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Vanishing Point 第3章

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 惑星「アカシア」桜花国上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 そんなある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾う。
 家族のことも何も分からないという彼女は何故か辰弥のことを「パパ」と呼び、懐いてくる
 外見の相似から血縁関係を疑われる辰弥であったが彼はそれを否定、それでも少女が彼に懐いていることから日翔あきと鏡介きょうすけを含めた三人は身元が判明するまで少女を預かることにし、「雪啼せつな」と名付けたのだった。

 

 あかねから「仕事」の依頼が届いた辰弥たつやは依頼のあらましを聞き、食事を開始する。
 そんな折、待っていた雪啼せつなが辰弥に勢い余ってスプーンを口に突っ込んでしまったりする。

 

 
 

 

 深夜。
 辰弥が雪啼を寝かしつけ、寝息を確認してから自室に移動したのを皮切りに打ち合わせが始まる。
《今回の依頼はとある企業の社員からだ。自社の開発用サーバを破壊してほしい、とのことだ》
《は? 自社だったら自分で破壊すりゃいいだろ》
 鏡介が説明する依頼概要に対して日翔が一言ツッコミを入れるのもお約束である。
 概要を聞きながら鏡介が配布した資料に目を通した辰弥が確かに、と同意する。
(流石に解雇クビ覚悟ではやらないか。それとも近寄る権限がない?)
《その辺の事情は分からないが、依頼人クライアントが自分でどうにかできる状況じゃないようだな》
 それでもサーバの破壊とは穏やかではない、と思う辰弥。
 資料を見る限りではただ物理的に破壊するだけではなく、その前にサーバ内のデータも復元できないように破壊してほしいとのこと。
 それならいつものごとく侵入は自分と日翔の二人で行ってハードを破壊し、内部データは鏡介がネットワークから侵入して破壊すればいいか。
 そう考えた辰弥が二人に伝えると、鏡介が苦い顔をして首を振る。
《いや、今回は俺も出なければいけない》
《は? サーバのデータ消すくらい遠隔でできるだろ》
 日翔がそう反論するが、辰弥はなるほどと気が付いた。
(……ネットワーク未接続スタンドアロン?)
 辰弥がそう確認すると、鏡介が「半分正解だ」と答える。
《単純にスタンドアロンならポートに無線子機アダプタを付ければいいから俺が出る必要はないだろ。姉崎によると、ご丁寧にも電波暗室シールドルームに設置しているらしい》
 うげぇ、と声を上げたのは辰弥か日翔か。
《マジか。よっぽどデータを漏らしたくないんだな》
 開発用サーバということは余程機密度の高い何かを作っているのか、と日翔がぼやくが資料に目を通していた辰弥が「それはどうかな」と顎に手をやり、首をかしげる。
(クライアントの情報によれば「ヤバい取引記録が保管されている」みたいだけど?)
《開発もやっているがダミーとして使っているのかもしれないな。しかし、そんなものを消せば証拠隠滅になる気がするが》
 確かに、サーバを破壊することによって利を得るのはクライアントではなく企業側の気がする。
 もしかしたら、クライアントはデータ自体は既に抜き取っていてその改ざんなどを防ぐために破壊を依頼したのかもしれない、と三人はそれぞれ納得する。
 そもそもクライアントの事情など聞いてはいけない、ということがアライアンス内の鉄則である。推測することも褒められたことではないだろう。
《ま、相手さんの事情はどうでもいいが今回は鏡介も出張るってことでOKだな?》
(マジか……鏡介、戦闘能力皆無もやしじゃん)
 鏡介が出なければいけない、と認識した辰弥が思わずこぼす。
 その瞬間、鏡介が吼えた。
《誰がもやしだ!》
 辰弥の聴覚には聴覚フィルタリング音量調整が動作してそこまで大声が届いたわけではなかったが隣の部屋からわずかにCompact Communication TerminalCCTのスピーカーを通した鏡介の声が聞こえてくる。
 直後、「ひえっ」という日翔の声が届き、辰弥は何を大げさな、と考えた。
(いやもやしかどうかはともかくとして、何かあった場合鏡介戦えないし)
 姉崎からの資料を見る限り武装した巡回もいるみたいだけど? と辰弥が心配する。
《俺だって戦える》
(でも人は殺せないし)
 辰弥の言葉に、鏡介がうっ、と言葉に詰まる。
 その言葉は事実だった。
 鏡介は、相手を直接手に掛けたことはない。
 基本的な護身術は習得しているしナイフや銃器の扱いも暗殺に関わる人間として生きていく以上習得している。
