Vanishing Point 第5章
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惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
そんな折、「とある企業の開発サーバを破壊してほしい」という依頼を受けた三人は巧妙に仕掛けられた罠にかかったものの依頼を完遂する。しかし
そんな折、
チケットを譲り受けた辰弥は雪啼を連れて遊びに行くが、それは日翔が仕組んだものだった。
帰宅の際に日翔が
普段の怪力はそのALSの対症療法としてひそかに導入していた
ある日、
それにより軽傷を負うものの雪啼を叱った辰弥のもとに、通信が入ってくる。
通信の主は
ESOで発生した吸血殺人の容疑者として、鏡介は辰弥に疑いの目を向ける。
辰弥は自分のことを
前回の依頼で
夜、打ち合わせを開始する三人。
今回の依頼は「
《――緊急ニュースです。先程、下条二田市でまたも吸血殺人事件が発生し、一連の殺人事件に対する当局の対応について市民の不満が噴出しています。ただ、今回の殺人事件は過去の同様の事件と違い、遺体に複数もの刃物で切り付けたような傷と一部欠損部位があるとのことで、模倣犯である可能性もあります――》
いつもの如くGNSのニュースアプリで確認したニュースは今回も連続している吸血殺人事件のことを取り扱っていた。
(……欠損部位……?)
いつもと違う犯人の手口に辰弥が首をかしげる。
今回の殺人は血を抜き取っただけではなく、身体の一部を切り取ったということか。
とはいえ、ニュースで分かることはこれだけで、犯人も未だ不明のまま。
目的も切り取られた部位の行方も分からず、辰弥が困惑したようにニュースアプリを閉じる。
時間を確認すると開始予定時刻まであと数分。
いつもは隣にいる日翔も今日は後方待機ということで安全な場所に停めた車の中で鏡介から共有された辰弥の視界をCCTで見ているはずである。
《
日翔から連絡が入る。
《バイタルが安定しないな。いつもより脈が早い。緊張しているのか》
鏡介からも指摘され、辰弥は深呼吸を一つした。
(大丈夫。スタートしたら安定するから)
今はただ、開始前で緊張しているだけだ。始まればいつも通りに動ける。
愛用している
シースに収めたナイフも確認、何の問題もない。
(……いつでも行ける)
《了解した。何かあったらすぐに連絡しろ。
分かってる、と頷き、辰弥はもう一度大きく息を吐いた。
それから、地面を蹴って走り出す。
工場の裏口に回り、鏡介のハッキング介助を受けて内部に侵入、すぐにセキュリティが見取り図通りであることを確認する。
辰弥の視界に防犯カメラの探知範囲や赤外線センサーが可視化され、表示される。
行ける、と辰弥は銃を手に走り続けた。
スライディングで赤外線センサーを潜り抜け、各種防犯システムも突破する。
普段ならこのあたりのセキュリティも鏡介が沈黙させていたがあまり長時間ハッキングを続けていると察知される危険性が高まってしまう。
沈黙させずとも回避できるのであれば、回避した方がリスクは低い。
セキュリティを難なく突破し、辰弥はスパイル・アーマメントの試作品が保管されている研究室に潜り込んだ。
無造作に作業台の上に置かれているターゲットを前に、ほっと一息をつく。
それからぐるりと周りを見回すが、何か様子がおかしい。
工作機械は置いてあるもののメンテナンスされている気配もなく、その代わりのように試験管や生物の臓器などが保存液に浸されたガラス瓶、バイタルを確認するための器具などが置かれている。
――何かおかしい。
何が、は分からない。だが何かおかしいと辰弥は思った。
実際、棚にはスパイル・アーマメントの整備に必要だと思えるものは何一つ残っていない。
ただ作業台にひとつだけ、試作品のスパイル・アーマメントが放置されている。
まるで、辰弥をここに誘い込む罠のような――。
ここまで、センサー類のセキュリティは機能していたが危惧していた警備員には一人も遭遇しなかった。
それすら違和感を覚えるが、今は依頼を遂行する方が先である。
辰弥がセキュリティに引っかかっていれば警備員も駆けつけるだろうが、暫くは遭遇する可能性もほとんどない。
暫くスパイル・アーマメントを眺めていた辰弥が手を伸ばしてそれを裏返す。
「……」
《『サイバボーン・テクノロジー』の刻印があるな。やはり『荒巻製作所』は下請けでこいつの開発をやってたか》
ディスプレイに映し出された刻印に、鏡介が呟く。
《……む、動いている生体反応があるな。警備員でもいるのか? お前ならやり過ごせると思うが警戒しろよ》
「ん」
頷いた辰弥の
だがその動きは遅く、まっすぐこちらに向かっている気配もない。
これなら破壊した後に設計図のデータを消しても余裕はある、なんなら工場ごと爆破しようか、などと考えながら辰弥はポーチから
ほんの少量、それでも強化合金製のスパイル・アーマメントを修理不能レベルに破壊できる量を取り設置、信管をセットする。
残りは研究室を中心に、運が良ければ工場が崩落する程度に部屋のあちこちに設置しておく。
