縦書き
行開け
マーカー

Vanishing Point Re: Birth 第5章

分冊版インデックス

5-1 5-2 5-3 5-4 5-5 5-6 5-7 5-8 5-9 5-10 5-11 5-12 5-13 5-14 5-15 5-16

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せる辰弥をよそに、今度はアライアンスから内部粛清の依頼が入る。
簡単な仕事だからと日翔を後方待機にさせ、依頼を遂行する辰弥と千歳。
しかし、その情報は相手チームに筒抜けになっており、その結果、辰弥は千歳に自分が人間ではないことを知られてしまう。

 

帰還した辰弥は念のためにと手配された闇GNSクリニックに赴き、精密検査を受ける。
その帰り道、鏡介に「秋葉原には気を付けろ」と言われたことについて考える。

 

自宅に帰った辰弥は今度は不調の検査のために渚の診察を受ける。
原因は不明だが、「急激に老化している」らしい。

 

もしかしたら長く生きられないかもしれない、そう考えるものの寿命などあてにならないと言われる辰弥。
それよりも、日翔に幸せになってもらいたい、と願う。

 

「サイバボーン・テクノロジー」から新たな依頼が届く。
それは弱小メガコープ「アカツキ」を攻撃するというものだった。

 

依頼の決行日、鏡介のバックアップを受け、三人は手分けして爆薬を「アカツキ」本社ビルへと仕掛ける。

 

爆薬を仕掛け終わったのに日翔Geneが戻ってこない。
迎えに行った辰弥が見たのは呼吸困難を起こし、倒れた日翔だった。

 

日翔を回収したものの謎の不調が発生する辰弥。
それを見て、千歳が「カタストロフ」に行きませんか、と提案する。

 

 
 

 