 だが、その刃も銃も直接相手に向けられたことはない。
 いや、向けるまではできる。
 そこから踏み出すことができない。
 辰弥は『グリム・リーパー』に参加してからの四年間でそれを認識していた。
 いくら鏡介がハッカーであったとしても全ての依頼で在宅支援をしていたわけではない。
 今回の依頼のような形で現場に出ることもある。
 その際、目撃者を前にして鏡介は銃口を相手に向けたものの発砲することはできなかった。
 最終的に辰弥が手を下し、その場を乗り切ったので断言できる。
 「鏡介に、人は殺せない」と。
 ただ、その言葉には語弊がある。
 鏡介は「人を殺せない」わけではない。
 実際に何人もの人間を葬っている。
 ただし、それはGNSハッキングガイストハックによる遠隔での脳破壊であり、自分の手で直接相手を傷つけたものではない。
 だから鏡介が「戦える」と言ってもそれはイコール「殺せる」にはつながらない。
 もちろん、ハッカーである鏡介は辰弥や日翔が援護すれば周りの電子機器をハッキングして武器にすることはできるだろう。
 しかし援護できない場合、彼単独でその場を乗り切ることができるかどうか。
《だが、だからといってもやしは言いすぎだ》
 辛うじてそう言葉を絞り出すものの、鏡介はこれ以上反論できなかった。
 自分が窮地に陥った際、相手を殺してまで切り抜けられるのかと問われるとできると即答できる自信がない。
《まぁ、そこは見つからなかったら何とでもなるだろ》
 見かねた日翔がそう口添えするが、辰弥はただ「心配なんだよね」とぼやく。
(鏡介、潜入技術スニーキングはまぁそこそこできるから大丈夫だろうけど、万が一のことがあったら心配で)
 やっぱもやしだし、とうっかり口を滑らせる。
《……辰弥、お前は後で脳内保存領域ストレージのエロ画像放流する》
 地を這うような鏡介の低い声。
 鏡介の宣言直後にぎゃーやめてーご無体なー! という辰弥の叫びが続く。
(ごめん! さすがにもやしは言いすぎたから!)
《分かればよろしい》
 そんなやり取りに、「こいつら大丈夫か」と日翔が本気で心配したその時。
 不意に、辰弥と日翔にインターホン来訪者通知が入る。
《ん?》
(誰だろ)
 ちょっと待って、と打ち合わせを一時中断し、辰弥が応答する。
《あ、鎖神くーん。雪啼ちゃんの身分証明書持ってきたわよー》
 渚だった。
 何というタイミングだ、と思った辰弥だったが、相手がアライアンスの関係者ならグループ通話を閉じる必要もないだろう。
(八谷が来た。ちょっと出迎えてくる)
《うぇ、『イヴ』来たん!?!?
 日翔が変な声を上げるがその頃には辰弥は玄関に向かい、ドアを開けている。
「もしかして、取り込み中だった?」
 渚も電脳GNS導入済みなので辰弥の周りに現在の会話ステータスが視覚情報として表示されている。
「仕事の打ち合わせ中」
 とりあえず、入ったら? と辰弥がリビングに案内する。
「あーあー、『イヴ』が来るなんて……」
 そうぼやきながら日翔もリビングに出てくる。
「雪啼ちゃんは?」
「寝てるよ」
 雪啼用にあてがった部屋のドアを親指で差し、辰弥が答える。
「了解」
 一言、そう応えてから渚は鞄から書類の入った封筒を取り出し、辰弥に渡す。
「はい、お父さん。お仕事大変ね」
「茶化さないで」
 で、本題は? と辰弥がそっけなく言う。
 茜から聞いていたが、渚が他人の仕事を横取りするとは何か余程のことがあったに違いない。
 ただ雪啼に会いたいだけで来るような彼女ではない、と辰弥は認識していた。
「本題、ねぇ……」
 少し考えるようなそぶりを見せ、それから渚は辰弥を見た。
「打ち合わせ中って? わたしも混ぜなさい」
「「はぁ?」」
 辰弥と日翔の声が重なった。
「今回わたしが来たのは元々鎖神くんに用があったからだけど打ち合わせ中ならちょうどいいわ、日翔くんたちにも言いたいことがあるし」
 渚の言葉に、辰弥が一瞬狼狽える。
 まさか、彼女は自分身体のことを二人に打ち明ける気なのか。
 そんな辰弥の気がかりに気付くことなく、渚が「打ち合わせ再開しなさいよ」と促してくる。
 分かった、と二人はそれぞれの自室に戻らずリビングでミュートモードを解除し、渚をグループ通話に招待した。
《『イヴ』?》
 通話に割り込んだ渚に、鏡介が驚いたように声を上げる。
 それに対しては一言、「ハロー」と軽く答えた渚が真顔になる。
「二人にも見張れという意味合いで言っておくわ。鎖神くん、今回の依頼でピアノ線は使わないで」
「は?」
 渚の言葉に辰弥が声を上げる。
「なんでピアノ線使うなって」
「なんでもよ。少なくとも死にたくなければ今回はピアノ線なしで仕事しなさい」
 いつになく強い口調の渚。
 理由を言うこともなくピアノ線を禁じる彼女に、日翔が口を開く。
「いやどういうことだよ。ピアノ線って辰弥のメインウェポンだろ」
