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Vanishing Point 第3章

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 惑星「アカシア」桜花国上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 そんなある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾う。
 家族のことも何も分からないという彼女は何故か辰弥のことを「パパ」と呼び、懐いてくる
 外見の相似から血縁関係を疑われる辰弥であったが彼はそれを否定、それでも少女が彼に懐いていることから日翔あきと鏡介きょうすけを含めた三人は身元が判明するまで少女を預かることにし、「雪啼せつな」と名付けたのだった。

 

 あかねから「仕事」の依頼が届いた辰弥たつやは依頼のあらましを聞き、食事を開始する。
 そんな折、待っていた雪啼せつなが辰弥に勢い余ってスプーンを口に突っ込んでしまったりする。

 夜、雪啼せつなを寝かしつけた辰弥たつやは今回届いた依頼についての打ち合わせを開始する。
 今回の依頼はとある企業のサーバ破壊かとぼやく日翔あきとだが、そのタイミングでなぎさが来訪、辰弥に「ピアノ線を使うな」と宣言する。

 依頼当日、三人はそれぞれの配置につく。
 なぎさの指示に従い、後方支援に回ったBloody Blue(辰弥たつや)は現場から約1km離れたビルの屋上で待機していた。
 狙撃用にスナイパーライフルを用意した辰弥はIoLイオルの狙撃用観測衛星をハッキング、準備を整える。

 ターゲットのサーバが設置されたビルに侵入するGene(日翔あきと)とRain(鏡介きょうすけ)。
 順調にサーバまで到達し、日翔が破壊に成功するが、次の瞬間、二人は身構えることになる。

 サーバを破壊した瞬間、物理的セキュリティが発動し侵入が発覚する日翔あきと鏡介きょうすけ
 脱出しようと走り出すが、そこへ強化外骨格パワードスケルトンを装着した人間と遭遇、交戦することになる。

 日翔あきと鏡介きょうすけから連絡を受けた辰弥は二人が脱出後、移動しやすいように運び屋ポーターを手配するようあかねに連絡する。
 茜は「もっといいもの」としてカグラ・コントラクターの航空支援サービスを利用すると言い出す。

 Bloody Blue(辰弥たつや)の指示を受け、屋上に向かうGene(日翔あきと)とRain(鏡介きょうすけ)。
 屋上という閉鎖空間に追い詰められた二人だが、そこで辰弥の炸裂弾による狙撃が敵に命中する。

 Bloody Blue(辰弥たつや)の援護で無事にカグラ・コントラクターの音速輸送機に乗り込む二人。
 音速輸送機搭載のガトリング砲で攻撃してこようとする敵を排除し、辰弥の回収に向かうことにする。

 別の場所で後方支援をしていたBloody Blue(辰弥たつや)を回収しようと向かっていた二人は辰弥が倒れていることに気が付く。
 音速輸送機を降りて辰弥を回収する二人、なぎさを呼びつつ一同は帰還する。

 

