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Vanishing Point 第11

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 警戒はしつつも、雪啼とエターナルスタジオ桜花ESO遊びに出かけたりはしていたが、日翔あきと筋萎縮性側索硬化症ALSだということを知ってしまい、辰弥は彼の今後の対応を考えることになる。
 その後に受けた依頼で辰弥が電脳狂人フェアリュクター後れを取り、直前に潜入先の企業を買収したカグラ・コントラクター特殊第四部隊の介入を利用して離脱するものの、御神楽みかぐら財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人。
 まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
 しかし、その要人とは鏡介きょうすけが幼いころに姿を消した彼の母親、真奈美まなみ
 最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
 帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽 久遠くおんが部屋に踏み込んでくる。
 「それは貴方がLEBレブだからでしょう――『ノイン』」、その言葉に反論できない辰弥。
生物兵器LEBだった。
 確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
 それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
 拘束された辰弥を「ノイン」として調べる特殊第四部隊トクヨン。しかし、「ノイン」を確保したにもかかわらず発生する吸血殺人事件。
 連絡を受けた久遠は改めて辰弥を調べる。
 その結果、判明したのは辰弥は「ノイン」ではなく、四年前の襲撃で逃げ延びた「第1号エルステ」であるということだった。
 「一般人に戻る道もある」と提示する久遠。しかし、日翔たちの元に戻りたい辰弥にはその選択を選ぶことはできなかった。
 辰弥が造り出された生物兵器と知った日翔と鏡介。しかし二人は辰弥をトクヨンの手から取り戻すことを決意する。
 IoLイオルに密航、辰弥が捕らえられている施設に侵入する日翔と鏡介。
 激しい戦闘の末に二人は辰弥の救出に成功、鏡介が「コマンドギア」と呼ばれた兵器を強奪して逃走を開始する。
 追手の多脚戦車を撃破し逃走を続ける三人だが、久遠は三人の確保のためにコマンドギア部隊を投入することを決意する。

 

 久遠によって放たれた追手と交戦する鏡介。
 武装に不安を覚えるが、a.n.g.e.l.エンジェルの提案により、ハッキングで武装の追加オーダーを行う。

 

 相手はプロの戦闘員。このままでは勝ち目がないと判断した鏡介はコマンドギアのリミッターを解除する。

 

 相手との読み合いに勝って一機撃破する鏡介。連携を取り攻撃してくる相手に対し、鏡介はかなりの無理をしつつも抵抗する。

 

 二機目を撃破する鏡介だが、何か無理をしていると気づく辰弥。
 このままでは鏡介が無事では済まない、と考えた彼は鏡介も助け、なおかつ逃げ切るための勝機を作ると宣言する。

 

 久遠の攻撃に右腕を切断される鏡介。
 彼が捕らえられる、その直前、辰弥は彼のもとに駆け付け、そして「世界」を切り裂く。

 

 久遠と最後のコマンドギアを鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュの強化版で撃破した辰弥。
 久遠にとどめを刺そうとするが狙撃に阻まれ、三人はその場を離脱する。

 

 迎えが来ているという岬に向かう三人。
 その先に一隻の潜水空母が現れ、トクヨンの空中空母を煙に巻き三人を収容、潜航する。

 

「う……」
 目を開けた辰弥が視線を彷徨わせる。
 一瞬、ここがどこか分からず混乱するが、低く聞こえる音にここが桜花へ向かう潜水空母の中であることを思い出す。
「気が付いたか?」
 不意に声をかけられ、辰弥は視線を声の方向に動かした。
 辰弥が寝かされたベッドの横に置いた椅子に腰かけた日翔が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……日翔、」
「お前、無茶したな。輸血は一応したが……。それはそうと、今はここに到着して二時間後だ」
 日翔の言葉に辰弥がGNSのカレンダーを確認する。
 自分が捕らえられ、あの施設に連れてこられてからわずか二日、思っていたより時間が経過していなくて、日翔たちが迅速に行動してくれたのだと気づかされる。
「……なんで助けに来たの」
 辰弥の口をついて出たのは「ありがとう」でも「余計なことをして」でもなく、純粋な疑問だった。
 二人とも自分が人間ではないことをもう理解しているはず、それなのに助けに来た理由が分からない。
 あのなあ、と日翔が呆れたように言う。
「お前が人間じゃないのは承知の上だよ。だが、だから何だってんだ。お前はお前、『グリム・リーパー』の大切なメンバーだ」
「……」
 日翔の答えに辰弥が沈黙する。
 日翔の答えは答えとしては真っ当なものだろう。
 だが、それでもこの救出作戦で得た代償は大きすぎる。
 「カタストロフ」が無料タダで協力してくれるはずがない。
 いや、金銭的な代償はこの際どうでもいい。
 それ以上に、鏡介が失ったものはあまりにも多すぎる。
 体を起こして、辰弥はベッドから降りた。
「もう大丈夫なのか?」
 ジャケットを羽織る辰弥に日翔が声をかける。
「俺の貧血は輸血さえすればすぐに回復する。それよりも、鏡介の容態を聞きたい」
 そうだな、と日翔も頷く。
 その返答に、辰弥は日翔を睨みつけた。
「俺より重傷の鏡介放置してこっちに来てたの? バカじゃないの」
「いや、鏡介は集中治療室だし」
 日翔が言い訳するが、辰弥はそれを聞き流してドアに向かう。
「……もしかして、怒ってるのか?」
 恐る恐る尋ねてくる日翔。
「……」
 少し考えて、辰弥は小さく頷いた。
「そうだね、少なくとも俺を見捨てなかった君のバカさ加減に怒ってる」
 そう言ってから、辰弥は、
「……ありがとう」
 そう、辛うじて聞き取れる程度の声でそう言った。

