Vanishing Point 第9章
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惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
依頼を受けては完遂していく三人。しかし
警戒はしつつも、雪啼と
その後に受けた依頼で辰弥が
まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
しかし、その要人とは
最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽
「それは貴方が
確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
しかし、逃げ切れないと知り彼は抵抗することを選択する。
それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
捕えられた
一人は
独房に訪れた
そんな折、何かしらの連絡が入り、久遠は辰弥の上着を脱がせる。
そこで判明したのが辰弥が
場所は変わり、日翔の家では馴染みの
辰弥がLEBだという事実に愕然としつつも、
雪啼が行方不明という話から彼女もLEBではないのかという話が持ち上がる。
状況から考えて、雪啼こそが御神楽が、そして「ワタナベ」が探しているノインなのではないかと考え始める。
辰弥=エルステと判明し、久遠は彼に一般人として生きるか、
それでも
「よう、お前、エルステだったのか」
ぬるり、とドアをすり抜けてゼクスが独房に入ってくる。
「だったら何なの」
君も暇だね、と強がりつつも辰弥がゼクスを見る。
「で、何の用」
「つれねえなあ……同じLEBだろ、仲良くしようや」
とりあえずどうするか決めればGNSロックも解除されるんだからさー、とゼクスがそそのかす。
それでも、辰弥は首を横に振ってそれを否定する。
「俺は、君たちと慣れ合うつもりはない」
もし、特殊第四部隊に加入する、というのであれば必要に迫られての交流はするだろう。
だが、今ここでゼクスたち他のLEBと慣れ合う気は全くなかった。
ここに連れてこられて接触したLEBはツヴァイテとゼクスの二人のみ。
ドリッテがここを離れ、フィアテも死んでいるのなら今残っているのはツヴァイテと、ノインを除いた第二世代LEBということだろうか。
ツヴァイテはともかく、第二世代LEBとは面識がない今、慣れ合うという気には到底なれない。
そうか、とゼクスが残念そうに呟く。
「ここの生活、楽しいぜ? 飯はうまいし自由時間は施設内好きに歩き回れるし、この間はツリガネソウがエウロッペ辺りに寄港した時はみんなで脱走してドリッテの店までケーキ買いに行ったりしてな……」
いやぁあの時の隊長の鉄拳はやばかったぜ、などと嘯くゼクスに辰弥が思わず「はぁ!?!?」と声を上げた。
「何やってんの」
「いや、別に許可もらえば普通に買いに行けるんだがな、ほらそこは脱走のスリル味わいたいじゃんかー」
あっけらかんとしたゼクスの言葉に、辰弥は「本当にこいつバカだ……」と呟いた。
「なにをう! バカ言うなし! 俺、賢者ぞ?」
耳ざとく聞きとったゼクスが抗議する。
「『森の』でしょ、ゴリラじゃん」
「だからゴリラ言うなし!」
そんなことを言いつつも、ゼクスはどん、と辰弥が寝かされているベッドの縁に腰かけた。
「……なあ、そんなに人間の仲間のことが大切か?」
突然、そう問いかけられ辰弥が言葉に詰まる。
「何を」
「まぁ分からん話ではないぞ? LEB小隊にだって人間の隊員がいるわけだしさ。やっぱ『仲間』だったら幸せになってほしいとは思うから理解はできるし。でもさ……やっぱここで俺たちと一緒に暮らした方がお前は幸せじゃないのか?」
何となく予想はしていたが、その予想通りの言葉が投げかけられて辰弥が黙り込む。
久遠の発言も考えると、本来の自分が「自分らしく」生きることはできるかもしれない。同族と慣れ合うつもりはなかったが、それでも「自分と同じ」存在が身近にいることは多少の安心があるのかもしれない。
それでも。それでも、辰弥は久遠の提案を受け入れることができない、と思っていた。
ゼクスの言い分は分かる。確かに、LEBであることを隠して生きるよりは幸せかもしれない。
しかし――。
でも、と辰弥は動かせないなりにも首を横に振ろうとする。
「でも、あの二人は俺を助けてくれた。助けてくれたうえで居場所をくれた。だから守りたいって思う」
ゼクスの問いかけに、辰弥が正直に答える。
なるほど、とゼクスは頷いた。
「……人間って、案外、面白いよな? 最近分かってきた気がする」
「面白いか面白くないかで言うと面白くない人間の方が圧倒的に多いよ。だけど、面白いと思える人間に出会えたら大切にするべきだと思う」
日翔も鏡介も。
自分が「人間ではない」と言わなかったからだが、それでもあの二人は自分を一人の人間として扱い、尊重してくれた。
人間には憎悪しか抱いていなかった辰弥だったが、日翔たち、そしてアライアンスの面々が優しく扱ってくれたことで閉ざしていた心が開けた、とも言える。
勿論、全ての人間に対しての感情が変わったわけではない。
身近な人間、自分に敵意を持たない人間に対しての意識が変わっただけだ。
だから、自分を大切にしてくれた人間には報いよう、と思っていた。
だから、あの二人の元に戻りたい、と思っていた。
それでも不安は多い。
真実を知ったうえで受け入れてもらえるのか、という。
