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Vanishing Point 第3章

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 惑星「アカシア」桜花国上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 そんなある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾う。
 家族のことも何も分からないという彼女は何故か辰弥のことを「パパ」と呼び、懐いてくる
 外見の相似から血縁関係を疑われる辰弥であったが彼はそれを否定、それでも少女が彼に懐いていることから日翔あきと鏡介きょうすけを含めた三人は身元が判明するまで少女を預かることにし、「雪啼せつな」と名付けたのだった。

 

 あかねから「仕事」の依頼が届いた辰弥たつやは依頼のあらましを聞き、食事を開始する。
 そんな折、待っていた雪啼せつなが辰弥に勢い余ってスプーンを口に突っ込んでしまったりする。

 夜、雪啼せつなを寝かしつけた辰弥たつやは今回届いた依頼についての打ち合わせを開始する。
 今回の依頼はとある企業のサーバ破壊かとぼやく日翔あきとだが、そのタイミングでなぎさが来訪、辰弥に「ピアノ線を使うな」と宣言する。

 依頼当日、三人はそれぞれの配置につく。
 なぎさの指示に従い、後方支援に回ったBloody Blue(辰弥たつや)は現場から約1km離れたビルの屋上で待機していた。
 狙撃用にスナイパーライフルを用意した辰弥はIoLイオルの狙撃用観測衛星をハッキング、準備を整える。

 

