縦書き
行開け
マーカー

Vanishing Point 第10

分冊版インデックス

10-1 10-2 10-3 10-4 10-5 10-6 10-7 10-8 10-9 10-10 10-11

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 警戒はしつつも、雪啼とエターナルスタジオ桜花ESO遊びに出かけたりはしていたが、日翔あきと筋萎縮性側索硬化症ALSだということを知ってしまい、辰弥は彼の今後の対応を考えることになる。
 その後に受けた依頼で辰弥が電脳狂人フェアリュクター後れを取り、直前に潜入先の企業を買収したカグラ・コントラクター特殊第四部隊の介入を利用して離脱するものの、御神楽みかぐら財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人。
 まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
 しかし、その要人とは鏡介きょうすけが幼いころに姿を消した彼の母親、真奈美まなみ
 最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
 帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽 久遠くおんが部屋に踏み込んでくる。
 「それは貴方がLEBレブだからでしょう――『ノイン』」、その言葉に反論できない辰弥。
生物兵器LEBだった。
 確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
 しかし、逃げ切れないと知り彼は抵抗することを選択する。
 それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
 拘束された辰弥を「ノイン」として調べる特殊第四部隊トクヨン。しかし、「ノイン」を確保したにもかかわらず発生する吸血殺人事件。
 一方で、辰弥は「ノイン」ではなく雪啼こそが「ノイン」であると突き止める暗殺連盟アライアンス
 日翔たちはトクヨンがLEBを研究していた研究所を襲撃し、それによって「ノイン」が逃げ出したと知るが四年前にも同じく研究所が襲撃され、実験体が逃げたのではと推測する。
 その一方で、連絡を受けた久遠は改めて辰弥を調べる。
 その結果、判明したのは辰弥は「ノイン」ではなく、四年前の襲撃で逃げ延びた「第1号エルステ」であるということだった。
 「一般人に戻る道もある」と提示する久遠。しかし、日翔たちの元に戻りたい辰弥にはその選択を選ぶことはできなかった。
 辰弥が造り出された生物兵器と知った日翔と鏡介。しかし二人は辰弥をトクヨンの手から取り戻すことを決意する。

 

 レジスタンスに辰弥が収容されている施設の近くまで送ってもらった日翔と鏡介の二人は施設への侵入を試みる。

 

 一方で、辰弥は永江ながえ あきらによって採血され、「あとは『ノイン』さえ戻ってくれば」という話を聞く。

 

 久遠も辰弥に「明日、『ツリガネソウ』へ移送する」と宣言、先に帰還した久遠の代わりにツヴァイテとウォーラスが監視を引き継ぐ。

 

 施設へを侵入を開始した日翔と鏡介。しかし、未知のセキュリティにより侵入が発覚してしまう。

 

 鏡介のハッキングで施設の人間全てを無力化した二人。辰弥についてのレポートも確認しつつ、彼を探し始める。

 

 辰弥に関してのほぼ全ての情報を入手した二人は独房エリアの前で辰弥を警備していたウォーラスとツヴァイテと交戦する。

 

 
 

 