 マンションの前で千歳が辰弥と日翔を下ろし、自宅へと向かう。
 日翔は酸素スプレーによる処置のおかげでいつもの調子を取り戻していたがそれでも彼を心配する辰弥に強引に肩を貸されて帰宅する。
「日翔くん! 帰ってきた? 大丈夫!?!?
 鏡介が呼び寄せていた渚が駆け寄り、日翔を部屋に連れ込みベッドに寝かせる。
 辰弥と鏡介もそれに続いて日翔の部屋に踏み込む。
 だが、それに対して渚は「部屋を出ていけ」とは言わなかった。
 ざっくりと診察し、日翔の状態を確認する。
「八谷、日翔の調子は……」
 沈黙に耐え切れず、辰弥が尋ねる。
《何心配してんだよ、俺は大丈――》
「何強がってるのよ! 死ぬつもりなの!?!?
 日翔の声を遮り、渚が声を荒らげた。
「もう、現場に立つのはやめなさい。 これ以上動けば、日翔くん――死ぬわよ」
 一度は大声を上げたものの、すぐに声のトーンを落とし、渚が務めて冷静に宣告する。
《『イヴ』、何を――》
 日翔が身体を起こして渚を見る。
 それを睨みつけるように見据え、渚は辰弥と鏡介にも聞こえるように言い放った。
「日翔くん、あなたの呼吸筋は激しい運動に耐えられない。通常の呼吸ですら、もう一般人ほどの換気能力はないの。だから、さっき無理に走って呼吸困難に陥った」
 鎖神くんが処置するのがもう少し遅れてたら、貴方死んでたのよ、と渚が続ける。
「日翔……」
 震える声で辰弥が呟き、思わず鏡介のシャツを掴む。
 その辰弥の様子に鏡介が辰弥をそっと引き寄せる。
「……この際はっきり言うわ。鎖神くんも水城くんも聞いて」
 普段、患者本人にしか情報を開示しない渚が辰弥と日翔にも声を掛けた。
 それだけで、現状がかなり深刻であるということが二人には理解できた。
 余命を二人に開示する気か、と日翔が渚を止めようと手を伸ばす。
「本当は残された時間も言った方がいいのかもしれないけど、それはやめとくわ。余命なんて正確じゃないし本人以外残された時間を考えたくないでしょ」
「……それは」
 辰弥が小さく頷く。
 いくら宣告された余命通りに死ぬとは限らなくても、期限を切られてその期限を気にして神経をすり減らしては叶えられるものも叶えられなくなる。それに、宣告された期限が治験の日程に間に合わないとなった場合、絶望するのは目に見えている。
 それなら、「その時」を知らずに足搔いた方が楽だ。
 辰弥の頷きに、渚も小さく頷く。
「……日翔くんの病状の進行が早いの。若いからってのと、もう一つ……薬の効きが悪くなってる」
「え――」
 日翔の、ALSの進行を遅らせる薬が効かなくなりつつあるのか。
 それは長期間服用し続けているからなのか、あるいは。
「断言はできないけど、インナースケルトンによる金属汚染の影響を受けてるかもしれない。結局、インナースケルトンなんて一時しのぎのものなのよ。しかも、入れずに服薬するよりも寿命を縮めてしまう」
 だから、ここからは一気に悪化していくと思う、と渚は続けた。
「鎖神くん、水城くん、日翔くんはもう戦えない。医者として断言するわ」
《おい、『イヴ』……》
 待てよ、あと少しで完済なんだぞ、と日翔が抗議するが渚はそれを無視した。
「残された時間を大切にして。わたしに言えることはそれだけよ」
 どうするかは二人に任せる、と渚が話の主導権を二人に渡し、日翔から離れる。
 弾かれたように日翔に駆け寄り、辰弥は彼の肩を掴んだ。
「どうして! どうしてこんな無理してたの! 日翔がまだ大丈夫って言うから信じてたのに!」
 悲痛な辰弥の叫び。
 それに反して、日翔は穏やかな笑みをその顔に浮かべている。
《俺が現場に立ちたかったから立った、それだけだ》
「日翔の借金は俺が肩代わりするって言ったじゃん! なんで……」
 嫌だ、と呟く辰弥の声が震えている。
「嫌だよ、無理しないでよ! もう無理だから、お願い……!」
《……ゆるい仕事ならまだできるから、俺に完済させろよ》
 日翔の手が辰弥の腕に触れる。だが、掴むことはない。
 下手に掴めば、インナースケルトンの出力が調整できずに握り潰してしまうから。
 もう、辰弥の手を掴むことすらできないことは日翔も分かっていた。
 それでも、あと少しで完済できる。辰弥や鏡介に肩代わりさせたくない。
 完済できれば自分はどうなってもいい。どうせ長くない命、いつ消えても惜しくはない。
 だから、もう少しだけ、と日翔は懇願した。
 だが、それを鏡介の冷たい声が遮る。
「辰弥、日翔をこれ以上現場に立たせないというのなら、方法が一つある」
「……鏡介、」
 何、と辰弥が鏡介を見て尋ねる。
「今、日翔のインナースケルトンは日翔のGNS制御下にある。それを俺がハッキングして制御下に置けば日翔は自分の意志で出力を上げることができなくなる」
《鏡介! それは――》
 俺の意志を無視するのか、と日翔が抗議する。
 だが、鏡介はゆっくりと首を振り、日翔を見る。
「お前はもう十分戦った。あとは俺たちに任せた方がいい」
《やめろ、それだけはやめてくれ!》
 今、自分の筋肉がインナースケルトンの補助があって初めてまともに動かせる状態にあるということは分かっている。その出力を落とすということは、今まで通りに動けなくなるということと同義になる。
 当然、現場に立つことなんてできない。日常生活を送ることすらできなくなるかもしれない。
 今まで当たり前にできていたことができなくなる、それはあまりにもむごい現実だった。
 日翔が辰弥を見る。
《辰弥、鏡介を止めろ! 俺は、お前と――》
 しかし、辰弥は日翔から目を背けるように視線を落とし、決断する。
「……鏡介、やって」
《辰弥!》
 お前まで、という声が辰弥の聴覚を打つ。
 鏡介が小さく頷き、ウィンドウを展開する。
《おい、やめろ――!》
 日翔のその訴えもむなしく、鏡介があっという間に日翔のGNSに侵入、インナースケルトンの制御部分を掌握、出力を落とす。
 がくん、と、日翔の、辰弥の腕に触れる手がベッドに落ちる。
《お前ら――》
「……ごめん」
 たった一言、辰弥が苦し気に謝罪した。
《お前ら、こんなことして許されると思ってんのか!》
 体を起こしていることすらできないのだろう、ベッドに倒れ込み、日翔が二人を睨む。
「少し眠らせた方がいい? 出力を落としたとはいえ、無理して暴れようとして酸欠になっても困るでしょ?」
 渚が、いつの間にか用意した鎮静剤の入った注射器を手に日翔に歩み寄る。
《おい、『イヴ』、お前もグルかよ!》
 日翔が抵抗するがその力はあまりにも弱く、あっさりと押さえつけられ、針を刺される。
 鎮静剤はすぐにその効果を発揮し、日翔は静かになった。
「……正直、こうするしかないと思ったわ。水城くんが強制的に出力を落とさない限り、日翔くんは無理にでもついていったと思う」
「……ああ、分かっている」
 苦々しい面持ちで鏡介が呟く。
「……恨むなら、俺を恨め」
 眠る日翔に、鏡介が声を掛け、それから部屋を出る。
「それじゃ、わたしも帰るわ。何かあったら呼んで。……あ、鎮静剤は一時間くらいで切れると思うから、その後暴れるようならもう一回来るわ」
「うん」
 部屋を出る渚の背を見送り、それから辰弥は日翔を見た。
「……日翔……」
 こうするしか方法はなかった。
 こうするしか、日翔を最大限に生き永らえさせる方法が考え付かなかった。
 あと少し、治験の席を手に入れるまでの辛抱だから、と辰弥が呟く。
 治験さえ受けることができれば、日翔はきっと回復する。
 回復したのなら――日翔の望むように生きればいいから。
 それだけが、辰弥のただ一つの望みだった。

 

第5章-9へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する