Vanishing Point 第5章
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惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
そんな折、「とある企業の開発サーバを破壊してほしい」という依頼を受けた三人は巧妙に仕掛けられた罠にかかったものの依頼を完遂する。しかし
そんな折、
チケットを譲り受けた辰弥は雪啼を連れて遊びに行くが、それは日翔が仕組んだものだった。
帰宅の際に日翔が
普段の怪力はそのALSの対症療法としてひそかに導入していた
ある日、
それにより軽傷を負うものの雪啼を叱った辰弥のもとに、通信が入ってくる。
通信の主は
ESOで発生した吸血殺人の容疑者として、鏡介は辰弥に疑いの目を向ける。
「全然憶えてないから、否定はできないけど――ありえない」
《そうか。まぁ、宇宙人なんてまだ存在すると確定したわけでもないし悪かったな、ちょっと悪ノリしすぎた》
だから気にするな、と鏡介が続けると辰弥がほっとしたように肩の力を抜く。
「……悪ノリなら仕方ないね」
「まぁ、鏡介って時々突拍子もないこと言うからな。一瞬本気にした、すまん」
日翔も謝罪し、辰弥は「ん」とだけ頷いた。
《しかし、吸血殺人事件はいい加減捜査に進展があってもいいようなものだが》
「まあなー……。派手なことやってる割には犯人のはの字も分からんとか、不気味すぎる」
日翔が頷くと鏡介は「とりあえず気を付けろよ」とだけ言い残し、通話を抜ける。
辰弥と日翔も回線を閉じ、互いに顔を見合わせた。
「……辰弥、」
真顔で日翔が辰弥の名を呼ぶ。
「何」
「……自分の事、早く全部思い出せるといいな」
「日翔……」
――違う、俺は君が思っているような存在じゃない。
口をついて出かかったその言葉を飲み込み、辰弥が小さく頷く。
「……案外、
そうか、と日翔が呟く。
「別に俺のことが知られたからってわけじゃないが、俺はお前のことが気になる。本当は何処のどいつで何やってたのか、知りたい。本当の名前で呼びたいじゃん」
日翔の言葉に、辰弥がうなだれる。
その唇がきつく噛み締められる。
「それは……分からない」
絞り出すように辰弥が言葉を紡ぐ。
「君に知られたくないとかじゃない、俺は、自分が何者なのか、分からない」
そう呟く辰弥に、日翔が歩み寄った。
そっと手を伸ばし辰弥の頭に手を置きポンポンと叩く。
「だから子供扱いしないでって」
「大丈夫だ、俺がいる」
辰弥が頭を上げて日翔を見る。
絶対に言われることがないと思っていた言葉。同時に言われたいと思っていた言葉。
日翔はこんな自分でも信じるというのか。
にわかには信じられず、辰弥は声一つ出せずに日翔を見る。
「誰が何と言おうと、お前が裏切らない限り俺はお前の味方だ。お前がどんな人間であっても、俺が守ってやる」
そう言い切り、日翔は屈託のない笑みを見せた。
「だからあんまり気に病むな」
「……うん」
小さく、辰弥は頷いた。
日翔は不治の病に冒され、余命宣告まで受けている身である。
それなのに、自分のことで手一杯のはずなのに辰弥のことを気に掛けている。
それが自分の病のことを忘れるためであったとしても、辰弥の心には確かに届いた。
日翔になら、今話せることを話してもいいかもしれない。
「日翔……」
思い切ったように辰弥が口を開く。
「どした?」
日翔が辰弥の目を見る。
「日翔、俺は……」
そこまで言ってから、辰弥は「ごめん」と目を伏せた。
「……俺、生きてていいのかな」
絞り出すように、それだけを呟く。
――言えない。
自分の
そっか、と日翔が呟いた。
「無理して言おうとするな。言いたくなればでいい」
そう言いながら、日翔が再び辰弥の頭をポンポンと叩く。
「だから――」
「生きろよ。お前がどれだけ呪われた人生を送っていようが、これからには関係ないだろ」
そう言いながら、日翔は少し無責任すぎたかと反省していた。
辰弥がどのような人生を送ってきたかはまだ分からない。
それでも、もしそれに縛られているのであればその呪縛から解き放たれてもらいたい。
それは、恐らく自分にはできないことだから。
残された時間を考えれば、自分には
だからこそまだ時間のあるように見える辰弥には
日翔の手の下で辰弥が小さく頷く。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
それじゃ、この話は終わりな、と日翔が努めて明るく言う。
「で、今日の昼飯何」
「餡掛け炒飯」
雪啼も多分お腹空かせてるから急ぐよと辰弥がシンクに向き直る。
――と。
いつの間に戻ってきたのか、雪啼がシンク下の収納扉を開けていた。
その手には、ナイフケースから取り出した包丁が。
「……雪啼、」
地を這うような辰弥の声。
びくり、と雪啼が身を震わせ、そして慌てたように包丁を戻し脱兎の如く駆け出す。
「あ、こら雪啼!」
辰弥が追いかけようとするが、それを日翔が制止する。
「俺が行くからお前は昼飯作っててくれ」
「……あ、うん」
じゃ、行ってくるわーと日翔が辰弥から離れ、逃げ出した雪啼を追いかけた。
「……」
日翔の背を見送り、辰弥が小さくため息を吐く。
「……ごめん」
日翔はああは言ったが真実を知れば自分を拒絶するだろう、という思いが辰弥にはあった。
だから、思い出したくない。自分が何者かなんて、考えたくない。
包丁を握る手に、力が入る。
「……俺なんて……」
――結局は、ただの――。
その考えを自分の心の中で握り潰し、辰弥は包丁を握り直した。
今はそんなことを考えている場合ではない、と調理に戻る。
トントンという規則的な音が、静かなキッチンに響き渡った。
◆◇◆ ◆◇◆
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