 以前に『ワタナベ』の依頼にそれと知らず、『サイバボーン・テクノロジー』傘下の開発サーバを破壊しに行った時のことだ。あの時、あのサーバは量子もつれを妨害する装置AEPに守られていた。あの時は少し厳重すぎる程度に思っていたが、今なら分かる。あれはライバル企業であるカグラ・コントラクターの、それも小型量子通信機でやりとりする特殊第四部隊を警戒していたのだ。
 どうする、と鏡介は呟いた。
 曲がりなりにも鏡介は最高位ウィザード級のハッカーを自負している。侵入できない通信機器などあってはいけない。
 やるしかない、と自分に気合を入れる。
 確かにトクヨン有する「ツリガネソウ」の中央演算システムメインフレームは鏡介のプライドから「荷が重い」とは言ったが実際は不可能である。あれほどの大規模な量子コンピュータに侵入するには相応の量子通信ができる量子コンピュータが必要である。
 そもそもの前提からして不可能な話ではあったが、今回は量子通信の中継設備が電波通信できるターミナルに接続されている。
 量子通信に使われるエンタングルメントに割り込みさえできれば電波通信を起点として侵入は可能。
 問題はそのエンタングルメントへの割り込みだが、そこはウィザード級ハッカーとしてのプライドをかけて挑むしかない。
 その判断を瞬時に行い、鏡介は日翔を見た。
「Gene!」
 鏡介が日翔を呼ぶ。
「なんだ!?!?
 「カタストロフ」から貰ったグレネードを投げ、日翔が鏡介を一瞬だけ見る。
 グレネードが爆発、爆風と破片が通路奥の二人を襲う。
 しかし、わずかに投擲距離が足りなかったのか爆風は携行遮蔽物ポータブルカバーに阻まれ、傷を負わせることができない。
 それでも相手が身を隠す時間は稼げたわけで、その隙に日翔はT4のマガジンを交換、即座に発砲して相手の動きを封じる。
 鏡介が一瞬迷ったのち口を開く。
「時間を稼いでくれ! できれば――三分!」
「三分!?!?
 さっきより長いじゃないか、なんでと日翔が怒鳴り返す。
「あいつらが使ってる通信機器は量子通信機だ! 量子もつれエンタングルメントに割り込むのにどうしても時間がかかる! その上向こうの機械は見たこともない奴だ。それを解析してHASHが成立するように調整する時間もいる」
 頼む、三分もたせてくれ、と鏡介は日翔に懇願した。
 日翔も予備のマガジンとグレネードの数を頭の中で計算し、「できるか?」と自分に問う。
 できるできないではないということは理解している。やるしかない。
 鏡介の頼み通り彼を三分守り切ればあの二人を無力化できるというのなら。
 辰弥はもうすぐそこにいるのである。ここで負けるわけにはいかない。
 分かった、と日翔が頷いた。
「三分だぞ! それ以上はもたねえ!」
 いくら相手が使っているのがゴム弾であっても当たれば痛いしそれで怯めば相手に対して隙を作ってしまう。
 それでも、鏡介が三分というのなら。
 そこは信じるしかない。
 必ず、守り切る。
「来いやぁ! ここは通さねえからな!」
 日翔が一声吠え、二人に向けて引鉄を引く。
 フルオートで弾幕は張らない。指切り撃ちでマガジンの残弾を計算しながら三発ずつ撃って牽制する。
 二人のうち、男の方が積極的に日翔の一瞬の隙を突いて反撃してくるがそれを壁に戻ることで回避しながら日翔も撃ち返す。
 このまま撃ち合えば三分は楽に稼げるな、と日翔はちら、と鏡介を見ながら考えた。
 そんなタイミングで、男の方が先にマガジンの弾が尽きたのかマガジン交換のモーションを取り始める。
 しかも、「撃ってください」と言わんばかりに携行遮蔽物ポータブルカバーから身体がはみ出している。
 チャンスだ、と日翔が身を乗り出して男を狙う。
 次の瞬間。
 飛来したゴム弾が日翔の右腕に直撃した。
「ぐ――!」
 硬質ゴムのゴム弾は日翔を傷つけることこそはなかったものの骨に、そして骨に沿うように埋め込まれた強化内骨格インナースケルトンに衝撃を伝える。
 あまりの激痛に一瞬怯み、T4を取り落としかける。
 ――まさか、リロードのタイミングを欺瞞した――!?!?