 確かにピアノ線なしでも辰弥は十分仕事をこなせるだろうが一体なぜ。
「メインウェポンだからよ。あれ、結構体力使ってない? 聞いたわよ、前回ピアノ線使って暴れて倒れたって」
 う、と辰弥が呻く。
 確かに、前回の仕事で窮地に陥ったところを切り抜けるために包囲の真っただ中に飛び込んで全方位攻撃の鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュを使用した直後に倒れている。
「え、でもあれは鏡介が辰弥経由でガイストハックやったからじゃ」
 鮮血の幻影発動直前、鏡介は辰弥のGNS経由で周囲数人のGNSをハッキングし、行動不能にしている。その時の負荷が予想を上回って辰弥は倒れた、というのが日翔と鏡介の認識だったが。
「まぁそれもあるけどピアノ線の制御って案外集中力と体力使うのよね。GNSに関してはどうせ鎖神くんと水城くんのことだから無茶するだろうし、だったらピアノ線はやめておいた方がいいかと」
「……むぅ。そこまで言うなら」
 そこまで言われてピアノ線を使うほど辰弥も馬鹿ではない。
 銃とナイフだけでもなんとかなるだろう、と判断し、しぶしぶ了承する。
《そういうことなら仕方ないな。どうせ見つからなければいいだけだ》
「だったら侵入メンバー減らすか? 鏡介は外せないし、後はサーバ破壊要員として俺が行けば問題ないだろ」
 三人でぞろぞろ行動すれば見つかるリスクも高くなるし、と日翔。
 それはそう、と辰弥も頷く。
「なんで俺を外す? と言いたいけど日翔の方が徒手空拳での攻撃力は高いからね、任せた」
 見た目はゴリゴリのマッチョではないのにずば抜けた怪力を持つ日翔。
 彼が本気を出せば薄めのコンクリートの壁くらい普通に素手で抜く。
 そんな彼が鏡介の護衛兼サーバの物理破壊役として現場に赴く方が効率はいい。
 しかしだからと言って辰弥も留守番はしたくなかった。が、他にやるべきことがあると判断し口を開く。
「今回俺は後方支援でいい? 後で確認するけど別のビルに待機して何かあったら狙撃で援護する」
《そうだな、その方が心強い》
 発見されなければ辰弥は留守番同然だが休息にもなるだろう。
 「体力を使うから」とピアノ線を禁止されたならこの配置がベストである。
 それに辰弥の狙撃の腕は信頼できる。
 本来、狙撃には観測手スポッターが側に控えて目標や周囲の気象情報等の状況把握及び護衛を行う必要があった。
 しかし、最近では狙撃観測用の軍用衛星も多数打ち上げられている。辰弥は鏡介からもらったプログラムを利用してハッキングすることでスポッターの不在を補い、あとは「憶えてないけど体が憶えてるし」とビル風等の細かい調整を行っていた。
 過去に辰弥が狙撃を行った依頼も何度かあったが、撃ち損じミスファイアは一度もない。つまり、何かあったとしても遠距離から対応してもらえる。
 決まりだな、と鏡介は頷いた。
《じゃあ、あとは見取り図の確認とその他細々したことか。ここまでで何か気になることはあるか?》
 鏡介が確認する。
「オーケー、鎖神くんが後方支援ならわたしは言うことないわ。あとは三人で話し合ってちょうだい」
 辰弥が後方支援と決まったことで安心したのだろう、渚が満足したように頷いて会話から抜ける。
 「それじゃ、わたしは帰るわ」と彼女が立ち上がり、
「それにしても寒いわね。隙間風入ってる?」
 ふと、そう呟いた。
「え?」
 渚に言われて、辰弥も初めてそより、とした空気の流れを感じる。
「窓開いてるのかな? 雪啼、寒くないかな」
 気になって立ち上がり、辰弥は雪啼の部屋に歩み寄る。
 そっとドアを開け、中を確認するが別に窓が開いている、ということもなく雪啼の寝息が聞こえてくるだけ。
「……気のせいみたい」
 ドアを閉めて振り返り、辰弥は渚にそう言った。
 とは言いつつ、先程感じた空気の流れは無くなっていることに気づく。まさか先ほどまで窓が開いていて、ドアを開ける直前に閉じられたのか?
 まさかね、と辰弥は自分の考えを否定した。先ほど見た雪啼の寝室に人影はなかった。あの部屋の窓は小さく、それこそ雪啼くらいの子供でなければ出入りすることは出来ないはず。何よりこの部屋は高層階とまではいかずとも五階に位置する。壁に張り付けるようなヒロイックコミックの主人公でもない限り出入りしたとしても地上に降りる術がない。したがって不審者が侵入してきた可能性はないだろう。
 そこまで考えて、隙間風を感じた事自体が何かの気のせいだったのだろう、と辰弥は最終的に結論付けた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

第3章-3へ

 


 

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