 遠くで声が聞こえる。
 何やら誰かを怒っているような、そんな怒声が遠くからだんだん近づいてくる。
 ――嫌だ、お仕置きは嫌だ。
 上から投げかけられる罵声と体罰を予測し、身をすくめる。
 自分にはそのいずれもを跳ね除ける力はあるのに、「どうせそんなことをしても無駄だ」と身体が動かない。
 それが学習性無力感から来ているものだとは理解している。
 理解しているが、動けない。
 もう嫌だ。こんな生活は嫌だ。
 声とは反対の方向に逃げようとする。
 だが、身体は動かない。
 ――嫌だ、もう言うことを聞くから。
 そう口にしたくても声すら出ない。
 怒声は徐々に近づき――。
「……」
 目を開ける。
 暗闇が辺りを閉ざしており、何も見えない。
 ここはどこだ、と考えるうち、目は徐々に闇に慣れ、自室のベッドに寝かされていることに辰弥は気づいた。
「……夢、か……」
 嫌な夢を見た。
 それは、まるでかつての自分が経験したかのような――。
 ――なんで今更。
 ぶんぶんと首を振り、ホームアシスタントウィンドウを開き、照明を点ける。
 急な光に驚かないように配慮された照明が徐々に明るさを取り戻していく。
 それからいつものUIを展開、時間を確認する。
八時間丸一日寝てたのか……)
 その時になって漸く辰弥は自分の腕に輸血用のチューブが刺されており、カーテンレールに輸血パックがぶら下げられていることに気が付いた。
 そのパックもほぼ空になっており、視線をゴミ箱に投げると空になったパックが三つ、捨てられている。
(……四本……)
 相当な貧血だったのか、と体を起こし、腕からチューブを抜く。
 眩暈はなく、むしろ仕事前の数日より体は軽い。
「だから鎖神くんに無茶させすぎなのよ! あなたたち、鎖神くんを殺す気!?!?
 隣の部屋リビングから渚の罵声が聞こえる。
 夢で聞こえた声はこれだったのかと納得し、辰弥はベッドから降り、ドアを開けた。
「いやこっちだって知りたいよ! 後方支援で三発撃っただけだぞ? それでなんで倒れるんだよ?」
 こめかみに青筋を浮かべている渚に反論していた日翔が辰弥に気づく。
「あ、辰弥起きた?」
「……ん?」
 日翔に続いて渚が首を回して辰弥を見る。
「あら、起きた?」
「あ、うん、ごめん」
 お腹すいたよね、ご飯作る、と何事もなかったかのように辰弥がキッチンに向かおうとする。
 それを、
「さーがーみーくん? ちょーっといいかしら?」
 渚が呼び止めた。
「え、何」
「『え、何』じゃないわよね? また無茶したわね?」
 やば、と辰弥が後ずさる。
ピアノ線は使ってないけど無茶して! 死ぬ気?」
 そこまで言ってから、渚ははっとしたような表情を一瞬見せ、再び眉を寄せる。
「愚問だったわ。鎖神くんの希死念慮のこと忘れてた」
「希死念慮?」
 渚の言葉に日翔がどういうことだと辰弥に詰め寄る。
「死にたいっていうのかよ!」
「ちょ、日翔、近い」
 辰弥が再び後ずさる。
「日翔、そのくらいにしておけ」
 日翔と渚の背後、ソファでコーヒーを飲んでいた鏡介が口を開く。
「辰弥は元々そういう奴だろう? 何を今更」
「鏡介まで!」
 日翔が声を荒らげるが誰も同意する人間はいない。
「死にたいと思うくらい自由だろう。思考まで制限するな、自殺してないんだから問題ないだろう」
「だが、」
 鏡介の言い分が気に食わないのだろう、日翔が尚も食い下がろうとする。
 埒が明かない、と思ったこともあり、当事者である辰弥も口を開いた。
「死ななきゃどう思ってても構わないだろ。いちいち君は過干渉過ぎる」
 む、と日翔が不満げに唸る。
「とにかく、俺はもう大丈夫。心配かけてごめん」
「過労だそうだな。まったく、お前という奴は無理をしすぎだ」
 倒れていたのを発見した時に比べて顔色もいいな、と鏡介が続ける。
「だが、暫く休んだほうがいい。また俺が出ることになってこんな展開になるのはごめんだからな」
「そうね、わたしからもアライアンスに伝えておくわ」
 ん、と辰弥が頷いた。
 ――二人には、過労ということで通したのか。
 実際は四本輸血するほどの貧血である。二人が知れば一体どういう反応を見せるのか。
 だが、それはそうとして辰弥は一つ気がかりなことがあることに気が付いた。
「……ところで、雪啼は?」
 辰弥の言葉に、三人が顔を見合わせる。
「ああ、自分の部屋で遊んでるぜ」
 日翔が雪啼の部屋を指差して答える。
「俺が倒れてる間、何もなかった?」
「いや、特に」
 分かった、ありがとう、と辰弥は頷き、雪啼の部屋の前に移動した。
「雪啼、入るよ?」
 ドアをノックし、「パパ!」という返事を聞いてから中に入る。
「いっけー、のっかーまん! びーるすせいじんをやっつけろー!」
「……」
