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Vanishing Point 第5章

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 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 そんな折、「とある企業の開発サーバを破壊してほしい」という依頼を受けた三人は巧妙に仕掛けられた罠にかかったものの依頼を完遂する。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれたことを知ってしまう。
 そんな折、日翔あきとが福引でエターナルスタジオ桜花ESOのペアチケットを当ててくる。
 チケットを譲り受けた辰弥は雪啼を連れて遊びに行くが、それは日翔が仕組んだものだった。
 帰宅の際に日翔がなぎさから薬を受け取っていたところを目撃、問いただしたところ、日翔は国に難病指定されている筋萎縮性側索硬化症ALSを患っていることを打ち明けられる。
 普段の怪力はそのALSの対症療法としてひそかに導入していた強化内骨格インナースケルトンによるものだと知らされ、辰弥は日翔の今後について考えるようになる。

 

 ある日、辰弥たつやが料理をしていると雪啼せつなが手伝いたいと乱入、包丁を手に取ろうとして投げてしまう。
 それにより軽傷を負うものの雪啼を叱った辰弥のもとに、通信が入ってくる。

 

 発信者は鏡介、グループ通話ではなく個別通話。
 辰弥が応答すると、厳しい面持ちの鏡介が視界に映り込む。
《辰弥、お前がESOに行った日のGNSログを閲覧してもいいか?》
 開口一番、鏡介がそう確認してくる。
(何を急に)
 ちら、と日翔の方を見つつ辰弥が訊くと鏡介は厳しい面持ちのまま説明する。
《お前を疑いたいわけじゃないが、あまりにもできすぎているんだ。下条二田市に集中していた吸血殺人事件が、お前がESOに行った日に限りESOで発生した。犯人はお前の行動を把握しているかお前かしか考えられない》
(全く同じことを今考えてたよ。ただ、あの日のログは、ちょっと……)
 辰弥が渋い顔をする。
 あの日、ESOへの道中で彼は「グリム・リーパー」を狙うチンピラと交戦した。
 先日の「サイバボーン・テクノロジー」のサーバ破壊に対する報復だろうとは考えているが、日翔と鏡介には敢えて報告していない。
 あの日のGNSログを開示すれば確実に戦闘のことがバレる。
 バレるだけならまだいいだろう。ただ、あの時辰弥は武器を所持していた
 事前に日翔による身体検査ボディサーチを受けていたにもかかわらずチェック漏れのバタフライナイフは存在し、それを使って辰弥はチンピラと交戦した。
 流石にこれだけは二人に知られるわけにはいかない。
 しかし鏡介の疑いの目が自分に向いていることもまた、辰弥は理解していた。
(……少なくとも、犯人は俺の動向を把握している。むしろ君たちの疑いの目を俺に向ける意図があるのかも)
《……それをはっきりさせるためにログを閲覧したいんだがな……》
 鏡介としては辰弥がログの開示を拒否することは想定の範囲内ではあったのだろう。それ以上は追及することもなく小さくため息を吐く。
《まあいい、お前を疑うにしても根拠が少なすぎる。今はお前でないと信じるが今後お前が怪しいとなったら場合によってはハッキングしてでも強制的にログを確認するからな》
(……分かった)
 素直に辰弥が頷く。
 自分が疑われるのは無理もない話だ。
 二人には自分の情報の大半が開示されていない。
 それは辰弥自身が自分の記憶の大半を失っていることが原因だがそれ故に、過去に何をしていたのか、それ故に今後何をしていくのかは全く分からない。
 それこそ鏡介だけでなく日翔も感じているのだろう。
 「実は辰弥は過去にも別の地域で猟奇殺人を行っていて、追われた結果記憶を失って下条二田市に来たのではないか。その記憶を少しずつ取り戻して四年たった今吸血殺人事件をおこしているのではないか」と。
 それは否定できない。失った自分の過去が血にまみれたものだということは重々承知している。それを認めたうえで、今こうやって暗殺連盟アライアンスの一員として裏社会に身を置いている。
 鏡介に疑われている、という件に関しては辰弥は特にショックを受けていなかった。
 「来るべき時が来た」程度の認識だった。
 ESOで吸血殺人事件が起こった時点で、その可能性は考えたのだ。
 疑いの目が自分に投げかけられるのは覚悟の上だ。
 それでも、辰弥は自分の潔白を示すためにGNSのログ開示を行うことはできなかった。
 自分の潔白を示すよりも知られたくないことの方が多すぎる。
 ――何を自分勝手な。
 思わず、自嘲する。
 日翔の過去を暴いておいて、自分の過去は開示したくないなど自分勝手にもほどがある。
 それでも。
(……ごめん)
 鏡介に、謝罪する。
《お前が何者かなんてお前が全て思い出して言いたくなるまで聞きたくないさ。無理に知ったところで受け入れられるかどうかは別の話だ》
 まぁ、お前がどんな人間だろうと受け入れる覚悟はしているがな、と続けた鏡介が話題を変える。
