Vanishing Point 第9章
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惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
依頼を受けては完遂していく三人。しかし
警戒はしつつも、雪啼と
その後に受けた依頼で辰弥が
まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
しかし、その要人とは
最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽
「それは貴方が
確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
しかし、逃げ切れないと知り彼は抵抗することを選択する。
それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
捕えられた
一人は
独房に訪れた
そんな折、何かしらの連絡が入り、久遠は辰弥の上着を脱がせる。
そこで判明したのが辰弥が
日翔の家に
「……で、カグラ・コントラクター……いや、
猛の言葉に、日翔が頷く。
「あいつら、なんか辰弥のことを『LEB』と呼んでた。しかも吸血殺人の犯人だと言って」
鼻息荒くまくしたてる日翔に、鏡介は「落ち着け」と抑えつつも話を引き継ぐ。
「ただ、調べたんだが辰弥は『LEB』であったとしてもカグコンが探している『ノイン』ではない。あくまでも推測だが、『ノイン』は脱走してまだ数環、辰弥は俺たちの元に来てもう四年は経過している。四年前にも似たような事件があって、おそらく辰弥はその時の生き残りだろう」
なるほど、と猛が頷いた。
「で、その『LEB』というものは?」
「御神楽が生み出した生物兵器、自分の血肉から武器や弾丸を作り出せる能力を持っているらしい」
鏡介の説明に、猛は顎に手を置いて考えるようなそぶりを見せた。
「……鎖神君、人間じゃなかったってこと?」
今までのいきさつを黙って聞いていた茜がそう確認する。
ああ、と鏡介が頷いた。
「俺としては本質は人間だと思ってるから人外扱いする気はないが、遺伝子上は人間ではないな。悪い冗談だろうと思っても目の前でナイフを作り出すところを見せつけられては信じざるを得ない」
「……本人が打ち明ける前に、全部バレちゃったってわけね」
不意に、渚がため息交じりに呟いた。
一同の視線が彼女に投げられる。
「え、『イヴ』、知ってたのか?」
驚いて日翔が渚に尋ねる。
ええ、と渚が頷いた。
「わたしを何だと思ってるの。医者よ? 人間じゃなかったらすぐに分かるわ」
「マジかよ……」
日翔がそう呟き、頭を掻く。
「なんで教えてくれなかったんだよ! あいつ、ずっと悩んでたんだぞ!」
辰弥は以前から何度も何かを打ち明けたそうなそぶりを見せていた。
確かに「人間ではない」と打ち明けるには勇気がいるだろう。
それなら、せめて『イヴ』が教えてくれれば、と日翔が渚に文句を言う。
それでも、彼女は落ち着き払った様子で日翔を見据えた。
「医者には守秘義務があるってことを一番よく知ってるのは日翔くんじゃなくて?」
「っ……!」
渚の言葉に日翔が怯んだように声を上げる。
そうだ。医者にはたとえ家族であっても本人の同意なしに病状を伝えてはいけないという守秘義務が存在する。
ここにいるメンバーで一番渚の世話になっているのが日翔であるため、一番よく分かっている。
そうだ、自分の
彼女が辰弥のことを知っていても本人が同意しないなら決して話そうとはしないだろう。
日翔が悔しそうに呻き、それからやり場のない怒りをぶつけるかのようにソファに拳を叩き落す。
「なんで、あいつは……ずっと黙ってたんだ」
「そりゃ、『俺は人間じゃない』といきなり言われて納得できないでしょ」
その通りだ。「人間ではない」と打ち明けられて今までと同じように接することができるかと問われればそれは否である。
距離感が掴めなくなり、どうしてもぎくしゃくしてしまうだろう。
その躊躇いがわずかにでも存在すれば慎重さを求められる依頼で意思疎通がうまくいかずに失敗するのは目に見えている。
正直なところ、日翔は迷っていた。
辰弥に再会できたとして、今までと同じ態度で接していいのかと。
辰弥が全てを知った上でどう接してもらいたいのかも分からない。
今までと同じでいいのか、人間とは違う存在として扱うべきなのか。
「……まぁ、バレただけならまだしも連れていかれたのなら守秘義務が、とか言ってる場合じゃないわね。鎖神くんには悪いけど、情報は開示するわ」
今、今後のことを話すにしても必要なのは情報でしょ、と渚が言う。
「『イヴ』、あんたはどれくらい辰弥のこと知ってるんだよ」
どれくらい知っているのか、どこまで開示してくれるのかが分からず日翔が訊ねる。
「本人が喋った範囲なら。あとはコネよコ・ネ」
遺伝子工学に強い知り合いいるし、と渚が続け、ウィンクする。
その、普段と変わらない渚の様子に鏡介はオーケー、と頷いた。
「『LEB』について知っていることは?」
「まぁそのあたりは大体貴方たちも見聞きした通りよ。鎖神くん曰く、『知ってる物質なら作れる』ということらしいわ。血肉、特に血液を変質させて物質を作り出してるから作りすぎると貧血で倒れちゃう。今まで倒れていたのもほとんど全部貧血よ」
貧血のこととかも言わないでと言われてたから過労でごまかしてたけど、と言いつつ渚が続ける。
