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Vanishing Point Re: Birth 第5章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せる辰弥をよそに、今度はアライアンスから内部粛清の依頼が入る。
簡単な仕事だからと日翔を後方待機にさせ、依頼を遂行する辰弥と千歳。
しかし、その情報は相手チームに筒抜けになっており、その結果、辰弥は千歳に自分が人間ではないことを知られてしまう。

 

帰還した辰弥は念のためにと手配された闇GNSクリニックに赴き、精密検査を受ける。
その帰り道、鏡介に「秋葉原には気を付けろ」と言われたことについて考える。

 

 
 

 

「あら、鎖神くんおかえりなさい。大丈夫だった?」
 帰宅した辰弥がリビングに入るなり、既に到着していた渚が声をかけてくる。
「うん、異常はなかった」
 一応ワクチンも入れたし大丈夫だと思う、と辰弥が答えるとそれなら、と渚がソファから立ち上がる。
「それじゃ、今度はわたしの番ね。みっちり調べさせてもらうわよ」
 そう言って渚が辰弥を部屋に誘導する。
 日翔も鏡介も姿を見せないことを考えると寝ていたり調べ物をしていて、辰弥は渚に任せた、ということだろう。
 渚と共に自室に入り、辰弥はジャケットを脱いでハンガーに掛けた。
「じゃあ、ちょっと横になって」
 鞄から採血用の注射器や検査キットを取り出しながら渚が指示を出す。
 その指示に従って辰弥がベッドに横になると渚は慣れた手つきで採血し、簡易検査キットにセットする。
 検査結果が出るまでの間、GNSでバイタルを確認したり、瞳孔反射などを確認する。
「……反射能力とかは問題なさそうね。となると気になるのは血液検査の結果……」
 ちら、と検査キットに視線を投げる渚。
 それから再び辰弥に視線を戻すと、彼はぼんやりと天井を見上げていた。
「どうしたの、悩んでるみたいね」
「……うん」
 渚には隠していても仕方ないと思ったのか、辰弥が相変わらずぼんやりしたまま頷く。
「どうしたの。相談に乗ったほうがいい?」
 カウンセラーでもない渚がそんなことを聞いてくるのは珍しい。
 渚に相談すれば少しは気が楽になるだろうか、と考えて辰弥はすぐにいいや、と考え直した。
 この件は渚に相談したところで解決することなんてない。確かに彼女は医者で、守秘義務を厳密に守る口が堅い人間である。思いの丈をぶちまけてしまえばスッキリするだろうし、それを彼女が外に漏らすことはない。
 それでも相談しない、という結論に至ったのは結局は一時しのぎにしかならないと思ったからだ。
 ただいたずらに渚を悩ませ、抱え込ませることになる。
 それなら自分一人で抱え込んでいた方が、秘密を知る人間は一人で済む。
 そう、と渚が頷いて辰弥の頭を撫でた。
「子供扱い――」
「七歳児がませてんじゃないわよ。子供なら子供らしく大人を頼りなさい」
 まぁ、無理に聞き出す気はないけどと続けたタイミングで簡易検査キットが停止し、検査が終了したことを告げてくる。
 検査結果を自分と辰弥のGNSに転送し、渚は眉間に皺を寄せた。
「……悪くなってるわね」
「何が」
 この場合、各種数値が、ということは分かっているはずなのに辰弥は思わずそう尋ねていた。
「うん、もう何もかもの数値が戻ってきた直後に比べて悪くなってる。まるで……」
 そこまで呟いて渚が一度口を閉じる。
 これは言っていいことなのか、悪いことなのかを考えているのか、と彼女のその反応で辰弥は察して体を起こした。
 ベッドに腰かけ、まっすぐ渚の目を見る。
「八谷、教えて。いくら医者に守秘義務があったとしても患者本人に開示してはいけない情報なんてないはずだ」
「それは、そうだけど……」
 それはまるでガン患者にガンの宣告を躊躇うような口ぶり。
 まさか、と辰弥が口を開き、閉じる。
 自分の余命に関わることなのか、と訊こうとして口ごもる。
 仮にそれが事実だったとして、意味があるのか、と。
 沈黙が室内を満たす。
 二人とも、何も言いだすことができずに時間だけが過ぎていく。
