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Vanishing Point 第9章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 警戒はしつつも、雪啼とエターナルスタジオ桜花ESO遊びに出かけたりはしていたが、日翔あきと筋萎縮性側索硬化症ALSだということを知ってしまい、辰弥は彼の今後の対応を考えることになる。
 その後に受けた依頼で辰弥が電脳狂人フェアリュクター後れを取り、直前に潜入先の企業を買収したカグラ・コントラクター特殊第四部隊の介入を利用して離脱するものの、御神楽みかぐら財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人。
 まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
 しかし、その要人とは鏡介きょうすけが幼いころに姿を消した彼の母親、真奈美まなみ
 最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
 帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽 久遠くおんが部屋に踏み込んでくる。
 「それは貴方がLEBレブだからでしょう――『ノイン』」、その言葉に反論できない辰弥。
生物兵器LEBだった。
 確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
 しかし、逃げ切れないと知り彼は抵抗することを選択する。
 それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。

 

 捕えられた辰弥たつやの元に二人のLEBレブが姿を現す。
 一人は第二号ツヴァイテ、もう一人はゼクスと名乗る。

 独房に訪れた久遠くおんが辰弥に「吸血殺人事件がまた発生した」と告げる。
 そんな折、何かしらの連絡が入り、久遠は辰弥の上着を脱がせる。
 そこで判明したのが辰弥がノインではなく第一号エルステという事実だった。

 場所は変わり、日翔の家では馴染みの暗殺連盟アライアンスメンバーが集まっていた。
 辰弥がLEBだという事実に愕然としつつも、雪啼せつなもまた行方不明になっていることに一同は不安を覚える。

 