 

 医務室で辰弥と日翔が並んで座る。
 目の前には医師と義体メカニックサイ・ドックが並んで座り、四人の間にホログラムスクリーンが浮かび上がり鏡介のカルテを表示させる。
「彼の受傷状況についてはひどいものですとしか言えません」
 開口一番、医師がそう宣言する。
「切断された右腕は切断面がきれいだったので腕さえ持ってきていただければ接合できたかもしれませんがないものは仕方ないですね。他にも全身の筋肉の断裂、これはかなりひどいですが安静にしていれば勝手に治癒します。しかし、左脚だけは神経も筋肉もズタズタで放置すれば壊死は確実です」
「治療は?」
 適切な治療ができれば後遺症は残っても歩けるようになるのか、と辰弥がわずかな希望を口にする。
 それに対し、医師は首を横に振った。
「もう、ただの肉の塊です。切断して義体にした方が負担も少なく、以前と同じ動きができるようになります」
「……そう、」
 辰弥がうつむき、唇を噛み締める。
「切断しか道がないなら、そうして」
「分かりました」
 辰弥の言葉を同意として医師が頷き、今度は義体メカニックサイ・ドックが口を開く。
「幸い、彼の体形に合わせた応急処置用の簡易義体の在庫はあります。こちらで接続しておきますか?」
 義体メカニックサイ・ドックの質問には小さく頷くことで同意し、辰弥は膝の上で拳を握り締める。
「貴方の方は輸血だけで回復したようですね。彼に関しては左脚の切断処置が終われば集中治療室ICUから出せますので後程顔を出してあげてください」
 とはいえ、まだ意識は戻っていないのですがと続ける医師に辰弥が再び頷く。
 それから暫く今後の治療についての説明を受け、辰弥と日翔は自分たちにあてがわれた船室に移動した。
 辰弥が二段ベッドの下の段に腰かけ、両手を組んでうなだれる。
「辰弥……」
 日翔が辰弥に声をかける。
「……君も、鏡介もバカだよ……」
 ぽつり、と辰弥が呟く。
 その手に水滴が落ちる。
「なんであんな無茶したの。俺、人間じゃないんだよ? こんな化け物に命賭けて君たちに何のメリットがあるの」
 絞り出すような辰弥の声。
 俺のことを諦めていれば変わらない生活が送れたのにどうしてあんなことをしたの、と辰弥は日翔を責めた。
 助けられたのが嬉しくないわけがない。
 だが、それ以上に鏡介が右腕と左脚を失ってまで助け出す価値がないと本気で思っていた。
 どうして、という疑問だけが脳内を駆け巡る。
 日翔は先程既に答えを出している。
 それは分かっていたが、鏡介の容態を聞いて余計に「何故助けた」という疑問を口にしてしまう。
 「大切な仲間だ」と言われても、その言葉を受け入れることができない。
 あれだけ聞きたかった、受け入れの言葉なのに自分が受け入れられない。
 確かに自分は日翔と鏡介の元に戻りたいと願った。
 その願いは叶えられた。
 日翔も鏡介も人間ではない自分を受け入れてくれている。
 それでも、その願いを叶えた代償が大きすぎる。
 こんなことになるのなら帰りたいと願うんじゃなかった、と辰弥は歯ぎしりした。
 涙があふれては両手に零れ落ちる。
「……俺なんて、生きてるべきじゃなかった」
 ――日翔も鏡介もここまで傷つけるのなら、とっとと死ぬべきだった。
 二人と共に過ごすのが楽しくて、ずるずると生きながらえてしまった。
 その結果が、これだ。
 自分がさっさと死んでいれば、カグラ・コントラクターに捕えられることも、日翔や鏡介が自分を助けに来ることもなかった。
 純粋に、それだけが悔やまれる。
 辰弥の言葉を黙って聞いていた日翔が彼に歩み寄る。
 床に膝をつき、手を伸ばし、日翔はそっと肩を震わせる辰弥を抱き寄せた。
 彼の背中に手を回し、子供をあやすかのように背を軽く叩く。
「日翔……」
 日翔の行動の意図が読めず、辰弥が困惑したように彼を呼ぶ。
「……子供扱いしないで」
 辰弥の拒絶の言葉。
 だが、日翔はそれに構わず背中を叩き続ける。
「子供だろ、お前は。ガキはガキらしく大人に守られてろ」
 もう、殺しなんてさせないから、と続ける日翔に辰弥がかぶりを振る。
「俺は殺しをするために造られた。他の道なんてない」
「だったら、今から探せばいいだろ」
 日翔がキッパリと辰弥に言う。
 辰弥が目を見開き、頭を上げて日翔を見た。
 その深紅の瞳が戸惑ったように揺らいでいる。
「お前が幸せになる道なんて探せばきっと見つかる。だから、探そう。これ以上何も背負うな」
「日翔……」
 おずおずと伸ばされた辰弥の手が日翔の服を掴む。

 

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