久遠に言われた、自分の行きつく先で二人を傷つけないか、という。
そんな辰弥の背を、ゼクスがポンポンと叩く。
「お前、案外幸せ者だな」
そう言い、ゼクスが天井を見上げる。
「だったらさ、やっぱりお前は仲間を呼び寄せて三人こっちで生きた方がよくね?」
「え?」
思いもよらなかったゼクスの言葉。
だってよー、とゼクスが続ける。
「そんだけお前のこと大切にしてくれる人がいるのに引き離して一般人かトクヨンかは幸せじゃないだろ。っても、戻ったところで今までと同じ生活じゃしんどくねーか?。だったら、やっぱ俺はお前がこっちに来て一緒に暮らした方が幸せじゃないかなって思う。お前の仲間も一緒にって選択肢があるんだろ? 悩む必要ないじゃないか」
「……そう、かな」
久遠は二人も一緒にという選択肢を提示してくれた。
「幸せになるべきだ」と言い、そこに日翔と鏡介が必要なら一緒にいてもいいと提示してくれた。
それでももし、あの二人が拒絶したらどうなるのだろうか。
「人間ではない辰弥とは一緒にはいれない」と言われてしまったら自分はどうしたらいいのか。
いっそのこと、記憶処理してくれれば、と辰弥は思った。
学習装置で脳に知識を書き込めるのであれば逆に記憶処理して二人のことを完全に忘れ去ることができれば。
本当はそんなことをされたくない。
だが、人間ではない以上人権はないわけで、久遠なら必要であれば同意なく処置を施すだろう。
二人のことを忘れることができるなら、あるいは。
「……ま、さっきのはあくまでもオレの意見だ。実際のところ、何がお前の幸せなんだろうな」
ゼクスが呟く。
呟いてから、
「まぁ、考えていても仕方ない。とりあえず話題変えようぜ」
そう、強引に話題を切り替えた。
「君、強引って言われない?」
呆れたように辰弥が問う。
さあ、どうだろうなとはぐらかし、ゼクスは次の言葉を紡ぎ出す。
「しかし、最初はノインが見つかったと聞いてたからさ、第二研究所のメンバーは大喝采よ。主任も喜んでたしな」
「……ノインじゃなくて悪かったね」
ぬか喜びさせてごめん、と辰弥が呟く。
「いや、しゃーねーって。あいつ臆病だったし、そんなすぐに見つからないって」
猫の特性埋め込まれてるから狭いところにでも隠れてんじゃないかな、と呟きくゼクス。
「……今、猫って?」
「猫」という単語に辰弥が反応する。
――いや、まさか。
何故か雪啼のことを思い出す。
猫じゃらしに反応し、自分や本棚によじ登ろうとした雪啼。
そのタイミングで以前TVで見たとある動物番組を思い出す。
その番組で、実験と称して猫にキウイを与え、酔わせていた。
キウイにはマタタビと同じ成分が含まれるため、猫によっては酔っぱらう、と。
あの護衛依頼が終わって雪啼を迎えに行ったとき、彼女は茜にふるまわれたキウイを食べて酔っぱらっていた。
つまりそれは――。
「雪啼!?!?」
「うわっ」
突然声を上げた辰弥に、ゼクスが驚いて立ち上がる。
「どうしたんだよ、急に大声出して」
ゼクスの抗議に構わず、辰弥が身じろぎしようとして、それからゼクスを見る。
「……雪啼がノインだったんだ……LEBかもしれないとは思ってたけど、まさか……」
「え、お前ノインと一緒だったの?」
辰弥の言葉にゼクスが興味深そうに彼を見る。
「ノインの特徴は? もしかすると……」
早く答えろ、と辰弥が凄む。
ああ、とゼクスが得意げに胸を叩いた。
「髪の色は白で結構長い。主任が『自分好みの姿が作れたからあとはこのまま成長させていく』と5歳くらいで止めてたな。色素薄めで、人形みたいでな。いつも『しゅにん、じゃま』って言いながら主任にまとわりついてた」
「……雪啼、だ……」
特徴が一致しすぎる。むしろこんな特徴の五歳児が何人もいてたまるか、と思う。
しかし、これで確定した。
雪啼はカグラ・コントラクターが、そして永江 晃が探し求めている「ノイン」。
どのような巡り合わせで自分のところに来たのかは分からないが、それでも謎は解けた。
辰弥のことを「パパ」と呼んだのも彼が自分と同じ眼をしていたからLEBだと認識してそう呼んだ、と考えると辻褄が合う。
吸血殺人事件に関しても人間離れした身体能力を持つLEBなら五歳児であってもそれくらい起こせるだろう。
そう考えると一連の事件が近所で起きていたことにも納得できる。
雪啼はあの小窓から抜け出し、猫のような身軽さで五階の高さから地上に降り、被害者を狩った。
今なら納得できる。
近所で起こっただけでなく、
護衛依頼の期間に吸血殺人事件が起きなかったのも茜が雪啼を一歩も外に出さなかったから。恐らくは四六時中一緒にいるために一人で外に出る隙を狙えず、血液が寿命を迎えても補充されないため貧血を起こしたのだ。
もっと早く気付いていれば、と辰弥が唸る。
もっと早く気付いていれば、雪啼のことを――どうしていた?
御神楽が探していると分かった時点で引き渡したのか?
それとも、吸血せずとも生きていける道を探したのか?
何が、雪啼にとっての幸せだったんだろうか、と辰弥は自問した。
ゼクスが辰弥を見る。
「なあエルステ、お前、ノインと一緒にいたなら教えろよ」
「何を」
ゼクスに何を聞かれたのか分からず、辰弥が聞き返す。
「お前と一緒にいた時のノインって、どんな感じだったんだ」
俺たちにとってはやっぱりかわいい妹みたいなものだったしさ、とそう言ってゼクスは笑った。
「……」
つられて、辰弥もふっと笑う。
「雪啼は――ノインは、」
ゼクスに促され、辰弥は雪啼のことを語り始めた。
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