 辰弥のことで頭がいっぱいになっていたが、そういえば雪啼も失踪している。
 最近、この周辺は吸血殺人事件が頻発している、雪啼一人が歩き回っているのは危険である。
 まずいですね、と猛が呟いた。
「姉崎さん、とりあえず雪啼ちゃんの情報収集を優先で。鎖神さんはカグラ・コントラクターに拘束されているのならとりあえずは大丈夫でしょう」
「待てよ、また実験されたりするんじゃないのか?」
 猛の判断に日翔が勢いよく立ち上がり、不服を唱える。
「御神楽は信用ならねえ、助けに行った方が」
「どの施設に収容されているのかもわからない状態で、どうやって助けろと」
 食らいつこうとする日翔に、猛が落ち着き払った声で答える。
「鎖神さんには申し訳ありませんが、今は耐えてもらうしかありません。まだ雪啼ちゃんの方が先に見つかる可能性が高い」
「くっ……」
 日翔が拳を握り締め、歯ぎしりする。
「落ち着いてください。貴方が暴走すれば、それだけ助かるものも助からなくなります」
 あくまでも冷静に、猛が日翔をなだめる。
「日翔、落ち着け」
 鏡介も冷静を取り繕って日翔に声をかけると、彼は渋々ソファに座り直した。
「……でも、せっちゃんも案外危ないかもよ?」
 不意に、渚がそんなことを言った。
「それはそうだろう。五歳児なんて吸血殺人の格好の獲物だ」
 だから今こうやって雪啼を探す方にシフトした、と鏡介が怪訝そうに言う。
 何を当たり前のことを、という周りの視線に臆せず、渚は真逆のことを口にした。
「そのせっちゃんが犯人だったら?」
「はぁ!?!?
 渚の言葉に、日翔が思わず声を上げる。
「んな、何言ってんだよ! 雪啼はたぶん五歳児だぞ? 吸血殺人なんて――」
「そのせっちゃんが『LEB』だったら?」
「な――」
 日翔が言葉に詰まり、その横で鏡介が「嘘だろ」と呟く。
 呟いてから、鏡介はその可能性が否定できないことに気が付いた。
 雪啼は辰弥と同じ色の眼をしている。そして、久遠はLEBの特徴として紅い瞳を上げた。瞳孔の形まではまじまじと見ていないから断言はできないが、辰弥との類似点はそれなりにある。
 ただ、辰弥は親子関係を否定していたはずだ。ましてや彼が「造られて」十年も経っていないのでは特にそんな関係など――。
「確信はなかったんだけど、貧血のこととか考えるとせっちゃんも『LEB』である可能性は高いわ」
「でも親子ではないんだろ? 別ロットとか……?」
 日翔の言葉に鏡介が「そんな言い方をするな」とたしなめる。
「だが、引っかかるな。実年齢が一桁だったとしても肉体自体はほぼ成熟している、ということはやはり親子である可能性も――」
「あ、それはあり得ないわ」
 辰弥と雪啼の親子関係を考え始めた鏡介を、渚が否定する。
「なんでそう断言できんだよ」
 即答した渚に日翔が食いつく。
 それとは裏腹に、鏡介は顎に手を当ててふむ、と呟いた。
「まぁ、そりゃあ遺伝情報的には共通するんでしょうけど、あの二人が『親子』であるはずがない」
「……まさか」
 鏡介の頭にふと浮かんだ一つの可能性。
 浮かんでしまったことと、開発者の悪趣味さに嫌気がさす。
 そうよ、と渚が頷いた。
「鎖神くんに生殖能力はないわ。それは私も確認済み。元から『交配』での繁殖は想定されてないのよ」
「っ……」
 次から次へと出てくる情報に頭が追い付かない。
 そんなので、と日翔が唸る。
「そんなにも色々抱えてあいつ生きてたのかよ」
 以前鏡介に言われた辰弥の希死念慮の話を思い出す。
 死にたくなるのも無理はない、と日翔はここでようやく納得した。
 同時に、自分は何も知らずに好き勝手言っていたのだと。
「……俺、あいつに謝りてえ……」
「それは後で考えろ。今は雪啼のことだ」
 相変わらず冷静な口調で鏡介が言うが、彼もまた頭に血が上っていることに日翔は気が付いた。
 一見落ち着いているように見えるが指先だけは落ち着きなくソファのひじ掛けを叩いている。
「で、どうする。雪啼が『LEB』なら、いや待て――」
 回りが一斉に鏡介を見る。
 分からないのか、と鏡介が声を上げる。
「雪啼こそが御神楽が探している『ノイン』じゃないのか?」
「え?」
「な――」
 鏡介の言葉に渚と日翔が声を上げる。
 それは盲点だった。
 渚としても辰弥と雪啼が同じという推測が立っている時点で「ノイン」だと考えるべきだろう、と鏡介も考える。
 しかし、すぐに思い直す。
 御神楽が「ノイン」を探しているという情報は「グリム・リーパー」内でのみ共有している情報だった。
 渚が雪啼のことを「LEB」かもしれないと考えていても、その情報がないため可能性に到達することはできない。
 せめて、彼女が辰弥のことを早い段階で打ち明けてくれていればその考えに至ることもできたかもしれないがそんなことを今考えていても仕方がない。
「マジかよ、雪啼が『ノイン』って……」
「あくまでも可能性の話だ。だが、辰弥と雪啼が『LEB』で、雪啼を保護した時期を考えると可能性は高い」
 そう考えると雪啼の確保は最優先事項となる。
 彼女が吸血殺人事件の犯人とは確定できないが、危険な生物兵器を野放しにしているも同然なのである。早急に確保してカグラ・コントラクターに引き渡した方がいい。
 そこで鏡介はふと考えた。
 カグラ・コントラクターよりも先に雪啼ノインを確保できたなら。
「……雪啼と交換条件で辰弥を解放できないか?」
「……」
 辰弥が「吸血殺人事件を起こしていない」という前提とはなるが、カグラ・コントラクターの目的がノインなのならそうではない彼に用はないはず。
 アライアンスとしても辰弥は貴重な戦力、いや、これ以上手を血で染めさせるわけにはいかないが引き取るということにすれば。
「……無理じゃね?」
 一瞬は可能性を考えたのだろうが、日翔が首を振る。
「御神楽が生物兵器を手放すとは思えねえ。どうせ辰弥も『使える』で使うんだろ」
「……確かに」
 日翔がやや反御神楽の陰謀論に染まっているところは認めるが、今回の彼の言葉には一理ある。
 そう考えると、雪啼を引き渡したところで辰弥の引き取りは難しいだろう。
 どうする、と鏡介は考えた。
 御神楽が辰弥をどう扱っているか分からない以上、下手に動くことができない。
「とりあえず、今はせっちゃんの確保を考えましょう。話はそれからよ」
 全員の考えをまとめるように渚が手を叩いて口を開く。
 そのタイミングで。
「……まずいわ、せっちゃんらしき女の子と警察が接触、警察側に被害が出ている感じよ」
 GNSで情報を集めていた茜が、そう報告した。

 

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