それから、辰弥は作業台横の端末の前で立ち止まった。
いくつかキーを叩き、ネットワークの接続を確認する。
(やっぱりスタンドアロンだね。メインフレームは作業機械制御とセキュリティ周りだけかな)
辰弥がそう報告すると、鏡介がそうだな、と同意する。
《とりあえず、接続してくれ。遠隔でデータを消す》
了解、と辰弥はうなじに埋め込まれたGNS制御ボードからケーブルを引き延ばし、PCに接続した。
接続した、と辰弥が連絡すると直後、彼の視界をコードがスクロールし、鏡介がGNS経由でPCに侵入する。
《おかしい、スパイル・アーマメントのデータは表向き削除されたことになっているな》
「どういうこと?」
鏡介の言葉に疑問は浮かべつつも、辰弥はこの研究室の違和感に同意せざるを得なかった。
《どうやら『荒巻製作所』は『サイバボーン』と手を切ることにしたようだな》
スパイル・アーマメントのデータを確認しながら鏡介が呟く。
《OK、マスタデータは残ってるから消しておく。しかし……》
鏡介が手を動かしながら眉を顰め、忌々しそうな顔をする。
《どうしてここに『ワタナベ』の名前が出てくるんだ》
「どういうこと?」
「ワタナベ」といえば前回の依頼の
「サイバボーン・テクノロジー」の
《前に言ったはずだ、『ワタナベ』はを販路に流したいと》
「確かに」
《どうせ『サイバボーン』と手を切れば桜花企業のよしみで融通するとか裏取引したんだろ? それならその部屋にある気味悪いあれこれは説明がつく。『荒巻製作所』はバイオウェポンを開発するつもりだ》
「く……」
鏡介が繰り返す
不意に襲ってきた頭痛に顔をしかめつつも視界に流れる情報を確認して気を紛らわせる。
(なんでどこもかしこも生物兵器なんて……)
この頭痛は鏡介が自分を経由してハッキングを行っているからではない。
全く別の要因、それも自分の精神状態が関係しているとは理解していた。
だから落ち着けば頭痛もおさまる、と深呼吸し、鏡介が侵入を続けている間に辰弥は仕掛けたS4のタイマーをセットした。スパイル・アーマメントはすぐに起爆するようにして、その他の分は脱出の時間も考慮して長めに設定、起動する。
辰弥の視界に二つのタイマーが表示される。
そのすぐ後、辰弥の視界に【Completed】の文字が表示され、鏡介から「終わった」と連絡が入る。
PCからケーブルを引き抜いて収納、辰弥は即座に作業台から離れた。
短めにタイマーを設定していた方のS4が起爆し、スパイル・アーマメントを破壊する。
それを見届け、辰弥は工場から離脱しようと扉に手をかける――。
と、突然目の前の扉が吹き飛んだ。
辰弥が咄嗟に横に跳んで飛んできた扉を回避するが、同時に伸びてきた腕に首を掴まれる。
「ぐぅっ……!?!?」
そのまま一気に部屋の奥に追い込まれ、壁に叩きつけられる。
一瞬気が遠くなりかけるが辛うじて耐えきり、右腕を振る。
辰弥の右手から放たれた極細の
腕から噴き上がる
床に膝をついたものの、辰弥はすぐに頭を上げて目の前に立つ「何か」を見た。
目の前に立っているのは屈強そうな躯体を持つ「人間」のようだった。
だがその全身の大半が
その両腕に構えられた大口径の銃が辰弥に向けられる。
即座に横に転がり、辰弥はその銃の射線から離れ、距離を取る。
転がりながら観察すると、両肩の辺りから伸びた細い伸縮性のアームの片方が切断され、ボタボタと循環液を滴らせている。
――サブアームで拘束してからの射撃か!
腰のTWE Two‐tWo‐threEを抜き、相手に向け、発砲。
小型のハンドガン程度の威力では義体によってはダメージを与えられない。
しかし、辰弥の射撃は正確に義体の関節部分を撃ち抜いていた。
相手が人間にあるまじき咆哮を上げる。
そして、射撃のダメージなどなかったかのように辰弥に向けて突進した。
「な――!」
工作機械などがあるため、逃げ道はほとんどない。
ええい、ままよと横の工作機械を蹴って三角跳びの要領で空中に飛び上がり、辰弥は相手の後ろに着地した。
振り返り、銃口を相手の延髄に向ける。
「――っ!?!?」
辰弥の体が硬直する。
目の前に見える男らしき人物の背中に。
――スパイル・アーマメント!?!?
脊髄部分に食い込んでいるのは明らかにスパイル・アーマメントだった。
ステータスを示すLEDが薄暗がりで紅く輝き、
(マズい……)
スパイル・アーマメントは人体に多大な負担を強いるためLEDの色によってその危険性を可視化している。
初めは青、そこから緑、黄、橙と変わっていき――。
(ダメだ、
赤が点灯した時、装着者は人の道から堕ちる。
目の前の男らしき人物は、既に人ではなくなっていた。
《BB、大丈夫か!?!?》
辰弥の視界を共有していた鏡介が叫ぶ。
《ってか、生体反応確認してなかったのかよ!》
同じく日翔も叫び、直後、バタンという音が聴覚に届く。
《今からそっちに行く! なんとか持ちこたえろ!》
助かる、と辰弥は銃を構え直して頷いた。
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