 銃のマガジンには基本的に同じ数の弾が入っている。
 それ故に同じようなタイミングでリロードを行うと思ったが日翔はそのタイミングを測り切れていなかった。
 それに気づいたのだろう、男は敢えてリロードのタイミングではない状況で一度身を引き、日翔の射撃を誘発し、発砲したのだ。
 日翔が怯んだその一瞬の隙を逃さず、携行遮蔽物ポータブルカバーから男が飛び出した。
 咄嗟に日翔が男に向けて発砲するが狙いを定めきれなかったその銃弾は男をかすめることすらせず外れていく。
 男が電磁警棒スタンロッドを抜いて日翔に突進する。
「くそ、舐めやがって!」
 右手のT4を棒状武器の代わりにして日翔がスタンロッドを弾き、左脚のシースから単分子ナイフを引き抜く。
「俺は、あいつを助けるんだ!」
 そう叫びながら、日翔は男に向けてナイフを突き出した。
「甘いな」
 男の低い声が日翔の耳に届く。
 直後、日翔の手から単分子ナイフが叩き落される。
「くっ!」
 咄嗟に後ろに跳び、日翔がT4を構え直す。
 そこへ携行遮蔽物ポータブルカバーの向こう側にいるLEBの女の援護射撃が日翔に襲い掛かる。
「っそ!」
 身をひねって辛うじてゴム弾を躱すがそれでも数発を受け、日翔がよろめく。
「実弾だったらお前、死んでいたぞ」
「っざけんな!」
 よろめきつつも日翔が男にT4を向ける。
 男も背中に回していた銃を構え直し、日翔に向ける。
 至近距離での撃ち合いになるが、二人は同時に引鉄を引いた。
 日翔も男もそのモーションで弾道を予測し、互いに身をひねって銃弾を回避する。
 引鉄が引かれたことを確認してから回避するのでは避けられない。
 確実に回避するのならそれ以前のモーションで判断するしかない。
 それは日翔も暗殺連盟アライアンスで仕事をする上で身に付けたスキルだった。
 男も当然数々の修羅場を潜り抜けているだろうから回避できる。
 日翔が撃った銃弾が壁を穿ち、男が撃ったゴム弾が壁を跳ねる。
 撃ち合いは不利だ、と日翔は思った。
 男の射撃は正確。そして回避も早い。
 それに対して日翔は実弾というアドバンテージがあったが当たらなければ意味がない。
 現時点で経過時間は二分。あと一分もたせなければいけない。
 自分が回避に徹すればあと一分は凌げるか、と日翔は考えたがどちらか言うと「攻撃は最大の防御」と思っている彼は回避よりも攻撃を優先した。
 接近すれば撃てまい、と日翔がT4を放り出して男に殴りかかる。
 強化内骨格インナースケルトンの出力にまかせた拳が男を捉える。
 と、思ったところで男はそれを軽くいなした。
「な――」
 こいつ、できる、と日翔が心の中で呻く。
 軍人だから体術に長けているのは当然である。対して日翔は「仕事」のために身に付けた基本的な格闘術のみ。
 しかもそれを力任せに打ち込むためどうしても隙が多い。
 どちらかと言えば一撃必殺の日翔に対し、卓越した技能を持つ男に日翔は勝ち目がない。
 それでも、日翔はもう一撃男に向けて拳を叩き込んだ。
「動きが単調すぎる。もっと考えて攻撃しろ」
 そう言いながら男が打ち込まれた日翔の腕を掴む。
「何を!」
 男の手を振りほどこうと日翔がインナースケルトンの出力にものを言わせて腕を振る。
 インナースケルトンが体組織内でわずかにずれ、激痛が彼を苛むがそれでも腕に込めた力は抜かない。
 しかしそれでも男の手は離れなかった。
 それどころか、逆に日翔の関節を極めにくる。
 男と日翔の体勢が入れ替わる。
 単純な腕力勝負ならインナースケルトンの出力で上回ることのできる日翔だったが、男はそれ以上に技量で圧倒してきた。
 あっと言う間に腕十字の姿勢に持ち込まれ、日翔は床に転がされた。
 男が両足を日翔に絡め、関節を極めようとする。
「ふむ、久遠の言う通り筋は悪くない。もう少し武術を身に付ければ勝負は分からなかったかもな」
 日翔が動けなくなったところで男は彼をうつ伏せに転がした。

 

10章-8へ

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する