「実はね、さっき言った『遺伝子工学に強い知り合い』がどうも研究所の人と知り合いだったらしくてね……守秘義務とかあるから詳しくは聞いてないけど研究自体は約十年前に始まったらしいわ。その人とは四年前の事故以来音信不通だとかなんとか」
「その四年前の事故、事故じゃないぞ」
渚の言葉を鏡介が訂正する。
えっと声を上げる渚に、鏡介は日翔にも見せた四年前の研究所爆発のニュースを転送した。
「四年前の事故ってこれのことだろう? 事故は御神楽が用意したカバーストーリーだ。実際はトクヨンが研究を潰すために襲撃している」
「……どういうこと」
その渚の問いには答えず、鏡介は黙り込んだ。
今の渚の言葉で何か矛盾を覚えてしまう。
考えろ、と鏡介は渚の言葉を繰り返す。
何が矛盾なのか。
ハッカーである鏡介は些細な違和感でもすぐに察知できる洞察力を身に付けていた。
ハッキングの際に、ほんの少しでも違和感を覚えたらそこには必ず何かある、と身をもって知っている。
――研究自体は約十年前――
「……おい、」
違和感の元に気づき、鏡介は声を上げた。
その声が震えていることに気づき、顔をしかめる。
「どうしたんだ鏡介」
日翔が心配そうに鏡介を見る。
「……辰弥は……あいつは、何歳なんだ……」
研究自体は約十年前、ということは――。
「え、あいつ今年二十四って言ってたよな」
そうは見えないけど、と続ける日翔に鏡介は思わず口元に手を当てる。
こみ上げてくる吐き気に自分がかなりの緊張状態であることに気づかされる。
「あいつ……その半分も、生きてないぞ……」
「え!?!?」
日翔が声を上げ、それから渚もはっとしたように鏡介を見る。
「ちょっとそれ本当なの?」
「っていうか『イヴ』、年齢聞いてないのかよ!」
渚の言葉に、日翔が声を荒らげる。
それよりも、辰弥は渚にほとんど何も言っていないのでは、と考える。
渚の開示した情報の大半は先ほど鏡介がハッキングして得た情報と一致していた。
逆に言うと情報の裏付けができたようなものだが、新しい情報としては辰弥の不調が貧血によるもの程度である。
「じゃ、じゃああいつ実年齢は十歳……?」
「……いや、多分もっと若い。研究が始まったのが約十年前で、そのタイミングで作り出されたとは思えないからな」
子供じゃないか、と鏡介が口元を押さえたまま唸る。
――そんな子供を、今まで殺しの世界に置いてきたのか――?
日翔が保護した当時、辰弥は「成人済みだ」と答えていた。
当時の時点で見た目は十代後半だったが実年齢より見た目の若い人間なんてごまんといるから辰弥もそんな若作りの人間だろうと日翔も鏡介も思っていた。
そこへもってのあの戦闘能力、使わない手はないと思ったし辰弥本人も望んだからアライアンスに引き込んだ。
それなのに、実年齢は十歳にも満たない、いや、保護した当時五歳程度の幼児を。
「いや待てよ。でもあいつ十歳以下だとしても見た目は俺たちとそう変わらないだろ、どういうことだよ」
そもそも「LEB」というのも勘違いじゃないのか、と日翔は未だに信じたくないと言わんばかりの顔で言う。
だが、その日翔のわずかな希望を渚は打ち砕いた。
「動物実験の基本よ。動物実験の際、なるべく成体がいいから若い個体を薬物投与とかで急速成長させる技術は確立されてる。体の負担が大きいから人間への使用は法律で禁じられてるけど鎖神くん、人間じゃないから多分そんなの関係ないわ」
「な――」
日翔が絶句する。
「実験のために、無理やり成長させたっていうのか……?」
渚が頷く。
「……じゃあ、俺たち、マジで……」
なんてことを、と唸る日翔。
その様子を見ていた猛が口を開いた。
「しかし、彼には外見年齢相応の知識もありましたが? 少なくとも、大学卒業程度の教養はある」
それも説明できる何かがあるのですか、と猛は尋ねた。
多分、と渚が頷く。
「学習装置でも使ったんじゃない? 生物兵器として開発されて、何の知識もなく戦場に放り込んだところで的にしかならないもの。少なくとも武器の知識、戦闘の知識、物質の知識は叩き込まれてるし暗殺にも使えるようにと意図されてるなら不審がられない程度の一般教養も詰め込まれると思うわよ」
「学習装置、噂で聞いたことあるな。御神楽がより効率的に知識を身に着けられるようにと開発している、という程度だが」
実用化されていたのか、と鏡介が呟く。
とはいえ、一般的に普及していないところを見るとまだ実験段階かこれもまた人体に多大な悪影響を与えるために禁止されているのか。
なにはともあれ、年端も行かない子供を成長させ教育することは可能だと分かった。
それを利用してあの辰弥がいるということも。
「……どうすんだよ……」
あいつにどんな顔合わせりゃいいんだよ、と日翔は唸った。
そもそも、辰弥が生物兵器である以上御神楽財閥は、カグラ・コントラクターは回収しておきたいところだろうし現に回収してしまっている。
カグラ・コントラクターが回収した生物兵器を世に放つことは考えられず、このままでは彼と再会することはできないだろう。
どうする、と日翔は呟いた。
自分は辰弥をどうしたいのか。何が辰弥にとっての幸せとなるのか。
「とりあえず、現状は把握しました。姉崎さん、情報収集をお願いします」
「分かりました。あと、山崎さん?」
茜に指示を出して立ち上がった山崎。
茜が何か気がかりなことがあるとばかりに声をかける。
「はい、なんでしょうか」
「雪啼ちゃんはどうするんですか。鎖神君が捕まったと同じタイミングで雪啼ちゃんも失踪してるんです」
茜の言葉に、その場にいた全員がはっとした。
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