Vanishing Point 第3章
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惑星「アカシア」桜花国
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
そんなある日、
家族のことも何も分からないという彼女は何故か辰弥のことを「パパ」と呼び、懐いてくる
外見の相似から血縁関係を疑われる辰弥であったが彼はそれを否定、それでも少女が彼に懐いていることから
第3章 「Luminous Point -光点-」
《仕事よ》
その言葉に、辰弥が小さくため息を吐く。
「どした?」
オムライスを貪りながら日翔が尋ねる。
「後で話す」
一言だけそう答え、辰弥は通話に戻った。
(ご飯時分に穏やかじゃないね。緊急?)
《ごめんね、緊急というほどではないけど急ぎらしいわ》
茜が謝りつつもそう言ったことに、辰弥は些かの不安を覚える。
最近の『グリム・リーパー』の稼働率は他のチームに比べてかなり高めである。それも、比較的高難易度の依頼のためメンバーの、特に辰弥の消耗が激しい。
前回の麻薬密売メンバーの殲滅に関しても情報が筒抜けになっていたため罠が仕掛けられ、窮地は切り抜けたものの辰弥が倒れるという事態にまで陥っている。
それを考慮すると雪啼を拾ったことも含めもう少し休養が欲しいところではあるが依頼が来た以上動かなければいけないだろう。
(来たものは仕方ないね。で、内容は?)
《詳しくはデータで確認して欲しいけど大雑把にいえばサーバ破壊よ》
――と、なると鏡介の出番か。
そんなことを考えつつ、辰弥は分かった、と答えた。
そんな彼を見上げながら雪啼が「パパ、まだー?」と声を上げる。
それに対し「もうちょっとだけ待って」と返して頭を撫でてからデータの受信を確認する。
(後でデータ確認するよ)
《頼むわ。ところで、せっちゃんは元気?》
唐突に茜が尋ねる。
ん? と首を傾げつつも辰弥は「元気だけど」と返す。
《頼まれてた書類、完成したわ》
先日、辰弥が拾った少女を「身元が判明するまで」という条件下で保護することになった『グリム・リーパー』。少女が辰弥を「パパ」と呼び懐いていることから彼が少女に「雪啼」という名前を与えていた。その際、何かあった時のため、茜に各種身分証明書の偽造を依頼していたのだが、それが完成したらしい。
ありがとう、と辰弥が答えると、茜が「それについては」と言葉を続ける。
《
(了解、雪啼の体調が気になるのかもね)
現時点で目立った体調不良を見せているわけではないが渚としては医者であるが故に気になるというのか。
いや、それとも。
――俺の方か。
勘のいい彼女のことだ、前回倒れた件も含めて確認したいのかもしれない。
通話の向こうで、茜が小さくため息を吐いたようだった。
《色々大変だと思うけど、無理しないでね》
(それはお互い様。君も府内走り回ってるって聞いてるけど)
裏社会を一手に引き受ける
辰弥たち『グリム・リーパー』としても彼女の情報はある意味死活問題に繋がるのでできれば倒れてもらいたくない。いくら鏡介がハッキングで情報を集めることができるとしても人の足でしか集められない重要な情報が多々あるからである。
ありがとう、と茜が答える。
《ご飯時分にごめんね。せっちゃんによろしく伝えといて》
(雪啼も君と遊ぶのを楽しみにしているところがあるからね。でも気を付けて)
《分かってるわ、近所で殺人事件があったんでしょ? 警戒するに越したことはないわね》
どうやら茜もあの事件を知っていたらしい。
流石情報屋、ニュース報道よりも早く事件の情報を入手していたか。
ただ、
《私も三件目の血を抜かれた殺人事件があったとしか知らないの。情報が少なすぎるわね》
そう、茜は言い切った。
(三件目?)