 通用口の電子ロックをハッキングで解除し、日翔と鏡介がビルに侵入する。
 目的地はシールドルーム、踏み込んだ時点でサーバを破壊して出るまで辰弥との通信は途絶する。
 GNSもCCTも通信自体は普通の電波通信である。しかし、それなりの規模の企業となるとより大量の情報が高速処理できる量子コンピュータが設置され、量子コンピュータ同士で量子通信が行われるようになっている。そのため量子通信の傍受も巨大複合企業メガコープの間では重要な課題になっている。とはいえ量子通信に使われる量子もつれエンタングルメントを意図的に阻害する技術が開発され、サービス開始された頃には通信途絶はないと言われていた量子通信も現在はAnti Entanglement PulseAEPによって妨害されることもある。
 とはいえ、量子コンピュータの設置までは想定内であったとしてもAEPを持続的に発生させ通信途絶させる設備が一介の企業ビルに導入されているとは驚きである。
 これは余程ヤバいものを扱っているな、武装した警備がいるという情報も納得できると思いつつ鏡介はカスタムされたマップアプリを呼び出した。
 視界に展開した見取り図フロアガイド――勿論、辰弥が見ているものと同期している――を確認、ルートを算出する。
「地下だから短波通信も届かないな。まぁシールドルームがただエンタングルを阻害するだけではないだろうし電波妨害ECMも想定しておいた方がいいな」
「……鏡介Rainが何言ってるかさっぱり分かんねえ……」
 鏡介の呟きに日翔がぼやく。
 それでもいつまでも考えていては仕事に集中できないため、すぐに頭を切り替える。
「行くぞRain。地下だったな?」
 愛用のハンドガンネリ39Rを握り、日翔は歩き出した。
「ナビ頼む」
拡張端末ヘッドセットにナビデータはもう送ってある」
 普段と変わらない鏡介のサポートに、日翔がやるなあ、と考える。
 普段なら自宅のハイスペックPCを使って様々な演算を行っているだろう、と考えると現場に出た今は自前のGNSがメインとなるはず。
 勿論、ウィザード級ハッカーの鏡介のことだからGNSはPCと連携しているだろうが遠隔操作は何かと不便とは聞いている。
 戦闘能力がないことだけが欠点だが、現場に出てもそのスペックを落とさない鏡介に日翔は「その点俺は……」と思わざるを得なかった。
 エレベーターを使わず階段で移動、鏡介のフォローで早期に巡回の移動ルートを把握、排除して先に進む。
 シールドルームの前には二人の見張り。
 流石に一人で二人殺るのはキツイな、と思った日翔がちら、と鏡介を見る。
《二人ともGNS導入している。焼くか?》
「流石にGNSハッカーゲシュペンストの存在を知られるのはまずいだろ。HASHハッシュで止めてくれれば俺が殺る」
 別にGNSをハッキングする存在がこの世界に認知されていないわけではない。むしろGNSハックガイストハックが問題視されているくらいなのでここでハッキングする脳を焼くことでゲシュペンストが明るみになったとしても「世間にとっては」微々たるものだろう。
 だが、このビルを武装してまで守っている企業にその存在が知られるのはまずい。ごく稀に腕っ節の立つ武闘派ハッカーも存在するが大抵は頭脳派のもやしである。鏡介もその例に漏れず、下手に彼の介在が明るみになれば苦戦は必至。
 今回の依頼がサーバの物理破壊だけでなくデータの不可逆破壊ということはおそらく想定されていない、と信じればサーバが破壊された時点で侵入者は破壊者日翔のみと思わせることができる。つまり、うまくいけば鏡介くらいなら安全に離脱させることはできるかもしれない。
 しかし、ゲシュペンストが介入していると知られてしまえば包囲は厳しいものとなるだろう。鏡介を離脱させる方が難しくなる。
 そのため、日翔は「脳を焼く」のではなく「情報酔いHASH」を提示した。
 HArdship Subliminal HangHASHも確かにガイストハックの一環ではあるが、直接の死因にはつながらず特定に時間がかかる。
 そもそもHASHとは豚肉を加工して作られた缶詰ランチョンミートを指した商品名であったが、ピュトンというコメディアンがネタにしたことで迷惑メールの代名詞として使われるようになってしまった。それがそのまま相手のGNSにめちゃくちゃなデータを送りつける攻撃方法の名称として定着してしまったというわけだ。
 日翔の言葉に、鏡介は「OK」と返す。
《十秒待ってくれ。BB経由じゃないからそれで十分だ》
 鏡介が空中に指を走らせ、自分の視界に浮かび上がるウィンドウを操作する。
 対象のGNSが接続しているサーバを特定、ハッキングが察知されないように回線を切断、同時に大量の無意味なデータを送信する。
 意味不明な文字列、光過敏性発作を誘発する光刺激の明滅に加えて一般には見ることができないようなおぞましい映像のサブリミナルや大音量の不快な音声。
 それら全てを一度にGNS内で発生させるため、大抵の対象は一撃で行動不能となる。
 シールドルームを守っていた二人も例に漏れず頭を押さえてその場に蹲る。
 それを見逃さず、日翔が物陰から飛び出し発砲、二人の頭を撃ち抜く。
