Vanishing Point 第10章
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惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
依頼を受けては完遂していく三人。しかし
警戒はしつつも、雪啼と
その後に受けた依頼で辰弥が
まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
しかし、その要人とは
最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽
「それは貴方が
確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
しかし、逃げ切れないと知り彼は抵抗することを選択する。
それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
拘束された辰弥を「ノイン」として調べる
一方で、辰弥は「ノイン」ではなく雪啼こそが「ノイン」であると突き止める
日翔たちはトクヨンがLEBを研究していた研究所を襲撃し、それによって「ノイン」が逃げ出したと知るが四年前にも同じく研究所が襲撃され、実験体が逃げたのではと推測する。
その一方で、連絡を受けた久遠は改めて辰弥を調べる。
その結果、判明したのは辰弥は「
「一般人に戻る道もある」と提示する久遠。しかし、日翔たちの元に戻りたい辰弥にはその選択を選ぶことはできなかった。
辰弥が造り出された生物兵器と知った日翔と鏡介。しかし二人は辰弥をトクヨンの手から取り戻すことを決意する。
レジスタンスに辰弥が収容されている施設の近くまで送ってもらった日翔と鏡介の二人は施設への侵入を試みる。
一方で、辰弥は
久遠も辰弥に「明日、『ツリガネソウ』へ移送する」と宣言、先に帰還した久遠の代わりにツヴァイテとウォーラスが監視を引き継ぐ。
施設へを侵入を開始した日翔と鏡介。しかし、未知のセキュリティにより侵入が発覚してしまう。
鏡介のハッキングで施設の人間全てを無力化した二人。辰弥についてのレポートも確認しつつ、彼を探し始める。
レポートには培養層内で培養される
その培養段階が終了し、培養層から出すと決められた日が
「……あいつ、実年齢七歳以下かよ。四年前の襲撃で生き延びたのが何番か知らんが少なくとも七歳以下ということだけは確かそうだ」
思わずぼやいた鏡介に日翔が「は?」と振り返る。
「ちょっと待てよ研究自体は十年ほど前って言ってたよな?」
それよりも若いとか言ってたがそんなにも若いのかよと日翔が声を上げる。
「ああ、開発に約三年、培養層の中で漸くヒトの形をとるようになった、という記述がある」
「培養槽……」
え、中学の生物で生物の増え方について習ったぞ? それとは違う増え方なのか? と日翔が訊ねる。
そうだな、と鏡介が頷いた。
だが、このあたりのレポートの記述は読むだけで吐き気がする。
こんなおぞましい実験を行っていたのか、と鏡介はさらにページをめくった。
「……通常の有性生殖では生まれてない。本当に、PC上でシミュレートされたDNAの塩基配列を化学的に再現してそれを人間の細胞の遺伝子に組み込んで培養した、という感じだな」
人間のやることじゃない、と憤りを覚える。
さらに数ページめくり、それから鏡介はそれ以上直視することができずにレポートを閉じた。
「……あいつ、こんな実験に耐えてたのかよ……」
吐き気を抑えるかのように口元に手を当て、鏡介が呻く。
レポートに記されていた「実験」の数々。
虐待どころか拷問だろうと言いたくなるようなその「実験」に耐えてきた辰弥の身を案じ、「早く助けなければ」とより強く思う。
辰弥は
いくら「非人道的だから」と研究を潰したとしても既に造られたサンプルの扱いまでは分からない。
それこそ、「今後の対策」として様々な実験を行った末に「処分」することも――。
そう思ってから、鏡介は別のレポートに手を伸ばした。
それは四年前のトクヨンによる研究所の粛清のレポートで、「
そのレポートの最後に。
「――兵器開発第1研究所が非人道的に開発を行っていた局地消去型生体兵器「
その記述を、鏡介は読み上げた。
それから、
「Gene、あいつの開発ナンバー……いや、本名が、エルステ、だ……」
そう、かすれた声で呟いた。
普通の人間に溶け込むことを願われてたのか、と低く呟く。
実際、辰弥は「普通の人間」として社会に溶け込んでいた。
それなのに、トクヨンは。
――わざわざ暴き立てて、社会に溶け込んでいた辰弥を連れ去った。
そう、思ってしまう。
「……Gene」
鏡介が日翔を呼ぶ。
「なんだ?」
鏡介の発言に言葉を失っていた日翔が彼を見る。
「必ず、取り戻そう」
そして、今まで通りの日常に戻ろう、と鏡介は言った。
辰弥をこんなところに残すわけにはいかない。
本人が望むならそれを優先すべきではあるが、きっとこんなことは望んでいない、と。
ああ、と日翔も頷く。
辰弥は自由であるべきだ。自由に生きる権利がある。
だから。
必ず取り戻す、と。
二人は互いを見て頷き合った。
「早く辰弥を助けて脱出するぞ」
そう言って鏡介はダウンロードした施設の見取り図を視界に表示させた。
辰弥がいそうな場所を洗い出す。
「GNSが未だに不通だと考えるとまだ拘束されているはずだ。それなら……独房エリアか」
鏡介の視界に投影された見取り図がサーバルームから独房エリアまでのルートを表示する。
想定よりは近いそのエリアにほっとしつつ、鏡介も早歩きから小走りになった。
「独房エリアはこの先だ。どの房にいるかは分からんが片っ端から当たれば見つかるだろう」
了解、と日翔が頷く。