《ところで、吸血殺人事件が下条二田市で発生する以前に周辺地域で何かおかしいことがないか調査したんだが、結果聞くか? お前が犯人ならもう分かっている話だろうが》
(やっぱり疑いだけは残すんだ)
 辰弥の言葉に「それはまぁ、」と頷く鏡介。
《あらゆる事態だけは想定しておいた方がいいからな。で、どうする》
(勿論、聞くよ。何か分かったの?)
 ああ、と鏡介が頷く。
滝畑岩湧市たきはたいわわきしから泉北市せんぼくしにかけて牧場地帯があるだろう? あそこで不可解な事件が起こった、と言われている――いや、起こっていた》
 不可解な事件? と辰弥が尋ねる。
 いくら自分が疑われている――仮に犯人であったとしても心当たりがなさすぎる。
 無関係じゃないの? と鏡介に尋ねると彼は「関連性は分からんが」と前置きした。
《吸血殺人事件が下条二田市に集中する少し前にあの牧場地帯で家畜のくり抜きキャトルミューティレーションが何件か発生したらしい》
(……は?)
 ナニソレ、と辰弥が尋ねる。
 キャトルミューティレーションという言葉自体初耳だった。
 マジか、と鏡介が唸る。
《お前、世代なのに知らんのか? 俺たちがガキの頃に流行った『宇宙人による家畜のアブダクション及び吸血事件』だぞ?》
(え、いや知らないしそもそもその頃って俺……)
 辰弥が言葉に言いよどむ。
(……全然、記憶にない)
 子供のころの記憶が全然戻ってなくて、と辰弥が返答すると鏡介が「そうか」とだけ呟く。
《とにかく、キャトルミューティレーションってのは家畜が血や内臓を抜かれて殺されてるんだがその手口も犯人も一切不明なオカルトの話だ。これまでは数年に一度くらいの周期でごくごく稀に起きるものだったんだが、今回はそれが連続して近い地域で数件あったとかで、一部のオカルトマニアが騒いでいる。当の牧場側も一応は被害届を出しているがあまり公には報道されていないようだな》
(なるほど。吸血さキャトられてたからもしかして何かしらの関連性があるんじゃないかと?)
《キャトられる……》
 辰弥の略しように鏡介が絶句する。
 が、すぐに思い直し鏡介はまあな、と頷いた。
《まぁ、あの時期泉北周辺に行くこともなかったから関係はないと思うがな。お前のことだから牛の丸かじりくらいするかもとか考えたかったんだよ》
(俺を何だと思ってんの……)
 鏡介の発言には心当たりがある。
 四年前、辰弥が日翔に保護された直後に冷蔵庫に入っていた生の牛肉をつまみ食いしたことを言っているのだ。
 あれは調理も何も分からなかったし冷蔵庫に入っていたんだから食べてもいいものだと思ってたと辰弥が言い訳すると鏡介が再びため息を吐く。
《まぁ、とにかくそんなことがあった訳だが――いや待てよ》
 不意に、鏡介が何かを思いついたような顔をする。
 そのまま手元で何かを操作すると辰弥の視界の通話ステータスに日翔が割り込む。
「あー? お前ら通話してたのかよ」
 ダイニングから日翔の声が響き、通話に参加する。
《悪いな、ちょっと吸血殺人事件で気になることがあって辰弥と話をしていた。その話自体は終わったんだが、もう一つ気になることに気が付いてお前も通話に招待した次第だ》
「……はぁ」
 そう気の抜けた声を上げながら日翔が辰弥を見る。
「で、何なんだ気になることって」
《いや、辰弥の奴ガキの頃前に流行ったキャトルミューティレーションのこと知らなくてな。宇宙人の話題とか友人ダチとよくやったよな?》
 そう、鏡介が確認すると、日翔が一瞬キョトンとしたもののすぐにぶんぶんと首を縦に振る。
「あったあった、キャトルミューティレーション! いたずらすると親に『宇宙人にアブダクションされるぞ』とか脅されたわー。それ、辰弥知らないの?」
《ああ、そう考えると一つ思い当たることがあってな。辰弥は実はアブダクション被害者じゃないのかと》
「はぁ!?!?
 思わず、辰弥が声を上げる。
「ちょっと待って本気でそれ言ってんの!?!?
《ああ、記憶がないのも全て辻褄が合うんだ。辰弥はガキの頃に宇宙人によってアブダクションされてて、人体実験とか改造とかされまくって四年前に解放されてたんじゃないかと》
「え、ちょ、待ってそれ何の根拠もない」
 辰弥が全力で否定する。
 それには構わず鏡介が続ける。
《辰弥の戦闘能力を考えると宇宙人の人体実験によって辰弥は何らかの生体兵器にされた。それが用済みになって捨てられたというなら――》
「違う! 俺は生体兵器なんかじゃ――」
 思わず辰弥が叫ぶ。
 違う、俺はそんな存在じゃない、と彼は否定した。
 そんなことは、宇宙人にアブダクションされたとか、人体実験の末に生体兵器にされるとか、そんなことはあり得ない
 普段ならここまでムキにならない彼が全力で否定するのを見て、日翔が訝し気に首をかしげる。
「なんでそこまで全力で否定するんだよ。それとも鏡介の言うとおりだったりするのか?」
「っ――」
 日翔に指摘され、辰弥が口をつむぐ。
 ここで下手な発言をすればそれこそ先ほどの会話まで巻き戻ってしまう。
 今ここでGNSのログの開示を強制されれば事態はますます複雑になる。
 そこまで考えてから、辰弥は力なく首を振った。

 

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