Vanishing Point 第5章
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惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
そんな折、「とある企業の開発サーバを破壊してほしい」という依頼を受けた三人は巧妙に仕掛けられた罠にかかったものの依頼を完遂する。しかし
そんな折、
チケットを譲り受けた辰弥は雪啼を連れて遊びに行くが、それは日翔が仕組んだものだった。
帰宅の際に日翔が
普段の怪力はそのALSの対症療法としてひそかに導入していた
第5章 「Intersection Point -交点-」
いつもの光景。
辰弥が昼食を作るために包丁を握り、それを日翔が
「辰弥ー、今日の昼飯何ー?」
「……たまには手伝ってよ」
そう言ってから、辰弥はすぐに「いや、いい」と訂正する。
日翔に料理の手伝いをさせようものなら卵の殻は確実に混ざるし皿は割るし半分くらいつまみ食いする。
それならまだ雪啼の方が――。
「パパー、お皿出した」
テーブルに皿を置き終わった雪啼がパタパタとキッチンに戻ってくる。
「ああ、ありがとう」
包丁を握ったまま、辰弥が雪啼に頷いて見せる。
その彼の手元を見た雪啼が、急に目を輝かせた。
「パパ、せつなもお料理したい!」
辰弥の手によって丁寧に研がれた包丁が食材を小気味よく切断していく様を見て興味を持ったのだろう。だが、推定五歳児の雪啼が包丁を持つにはあまりにも危なすぎる。
ダメだよ、と辰弥が優しく諭す。
「危ないからね、君にはまだ早い」
「やだやだ、せつなもお料理するのー!」
雪啼は時々わがままを言う。
大抵はかわいい展開で済むが、流石に包丁はまずい。怪我をした場合責任を持てない。
一応は今現在も雪啼の本来の家族を探して調査を行っているのである、もし家族が見つかって帰す際に怪我をしていました、では下手をすれば訴訟案件である。
できれば危ない目には合わせたくなかったが。
雪啼が駄々をこねながらシンク下の収納を開ける。
「あ、こら!」
辰弥が慌てて止めようとするも雪啼の動きは迅い。
あっという間に扉裏のナイフケースから包丁を一本取り出し、
「あっ」
雪啼のその手から包丁がすっぽ抜けた――ように、辰弥の視界に映る。
「辰弥!?!?」
ガタン、と日翔が手を伸ばしながら席を立つ。
辰弥の顔面に向けて包丁の先端が迫る。
咄嗟に、辰弥は首を横に倒した。
直後、その耳元を包丁が通り過ぎ、勢いそのままに天井に突き刺さる。
「……」
辰弥が無言で雪啼を見る。
その耳に一筋、紅い筋が浮かびぽたり、と肩に雫が落ちる。
「……雪啼、」
屈んで雪啼の目線に自分の目線を合わせ、辰弥が口を開く。
「包丁は、まだ早い。ましてや振り回すとか絶対ダメ」
実際のところ、雪啼は包丁を手に振り回したわけではない。
ナイフケースから抜いた勢いで包丁が手から離れただけだとは思う。
それでも包丁は気を付けて扱わなければいけないという意味を込めて辰弥は敢えて「振り回す」という表現を使った。
辰弥に怒られた雪啼が残念そうな顔をした後、しょんぼりとうなだれる。
ちょっと厳しく怒りすぎたか、と思いつつも、辰弥は今後何かあっては遅い、と敢えて厳しさを残したまま言葉を続ける。
「どうしてもパパの手伝いをしたかったら、ちゃんと言うこと聞くこと。今度子供用の包丁買ってあげるから」
「え、パパいいの?」
雪啼の表情が一転、ぱあっと明るくなる。
うん、と頷き辰弥は雪啼の頭に手を置いてポンポンとする。
「でも、とりあえず言うことあるよね?」
辰弥に言われた雪啼がキョトンとする。
しばらく宙に視線を走らせ、それから、天井に刺さった包丁を見上げ、
「あの包丁がいい」
あっけらかんとそう言ってのけた。
「違う、そうじゃない!」
思わずそう即答してから辰弥が血の滴る自分の耳を指さす。
「君のせいでパパは怪我したの、怪我させたら何て言うんだった?」
「むぅー……」
あ、これ悪いと思ってないやつだ、と辰弥が察する。
雪啼は時々善悪の区別がつかない。五歳児だから仕方ないことかもしれないが、だからこそ今のようなときにしっかり教える必要がある、とも考えていた。
流石に傷の痛みを傷で教え込むような愚は犯さない。体罰などもっての外である。
それならこのような場合どう諭すべきか。
やってはいけないことはきちんと説明すべきである。説明した上で、その次にどうするべきかを理解させなければいけない。
「包丁で遊んだら怪我をする。分かる?」
「うん」
素直に雪啼が頷く。
「怪我したらどうなる?」
「んー……血が出る」
それはその通りだ。
そして、辰弥は自分が少量の出血でも調子が悪いときは倒れることを理解している。
だから、
「血が出たら死んじゃう人もいるの。怪我はさせちゃダメ」
「……パパ、しんじゃうの?」
不安そうな雪啼の目が辰弥に投げかけられる。
あ、やば、と辰弥が自分を叱咤する。
今のところ貧血の予兆はないが、少し脅しすぎたかもしれない。
大丈夫だよ、と辰弥は笑んでみせた。
「だけど、危ない人もいるから、自分も他の人も怪我させちゃダメ。いい?」
「……うん」
雪啼の返事にいささか
それなら、と辰弥は改めて彼女に声をかけた。
「怪我させることは悪いこと、悪いことをしたらなんて言うんだった?」
悪いこと、と雪啼が繰り返す。
それから、彼女は少しだけ涙目になり、
「パパ、ごめんなさい」
と、素直に謝った。
「うん、謝れて、偉いね」
そう言い、辰弥が雪啼の頭を撫でる。
むふー、と満足げな顔をした雪啼が辰弥から離れる。
それを見届け、辰弥は耳を伝う血を拭い、ぺろりと舐めた。
それから振り返って天井を見上げ、突き刺さっている包丁を見る。
「……この部屋、賃貸なんだけどな……」
家主は日翔とは言え、万一強制退去でも命じられようものならこの疵は確実に修繕費用を請求される。
しかし、ただ雪啼の手からすっぽ抜けただけだとは思っていたが天井に突き刺さっていることを考えると意図的に投げたりしたのだろうか。
こんなものが顔面に直撃していれば確実に命はなかっただろう。
いや、いくら雪啼の
きっと、偶然が重なってとんでもない勢いが包丁に乗ってしまっただけなのだ、と自分に言い聞かせ辰弥は包丁を引き抜き、ナイフケースに戻す。
しかし、どうして雪啼は急に包丁を使いたがったのか。
(……
武器の持ち込みは禁止のESOでのナイフジャグリング。
いくら模造品であったとしても雪啼にそんなことが分かるはずがない。
とんでもないものを見せてしまったな、と思いつつ辰弥はその日のニュースを思い出した。
ここしばらく、辰弥たちの地元、
被害者は雪啼が辰弥の手を振り切り迷子になるきっかけとなったバギーラ・ガール役のスーツアクター。
偶然にしてはできすぎている。
犯人はまるで辰弥の行動を熟知しているような――。
そこまで考えたタイミングで、辰弥の
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