 二人の絶命を確認し、日翔は鏡介を手招きした。
 鏡介がコンソールを閉じ、シールドルームの前に立った日翔の横に並ぶ。
 ちら、とドアの横の認証システムを見てから再びコンソールを展開、空中に指を走らせる。
「……セキュリティは結構頑張ってるな……だがこの程度で俺を止められるわけがない」
 止めたければ有人の集中管理システムでも用意するんだな、などと呟いている間にロックが解除され扉が開く。
 それ、俺頼みですよねぇなどと心の中でぼやきながら日翔が鏡介に続いてシールドルームに足を踏み込むと。
「Gene、それ以上入るな。システムを欺瞞して閉まったままと認識させているから下手に閉めると出られなくなる」
 先にサーバラックの前に立った鏡介に釘を刺される。
 あいよ、と返事をして日翔がドアが閉まらないようにもたれかかり銃を構える。
「どれくらいでできる?」
「ん、三分もあればいけるだろう」
 うなじのGNS制御ボードが逆ハッキングを受けても回避できるようダミー端末を接続し、そこからサーバのポートに有線接続した鏡介が真剣な眼差しで答える。
 ざっと見た感じの防壁、通称Intrusion Countermeasure ElectronicsI.C.E.は強固ではあるがウィザード級相手には物足りないレベル。
 いざという時は即席で回避システムを組むことも想定していた彼にとってはいささか拍子抜けするレベルである。
 あっという間にI.C.E.を突破、不可逆的にデータを破壊するウィルスを送り込みサーバ全体に感染させる。
 その前にサーバのデータを軽く舐めてみるが一番重要そうなデータは暗号圧縮が掛けられており、データが破壊される前に閲覧するのは難しそうだった。
 クライアントへの深入り行為にもなり、また万一情報が抜けた場合のトラブルも考慮してデータのコピーは行うつもりはなかったが、いささかの不安を覚え、念のために圧縮されていない取引データを確認する。
(……何かを密輸して反社勢力に売却しているようだが……麻薬ヤクの類ではなさそうだな。なんかもっと物騒な……武器か?)
 武器弾薬の密輸や闇取引は日常茶飯事の出来事である。実際、日翔や辰弥が調達する弾薬もアライアンス経由ではあるがその取引の一環で行われている。
 だが、何だろう。いくらクライアントが正義に燃えた人間であったとしても武器の闇取引記録ごときでここまでの依頼を行うとは考えられず、また、この取引のデータ自体がAEPまで装備されたシールドルームに保管されるはずがない。
 これはきっとただの武器ではないな、と判断し、鏡介はサーバから離脱する。
 ポートから端子を引き抜き、ダミー端末を外してから日翔を見る。
「こっちはひとまず終わった。あとはお前の出番だ」
 そう言いながら出入り口の前に立ち、ドアが閉まらないように日翔と代わる。
「あいよ……ところで、アレ、使ってもいいと思うか?」
 シールドルーム内に足を踏み込み、周りを見た日翔が何かを見つけたらしく、指差して鏡介に確認する。
 鏡介がその方向に視線を投げると、それは緊急時にドアなどを破壊して脱出できるように設置された万能斧レスキューアッキスのケース。映画ではドアを破壊するだけではなくPC等を破壊することにもしばしば使用されている。
「なんだよお前なら素手でできるだろ」
 普通にコンクリートの壁を打ち抜ける日翔の腕力ならこんなものを使わずともサーバの破壊くらいできるだろう。
 不思議に思った鏡介だったが、日翔の返答はそれなりにまともなものだった。
「いや、よくよく考えなくてもサーバって電子機器だよな? んなモン素手でぶん殴って感電したらどうすんだよ。それにあるもの使った方が手っ取り早いだろ」
「確かに」
 日翔の言い分も一理ある。
 ただ、このケースに何かしらの非常連絡手段が搭載されていた場合、面倒である。
「分かったからちょっと待て。そいつの防災システムを落とす」
 空中に指を走らせ、ケースに施されている防災システムを確認する。
 確認できたすべてのシステムを欺瞞させ、鏡介は「いいぞ」と声をかけた。
 その間わずか一分もかかっただろうか。
 あいよ、と日翔がケースを破り斧を取り出す。
「んじゃ、いっちょ暴れますか」
 そう言ってから、ちら、と鏡介を見る。
「で、通報システムは全部切ってるんだろうな?」
「ああ、解除した」
 いくらサーバがスタンドアロンであったとしても中央管理施設あたりで機材の監視は行っているだろう。
 そこへつながる回路パスは全て解除しており、物理的に破壊してもすぐには察知されないはず。
 鏡介が日翔に頷く。
 日翔が斧を振りかざす。
「うぉりゃー!」
 斧がサーバに叩き込まれる。
(南無……)
 結構高価なパーツ使ってたんだよなあ、ちょっとちょろまかしてもよかったかなあ、などと思いつつ鏡介が心の中で手を合わせる。
 派手な音を立ててサーバラックが砕け、中のサーバも破壊されていく。
 火花が散り、サーバが煙を上げて停止する。
「っしゃ!」
 ガッツポーズをとる日翔。
 だが、次の瞬間二人は身構えることになった。

 

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