腕が露わになる。
「というわけでこんな感じなんだよな」
 日翔の腕に刻まれた複数の縫合痕。
「見てて気持ちのいいものじゃないから普段は長袖で通してたんだが」
 あ、もちろん脚とかもこんな感じだぞ、と日翔が続ける。
「君としてはこのままでいいの?」
 突然の辰弥の質問。
 質問の意図が読めずに日翔が首を傾げる。
「このままでいいってどういうことだよ」
「ALSは義体化しない限り治療方法がないし、インナースケルトンの金属汚染だってひどくなる一方だよね。今この瞬間も進行しているって考えたら日翔は……そんなに長く生きられない。それなのにこんな生活でいいの?」
 辰弥の問いかけに、日翔は「痛いところを突いてくるなあ」と呟いた。
 もちろん、自分の余命くらい把握している。分かっていて、今の生活を続けている。
 両親が、いや、自分も反ホワイトブラッドである以上義体化は考えていない。
 「その時」が来たら受け入れるだけだ、とここ数年で覚悟を決めていた。
 それでも。
「……お前がどこの誰か、はっきりするまでは死にたくないな」
 思わず、そう呟いていた。

 

第4章-10

 


 

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