そういえば、前回の「仕事」の前にゲン担ぎも兼ねたニュース巡回でそのようなニュースを聞いていた記憶が蘇る。
ちょうどその前の天空樹建設の会長を暗殺した日、同じ地区内で死体が見つかっていたが当局の発表によりその遺体からはすべての血が抜かれていたと報道されたのを皮切りに、これで三件目か。
「仕事」の時以外は基本的にニュースの確認を行わないので二件目は把握していなかったが、これは連続殺人事件と認定していいだろう。
《とにかく、みんな気を付けて。たかが殺人犯に遅れをとるようなメンバーじゃないけど……》
それはそうだけど、気を付けるよありがとうと言い、辰弥が通話を切る。
「お待たせ」
「パパー、おそーい!」
何事もなかったかのようにスプーンを手に取った辰弥に、雪啼が頬を膨らませるが彼は「ごめんごめん」と謝り、再度頭を撫でる。
「んー」
頭を撫でてくる辰弥の手にまんざらでもない、といった顔になる雪啼。
「パパ、パパのオムライスおいしい」
「それはどうも。作った甲斐があるよ」
辰弥がそんなことを言うと雪啼がニッコリと笑ってスプーンにオムライスを乗せる。
それを辰弥の方に向け、再びニッコリと笑う。
「パパ、あーん」
「え?」
雪啼の顔とスプーンを見比べ、辰弥が目を丸くする。
「え、ええと……」
「あーん」
再び、雪啼がそう言い、スプーンをさらに辰弥に近づける。
「え、あの、だから」
「あーん」
何故か、辰弥の心臓が早鐘を打つ。
いいのか、これを食べていいのか、とドキドキしながらちら、と日翔を見ると彼は彼でニヤニヤしながら様子を窺っている。
――いや流石にそれは犯罪……
そんな考えが頭をよぎる。
だが、せっかく雪啼が食べさせてくれるというのにそれを断るのは無粋というもの、と、辰弥は思い直し、口を開けた。
その口に物凄い勢いでスプーンが突っ込まれる。
「うわっ!?!?」
暗殺者として培った持ち前の反射神経で仰け反る辰弥。
そのまま椅子ごと後ろに倒れ、受け身をとって床に転がる。
「辰弥!?!?」
がたん、と立ち上がり日翔が声をかける。
「だ、大丈夫……」
早鐘を打つ心臓を鎮めるように胸を押さえ、辰弥が身体を起こす。
「せ、雪啼……」
「んー?」
パパ、どうしたの? と雪啼が首をかしげる。
その顔に一瞬だけ残念そうな色が浮かんだ気がしたが、気のせいだろう。
「……雪啼」
辰弥が無表情で雪啼に声をかける。
「あーんするときは、ゆっくり」
「ゆっくり」
辰弥の言葉を、雪啼が繰り返す。
そう、ゆっくり、と繰り返しながら辰弥は椅子を起こして座り直した。
今のは危なかった。
少しでも反応が遅れれば確実に喉どころか脳まで貫かれていただろう。
いくら自分がいつ死んでもいいような生き方をしているとはいえ、流石にこのような死に方は嫌だった。
ほっと胸を撫でおろす辰弥に、日翔が「なんだかんだ言ってるがこいつもまだ死にたくないってことか」などと考える。
「辰弥、大丈夫か?」
「……うん」
スプーンを握る辰弥の手がわずかに震えているような気がするが、日翔は気付かなかったふりをして雪啼を見る。
「雪啼もまだ子供だからな。力加減分からなかったんじゃないか?」
「多分、そうだと思う」
俺じゃなかったら死んでたかも、と呟きつつ辰弥はスプーンでオムライスをすくう。
「雪啼」
「んー?」
雪啼を呼ぶと、こちらを見たので真剣な眼差しのまま口を開く。
「あーん」
そう言いながら、辰弥が雪啼にスプーンを向ける。
「あーん」
雪啼が口を開ける。
その口に、辰弥はそっとスプーンを入れてオムライスを食べさせる。
「むぐ」
大人用のスプーンで少し量が多かったか、雪啼が口いっぱいに入れられたオムライスをもぐもぐとする。
「あーんするときはこんな感じ、OK?」
「むぐ」
雪啼がこくこくと頷く。
それからオムライスを飲み込み、「わかった!」と声を上げた。
再びスプーンにオムライスを乗せ、辰弥に向ける。
「もういっかい、あーんする」
(マジか)
流石に二度目はないと思うが、正直なところ少し怖い。
それでもここでリトライの機会を奪うのは雪啼のためにならないと思い、辰弥は恐る恐る口を開けた。
今度はゆっくりと、スプーンが口の中に入れられる。
はむ、とスプーンに乗せられたオムライスを口の中で受け取り、咀嚼する。
「パパ、おいしい?」
「うん、美味しいよ」
ありがとう、雪啼、と辰弥が笑んでみせる。
雪啼の顔がぱぁっと明るくなり、通話直後の少し不機嫌な状態は解消されたらしい。
よかった、と思いつつ辰弥は今後のことを考えると雪啼のカトラリーは子供用でもただ小さいだけでなく、安全な樹脂製の物の方がいいだろうと考えた。
二人の様子を眺めながら食事を再開していた日翔が口の中のオムライスを飲み込んでから口を開く。
「何だったんだ?」
「仕事」
少し冷めた自分のオムライスを食べ始めながら辰弥は日翔に必要最低限の情報だけ伝える。
「詳しくは雪啼を寝かしつけてから、打ち合わせで」
「……了解」
また仕事かー、とぼやきつつ日翔は再びオムライスを食べる手を動かしはじめた。
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