「どーん! ぐわー、やーらーれーたー!」
 部屋の中に綿が飛び散っていた。
 クマのぬいぐるみを手にした雪啼がはしゃいでいる。
 その向かいにはずたずたに引き裂かれたトカゲのぬいぐるみが。
「……雪啼?」
「あ、パパ起きたー?」
 ぬいぐるみを床に置き、雪啼が辰弥に飛びつく。
「あ、うん、そうだけど……雪啼?」
「んー?」
「流石に、ぬいぐるみでブンドドはどうかと思うな」
 いや、やるのはいいんだけど、ぬいぐるみをボロボロにするのはかわいそうじゃないかな? と続けて辰弥が雪啼に視線を投げる。
また派手にやったなー……ここまで激しくブンドドするならソフビ人形の方がいいか?」
 辰弥の後ろから部屋を覗き込んだ日翔も呆れたように呟く。
 そうだね、と同意し、辰弥はしゃがんで雪啼に目線を合わせた。
「お腹すいたよね? ご飯作るよ」
「わーい!」
 嬉しそうに雪啼が辰弥に抱き着く。
 雪啼を抱えたまま辰弥がリビングに戻ると、渚は「もう帰るわ」と玄関に向かって歩き出し、鏡介は暇そうにTVのニュース番組にチャンネルを合わせたところだった。
《――先日、テロ組織『クマガリ』に拘束されていた遺伝子工学博士の永江ながえ あきらさんがこの度永江博士を保護したカグラ・コントラクターを有する御神楽財閥の遺伝子工学部門の客員研究員として生体義体の研究、開発に携わるとの声明を出しました。永江博士は若くして遺伝子工学の第一人者として注目されており、様々な最先端技術を担う御神楽財閥は永江博士の参入によって――》
「ほーん、『クマガリ』に拘束されてたのか」
 名前だけは聞いたことあるぞ、っていうかこいつが開発した唐辛子を使ったとかいう最強の催涙スプレートウガラシキラー喰らったら何もできんからな、と日翔がTVに映し出された博士の顔写真を見ながら呟く。
《――永江博士と回線がつながっています。永江博士、今回、御神楽財閥で研究をされるということですが、潤沢な資金提供がありますし、素晴らしい生体義体が開発できそうですね》
《そうですね。でも私としては生体義体もいいですが唐辛子料理が大好きなので時間のある時は唐辛子の研究もさせてもらえるよう交渉しましたよははは》
 冗談めかした博士の言葉に、スタジオから笑い声が聞こえてくる。
「……キナ臭いな」
 カグラ・コントラクターに保護された恩だったとしても御神楽財閥の下で働くという時点で怪しさしか感じない、と鏡介が呟く。
「辰弥はどう思う? 本当に生体義体の研究すると思うか?」
 そう言って辰弥を見ると、辰弥は一瞬、「ん?」という反応を見せ、それから、
「……個人的にカグコンにはあんまりいい感情持ってないからね。生体義体の研究って言っとけば世間をごまかせると思ってんじゃない?」
 それじゃ、ご飯作るから雪啼見てて、と辰弥は雪啼を降ろそうとする。
「……ん? TVが気になるの?」
 雪啼が辰弥に抱き着いたまま、TVを凝視している。
 辰弥に声をかけられ、雪啼がはっとしたように彼を見上げる。
「パパ」
「どうした?」
「えっと……あのおじさん、とうがらし好きなの?」
 その言葉に、辰弥が「映像では二十代前半に見えるけどな」と思いつつ「そうみたいだね」と答えた。
「せつな、からいのきらーい」
 そう言って、雪啼はするりと辰弥から降りる。
「きょうすけー、あそんでー」
「はいはい、レディ」
 雪啼にせがまれ、鏡介がソファから立ち上がる。
《――臨時ニュースです。先ほど、下条二田市げじょうふったしで血を抜かれた変死体が発見されたと警察当局から発表がありました。近頃、下条二田市では同様の事件が数件発生しており、警察当局は情報の提供と、単身での移動を控えるよう――》
 永江博士のニュースから一転、臨時ニュースが入り、ニュースキャスターが緊張した面持ちで原稿を読み上げる。
「またかよ」
 市内だと俺たちも動きづらくなるんだよなあ、と呟きつつ日翔が鏡介を見る。
「どうして俺を見る」
「いやー、辰弥に頼まれて調べてるんだろ?」
 日翔の質問に、どこから取り出したか猫じゃらしを雪啼の目の前で振りながら鏡介が「まあな」と頷く。
 雪啼が猫のように猫じゃらしに飛びついて遊んでいる。
「なんで猫じゃらし」
 辰弥が不思議そうに尋ねると、鏡介が「知らん」と答える。
「何故か分からないが、猫じゃらしが一番反応いいんだよ」
「……そういうものなの……」
 そう呟いたものの、特におかしいと思うことなく辰弥はエプロンを手に取り、キッチンの奥へと歩いて行った。

 

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第3章-11

 


 

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