小走りで、時々鏡介のHASHに打ちのめされた警備兵が倒れる廊下を駆け抜けながら二人は独房エリアの扉を開けた。
独房エリアに飛び込もうとした瞬間、日翔が咄嗟に鏡介を壁に向かって突き飛ばす。
「――っ!」
不意のことに全身をしたたかに壁に打ち付けられた鏡介が息が詰まったような声を上げるが、日翔はそれに構わずドアの横の壁に背を付けて遮蔽をとっている。
二人の間をゴム弾が通過していく。
「生き残りがいたのか!?!?」
T4を構え壁から通路の様子をうかがいながら日翔が叫ぶ。
そこには二人の人間が立っていた。
一人は屈強そうな男、もう一人は女。
しかし、以前見た
そもそも、久遠は現在ツリガネソウに帰還している。
誰だ、と思いよく見た日翔と女の目が合った。
深紅の瞳。辰弥と同じ色の瞳。
「やばい、向こうLEBまで動員してやがる!」
「た……
女の姿をまだ視認していない鏡介が訊ねる。
「アホか! LEBの女だ!」
そう怒鳴りながら日翔が身を乗り出し、発砲。
相手も廊下に
「あー! せっこー!」
日翔が叫びつつも再度発砲、しかし弾丸はポータブルカバーに阻まれて相手に当たらない。
「なんでHASHが効いてない奴いるんだよ!」
相手の反撃を壁に隠れることで防御、日翔が鏡介に怒鳴る。
「GNS導入してないからに決まってるだろ!」
「だったらCCTは! 最近のは視覚投影なんだろ!?!?」
日翔は旧式の外部ホログラムスクリーン式
日翔が未だに旧式のCCTを使用しているのは両親から「GNSやARのような視覚投影は子供には危険だ」と散々聞かされていたからだが、もう一つ「HASHの影響を受けない」というメリットがあるからである。
御神楽が「HASHの影響を受けない」というメリットよりも最新式よりも大型でかさばる、映像を見るのに端末を取り出す、場合によっては手に持たなければいけないといったデメリットの方が大きい旧式を支給するとは思えない。また、御神楽は最新のハイテク機器を導入してこその強さを誇っている。
だから日翔は通路の奥にいる二人もGNSを導入していないのなら視覚投影のCCTを使用しているはず。
それならCCTにHASHを送り込むことで聴覚は潰せずとも視覚から無力化できるのではと考えた。
だが。
「だろうと思ってCCTを特定して――いや、こいつらCCTも持ってないぞ!」
壁に背を付けたままホロキーボードを展開した鏡介がキーボードに指を走らせながら驚愕の声を上げる。
普通、戦闘員はGNSもしくはCCTで各メンバーとやり取りしたり本部からの無線を受け取ったりする。
そのどちらもを持たないということは命令を受信することすらできないのに、この二人は一体どうやって連絡をやり取りするのか。
鏡介がほんの少し身を乗り出して通路奥の二人を視認する。
義眼をズームモードに切り替え、二人の姿をくまなくスキャンする。
攻撃を受ける前に壁に戻り、スキャンした二人の姿を画像解析に掛ける。
CCTなどが普及する前に使われていたような無線機を持っているような気配もない。
第一、最近は作戦中もデータリンクで映像共有も行われている。音声しか伝達できない無線機など不便極まりない。
そう考えると旧型CCTを使っている日翔も基本的に音声でしか連絡を受け取ることができないがそこはGNSを導入している辰弥や鏡介のアシストで乗り切っている。
いったい何を使っている、と鏡介は解析した画像を睨みつける。
その二人の右耳に何かが引っ掛けられている。
(なんだ? 御神楽は
右耳のイヤーフックを拡大する。
拡大でぼやける画像をさらに画像処理をかけて鮮明にする。
(……
イヤーフックに刻印された文字。
一口かじられたようなレモンのエンブレムにlGearと書かれたそれに鏡介が首をかしげる。
(……聞いたことがない。御神楽のエンブレムではないから御神楽製ではなさそうだが……。こんなエンブレムも通信機器も見たことがない)
それでも通信機器なら侵入できるはず、とホロキーボードに指を走らせ、施設のターミナル経由での通信を特定しようとする。
「Rain! HASHは!」
日翔が二人が近づいてこないようにT4を連射しながら叫ぶ。
「奴ら、見たことがない通信機器を使っている! なんだ、この通信規格――」
鏡介の視界の通信ウィンドウに流れる見覚えのない通信規格の通信ログ。
いや、そんなはずはない、と鏡介が首を振る。
通信規格のパターンを分析する。
電波通信なら特定の電波の周波数が見えるはず。ただ複雑に複合した暗号周波を使っているだけだ、と周波数を割り出そうとして気付く。
そもそも、電波の周波数ではない。
――まさか!
「量子通信だと!?!? あんな小型の通信機器で!?!?」
信じられない、と鏡介が声を上げた。
あの二人が使っているのはどう考えても量子通信機器。
それなのに、あの二人が使っている通信規格はどう見ても量子通信。
量子通信特有の
流石にGNSとの通信には電波が必要であるため先ほどのサーバルームに量子通信の中継設備が設置され、ターミナルを介して施設内の警備兵とデータリンクを構築しているようだった。
なるほど、と、鏡介が呟く。
この二人が倒れていないのは彼がHASHを送る際にターミナルから直接各GNSを指定したため。量子通信の中継設備を通していないからそもそもこの二人にはHASHは届いていない。
また、通信によれば識別コードから彼らが本来はツリガネソウの要員であることも分かる。恐らく普段は、ツリガネソウのメインフレームを直結しているのだろう。今は基地内での作戦行動のためターミナルを咬ませているのが唯一の救いと言えた。
そこまで考えたところで、鏡介の脳裏に閃くものがあった。
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