 その沈黙を破ったのは渚だった。
 観念したように口を開き、辰弥に告げる。
「……まるで急激に老化してるように見える。肉体自体はトランスで改造できるかもしれないけど、血液は正直――というか、作り変えられないのかもしれないわね」
「……」
 予想すらしていなかった告知。
 まだ悪性腫瘍ガンの類だったらよかった。そういったものなら切除してトランスで再生することも、場合によってはトランスで無害なものに作り変えることができる。
 しかし、老化はいくら辰弥でも止めることはできない。あらゆる生物は細胞分裂を繰り返して肉体を維持しているがその細胞分裂には限度がある。生物のDNAの末端に存在するテロメアが細胞分裂のたびに短くなり、限界を迎えた時それ以上の細胞分裂が行われなくなり生物は死を迎える。
 精密にDNAを検査したわけではないから辰弥のDNAのテロメアが現在どのような状況かは分からない。しかし血液検査の結果が「急激に老化したように見える」ということはもしかすると辰弥の、LEBとしての寿命は人間のそれよりはるかに短いものなのかもしれない。寿命が近づいたから、辰弥の肉体は、特にLEBとしての生命維持に重要な血液の劣化が加速した可能性は十分に考えられる。
「……そっか……」
 絞り出すように辰弥が呟いた。
 ここでも突き付けられた「人間ではない」という事実。日翔や鏡介のような「人間」と同じ時間を歩くことができないかもしれないという現実。
 もしかすると、日翔を治験の席に潜り込ませることができて、ALSが治癒したとしても、その後の彼の人生を見守ることはできないのかもしれない。
 日翔が、鏡介が歩む道を、自分は歩けないのかもしれない。
「……『イヴ』の見立てではあとどれくらい生きられると思う?」
「鎖神くん……」
 辰弥の問いかけに、渚が目を伏せる。そして、ゆっくりと首を横に振る。
「分からない」
「分からない、って……」
 渚の言葉に辰弥が思わず彼女に手を伸ばす。
 渚の白衣を掴み、彼女を見上げる。
「教えてよ! 俺はあとどれくらい生きられるの? 日翔には余命宣告しておいて、俺には伝えないって言うの?」
 普段感情を露にすることは滅多にない辰弥が声を荒らげる。
 渚ならもう分かっているはずだ。残された時間くらい。
 分からないとは言わせない。日翔にはっきりと残り時間を伝えた渚が、俺に残された時間を伏せる権利などないとばかりに辰弥は渚を詰める。
「……分からないの、本当に」
 苦しそうに渚が呟く。
「こんなこと言いたくないけど、鎖神くんは人間じゃない。わたしはLEBという存在がどういう存在かまだ完全に把握してない。寿命も、生態も、何も分からないの。分かっているのはLEBが自分の血で物体を作り出すことができるということと、鎖神くんはLEBの中でも特殊個体で第二世代せっちゃんからトランス能力をコピーしたということくらい。その程度しか分からないのにあとどれくらい生きられるかなんて計算できないわよ」
「……八谷……」
 そうだ、自分は人間ではない。人間と同じ基準で物事を考えてはいけない。
 だから、自分の発言が無茶な要求だということも分かってはいた。
 それでも聞きたかったのだ。自分に残された時間がどれくらいなのかを。
 自分が死ぬことに恐怖を持っているとか、死にたくないと思っているわけではない。
 確かに「死にたくない」という感情は持ってはいるが、それは日翔や鏡介が生きているから「死にたくない」だけであってもし二人が死ぬようなことになれば、その途端に生きる意味を喪失してしまうということくらい辰弥は理解していた。
 しかし、その二人より先に死ぬことが確定したというのなら。
 それは嫌だ、と辰弥は思った。
 二人が歩む先を見届けたい。二人と同じ道を歩きたい。
 今はそこに千歳という存在もある。
 四人で、まだ見ぬ未来を見届けたい。
 それを望むのはいけないことなのだろうか。
 人間でない自分が大切な人間と歩みたいという望みは過ぎたものなのだろうか。

 

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